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第2章

『ラブコメにリアルロボットバトルは付きものです』

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「ちいッ! 2機目も…… やってくれる!」

 勇志はコクピット型のゲーム機の中で声を荒げた。
 いくらドーム型で個室感があるといっても、遮音機能もないし、外から中の様子も伺える。全部で6つあるゲーム機の中央には外部モニターが設置されていて、プレイ中の映像が中継されている。
 店内で対戦している2人の大声と白熱したバトルに、ゲーセン内は少なからずギャラリーが集まり出していた。

「なんて数の粒子砲武装を乗っけてるんだ、まるで動く砲台だな」

 勇志としては、できれば2機目が落とされる前に勝負を決めたかったが、相手は中々の手練れらしい。 上手くこちらの作戦には引っ掛かるが、それに対処する能力が異様に高い。
 正直に勇志は相手に押されていた。
 唯一、トライアルシステムを重力場グラビティーフィールドの影響範囲外で使って貰えたのだけは不幸中の幸いか。

「欲を言えば、今ので落ちていてくれたら楽だったんだが!」

 最終的には近接戦闘になるように仕向けていたため狙い通りなのだが、それにはこっちも大きくリスクを背負うことになる。できればそれまでに仕留めたかったというのが本音だ。
 しかし、射撃で仕留めるにはそれなりの威力が必要になる。残念ながら選択できる初期装備はどれも火力と射程距離は最低水準で、先程捨て置いたスナイパーライフルも初期装備の中では1番高火力で射程も長いが仕留め切れなかった。
 チャージしないと撃てないし、チャージ中は移動不可などリスキーな癖に見返りは少ない……  これはもう、強いられているんだ!
 そのため、近接戦闘に縺れ込むのは時間の問題だっただろう。

 装甲をパージして身軽になった敵機が、重力場グラビティーフィールドを放出させながらビルとビルの間を駆け抜け、猛スピードでこちらに向かってくる。
 トライアルシステムの効果時間である30秒の間に決着をつけるつもりらしい。

「そう簡単にやれると思うなッ!」

 全速力で後退しながらビームライフルを正確に敵機の中心に撃ち込み続ける。
 ビームが重力場グラビティーフィールドの中心で弾かれることによって、相手の速度が減速する。それは相手が気付かない程ごく僅か。
 しかし、勝機はその僅かな可能性にしか存在しない!

「――残り12秒……  残弾は…… いけるッ!」

 相手はトライアルシステムを過信してこちらの射撃を避けるつもりはないらしい。それを誇示するように力押して向かってくれるおかげでビームは正確に敵機の中心を捉えられた。

 サーベルを取り出した敵機が目の前に迫る。しかし、勇志は躊躇わず前へ踏み出した。
 サーベルを紙一重で躱し腕を抑える。
 ライフルを相手の胸部に突き立て、引き金を絞った。
 チェックメイト……

「――これで終わりだ!」

 トリガーにかける指に力を込め……

「ぬぅあーにが終わりですって!?」
「ファッ!?」

 その瞬間、勇志は装着していたヘッドセットを外されて『接続切れディスコネクション』になった。

 反射的に背後を振り向いた勇志が見たものは、既にダークサイドへと変貌した歩美だった。

「あ…… いや…… これはー……」
「随分とお楽しみだったみたいねー…… ゆーうーしーぃ!?」
「ひーッい! ごごご、ごめんなさーいッ!」
「問答無用!!」

 歩美に引きずられるようにしてゲーム機から出された勇志は、大勢のギャラリーが見守る中、歩美に渾身の土下座を披露する。

「ちょっとした出来心だったんです!近くにゲーセンがあったもので、つい血が騒いでしまったといいますか、戦う者の宿命といいますか!」
「じゃあ、この危険な戦場からとっとと出ましょうかー?」

 勇志を引く歩美の腕に更に力が込められ、速足で勇志をゲーセンから遠ざけようとするが「ちょっと!そこのアンタ!」と、女性の声に行く手を阻まれてしまった。

「勇志の知り合い?」
「存じ上げません」
「じゃあ別に気にしなくていいわね?」
「……はい」
「だからちょっとって言ってるでしょーッ!?」

 背後から甲高い大声が飛んできて、ついに2人は同時に振り返る。
 そこには見覚えのない制服を着た金髪ショートカットに、短めのスカートから伸びる健康的な脚が魅力的で、いかにもスポーツ出来そうな女子がこちらを睨みつけていた。

(別に胸がすっきりしているから運動しやすいんだろうなーとか、そういうふうに思ったわけじゃないんだからね!?)

