転生幼女。神獣と王子と、最強のおじさん傭兵団の中で生きる。

餡子・ロ・モティ

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4巻

4-3

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「へっへっへ~どうだ、凄くないか! 見るからに古そうだろ? 俺が発見したんだぞ! いや嬉しいなぁ、リゼにこうして見せられて。見てくれ、これなんて格好よくないか?」

 彼はすっかり、はしゃいでいた。色々と持ってきて見せてくれる。
 次第に遺物とはなんの関係もなさそうな物も交じり始めたが、とにかく見てほしいらしかった。

「それからこれだよこれ! な? リゼのカードな。出たばかりの冒険者&傭兵団カードの新シリーズに入ってるんだぜ」

 ぬぬぬ、これは? カードのタイトルには『A級幼女料理人リゼ』と書かれている。その下には私に似ていなくもない幼女が、愛想良くニッコリと微笑んでいる姿が描かれていた。

「まだ出たばっかりだが、噂を聞いてすぐに手に入れたんだ! どうだリゼ、可愛いだろう?」

 冒険者&傭兵団カードのはずなのに、なぜ料理人が! 恐るべきカードである。
 冒険者をやっていて多少有名になると勝手にカード化されるとは聞いていたけれども、そうか料理人でもなるのか。なんでもありだな。それにA級料理人になったのなんてつい最近だというのに!
 恐ろしい。なんでそんなところの仕事ばかり早いのだろうか、この世界の住人たちは。
 情報伝達の速度や物流網は貧弱なのに、どうでもいいところばっかり超速である。

「村の子供らも最近は多少こづかいが使えるようになってたこともあってな、ほとんど全員リゼカードは持ってるぞ! どうだ! 凄いだろう! ちなみに俺は三枚持っている。まだリゼのカードはレア度が高くないから結構出るんだよ。はっはっは、しょうがないなぁ、特別だぞ? リゼにも一枚やろうか?」
「あ、いらないかもしれません」

 それはいったいなんの辱めなのだろうかバルゥ君よ。知り合いの方々のカードなら私も欲しいが、自分のカードなどもらってもどうしようもないのでは……
 私はここでハッとした。いや待ってほしい、また話がそれて進んでいないではないか!
 こちとら遊びにきているのではないのだと、気持ちを立て直す。
 ともかくいったんカードとか、おもちゃっぽいものの類は片していただき、気を取り直して遺物を見る。遺物観察会がまともに始まると、その中心にはウサギ令嬢ティンクさんがいた。
 集中して遺物を見る彼女のお耳が、静かに、右へ左へと揺れている。
 いっぽうでバルゥ君には、聖杯を見ていただいくことにした。

「聖杯? 見せてもらえるのか?」

 真剣な面持ちの彼に聖杯を差し出すと、聖杯にくっつきそうなほどに近づく。しばらくして彼は言った。

「これなぁ、この形……め込むための台座を、獣王遺跡で見たかもしれない」

 その言葉にティンクさんがそっとこちらに視線を向けて言う。

「そうですか……聖杯はもともと古代獣王に関わる遺物です。なにかしら繋がりのある場所が遺跡の中にあるのは、なんらおかしいことではありませんわ。そこまで連れて行っていただけますかしら、獣王陛下」

 ティンクさんはバルゥ君を獣王陛下と呼んだ。

「獣王陛下? ……ああ俺のことか。まあそうだよな、しっくりこないが」
「陛下、しっくりなさってくださいませ。陛下は陛下なのですから」

 バルゥ君としては、『自分はこの村の村長で、この群れの長だ』という自覚のほうが強く、獣王だなんだと言われてもいまいちピンとはきていないようである。私にとっては、バルゥ君は可愛いワンワンだとしか思えていないのだが、ティンクさんとしてはもっとずっと偉大な人物と思っているらしかった。
 ともあれ話はまとまり、バルゥ君も探索チームに加わってくれた。
 村を出るまでに、またプチパレード的なものが巻き起こっていたが、私も小躍りをしつつ移動。
 ちなみにピンキーさんとモーデンさんは村に残っていて、ご商売の話をなさっていた。
 ともあれ私達は、また人が増えてしまった大所帯で、ついに遺跡前まで到達した。
 したのだが、ここで一名すでに息も絶え絶えになっている。

