転生幼女。神獣と王子と、最強のおじさん傭兵団の中で生きる。

餡子・ロ・モティ

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4巻

4-2

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「おいおいコック、こんなものどうしたんだよ、どっから手に入れた? 国宝級か伝説級か、どっかの聖剣かなんかじゃないのか?」
「流石隊長、良い目利きだ。これはとある聖剣を仕立て直して作ってもらったもんでね。製作はデルダン爺の弟さんのとこ。そうそう、これを配達しに、今来てますよ。大倉庫の方に」
「弟? ゴルダンさんが? ドワーフのお山からわざわざ来てるのか? なんだってそんな」
「きっと聖杯の件もあってですよ。自分も見たいってね」

 ドワーフ、それは鍛冶をやらせたら右に出る種族なしとも謳われる方々である。
 彼らが住む山はエルハラ方面に位置していて、なかなか行きにくい場所にあるそうだ。
 どうやらそんなドワーフの方が、ウサギ令嬢ティンクさんの聖杯に興味を持っているということらしい。

「ドワーフのご老人が、聖杯にご興味を?」

 ティンクさんはいぶかしげに言う。彼女はやや警戒した様子。
 隊長さんとコックさんは特に気にする様子もなく、大倉庫へ行こうと私に声をかけて進み始める。私とラナグと三精霊、その中に混じってティンクさん、ケモケモしい我々が後ろから追いかける。すぐに到着。扉の前にはいつものように倉庫番のデルダン爺が立っていた。
 彼にはドワーフ小人の血が流れているそうで、見た目はひげもじゃ、ズングリムックリ体形である。
 さてそんな彼の隣に今日はもう一名、よく似た姿の人物が並んで立っていた。
 デルダン爺と同じようにひげもじゃ。おかげで顔はあまり見えないのだが、愛想の良い笑顔でこちらを見ている雰囲気は伝わってくる。

「おう、君がリゼちゃんかい? お会いできて光栄だよレディ。ワシはゴルダン、このドワーフ爺さんの弟だ。全然似てないだろう? がぁっはぁっはっは」

 似ていないと豪語するおじいさん。おそらくジョークなのだが、私がそれに対して反応を示すよりも前に、彼は豪快な大笑いを始めていた。自分で言って自分で大笑い。
 我が家の三幼児はその大笑いのあまりの激烈さにビクゥッとして、私のところへと寄り集まってきたほどである。

『『『ッ‼』』』

 無言のビックリ顔が三つ私を取り囲み、それから脇のあたりやらお腹あたりやらに顔をうずめてくる始末であった。なにもそこまで驚かずとも良さそうなものだが、ともあれ風衛門ふうえもんさん、ジョセフィーヌさん、タロさんをなだめる。

「よしよし、大丈夫、大丈夫、皆強い子でしょ?」

 普段は魔物相手に大暴れ無双をしているが、やはり生後間もない子供らであった。暗い森やら、闇夜エルフの女王陛下に対しても微妙に怖がったりしていたなと思い出す。となればこのお爺さんも、それなりになにかはあると考えておくべきだろうか。
 様子を見ていたデルダン爺が、やれやれといった様子で片方の眉を上げていた。

「ゴルダン、お前の馬鹿笑いは相変わらずやかましすぎるらしいな」
「おやぁ? ああすまんすまん子供らよ。ワシャ声がでかくていかんなぁ」

 ゴルダンさんは頭に被っていた金属製のシルクハットを脱ぎ、胸元にそっと寄せて、私と三幼児に向かって深々とお辞儀をした。
 シルクハットには角が二本付いていた。デルダン爺の頭には金属のヘルメットが乗っているが、やはり角が二本付いている。角つき帽子はドワーフの衣装なのかもしれない。

「ほら皆大丈夫だよ」

 まだ怯えている三幼児に私が語り掛けると、タロさんがうずめていた顔を少し持ち上げる。黒目がちな目がこちらを見上げていた。
 ただし目は青いので青目がちと表現すべきかもしれない。が、ともかく大きくて澄んだ瞳が見上げていた。