 しかし、目の前の女子生徒はどう見ても勇志を睨み付けている。勇志は他校の、しかも女子に話しかけられる覚えは全くなく「何か人違いをしていらっしゃるのでは?」と楽観的に考えていた。
 対して歩美は、勇志がまた知らない女に余計なことをしたんじゃないかと、半分呆れて半分怒っていた。

「さっきのはいったいどういうことよ!?」

 金髪ショートの女子生徒は臆することなく2人ににじり寄る。

「え、さっき?」

 はて、さっきとは?さっきって『戦場の友情』しかしてないけど…… いや、まさかこの女子がさっきの対戦相手だったとか?
 こんな男臭いコアなロボゲーをまさかこんな可愛い女の子がプレイしていたなんてそんな~……

勇志が何かあなたに失礼なことでもしましたか?」

 色々と考えていた勇志の代わりに女子生徒に答えたのは歩美。「うちの」という部分をやけに強調していたようだが、勇志はもちろん、相手の女子生徒にも伝わってはいなかった。

 「あの時――」
「へ?」
「――私の腕を掴んで動きを封じて、私の胸にそれを押し付けて!なのに最後は逃げるなんて!!」
「ちょ、言い方!?」

 女の子がそんなこと言ったらダメでしょ!?変な誤解されちゃうよ!?隣の歩美さんを見てご覧なさい、ほらね、すっかり誤解しちゃってる!

「あんなはずかしめを受けたの…… 生まれて初めてよ……」

 ちょっと、目元に涙溜めるのやめてくださーい!
 え?何したの?俺、ナニしちゃったの!?

「へー、随分と強引に彼女に迫ったのね~……!?」
「いや誤解、歩美は大きな誤解をしているっ!」

 紅く鋭い眼光が刺すように勇志の眼を睨む。その紅はまるで返り血を浴びた、目が醒めるような鮮烈な紅だった。

「それでアンタ!どう責任とるつもり!?」
「お願いだから君は黙っててくださる!?話がどんどんややこしくなるからッ!」
「はあ!?どういう意味よ!」
「勇志はこういう子がタイプだったんだ…… ふーん……」
「違うって、ほんとに、俺にも何が何だか…… 歩美?聞いてる?歩美さん!?」

 ショッピングモールのゲーセン前で大声で怒鳴り合う3人。これは何かのイベントなのか、はたまた男女の修羅場か、先程のゲーセン内のギャラリーよりもさらに人集りは増え、もはや通路が埋まってしまう程に成長していた。
 人集りが増えきったところで、ようやく勇志が状況に気付いて2人の戦姫に妥協案を提示する。

「あの~、取り敢えずここは一旦場所を移しませんか!?」

 目線で「周りを見ろ」と2人に伝える。それに気付いた2人はゆっくり周りを眺めて、同時に真っ赤な顔になって湯気が噴き出た。
 3人は真っ赤な顔を俯かせながら、人混みをかき分け、個室のあるカフェかレストランを探すことにした。

 金髪女子は道中大人しくしていて、黙っていれば歩美にも負けない程の美女と言えるだろう。
 時折、勇志と目が合うとギリっと睨みつけるが、勇志の方は「こいつはこういう人なんだな」と開き直っており、相手にしていなかった。
 それよりも、歩美がいつ荒ぶる化身に変貌するかの方がよっぽど恐ろしいかった。

 結局3人は別のフロアの喫茶店に入り、丸テーブルを囲むように座った。
 飲み物が運ばれてくる間は重い空気が漂っていたが、ゲーセンでのやり取りを勇志が順に説明し始めると、歩美が纏っていたオーラが少しずつ弱まっていく気がした。
 普段あまり口数の多くない勇志だが、何かと言葉足らずな金髪女子が口を開くと、またあらぬ誤解を招いてしまうため、彼女に喋る隙を与えないように一生懸命話し続けたのだった。

  一通り説明し終わると、どうやら歩美も納得してくれたようで、あの不気味な笑顔はすでに収まっていた。
 取り敢えず和解が成立した2は、そういえばと自己紹介を始めた。

「私は西野莉奈にしのりな見ての通り、花園学園の2年生よ」

 そう言って制服を見せるように、やや控えめな胸を張る。

「私は桐島歩美でこっちが入月勇志、2人とも六花大附属高校の2年だから、西野さんとは同い年ね」
「『莉奈』でいいわよ、アンタはダメだけど」
「へいへい、わかりましたよ西!」
(けっ!俺のことを目の敵にしやがって~!)