「おい勇者、大丈夫か? ついてこられなかったら無理せずに」
「く、くおあ。なにも問題はない。ここを乗り越えれば、もう遺跡はすぐそこなんだろ? 傭兵隊長のおっさんよ」
「そうだが……あれだぞ? 遺跡内のほうがもっとずっとハードだぞ?」
「っ⁉」
「悪いが一度、ちゃんと力量を確認させてもらってもいいか? 軽く手合わせでもしてだな」
「む、むむ、無用だ。俺は勇者。ピンチでこそ強くなる」
「そりゃ結構だが、寝覚めが悪いから死ぬなよ?」

 などという会話が隊長さんと勇者君の間で繰り広げられている。
 心配しつつ、私達は地下遺跡へと続くマグマの洞窟を進んだ。

「あーっつぅぅい。熱い熱い、あっつぅぅい」
「大丈夫ですか? やはり無理せず」
「むりじゃなぁぁい」

 進むや否や、勇者君が悲鳴を上げる。私の目には半泣きに見えたが、彼は断固として道を進む意志を示した。
 どうやら他大陸出身の彼にとって、そもそもこの大陸の魔物はかなり格上らしい。特にフロンティアエリアのモンスターは狂暴凶悪で、さらに遺跡に潜ると難易度は上がる。
 その様子を見て、ひっそりと隊長さんが私に囁く。

「なあリゼ、かなり頑張ってるほうだとは思うが、これ以上はあの勇者にとって本気で危ないから追い返すぞ。いいな?」
「もちろんです」

 勇者君は物凄く意地っ張りらしく、今の私の心の中にあるのは、ひたすら心配だけである。さて隊長さんはどうするのやらと、見守っていると。

「すまないがな勇者殿、やっぱりここで実力の確認をさせてもらうぜ? 文句がありゃ俺を倒せばそれで済む話だぜ」
「倒せだぁ?」

 血気盛んな若者勇者は露骨に顔をしかめて言い放つ。

「馬鹿かよおっさん。たかだか傭兵隊長に確認をしてもらう必要なんてありゃしないんだよ。俺が行くったら行く。案内だけしてな」

 勇者君はそう言って激しく拒絶した。
 普段から荒くれ者を相手にしている隊長さんは、大きな反応も示さず、ただ答える。

「たとえばだがな、もしも俺が勇者殿の捜してる、そのなにかとんでもないやつだったとしたらどうだい。今この傭兵隊長が突然暴れだしたとして、勇者様は止められるのかね? なんたって、この程度のただのおっさんを抑えられないようなら勇者様の意味なんざぁない、そうだろ?」
「邪魔くせぇおっさんだ。本当にやろうってのか? あんたがそんな自殺志願者だってなら望み通り殺してやるよ。こっちは勇者だぞ? 千を超える名のある勇者候補生の中から選ばれたトップ勇者。無残に死ねよおっさん」

 まったくもう本当に私の中の勇者のイメージに似つかわしくないガラの悪い勇者様は、己の拳をさすっていた。いっぽう暴れん坊紳士はいつも通りにやる気十分。
 この人がやる気不十分だったところなど見たこともないのだが。

「頼もしいなぁ勇者様。よしよし、んじゃあ、やろう」

 お二人は会話を終えると、すぐさま距離をつめて互いの間合いに入った。
 ここで隊長さんは、大人の配慮などというものはまったく見せずに、勢い良く戦闘開始。いつもの速度で踏み込み、思いぶん殴った。
 かのように見えたのだが、実際のところ隊長さんはその場から僅かに半歩足を前に出しただけで止まっていた。その半歩の動きは、隊長さんが本気で気迫を込めたフェイントだったのだが、横で見ているだけの私ですらもビクゥッと反応してしまうような代物。
 そのフェイントを真正面から受けた勇者君は、自ら大きくのけ反り、大きく後ずさり、激しく倒れた。すぐに立ち上がろうとしたが、彼の足元はふらついていて、また膝をつく。
 あくまでフェイントではあるのだが、食らったほうにとってはそこそこシンドイのだあれは。私も訓練で食らって、ビックリしたことがある。言うなれば、あまりの迫力にとんでもなくビックリさせられる技なのだ。

「ほぉう、まあまあの反応じゃないか、勇者シャイル。思ったよりもやるな」

 隊長さんはそう言って、楽しげに微笑んでいる。
 ふらついていた勇者の青年は、獣のような目で再び前を向いた。やる前から殺してやるだのなんだのと物騒なことを言っていた彼の目が、激しく鋭く強く隊長さんを睨みつけていた。
 なんということだろうか。これはもう大喧嘩に発展するに違いない。そう思った私だったのだが、意外にも勇者君は。

