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第3章

『どんだけ〜?』

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 同じような廊下に同じような扉、いつの間にか出口のない迷宮に迷い込んでしまったのだろうか……

 アキラとキアラの仲直りを邪魔しちゃ悪いと、気を利かせて出てきたまでは良かったが、スターエッグプロダクションの居住エリアでユウは完全に迷ってしまっていた。

「大丈夫だ、ちょっとデカくて広いってだけの建造物だ、どこかへ繋がる道が必ずある。大丈夫だ、問題ない」

 自分自身を鼓舞するように言い聞かせて歩みを進めると、やっと見覚えのあるエレベーターを見つけて中に入ることが出来た。

「ふぅ~……」

 エレベーターに入るとすっと気持ちも落ち着く気がする。大体のサバイバルホラー系のゲームではエレベーターがセーフエリアで敵が襲ってこないことが多い。
 その理由として、エレベーターに乗っている際に次のエリアのデータをロードをしているからと言われているが、今のユウの心情とはあまり関係ないことである。
 彼はゾンビや巨大組織の陰謀に立ち向かっているのではなく、ただ迷子になっているだけなのだから。しかし、エレベーターを降りたらラスボスが待っているということだけは唯一の共通点であった。

 程なくしてエレベーターは1階に到着した。
 ドアが開き外へ出ようとすると、目の前には女物のスーツを着たガタイのいい『おっさん』がそびえ立ち、ユウを頭上から物凄い目力を込めて見下ろしていた。

「ファッ!?(何だこのおっさん! いや、おばさん? どう見てもおっさんにしか見えないんだけど!?)」

 片手でリンゴを潰せそうなほどに盛り上がった筋肉で、全身が鎧のように覆われているのが服の上からでもよくわかる。
 そして顔には毒々しいメイク、いやメイクだけみたら流行りのナチュラルメイクではあるが、ガタイのいいおっさんがそれをしているのだから違和感しかない。

「あわわわわ……」

 あまりにも大き過ぎる衝撃インパクトで、ユウがエレベーターから動けないでいると、その変なおっさんに「アアンッ!?」と上から更に睨みつけられてしまった。

「ひぃッ!!」

 ユウと変なおっさんは数秒間その場で向き合っていたため、再びエレベーターのドアが2人の間を仕切るように閉まり始めた。

(しめた! このまま一旦、上の階に避難しよう)

 そう思った矢先、後少しで閉まるというドアの隙間に外側からガシッと指がかかり、異常を検知したエレベーターの扉が再び開いていく。
 そしてまたも変なおっさんと対面するユウ……

「なッん……」
「ちょっと、アナタ!?」
「ひゃいッ!?」
「もしかして――」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 話しかけられるとさらに恐怖が増す。ドスの効いた野太い声に、何故か『オネエ』口調。

「――ガップレのユウくんじゃなーい?」
「へ?」
「やっぱりそうよねーん! このブサ可愛いマスクに甘い声は間違いないわよねー!」
「はい、初めまして!そして、ありがとうございますさようなら!」

 そう言い残してさんの横を通り過ぎてエレベーターを降りようとすると、さんにガッチリ腕を掴まれ、強引に握手をさせられてしまった。

「アタシ、ユウくんの大ファンなのよー! 会えて嬉しいわーん、ゴハンまだよね? 一緒に食べましょ!」
 「いえ、食事なら間に合っ――」
「アアンッ!?」 
「喜んでご一緒させていただきまッす!」

 ユウに拒否権はなかった。

 『死』を覚悟して付いて行くと、先ほどキアラに案内してもらった所よりも、遥かにグレードが高い店やレストランが並ぶエリアだった。
 オシャレで高級そうなこの場所に、さんと仮面マスク被った奴が2人並んで歩いている絵面は、周りの方々にとてつもない衝撃インパクトと、不快感を与えているに違いない。

 このエリアの最奥にある『超』が付きそうなほど高級レストランに、他の店には目もくれず堂々と入っていくさん。
 受け付けの人の静止はなく、深々と御辞儀をしてスルーしていた辺り、このさん、そうとう凄いヤバいお方に違いない。

(このさんはマフィアの幹部かなんかで、この場所が彼らの秘密の会合場所なのかもしれない……)

 次々にウェイターやウェイトレスの方々とすれ違うが、やはりその場に止まって深々と御辞儀をしていく。

(このままだと俺は身包み剥がされ、何処かへ売り飛ばされるか、悪ければバラバラにされて海に沈められるか、あるいは両方か……)

 床は全面赤いカーペットになっていて、不思議と足音はしない。レストランだと言うのに物音一つ聞こえてこない。それが不気味さを際立たせている気がしてくる。

(だが理由はなんだ、ガップレが目障りだから… いや、キアラに水を浴びせた件か?思いのほか心当たりが多いな……)

(逃げるか?いや、もう此処は奴等のアジトだ、逃げ場などない!)