『クマァ? (ほんとに? 大丈夫?)』

 三幼児はちょっとずつ警戒を解いていって、私の服を掴んだままではあったものの、身体を折り曲げてペッコリとお辞儀をした。もの凄く深々としたペッコリ。そのたどたどしさがなんとも微笑ましくなってしまい。

「はい、よくできたね、偉い偉い」

 などと言いながら頭をナデナデして褒める私だったが、もちろん私自身の背丈はこの子らとたいして変わらない。外から見れば、妙におしゃまな振る舞いをする幼女に見えるかもしれない。いまだにこの不可思議な感覚には慣れない部分がある。
 にしてもこのゴルダンさん、やはり只者ではないかもしれない。普通の仕草の一つ一つから、どことなく威厳や覇気が漏れ出ている。

「で、幼女リゼよ、君は本当のところA級料理人なのか、古代遺物アーティファクトの研究者なのか、神獣様の巫女なのか、躍進目覚ましい冒険者なのか、大魔法使いの卵なのか、可愛い幼女なのか……どれが真実なのかねぇ。いや待てよ、そうだなこうして直接見て分かった、どの噂話もきっと本当だろう」

 そう語ったゴルダンさんが、目元から片眼鏡を外して胸ポケットにしまった。
 驚くべきことに眉毛もモジャモジャすぎて、外すまで片眼鏡の存在はまったく見えなかった。
 そこから雑談が続いた後、ゴルダンさんがアルラギア隊長を見て言う。

「よう大将、お前さんは相変わらず鬼神みてぇなツラしてるじゃないか」
「あんたに言われたくないさ」
「バッハッハ。生意気なやつだぜ。ところで、他所よその大陸からきな臭い連中が来てるみたいだな?」
「勇者様ご一行かい?」
「ああ、そのくそったれどもだ。ここにも来てるって?」
「まあな。悪い奴じゃないと思うが」
「どうだか。まあいいさ。それよりワシはワシの仕事をしなければな……さてさて……んじゃあ聖杯ってのは、これかい?」

 ゴルダンさんのもう一つの用事というのはやはり聖杯の件らしかった。
 ゴルダンさんが眉毛の奥の目をまん丸に見開いて、ウサギ令嬢ティンクさんが抱える聖杯を食い入るように見つめる。なんなら本当に食いつきそうなほど聖杯に迫る彼だったが、それをデルダン爺が手で制止する。

「ゴルダン。お山の連中はこれだから困る、宝と見れば見物しなけりゃ気が済まない。節操ってもんがないな」
「兄貴よ、ドワーフの掟に物欲を禁ずる法なんてないのさ。節操なんてものを大事に抱えているのは有史以来、兄貴だけだよ。もっともそうじゃなきゃ、ここの大倉庫の番は務まるまいが」

 ゴルダンさんはそう言って一歩下がり、今度はデルダン爺が守る大倉庫の扉をじっと見たが、視線はまたすぐに元へと戻る。

「まあ今はともかくこっちだ、聖杯だ。どっちにしろ復元するつもりだろう? なら、一枚かませてくれよ、なあいいだろう?」

 ウサギ令嬢ティンクさんは耳を固くして聖杯を抱き抱えていた。警戒強めと言った雰囲気で私の後ろに隠れようとする。彼女の方がずっと背が高いので、まったく隠れられてはいないのだけれど。彼女は私のすぐ後ろから、私の耳元で囁いた。