「なんだこのおっさん、くそつえぇ、とんでもねぇぇ」

 なんとも嬉しそうに、大きめのささやき声で言葉をこぼした。
 その表情は、喜色を湛えてすらいた。

「うぉぉぉ、熱いなおっさん! 今のなんだよぉぉ」

 いやなんなのだろうかこの若者は。どこぞの獣人村の少年達と同じような眼差しで、ひどく昂揚したように吠えていた。とてもうるさい勇者様であった。

「おいおっさん、ちょいと殴ってみてくれ、ここ、ここ、実際に今の一発をさ、腹にくれるか?」

 続いて彼は、殴ってみてくれとまで言い始めた。
 これはどうやらある種の変態であろう。
 隊長さんはうんうんとうなずいて応える。どうも二人の間では、なにか感じる部分もあるのだろうか。私には分からないが、男子二人は楽しそうですらあった。

「悪いが直殴りはまた今度だな。まだお前が弱すぎる。まだまだな。しかし勇者なんだろ? なら知り合いに似たようなことを昔やってたじじいがいる。ちょっと修行させてもらってきな。もっと強くならなけりゃ、まずこのあたりの調査なんてできたもんじゃねぇよ」

 勇者としての素質はあるが、まだまだレベルが足りないというような話を彼に伝えていた。
 それから隊長さんはすぐさま紹介状をしたため、彼に手渡した。
 隊長さん曰く、勇者の称号を持った人間には、それに見合った訓練方法があるらしいのだ。紹介する人物のところに行けば稽古をつけてくれるだろうと言う。

「行ってくりゃ、マジでもう一発やってくれるんだな」
「ああ、約束するよ」
「首洗って待ってなおっさん。ぶっ殺してやる!」

 こうして新人勇者のシャイル君はすぐに旅立った。最後までガラの悪い勇者君であった。

「それにしても本当に勇者なんですかね?」

 私は隊長さんに尋ねた。隊長さんは首を傾げる。

「どうだかな。あいつが居たとこでは確かに勇者なんだろうと思うがな」
「なにかご存じで?」
「ああ、まあな。ウチの爺さん団長、あの人はもともとそこの勇者だったらしい。ほれ、リゼも一度会ったことあるだろ、仙人みたいにフヨフヨ浮いてた爺」

 仙人みたいな団長さんには、以前一度だけお会いした。
 アルラギア隊は普段、ほとんど独立した形で活動しているが、一応はエルダミルトの傭兵団という組織の一部隊である。その団長さんと私がお会いしたのは……神聖帝国だった。
 あれはピンキーお婆さんの邸宅でのこと。団長さんにはアメちゃんをいただいた覚えがある。ほんの一瞬で、ほとんどお話もしなかったけれど、団長であり、元勇者でもあるらしい。なんだかややこしいお爺さんである。
 変態勇者のシャイル君はそんな団長さんのところを目指すらしいが、さてどのくらいでまたここに戻ってくるのか。

『なあリゼ。リゼもなってみるか? 勇者に。我もできるのだぞ勇者の祝福』

 その時、我が家の神獣ラナグが突然そう言って、こちらを見た。
 勇者に? 勇者リゼか。ふうむどうやらラナグはそんな祝福も付与できるらしい。
 つまり勇者というのは、神獣に選ばれてなるということか?
 私が思案していると、隊長さんもこの話に参加し、彼の知っている情報を教えてくれた。
 曰く、勇者というのは人間の中ではちょっと特殊な性質をもった存在だそうな。
 ただ単に偉い人から称号として与えられているだけでなく、神獣様から勇者の祝福を授けられているという。ふむ、ラナグの話と一致する。やはりそういうものらしい。
 その祝福の効果で、魔物を討伐すると魔力が上がる体質になるそうな。それこそが勇者の特徴。
 この世界では本来、魔物を倒しても人間はレベルアップしたりしないのだ。レベルや魔力が上がるのは精霊だけ。将来の神様候補である子精霊達だけである。
 そんなこともあってか、勇者という存在は神の子に等しいとすら考えられるそうな。
 私はラナグに、どうせなら『淑女』の称号が与えられる祝福はないのかと尋ねてみたが、それはないと答えが返ってきた。やはり淑女道は、己の力で進む必要があるらしい。

