現在進行形で流されている少女

サバ焼き師

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1しょうじょといかだ

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この世には的確に範囲がさだまっているものより、曖昧なことの方が多い。
例えば、林と森。海と湖。恋と愛。
明確な違いがあっても、日常生活において、それを感じられないのは曖昧だってことだ。

いかだにしたって、船といってしまえばそれは船に化ける。

しかし、この少女が乗っているものは明らかないかだだったのだ。
竹のボディに、何重にも巻き付けられたひもは一見、めちゃくちゃに見えて、それでいて目を凝らしてみてみるとその計算されつくした芸術に気づかされる。

そのいかだは大きかった。
畳にして五つ分ほどの大きさのいかだにそれより一回り小さいくらいの家がちょこんと座っていた。家以外の場所のすみには、樹が生えており、家と同じくらいの高さまで育っているようだ。外から見れば、樹と家が地面を滑っているようで、ここが大海原の上でなければ、その珍しさでたちまち人と賑やかな声で、賑わっていたことだろう。

しかし、そんな光景もすでに昔々なおとぎ話。もう見られぬ幻となっていた。

人間絶滅カウンターが、十万を切りそうな時代。
いかだの上で暮らす少女は日常を暮らしていた。

「いやぁ、今日も晴れて洗濯日和だ。人類が衰退したってのに、お日様も皮肉なもんだねぇ。」

手で眩しげな日光を遮って、空を仰ぎ見る少女は世紀末なこの世界を楽しんでいるようにも見えた。

この世界は現在、人間に変わって新たな生命体が地球の支配者に...何て事はなかった。

地球温暖化や、異常気象によって上昇した海面は、多くの陸地を飲み込み、人間はおろか他の生物のすみか、食料、命を静かに、それでいて確実に奪っていったのである。

そして人間が何もできぬまま時は流れて今!
少女ののんびり洗濯物干しタイムである。


海面が上昇したからって、人の姿になれるようになったイカが、インクを背負って縄張り争いをする姿なんて想像できないくらいに平和だった。

「つまんないもんだよねぇ。世界の終わりなのに勇者の一人も現れやしない。」

カモメが一声ないた。

「カモメ君もそう思うかね。」

少女は、薄紅色の髪を揺らして答えた。

少女の得た知識は、ほとんどが大量の本によるものだったので片寄っている点がいくつも見受けられた。
少女は一人だったが、せっかく教わった日本語を、忘れてたまるかと誰も聞かない独り言をよく口にした。

「さぁ、本日の、というか毎日のメインイベント、釣りです!」

独り言がむなしく、空に響いた。

釣りといっても、使う竿は糸に針をかけただけのもの。
昨日の魚の残り物を針の先につけた。
コツなんてものはない。ただただ経験があるだけの初心者だった。
生活の生命線。釣りはその文字通りの意味だった。だからこれだけは必死に覚えた。



「よいしょ、っと。本当になにもなかったな。もしもこれがマンガかラノベだったらまるっきりカットされてただろうなぁ。」

いつも通り魚は大量、だが小さい。いまいち迫力のでない大漁だった。

すると少女は、いかだの一ヶ所の床が四角く切り取られている場所に手をかけて、蓋を開けた。
なかではすでに魚の先客がピチピチと、跳ねている。
いわゆるいけすだ。


日課は終わった。あとの時間は本でも読んでれば勝手にすぎていく。
家の床に散らばった本から好きなものを選べばいい。

ここまでが普段の日常だった。

聞こえたのは悲鳴、少女は驚き立ち上がって、外を見た。

自分よりも小さい少女が一人。溺れているのが目に映った。
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