(このまま言う通りにして、隙を付いて脱出するか…  あるいは奴等の顔をスマホで撮影し、それをダシに交渉へ持ち込むか… いや、どちらにしてもリスクが高すぎる)

 ユウが頭の中で思考しているうちに、店の最奥の個室、所謂いわゆるVIPルームのような所に案内された。
 テーブルや椅子には随所に金の装飾が施され、コンセプトが全くわからない絵画が壁に飾られている。天井には豪華なシャンデリアと、足元は通路と変わらず音の鳴らないカーペット。
 部屋へ入ると同時にさんのスマホが鳴り、「あら失礼」とユウに断ってから電話に出た。

「あら、 彼なら今一緒にいるわよ? うん、うん、 ちょうどアナタたちの所へ行こうとしたらバッタリ会っちゃってね~、 ええ、いいわよーん!いつものとこね、じゃ後で」

  察するに、さんと同じく幹部クラスの相手からの電話で、このVIPルームに集まって、ユウをどう料理するか話し合う手筈になっているのだろう。

「ささ、アナタも立ってないで座りなさい?」

 ユウは言われた通りにさんと向かい合うように席に着いた。
 それを見計らったようにウェイターが音もなく現れ、テーブルの上のグラスにドリンクを注ぎ、まるで芸術作品の様な前菜を目の前に置いていく。

(見た目に騙されるな、もしかしたら毒が盛ってあるのかもしれないぞ……)

 しかし、その前菜は見れば見るほど輝きを増していく宝石のようで、ユウの短い人生の中で一度も食べたこともなければ、見たことも聞いたこともないような食材を使ったものだった。

(くぅあ~!美味そうだなー、これで前菜オードブルだと!?この後はどんな凄いものが出てくるんだろう……)
 
 これはもう料理ではなく芸術アートだなと、ユウは後から後から湧き出る涎を飲み込みながら悶絶していた。
 まさか料理を『美しい』と思う時がくるなんて考えたことすらなかった。 

(た、食べたい… いや、いかん!)

 食べちゃダメだ、食べちゃダメだ、食べちゃダメだ、食べちゃダメだ、食べちゃダメだ、食べちゃダメだ、食べちゃダメだ、食べちゃダメだ!

「と、とっても美味しそうなお料理ですね、食べるのがもったいないくらいです。 このお店にはよく来られるんですか?」

 とにかく料理を見ないように、目の前のさんと会話して意識を無理矢理逸らすことにした。

 「そうねー、よくってほどでもないけど、お客様を招く時はだいたいこのお店を使うのよねーん」
 「それにしても、受付フロントで顔パス、さらにこんなVIPルームにまで案内されるなんて……」
「ここのオーナーがアタシに気を利かせてくれちゃっててね~、そのご厚意に甘えさせてもらってるの」

 そう言いながらさんは破壊力抜群のウインクを飛ばしてきた。
 
「ぐはッ!?」

 初見で避けきれなかったユウは、精神メンタルにダメージと、食欲減退を受けた!

「どうしたのよー? さっきから全然食事に手を付けないじゃなーい、遠慮しないで食べていいのよ?」
「え、ぇえ… では遠慮なく……」

 そう言われてしまえば食べないわけにもいかず、
目の前の芸術作品をそっとフォークで刺し、ゆっくりと前菜を口元に近づけていく。
 左手でマスクの口元を軽くあげてゆっくりと口を開くと、ちょうどそのタイミングで勢い良く部屋のドアが開けられた。