『まあリゼには無用の祝福かも知れぬがな、今さら、そこいらの魔物をちびちび倒して魔力レベルを上げても効果が薄いだろうしな』

 ラナグはそう結論付けた。我が家の三精霊にしても、まだ生まれたばかりだから魔物退治で育つが、ある一定以上は意味がなくなるそうだし。
 さて、そんな具合に勇者についてお話をしていた私達なのだが、どことなく……アルラギア隊長の様子がおかしいように思えた。珍しく物思いにふけっているような。
 ほんの僅かな時間だけれど、一瞬、ボウッと虚空を見つめて停止。そんなことが数度。いつもなんでも手早く済ませてしまう彼にしては珍しい。

「アルラギア隊長、なにか考え事ですか?」

 私は思わず声をかけた。

「あん? なんだ、別にどうもしない……いや分かったよ、そんなジットリ見ないでくれリゼ。たいしたこっちゃないさ。勇者シャイルの言ってた、なんだかの波動とか、闇落ちがどうたらとか、そんなことを考えていただけだ」

 隊長さんはそう言って自分の手に視線を落とし、それからすぐに前のほうへと目を動かした。
 どうもアルラギア隊長はこの問題で、自分の力についてもなにか思うところがある様子だった。真剣な面持ちというよりは、いつもよりいかめしいオーラが滲み出ていた。自分の闇落ちを案じているのだろうか。
 まあ確かに幼少期の隊長さんは、破滅の御子みこだなんて名称で呼ばれていたそうではあるけれど、あるいはその頃力の暴走でもあったのだろうか? 危険性を感じることでもあったのだろうか?
『破滅の御子』について私が話を聞いたのは、獣人村での初めの事件が終わったあとだった。そのとき隊長さんとの間で『茶会』の話にもなった。それで……あの『茶会』なる組織は隊長さん自身を監視するための機能も持っているなんて言っていたっけ。
 私は彼の表情を見ながら、そんなことを思い出していた。むむむん。

「なんだリゼ、またなにか気合が入ったような顔をしているな。なんだ、なんだなんだ、今度はなにを決意したんだ」
「決意だなんて大げさなものでもありませんよ。ただ私だって気になります、その件。隊長さん、心配してるんですよね? 『闇落ち』のこととか」
「まあだから多少だな。別に今さら心配するようなことはないんだが、その昔、爺さん団長にも似たような話を聞いたことがある。もっとも、爺さんも詳しいことは知らない様子だったがな。しっかし、まったくリゼってやつは……五歳児のくせにどんだけ気が回るんだよ」

 隊長さんはそう言って、目を細めてこちらを見た。

「優しいってか、頼もしいってか、いや怖い幼女だぜ、はっはっは」

 今度はなんとも愉快そうに笑いだした彼である。
 しっかしアルラギア隊長に何かがあって本気の本気で暴れ出したらなんて想像すると……そんなことが起きるのかどうかは別として、もしそうなったら……どうにかできるだろうか。微妙。もちろんラナグもいるから対処はできるだろう。ただ多少の被害は出るやもしれない。
 これまでの訓練での手応えからして、最大最強の難敵になるのは間違いない。ラナグと隊長さんが本気でぶつかったなら、それこそ世界が滅びかねないのでは? 大げさだろうか?
 ふぅむ。もうちょっと情報があればなぁなんて思う。

「ラナグは『闇落ち』についてなにか知ってる?」
『ううむ、確かに歴史上ときおり大きな力を持った人間が暴走する事象はあったように思うが、今のそやつに兆候はない。少なくとも……リゼと会ってからのそやつにはな。その前のことは我も見ておらぬから知らぬ。というかな、ここの連中は人間にしては過ぎた力をもったやからばかりだが、不穏な要素はない。少なくともリゼのそばにいる馬鹿どもはどいつもこいつものほほんとしたものよ。我も含めてだが、リゼのそばにいると安心してしまうのだろう』

 なんともおもはゆいご意見をたまわってしまったが、ともかくラナグが過去に見た闇落ち現象っぽいものが、私達の誰かに起こる兆候はないと言う。

『我が思うに、なんらかの不穏の兆しがあった時も、リゼがその手前で行動を開始している。そのせいで、のほほんエネルギーが充満してしまうのだ』
「のほほんエネルギー……褒めてるのかな?」
『無論だ』