「やはりこれは、リ、リゼお姉様に管理していただくのが一番だとわたくし思いますの」

 そう言ってすぐに、聖杯を私に手渡してきた。
 私はそれを手に取って、考える。

「ふむ、お預かりするのは構いませんが、大丈夫なんですか? エルハラの宝物だと聞いてますが? そのためにも護衛のウサギ騎士がいらっしゃってるのかと」
「確かに大事な宝。しかし、だからこそですお姉様。わたくしがこの古代遺物アーティファクトの研究と管理の責任者に任命されてはいますが、保管方法は都度最適な形でと定められていますもの。ならば今はお姉様です。お姉様の収納魔法、それに最高クラスの護衛の数々もついておられますし、さらにはお姉様ご本人も無敵に素敵! その上、管理者たるわたくしも、お姉様のおそばにいるわけですから、うん! 合理的、やはり完璧ですわね! ね?」

 長いお耳を片方折り曲げながら、彼女は私をじっと見つめる。
 ふうむ、私としてはお醤油製造機とおぼしき聖杯に興味があるし、収納は得意なので構わないのだが、しかし良いのだろうかと逡巡する……
 実際、これは本物の聖杯で、国宝級のアイテムである。
 エルハラの旅の途中で、私がうっかり聖杯の欠片を集めすぎて一つの形に組み上げられてしまったこの聖杯。
 その後、一度エルハラの元首様にお渡ししたのだが、またこちらに戻ってきたのだ。
 あろうことか、宝物を自分達で守り通す力がないからアルラギア隊で護ってくれと依頼してきた。
 結局聖杯と共にティンクさんも同行し、アルラギア隊のホームへと来た。そして今に至る。
 ホームの近くには聖杯と繋がりがあるらしい古代獣王遺跡もあるから、そこにも赴いて研究を進めることになっている。
 その関係で、ティンクさんも今回の遺跡行きに参加を希望したわけだ。ゴルダンさんも、この話を聞いて同行を希望した。そこへ勇者君が戻ってくる。

「なんだ、増えてるな。おいおい、俺とおっさんと幼女で行くのかと思っていたが、大丈夫なのか? いくら勇者でも、危険地帯で守れるのは、せいぜい幼女一人くらいだぞ」

 やや自己評価の高い彼だが、それでも私を守ってくれる気はあるようだった。一応初めはこの勇者君の希望で始まった遺跡行きなのでことわりを入れておく。

「すみませんが希望者が多数なので、今回はまとめて行きましょう」

 皆の視線が私に集まる。思惑はそれぞれ。



   遺跡へ


 今回の遺跡行きは奇妙なメンバーとなった。
 いつものメンバーにティンクさんや勇者君、ゴルダンさんをも加えた大所帯。
 ティンクさんやゴルダンさんは聖杯の調査が目的で、勇者君はここらで発生しているらしい未知の脅威についての調査。私はそのどちらにも興味があり、隊長さんには勇者君に実力不足を認識してもらう意図もあるのだろう。
 色々あるが、どちらにしろあの古い遺跡に繋がりがありそうだった。
 私達はその後すぐに、獣王遺跡の近くにあるバルゥ君の獣人村に赴いた。だが、そこで私は目を疑った。なんということだろうか。

「バルゥ君達の獣人村ってここで合ってます、よね?」

 目の前に村はなく、あったのは、蒸気の立ち上る岩の砦だけ。隊長さんに尋ねてみる。

「場所に間違いはないが、なにやら、別物になってやがるなぁ。妙に活気づいてるしな」

 村をぐるりと囲うゴツゴツとした堅牢な防壁。壁からは蒸気らしきものが噴出していて、正門は長大で重厚。そこを出入りするのは商人らしい装いの方々。獣人さんだけでなく、人間も幾人か忙しそうに歩き回っていた。