 莉奈に対する歩美の誤解が解け、2人とも持ち前の人付き合いスキルの高さと、分け隔てない性格も相まって、すぐにガールズトークに花が咲いていた。
 しかし、残念ながら莉奈の勇志に対する敵対感は拭えず、蚊帳の外に置かれてしまっていたのだ。
 歩美も、勇志が謂れのないことで嫌われているのは理解していたが、自分を置いてゲーセンに行ったことの反省の意と、あまり勇志を他の女子に近付けたくないという2つの思いが働いて現状放置するしかなかった。

「そんなにゲームで負けたのが悔しかったのかよ?」
「うるさいッ!負けてないし! アンタは最後にリタイアしたんだから、私の勝ちなんだからね!!」
「ムキになりやがって!やっぱり悔しいんじゃないか!?」
「ハァー!?別に悔しくなんかありません~!」
「はいはい、喧嘩しないの」
「「フンッ!」」

 歩美に止められて、お互い顔を背けるように反対側へと向ける。
 まるで小学生の喧嘩だなと歩美は内心思ってしまったが、2人の名誉のために黙っておくことにした。

 勇志は普段大人っぽく繕っている節があるが、こういうちょっとした場面で見せる子供っぽさが年相応と言うか、可愛らしいというか……

(私の前では強がって見せてくれない一面だな……)

 対して莉奈はスポーツ万能なのに趣味はゲームとか、勇志と似た者同士だ。だから、この2人がこういしていがみ合っているのは同族嫌悪にも近いものなのだろう。
 でももし、この2人が仲良くなって同じ趣味を共有することがあったら……?

 (そうしたら勇志は私のもとから離れちゃう…… きっと、何の躊躇いもなく……)

「アンタ、もう1度私と勝負しなさい!?」

 莉奈は歩美の気持ちに気付くはずもなく、勇志に再選の申し込みをする。

「いやもういいだろ、勝ったのはお前なんだから」

 試合内容は別として、接続切れディスコネクションという結果ではあるが勝ちは勝ちに違いない。

「あれじゃ私が納得できないの!それとも何? 私に負けるのが怖いの?」

 あれだけの機体差がありながら、ゲームオーバーの一歩手前まで追い込まれておいてよくもそんなことが言えるなと勇志は呆れた。真面目に答えるのもバカらしい……

「はいはい、怖いです怖いです」
「ムッカー! もう許さない!ギッタンギッタンにしてやるわ!」

 勇志の呆れ顔に、莉奈は感情を逆撫でされたような腹立たしさを爆発させた。

「わかったわかった、そこまで言うなら戦いましょう」
「そうこなくっちゃ!」

 ついに勇志の方が折れて話がまとまり始める。

「けど、今日はこの後用事があるからまた今度な。 次はICカードもちゃんと持ってくるからさ」
「いいわ、じゃあ明日!明日の夕方またここで落ち合いましょう?」
「望むところだ!じゃあまたな!」
「約束だからね!」

 西野に別れを告げ、そそくさと荷物をまとめた勇志は、呆気に取られる歩美の手を引っ張って足早にその場を後にした。
 少し離れたところで後ろを振り返ると「約束だからね~!」と西野が叫んでいた。

「ねえ…… よかったの?」

 手を引かれた歩美が下から顔を覗き込むように勇志に声を掛ける。

「ブラフ、ハッタリ、ネゴシエーション。あんなクレーマー女子のことなんざ気にすることないって」

 歩美の心配事とは多少違ったが、勇志が莉奈に興味を示してないことにひとまずは安堵した。

「明日、ここのゲーセンにまた来るの?」
「――来ない!」

 勇志はバシっと言い切った。

「相手は隣町の知らない高校生、明日俺が行かなくても連絡先も知らない。もう会うこともないさ、忘れようぜ!」
「――本当に良かったのかな……」

 歩美は莉奈がそう簡単に引き下がる子だとは思えなかった。

(何もないといいけど……)

 勇志の方は全くこれっぽっちも気にしていない様子だったが「いや、再び出会うかもしれないな…… ゲーム内戦場で……」と、真面目な顔で言うから、歩美はつい笑ってしまう。
 余計なことは今は考えるのをやめようと、歩美は勇志の手を逆に引っぱって歩き出した。
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