「おっまたせしましたーッ!!」
「ごめんなさい、遅くなってしまって」

 そこには、先程まで感動の和解をアキラの部屋でしていた【kira☆kira】のアキラとキアラが一方は堂々と、一方は申し訳なさそうに立っていた。

「あら思ったより早かったわねー、もう少し掛かるかと思って先に始めちゃたわよ?」
「いえ、大丈夫です… もう仲直りできましたから」
「そう?なら良かったわ… さあ、早く席にお付きなさいな」
「はーい」「はい」
 そう言いながら躊躇うことなく席につくアキラとキアラに、ユウは思わず口に運ぼうとしていたフォークをテーブルの上に落としてしまう。

「どうしましたユウさん!大丈夫ですか!?」

 見れば、こちらの方に顔を向けたままフリーズしているユウにキアラは急いで駆け寄る。
 何度か身体を揺さぶられて再起動したユウだが、情報処理が追いついていないようで、エサを求める鯉のように口をパクパクさせながら、彼方此方に視線を動かしていた。

「だ、大丈夫… なんにもモーマンタイ、全然問題ナッシッング、本当にいつもダンケシェン!」
「全然だいじょばないです!ユウさ~んッ!」

 更に激しく揺さぶられたユウは機能不全になったようで、先のキアラとの会話の場面がフラッシュバックする。

『そういえば、うちの社長が後ほど伺うそうですよ、是非ユウさんに会いたいって話してました……』

 少し進んでさんが電話を取るシーン。

『あら、 彼なら今一緒にいるわよ? うん、うん、 ちょうどアナタたちの所へ行こうとしたらバッタリ会っちゃってね~……』

 繋がる点と線、そして導き出される答え……

「――もしかして、あなたがスターエッグプロダクションの社長さんですか……?」

 一瞬で静まり返る部屋VIPルーム、ユウに向けられる視線……
 その一つ一つに目配せをし、ユウは最後にさんをじっと見つめた。

「――あらやだ、アタシまだ自己紹介してなかったかしら!?」
「え!お二人とも自己紹介がまだなんですか?」
「はぁー? オマエ、知らないで一緒にいるのかよ」

 アキラとキアラがお互いに顔を見やってから、キアラの方が口を開く。

「この方が先ほどユウさんに会いに来ると言っていた『スターエッグプロダクション』の代表取締役社長の『マリーさん』です」
「うっふん(ハート)『マリー』って呼んでね」
「よ、良かった~… マフィアかなんかの幹部じゃなかったんですね……」
「「え!?」」

 冷静になって考えてみれば、こんな場所にマフィアがいるというのもおかしな話だ。ユウは自分の情けなさに恥ずかしくなった。
 顔はおそらく湯気が出るほど真っ赤になっているだろうが、幸いお面を被っているため周りに見られる心配はない。

「「マリーちゃん(さん)がマフィアの幹部!?」」
 
【kira ☆ kira】の2人の声が綺麗にシンクロする。歌声以外でもこんなにバッチリ呼吸が合うなんて、凄いなと感心すると同時に、しっかり仲直りできたようで取り敢えずは一安心だなと、ユウは呑気にそっと胸を撫で下ろした。

「あはははははッ!! バッカじゃないの!? マリーちゃんがマフィアの幹部な訳ないじゃん! あはははははッ!」
「はいはい、俺が悪ぅござんしたよ」

 一拍置いて腹を抱えて笑い出したアキラに、バツが悪そうにしているユウ。

「アキラちゃん、あんまり笑ったら失礼だよ…?ふっふふふ……」

 そして、アキラを嗜めつつ堪え切れずに笑っているキアラ。
 
(穴があったら入りたい… そしてそのまま冬眠したい)

 ユウは恥ずかしくて悶え死にそうなのをただひたすら堪えることしかできなかった。
 そんな3人の仲睦まじい(?)光景を眺めながら微笑んでいる人物が「そういうことね…」と、ボソッと誰にも聞こえない声で呟くと、いつもの調子で会話に混じっていった。

 「ゴメンなさいねーん。アタシがもっと早く自己紹介していればよかったわねー。アタシ、生ユウくんに会えて興奮しちゃってすっかり忘れちゃってたのよーん!」
「こちらこそ… マフィアの幹部なんてとんでもないことを考えてしまってすいませんでした、マリーさん」
 「気にしないでー、見た目こんなんだからよく勘違いされちゃうのよーん、それとアタシの事は『マリー』って呼んでね?」
 「は、はい… (一応自覚はしてるんですね……)
「マリーさんはユウさんの大ファンなんですよ」
「ありがとうございます、嬉しいです!」
「もうやだーん! 恥ずかしいぃ~! そんなストレートに言っちゃダメよー!それに、キアラちゃんだってユウくんの大ファンのくせに~!」
「はい、私はもう先程カミングアウトしてしまいました……」
「あら、隅に置けないわね」
 