「こっちはアグナ獣人村に到着した。ちょいと村の様子が以前と違うが、なにか聞いてるか?」

 アルラギア隊長は通信術を通してコックさんに尋ねていた。
 アグナ獣人村というのは、バルゥ君が村長を務めるこの村の正式名称である。このあたりに獣人さんの村はここしかないので、単に獣人村と呼ばれるほうが多いが。
 バルゥ君はまだ少年だが古代獣王の力を継いだ村長である。それは結局王なのか村長なのか。まったくややこしくて困るバルゥ君だ。
 そんなこの村の様子が以前来たときとは様変わりしている。寒村の面影がない。
 防壁と門からは時折、稲妻の如き閃光が空に向かって伸び、飛び交う怪鳥を撃墜。その怪鳥の巨体が落ちてきてはドスウンと轟音をたてていた。
 ふうむ……村の壁がパワーアップしているのは、きっとブックさんの技術指導の賜物だろう。特級の建築術士ブックさん、彼が時間をかけてこの村の方々に技術指導していた時期があるのだ。あれの成果が著しく出たと考えてもよいのではなかろうか。
 ただそれにしても……変化しているのは壁だけではない。活気がある。村の面積すらも、二回りくらい広がっているように思えた。
 それからあの雷撃については……これも一応覚えがなくもない。
 以前私がこの村に滞在していた時の話。地球の発電機の仕組みを村の職人モグラさんに伝えて、それをもとにして雷撃発生装置が製作された。
 あのときよりも……どう見てもかなり大掛かりな装置に進化しているが、根本的には同じものだろうと思う。しかしそれらを総合すると、まったく別の場所に様変わりということになる。
 完全に間違った場所に来てしまったのではと困惑する私。さてそんな中、コックさんの通信術を通して隊長さんへ返答が来た。
 近頃のこの村の状況について、コックさんが調べてくれたらしい。

『ええとなになに、最近の情報だと――アグナ獣人村は、僻地の寒村だったものが突如、変貌。最大のポイントは、火の魔力から雷の魔力を取り出す技術の発案と実用化。これによって取り出した雷属性の魔力によって、雷系の魔導具の一大生産地に変貌を遂げつつある。この計画は、獣王の花嫁と呼ばれる幼女の手腕によって成された――ってな情報になってるな。他にもありそうだが、隊長、詳細を聞くかい?』
「ええと。幼女が成した? なるほどリゼか。そういや前に来た時になにか作ってたな。よし分かった、それならまあ、あんまり騒いでもキリがない。詳細は中に入ってから聞いてみるか」

 隊長は報告を受けてサラリと答えて、サラリと通信を切った。
 あとはとくになにも言わず、通信用の魔導具を腰の道具袋にしまって歩き出す。

「よし、そんじゃ行くか」

 私としてもなんとなく様子は分かった。とりあえず行ってみようと隊長さんを追いかける。だがしかし、今回同行しているウサギ女子一名は、隊長さんに異議を唱えていた。

「え、ちょっとちょっと貴方、アルラギアさんって言ったかしら! なにその反応は! 今の幼女ってリゼお姉様のことね? 結構なニュースだったのでは? 流さないで食いつきなさいな。わたくしはもっと今のお話の詳細を聞きたかったのですけれど? なにそのあっさり具合は。大体まずなんなのでしょうね、この光景は! 壁から煙モクモク! 雷ピシャンでしょ! 話はそこからなのですよ。こんな防壁ありますか! わたくしは少し前にもこの村に立ち寄りましたけれど、その時ですら、ここまでモクモクピシャゴロではありませんでしたよ! もう少し村っぽかったのです」

 どうやらウサギ令嬢ティンクさんの反応を見る限り、アグナ獣人村の防壁はこの世界の常識と照らし合わせて、いくらか特異なものであるらしい。
 そのあたりは私にはさっぱり分からないので、教えていただいてありがたい限りである。
 常識に欠ける人が多いアルラギア隊においては、常識人は貴重な人材である。
 しかし常識のないアルラギア隊長は答えた。

「すまんなティンク嬢。リゼの所業に一つ一つ反応していると日が暮れちまう。とりあえず中に入ろう」
「そ、それは……まあ、そうかもしれませんねぇ」

 ティンクさんは私を見てそう言った。なんともあっさりと納得してしまうウサギさん。
 二人のそのやりとりに私はやや憤りのようななにかを覚えなくもなかったが、淑女らしくおすまし顔で村の入り口への道を歩くことに決めた。
 しかし門へ近づいたら近づいたで、また騒がしく騒々しい騒動が。