 いっぽうアルラギア隊長はというと、先ほどから私を見つめている。あんまり見てくるものだから、私に穴があいてしまいそうであった。

「ええと、どうかしましたか? 私の顔になにかついてますか? む、まさかアイスクリーム? これは失礼、淑女にあるまじき……」

 溶岩の洞窟なので、アイスを食べながら歩いていた私である。

「いや、いやいや、なにもついてやないさ。いつも通りの可愛い可愛いリゼだよ。ただ、なんだかその顔見てるとなぁ、妙に落ち着くっていうか。不思議なもんだな」
「はて、そうですか?」

 なんだか二人して、人のことをまるで鎮静剤かハーブティーか、あるいは安眠枕かみたいな言い様である。
 しかし、こう見えても私は将来的に、とっても刺激的な淑女に成長するつもりである。いつかはお色気ムリュムリュで悩殺全開、ドッキドキにさせてやろうと企てつつ、ちょっと体を前傾させて、手のひらを頭の後ろにつけてみる。
 隊長さんは、そんな私を見て勢いよく噴き出した。

「ぶはぁっ、なんだリゼ、なんなんだそれは」
「はい、悩殺ポーズですが? ドキドキしましたか?」
「いや、のほほんとした」
「そうですか。とりあえずそれはそれで良しとしましょうか」

 私達はそんなお話もしながら洞窟の先の遺跡へと歩みを進めた。
 私達の歩みは速かった。遺跡経験豊富なバルゥ君の先導もあったし、さらには相変わらずの過剰戦力気味な面々が一緒だったためである。
 獣王バルゥ君、破壊王な隊長さん、神なラナグ、妙な幼女、それから三精霊に加え、ゴルダンさんも元気に戦う。
 道中ではなにかと魔物は出没したのだが、炎竜ほどでもなかったし、どれもこれも瞬きよりも短い時間で溶けるように消し飛ばされ、後にはただ哀愁が漂うばかりであった。
 こうして辿り着いた部屋には、古代獣王の石像らしきものがあった。どことなくバルゥ君に似ている。
 ただしすでに崩れかけていて、かろうじて原形をとどめている状態だ。
 その部屋の奥に、バルゥ君の言っていた台座があった。
 確かに聖杯がピタリと嵌まりそうな形が彫り込まれている台座だ。

「見てくださいお姉様!」

 ティンクさんはそう言って台座に駆け寄った。
 それから台座の周囲に彫り込まれていた古い文字を指でなぞり始めた。

「これは文字というより記号なのですが……しばしお待ちくださいますかリゼお姉様。解読いたしますので」
「おお、分かるのか! 凄いなウサギの貴女」

 バルゥ君はそう反応した。この新獣王様は迷信の類は好きで、言い伝えの収集などもするが、ティンクさんほど学者肌でもないらしい。まあ見るからにそんな感じの彼だけど。

「バルゥ陛下、これくらいの解読なら当たり前ですわ。なんといってもこのわたくしは、リゼお姉様の次に! 今代獣王陛下の花嫁になる娘なのですもの!」
「ほぉ~そうか、そいつは頼もしいな……リゼの次に、獣王の花嫁にか……ん、ちょっと待てよ?」

 バルゥ君はここではたと止まった。そして作業中のティンクさんにいくらか近寄って、顔を覗き込むのだった。

「ウサギの貴女、今の話しぶりだと……? ああ失礼、ティンクさんだったか。ともかく、君もリゼは俺と結ばれるべきだと、そう思っているということか? そういう話だったよな?」
「??? なにをおっしゃるのかと思えば、そんなの……あたりまえです‼」

 このあたりで、私はひそかになにか恐ろしいものを感じて、ラナグにそっと近寄っていた。それはほとんど無意識の行動であったかもしれない。

「ほおお、ほおおお~~、そうかそうか。なんとなんと……ティンク! 話が合うじゃないか! ならばようし今夜村に帰ったら、ぜひともそのあたりの話をもう少し詳しくして、先々のことを煮詰めようじゃないか! ああそれから俺のことなど呼び捨てで構わない、バルゥと呼んでくれ」

 そう言ってバルゥ君は、この日一番の笑みをティンクさんに向けた。彼女は解読を進めていたが、ふとその手が止まった。それから少し何かを考えるように静止。ポツポツと呟く。

「…………ん? え? あれ?」

 彼女は解読の手を休めて、私の耳元へヒソヒソ語りかけてきた。

「あの、リゼお姉様、わたくしもしかしてバルゥ陛下と仲良くなれてます? わたくし最近すっかりリゼお姉様のことばかり考えておりましたけど、あくまで狙いは獣王陛下だったことを今思い出してしまいました」
「ええとそうですね、まず仲良くはなってると思いますよ、はい。頑張ってください、そこは応援します」