 マリーさんと楽しそうに会話する2人を見ていれば、マリーさんがどれだけ2人に信頼されているのかがよく分かる。堅苦しいのが嫌いだというのも、きっと相手と対等で、身近に感じられるようにしているのだろう。
 見た目のインパクトが強すぎて、初対面では誰でも堅苦しくなってしまうのはしょうがない気もするが……
 とにかく良い人そうだなと、ユウはそっと息をついたのだった。

 2人がこんなにユウの話で盛り上がっているのに、ツッコミの一つも入れてこないアキラはというと、何処からともなく完璧なタイミングで運ばれてくる食事に美味しそうにかぶりついている。
 すごく平和だ……
 アキラの中ではユウに対する不快感より、食に対する執着の方が強いらしい。今度会う機会があれば、なだめの供物を用意しておこうと、ユウは心の中で小さく頷いた。

「――でも、ユウくんといえば!怖いお面からは想像もできない優しい歌声、またその一つ一つの言動とかが可愛いのよね~!ギャップて言うのかしらね~、堪んないわ! そのお面の下はどんな素顔をしているのかしら? いやーん! 乙女の妄想が止まらないわ~ん!」

(こんなお面野郎のどこがそんなにいいんですかね?っていうか、乙女って誰!?)

(それとキアラさん? 『お面の下の素顔が気になる』ってところで、全力でうなづいているの見えてますからね!?)

「だったら、そんなマスク脱いだらいいじゃん?  食事の時までしてたら邪魔だろ?」

 まだ口の中をモグモグさせながら、視線だけユウに向けて話すアキラ。今まで黙々と食事をしていたかと思えば、突然とんでもないことを言い出したが、アキラの意見も最もだ。本来なら食事中に仮面マスクなんて被ってたらマナー違反極まりない。

 ユウは一瞬考えて「確かに、じゃあ脱ごうか?」と、仮面マスクのチャックの部分に手を伸ばした。
 隣で目をキラキラ輝かさているキアラが少し気になるが、構わずチャックを開けていく。
 キアラには既に期待するなと言ってあるし大丈夫だろうと、いよいよ仮面マスクを脱ごうとしたその瞬間「ちょっと待って!」と、マリーさんから静止が掛かる。
 手を止めてマリーさんの方を見ると、両手をテーブルに置きながらスッと立ち上がり、凛々しい表情でこちらを見つめる真剣な眼差しと交差した。

「ユウくんの素顔は謎だからこそ素晴らしいのよ」
「へ?」
「寝る前に抱き枕を抱えて、ユウくんの素顔はどんなかしらと、妄想しながら寝るのがアタシの楽しみでね……」
「へー……」
「だからね、私のためを想うなら、そのお面は取っちゃダメよ!」
「マリーさんのその気持ち、私もすごく良くわかります!けど、素顔が見たいという気持ちも強くて… もう二律背反です~!」

 流石、社長だ。説得力が凄すぎて「なるほど」と、納得しかけたが、内容はあまりにもメルヘンだ。キアラが同じように思ってくれていると言うのは素直に嬉しいのに、一体この差はなんだ……
 いけないとわかっていても、つい想像してしまう。夜な夜な抱き枕を抱えて自分の素顔を妄想しているマリーさんのことを……

(うぐッ!?破壊力が段違いダンチだ……!)