「あああっ! リゼ姫だ! リゼ姫が来たぞ! なあ父ちゃん、リゼ姫だ」
「あん、なんだと……おお、本当じゃねぇか。おい誰か! 村長呼んでこい! 散々準備しておいた、祭り作戦開始のときだ!」

 などと獣人さん達から訳の分からないことを言われてしまう。
 それを見ていた隊長さんはおもむろに私の隣に立ち、頭をポフポフと撫で。

「今度は姫呼ばわりか、まあリゼだしな」

 ぬう、なんでもかんでもそれで済ませるのはいかがなものだろうか隊長さん。
 なんだかこの村も、すっかりバードマンさん達のところと同じような空気になってきているなと思いつつ、私は意を決して村の中へと足を踏み入れた。
 するとなんとも恐ろしいことに、今度は獣人の子供らが有り余るエネルギーをほとばしらせて、わーきゃーワンワンガオーと喚きながら歓待してきた。元々子供らは元気だったが、今日は輪をかけて元気である。
 毛並みや色つやも以前より良いような? 初めて来た頃のようなしょんぼりとした雰囲気はもはやなく、村人全体が元気そうである。もちろんその光景は嬉しいものだが、あまりに元気すぎて恐ろしいほどでもあった。
 ふいに人垣が割れると、バルゥ君が現れた。

「おおリゼ! ようやく来てくれたなぁ~! 俺達はな! ずっ~と歓迎の宴の準備をしっぱなしで待っていたんだぞぉ!」

 いつからだろうか? いつから準備をしっぱなしだったというのだろうか。もはや詳しく聞かないことにして、できるだけ速やかに村長宅に向かう。
 村人達にも失礼のないように、ある程度は頑張って愛嬌も振りまいておいたから大丈夫だとは思うが、村長宅に入り込むまでは、まるでライブ会場のモッシュの中へダイブさせられたかのような有様であった。
 ひたすら好意の波ではあったのだが、そんなにやたらと焼き鳥を渡されても、私ではすぐに食べきれない。私は焼き鳥やベーコンまみれになりながら安全地帯であるバルゥ君の家の中になんとか辿り着き、一息つかせていただいた。

「で、バルゥ君。村が発展しているのは分かるのですが、それにしても変化が激しい。いつの間にこんなことに」

 そう尋ねた私に答えてくれたのはモグラ獣人の技術者達を束ねる棟梁、モーデンさんだった。

「お久しぶりですねリゼさん。いやはや大変な騒ぎで申し訳ありません。皆ずっとリゼさん達が訪れてくれるのを待っていたものですから」

 突如地中から現れたモーデンさんに目を瞬かせる。
 するとこれは失敬、と言いつつもモーデンさんはこの村の今を教えてくれた。

「防壁、これはもちろんブックさんの技術指導によるものです。ただ、その後資金にも余裕ができて、今なお増設中です」

 見れば確かに、今も村の境界あたりでは、新たな防壁が建造されている様子だ。

「肝心なのはあれを可能にした資金の出所ですがね、それがリゼさんの雷撃装置なのです。なにせ……装置は我らにマグマからの発電技術をもたらしました。つまり、火の魔力から希少な雷の魔力が量産できるようになってしまったわけですよ。わが村にとっては、まさに革命でした。そしてまもなく訪れた第二の転機、それが……人間の商人達の訪問でした。まだ始まったばかりですが、少しずつ、雷系魔導具の取引が拡大しているのです。ああちょうど今日は、その商会の方のボスが直々にこちらにお越しになると連絡が……」
「ひゃっひゃ、なんだい私の話かい? にしても来て良かったよ、やっぱりいたねリゼちゃんら」