 間違いなく今の流れは仲良くなれていると思う。
 このティンクさんは獣王の花嫁の座をゲットする使命も帯びているウサギさんである。私としては応援したいと思っている。この二人が結ばれることは歓迎である。
 しかしである、どうも少しばかりやっかいな状況にも思えた。
 ティンクさんはまず私を第零夫人にし、自分は第一夫人になろうと画策しているのだ。
 バルゥ君とティンクさんの間にもう確実に、よけいな私がサンドイッチされているのは疑いようもない。じつに余計な私であった。
 二人は視線を合わせ、なんだかニヤリと笑ったように見えた。二人の手がワキワキと怪しく蠢く。

「頑張ろう」
「頑張りましょう」
「「我らの未来に幸あれ!」」

 二人の声は、合わさって響いた。
 私はもう一度、思わずラナグに寄っていた。

『むむむ、なんだか生意気なやつらだな。リゼは誰のものでもないリゼだというのに、まったく』

 今日は完全にのんびりムードでここまで一緒に来ていた神獣ラナグが、ここにきてパッチリと目を見開いた。そして私をモフい前足でぐいと引き寄せる。
 私としては、心強い援軍であった。ラナグが私の耳元で何事か呟く。

『しいて言えば、我の……』
「ん、どうかしたラナグ?」
『むむ、いやなんでもない! 本当だぞ!』

 とまあそんな風に大騒ぎしつつも、私たちは聖杯を台座にめるのであった。
 そのまま台座を解読したティンクさんがちょちょいと台座の部分でなにか操作すると、ゴゴゴと遺跡が変化を始める。だが、皆バタバタしていたり、いつも通りだったり、宝物を探していたりして、あまりそちらには集中していなかった。まったく古代遺跡なんぞに潜るからには、もう少し緊張感をもって事に挑んでほしいものだ。
 そんな中、まじめに見ていた獣王村長バルゥ君が首を傾げながら言う。

「俺が降りて来られたのはこのあたりまでだったが、この部屋からまだ先があったんだな」

 聖杯を台座にめたあと、それまでなかった扉がどこからか現れていた。
 扉を開くと、部屋の一角に、別の場所への通路が見えている。
 通路を覗き込むと遺跡はそこからさらに枝分かれして地下へ地下へと繋がっていた。
 湿った土とカビの臭いが、通路の中からこちら側へと漏れてくる。
 踏み入れるとそこは静けさに包まれていた。もはや魔物は出てこなかった。長い年月の間、人も魔物も誰一人、訪れたことがないような無機質さだ。
 いつもは騒々しい面々ですら、この道は口をつぐんで歩いた。
 私たちは静けさの中に、一種の神々しさのようなものを感じていた。なにか、人の身で踏み入れてはならない場所に来てしまったような雰囲気に、畏敬の念を覚えていた。
 やがて道の先に石碑が見えてきて、そこへと進む。
 たどり着いたのは石碑が立ち並ぶ部屋だった。
 壁の隙間から僅かに清水が滲み出し、地面を濡らす。他にはただ石碑だけがある。
 ここはいったい何なのか、そう思いながら、石碑の解読を試みるのはやはりティンクさんだった。しかし今回は先ほどとは違って、彼女は首を傾げ耳を垂れていた。

「あれ? あれ? おかしいですね。わたくし、大抵の文字は……解読できないことはあっても、それが何時代の文字かすら判断できないなんて、これまでなかったのですが。ごめんなさい皆様。なんだか文字そのものが認識できないというか、見ていると眩暈めまいと眠気が……う、ごめんなさいちょっと気持ちわる……」

 彼女は後ろに下がった。
 ぴちゃん、ぴちゃんと、水の滴る音だけが一定の間隔で時を刻んでいた。
 今度は私が石碑を覗き込んだ。やはり一瞬の眩暈めまいを私も感じた。この感覚に、私は思うところがあって少し思案。この感覚、つい最近似たようなものを感じたような。

「ラナグ、私ちょっと……ここでお昼寝してみる」

 私が言うと、ラナグは体をそっと寄せて私を背中に乗せた。

「ちょっと待てリゼ、なにを……」


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「幼女~」コミカライズ開始でございます! よろしくどーぞm(_ _)m
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餡子の別作品。コミカライズ好評連載中です! 是非m(_ _)m
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