 何度か深呼吸を繰り返してから何事もなかったかのように平然を装うユウ。

「マリー、その~… なんと言いますか……」

 ここは素直にお礼が言えればいいのだが、嘘でも素直に喜べない自分がいる。
 口元は引き攣り、おそらく声と震えるから上擦ってしまうだろう。ユウは仮面マスクを外さなくて良いということに心から安堵した。

「――ユウくん……」

 マリーさんは立ったまま、ユウに「みなまで言うな」とばかりに片手で静止をしてから、大きく息を吸った。

「 だァァアから!『マリー』って呼べつってるだろがッ!? ア゛アンッ!?」
「ひぃぃぃいッ!!?」

 突然、マリーさんが優しいオネエさんからマフィアのボスに返信してメタモルフォーゼしたかのように、悪魔のようなドスの効いた声と鬼の形相で睨みガンつけられて、ユウは思わず腰を抜かしてしまった。

「ははは、はいッ!ま、マリー!!」
「よろしい!もう、おいたがすぎるわよ?」
「以後、十分気をつけまッす!」

 その場で起立し、頭の先からつま先までピンと伸ばしてハキハキと応答するユウの姿が面白く、VIPルームは皆の笑い声で満たされた。
 そして、4人での食事の時間はあっという間に過ぎて行ったのだった。

「じゃあユウくん、またいつでも遊びにいらっしゃいね」
「はい、ありがとうございました。 マリーさッ… マリー

「はーい、またねーん。 じゃあ、アキラちゃんとキアラちゃん、2人でユウくんをエントランスまでお見送りしてあげてくれる?」

 きっと方向音痴のユウのために、マリーちゃんが気を利かせてくれたのだろう。今度こそ怖いオジサンに捕まって身包み剥がされたら大変だもの。

「え~、なんでアタシが~」
「ほら、アキラちゃん行くよ。 またマリーさんに怒られても知らないからね?」
「マリーちゃん怒ると恐いからな~、さっきのユウはビビリ過ぎだけど」
「ぐぬぬ…!言い返せない……!」
「こらアキラちゃん!ユウさんを揶揄わないの!」

 マリーちゃんに別れを告げたユウは、仲睦まじい2人に挟まれてエントランスまで送ってもらったのだった。
 道中、両手に花の仮面マスクの男に向けられた、刺すような視線を数え切れないほど受けて、生きた心地がしないままエントランスに向かった。
 さらに追い討ちをかけるように、道中突然キアラが「そうだ!連絡先を交換しましょう!」と、言い出して「何でこんな奴の連絡先なんか!」と、アキラが割って入って、またも周囲の視線を釘付けにしてしまい、身も心も擦り減ってしまったのだった。

「その… ユウさん、色々とご迷惑をお掛けして本当にごめんなさい……」

 スターエッグプロダクションのエントランスにて、突然キアラがユウに向かって謝罪し、深々と頭を下げた。

「そんなに謝らないでよ、2人の中が険悪になったのも、元はと言えば俺のせいなんだし」
「そうだそうだー!」
「じ~……」

 ユウの言葉に合いの手を入れてきたアキラを、キアラがジト目で睨み付ける。アキラはばつが悪そうに両の手を頭の後ろで組んでそっぽを向いた。

「では、代わりにお礼を言わせてください、本当にありがとうございました」
「えっと……」
「私とアキラちゃんが仲直りできたのもまた、ユウさんのおかげですから」
「きっと、俺が何もしなくても2人はそのうち仲直りできたよ… けど――」

 こうしてキアラは感謝してくれている。それに、アキラも素直に態度や言葉には出せないけれど、嫌な顔せずにここまで送ってくれた。それはきっと、少なからず感謝してくれているのだろう。

「――けど、どういたしまして… 2人の新曲と仲直りの手伝いができて光栄だったよ!」
「はい!」

 今日1番のとびきりの笑顔に送り出されて、ユウは帰路へと就いた。
 最後までムスッとしていたアキラも、その表情から敵意は感じなかった。

 帰りの電車の中で、妹の百合華に『今から帰る、晩飯はいらぬ』とだけメールを送ると、すぐさま返信があり、そこには『サイン貰ってきてくれた?』とだけ、短く書かれていた。

 「すまん、マイシスターよ… お兄ちゃん、サインもらうの忘れてたわ……」

 次の機会がもしあれば、妹の分だけでなく、自分の分も貰おうと、ユウはキアラの笑顔を思い出しながら固く決心したのであった。

(うむ、それにしても電車の中がやけに騒がしいな… さっきから子供がワンワン泣いているような……)

 泣き喚く子供と、こちらに目を合わせないように無理矢理下を向く母親。咳払いをするサラリーマン。コソコソ陰口を言い合うおばさまたち……
 そこでユウは気付いた。

「あ、しまった!仮面マスクを脱ぐのを忘れてた~ッ!!」
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