 ここで話に割って入るように勢いよく現れたるは、大魔導士ピンキーリリーお婆さんであった。私達がもみくちゃにされている間に、彼女も村に入ってきたらしい。
 彼女は大魔導士であり、同時に大商会を束ねる立場でもある傑物なお婆さんだ。
 風神さんの事件でお会いして以来だ。
 元気なお婆さんではあったが、今日は一層パワフルに感じられる。

「こんにちはピンキーさん。今日はこちらに御用が? 奇遇ですね、私達もちょうど……」
「奇遇もなにも、こっちはあんたの仕事を追っかけてきてるんだ。前に渡した余りもののイカズチの短槍があったね。リゼちゃんや、あれでなにか妙なもの作ったみたいじゃないか。雷撃発生装置だってね? 私はそれを見に来たんだが……ああその前に確認だ? リゼちゃん、あんた他にも、食い物で商売のネタ持ってるね? こないだ届いたタタンラフタ方面からの情報に、A級料理人幼女リゼって名があったんだが、あれも間違いなくあんただね」

 彼女の大きな瞳はまるで、私を食べてしまうのではないかと思えるほど。こちらを見つめ、瞬きもしなかった。私は思わず、極めて小さな声で「ひぃ」と声を漏らした。
 しかし流石の商人魂というべきだろうか。A級料理人のお話ももう伝わっているらしい。

「ええと、恐れ入りますが貴女が……」
「こいつは失礼。スイートハニー商会が世話になってるね、私が代表のピンキーリリーだ。お会いできて光栄だよ、貴方は……モーデンさんでよかったかね?」
「はいそうです。お話は伺っておりますピンキーさん、私共のボスは……」

 そんな様子でピンキーさんはバルゥ君や他の獣人の方々とご挨拶。
 どうやら商会からはすでに若い人がこの村に訪れるようになっているが、ピンキーさん自身が来たのは初めてらしい。

「今日来させてもらったのは、現場をこの目で見たかったってのももちろんあるが、もう一つ重大案件が。なにせこちらはもっと大きな商いにしないかと提案しているのに、今一つ返事が渋くてね。なにかこちらに不備があっちゃいけないと思って、訪問させてもらったのさ」
「いえいえ不備だなんてとんでもないのですが、しかし私共のような寒村の獣人に、天下の大商会からお声がけいただくとは、いささか信じられず。半信半疑で少しずつ取引させていただき始めたところで……」

 モーデンさんの答えにピンキーさんは眉をあげ、居住まいを正し、あらたまって言う。

「なるほど……本来なら初めからリゼちゃんに間に入ってもらうのが良かったんだね。だけどしばらくホームにいなかったろう? だからリゼちゃん今日からでいい、頼むよ、あんたも話に加わってくれ。商会ともアグナ獣人村ともアンタなら付き合いがあるんだから。そもそもマグマ発電の発案者に対する分配金の話もあるんだ」

 すでに私の出る幕じゃないような気もしたが、強硬にお誘いいただいた結果、両者の取引に私も発案者として参加することになってしまった。
 ピンキーさんが笑みを浮かべる。

「それじゃあよろしく、天才幼女。今忙しけりゃ、あとで詳しい資料と契約書を纏めてホームに送っとくよ。にしても、こっちがアレコレやってる間に、リゼちゃん達、今度はタタンラフタとエルハラで伝説を作ってきてるんだから困ったもんだ。追いかける婆さんの身にもなってもらいたにもんだね。あっひゃっひゃ」

 いつもの元気な魔女笑い。
 ともかく今この村が活気づいている理由が分かった。
 この世界では雷の魔力は希少。たとえば雷系の魔導具を作っても、安定して雷の魔力を充填してくれる人も場所もほとんどないのだと、かつてピンキーさんも嘆いていたのだ。
 しかし、ついうっかり私達が開発した火の魔力から雷の魔力を生み出す装置によって、誰が変わったとそういう話らしい。
 それを聞いたバルゥ君がうんうんうなずく。

「皆が歓待したがるのも無理ないだろ? このあたりは食用になる魔物も植物も限られていて、金にもならないのに強い魔物ばかりが出現する。自慢じゃないが大陸内でもトップレベルの寒村だった。どうにもリゼには助けられてばかりだ。俺も頑張らねばな」

 すると今度はウサギ令嬢ティンクさんが動き出した。彼女がそっと私の後ろから呟いたのだ。

「お姉様、お姉様っ。こ、この方が新獣王のバルゥ陛下なのですよね……」
「ん? ああそうですよ。こちらがバルゥ君です。初めてでしたね」

 そうそう、そうであった。こちらのティンクさんはバルゥ君狙いであった。獣王の花嫁候補の一人として、バルゥ君に会いたいと以前から訴えていたのだ。

「でもでもお姉様……獣王陛下って聞いていたよりもちんちくりんでございますね。獅子獣人らしからぬ小ささ」

 早速失礼なことを言い出すウサギさんであった。彼女は獣王化したバルゥ君の姿のことしか聞いていないらしく、それで拍子抜けしてしまった様子。実際には彼が獅子化するのは、本気で戦う時だけなのだ。

「なんならリゼお姉様のほうが勇ましく、男前かもしれませんわ」

 いやいや。バルゥ君をちっちゃいだなんて言うのなら、私のほうがもっと小さい。ましてこんな幼女には、まったく男前要素はないだろう。
 私は小声でそんな話をティンクさんと繰り広げていた。
 彼女は私を見たりこっそりバルゥ君を見たり、お耳をあちこちに傾けたり元に戻したりとせわしなく動いていた。やや緊張している風でもある。
 私よりも背が大きいウサギさんだが、今はヒョコヒョコと小動物のように動きまわって可愛らしい。
 さてそんなこんな色々とありすぎて忘れてしまいそうだったが、違うのだ。本題だ。
 ここに来た目的は村の見学ではないのだ。
 なぜかどこへ行っても騒がしくなってしまうが、そう、私たちは今日、古代獣王遺跡に潜ろうと思いこの村に来たのである。
 バルゥ君は遺跡に何度か足を運んでいるから、中の様子に詳しいだろうと思ってだ。
 あるいは、古代遺物アーティファクトである聖杯に関わる出土品があるかもしれないし、他にもなにか関連しそうな情報があれば教えてもらえないかなとも思い訪問したのだ。
 当初の目的を忘れてはならない。
 私は、出していただいた焼き鳥、すなわち皮つきの怪鳥肉を甘辛ダレでパリッと焼いて上に香草をのせた上品な一皿に舌鼓を打ちつつ、本題に入った。

「もぐもぉぐ。ところでバルゥ君、遺跡について聞きたいのですが」
「遺跡について? もちろん、なんでも聞いてほしいが」

 彼は誰よりも探索をしている。いわばあの遺跡のトップランナーである。

「そうかそうか、ついにリゼも獣王遺跡に興味をもってくれたってことだよな! 嬉しいぞ、いや嬉しいなぁ。そうだ! これでリゼの尻に尻尾が生える日も近そうだな」

 バルゥ君は、なんとも愉快そうにそう言った。
 尻尾の件。まだそんなことを覚えていたのか彼は。バルゥ君は、私がいずれ獣人に変化して、自分の花嫁になると信じているらしいのだ。
 むろん私に尻尾は生えてこない予定なので、他の女の子を探してもらうのが良かろうと思う。
 ちなみにこの村の人達だけでなく、一般的に獣人さん達は古い言い伝えなどを好む傾向が強い。
 ウサギ令嬢ティンクさんの場合は、古代の物事を探求するのに熱心だ。

「なあリゼ、遺跡に興味があるなら、遺跡から出た遺物も見ていくか? 俺が何度か潜って持ち帰ったものだ。長老連中に見てもらったが、まだなんだか分かっちゃいない」

 バルゥ君はそう言うと奥の部屋へと向かい、木の盆にうやうやしく載せられたいくつかの遺物を持ってきた。ワフワフヘッヘと彼の息が弾んでいる。


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