転生幼女。神獣と王子と、最強のおじさん傭兵団の中で生きる。

餡子・ロ・モティ

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4巻

4-1

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   はじまり


 幼女リゼとしてこの世界に降り立ったあの日、私は神獣ラナグと、とんでもないおじさん傭兵団に出会った。
 優しい日常と美味しいゴハンを楽しみつつも、ちょっとした大冒険にも突入しがちな日々。
 神聖帝国では地下神殿の冒険。フロンティアでの古代獣王遺跡事件もあったし、先日は闇夜エルフの女王陛下とのアレコレもあった。こちらでの暮らしも長くなってきた最近だ。
 そしてここまでの大冒険の結果、なぜか私はA級料理人となっていた。いや冒険続きで、どこに料理人として実力や地位や名声が高まる要素があったのかと思わなくもないが、なにせ行く先々で出会う方々が食いしん坊ばかりなのだ。その筆頭は、なんといっても神獣ラナグだろう。
 いつも腹ペコで、未知の味が大好きで、とても神格の高いモフモフワンワンである。
 神聖帝国で仲間になった三精霊と千年桃のピチオさんもそうなのだが、他の神様なども、皆腹ペコぞろいなこの世界であった。
 前回の旅では、闇夜エルフの女王ロザハルト副長のお母上とのご挨拶を無事に完了させ、最大の目標だった子精霊達の服も制作できた。ついでといってはなんだが、予定外に聖杯なる謎のアイテムも手に入れたところ。
 今日ちょうどエルハラの旅を終えて帰ってきた私達である。


 ここは傭兵団のベースキャンプ。隊員さん達の賑やかな声が聞こえる。
 久しぶりのホームだ。
 人ごみの中、馬車から降りて皆さんとご挨拶していると、遠くから私を呼ぶ声がした。

「おっ、リゼちゃん師匠帰ってきたな! 俺にも向こうでの話を聞かせてくれよ‼」

 その声はコックさんのもの。彼もまた食いしん坊の筆頭格で、アルラギア隊の中ではナンバーワンといって差支えなかろう。
 私は手を高く上げて振った。今の私の腕は幼女サイズだが、コックさんにはちゃんと見えたようだ。ニッコリ笑って手を振り返してくれた。
 そうしているうちに馬車からは荷物が次々と降ろされて、地面にごちゃりと積み上がる。
 ほとんどの荷物は、子供服職人のロアイアさんの持ち物だ。彼女は馬車を降りて荷物の整理中。そしてもう一名、別の馬車からウサギ令嬢のティンクさんがピョンと降り、長い耳が揺れた。急な話だったのだが、彼女も今日からこのホームで暮らすことになっている。この地で聖杯の研究を進めるのだそうな。
 なんとも賑やかになっていくばかりの日々だ。沢山の人と荷物。その間を縫うようにしてコックさんが顔を覗かせた。

「で、リゼちゃん師匠、なにを食ってきた? きっとまたなにか美味うまいものでも発見してきたんだろう? ああいやいや、お土産を催促してるわけじゃないんだぜ?」
「色々ありましたけど、むろんお土産もありますよ、たとえ催促してなくてもです。はいどうぞ」

 私は亜空間に収納してあるアイスクリームを、シュガーコーンに乗せて渡した。
 アイスは生クリームを見つけて作った旅のお土産で、コーンはつい先ほど馬車の中で作ったばかり。

「こいつは……」

 コックさんがそれを見て、なにかを言おうと口を開けた――が割って入って、別の人物が声をかけてきた。それはなんとも珍妙な客人だった。

「リゼという幼女はお前か。俺は……勇者だ。お前に尋ねたい。なにか怪しいものおかしいもの、普通でないもの、非常識で異常なもの、驚異的な存在、そういうなにかに心当たりはないか⁉」

 自らを勇者と名乗ったかと思えばこの言い様。おおよそ不審者である。
 がしかし、どうやらちゃんと許可をとってここまで入ってきたらしい。訝しく思いながらも話を聞いてみるが、その後も物騒な言葉や質問ばかりがやたらに出てくる。
 突然そんな風に言われても、とんでもないなにかなんて心当たりが……いくらでもあるのが恐ろしいところだった。なにせラナグだってアルラギア隊長だって、他の方々だって、他所よそから見ればそう見えてもおかしくない人材ぞろいである。
 この引き続き語る自称勇者の肩を、ふいに後ろからグイと掴む手があった。

「おいこら勇者、来賓室で少し待ってろと言ったろうが。話はまず俺が聞く。あとでリゼと話す時間もとってやるから待て。ったく、俺だってまだリゼにおかえりを言ってないんだぞ」

 そのまま勇者君を捕まえて来賓室へ行きかけたアルラギア隊長だったが、戻ってきて言った。

「ああリゼ、おかえりだなうん。元気そうだ」

 満面の渋い笑みの隊長さん。私は答える。

「はい、ただいまです。ただ……おかえりとはいっても、一緒に旅に行ってたみたいなものじゃありませんかね。旅の間の隊長さんは人形状態だったとはいえ、ほとんどずっと一緒でしたよ」
「だぁ、そんな馬鹿な話はない。人形だぞ、アレはアレ、コレはコレ、リゼはリゼだ。なぁラナグ。それから精霊達も、おかえり。元気で無事で、良く帰ってきたな。うんうん。立派な服も着て、うんうん。全員大きくなったなぁ」

 三精霊は『ピヨッ』などと言って隊長さんに応える。言葉もジェスチャーも人間と精霊では伝わりにくいのだが仲良さげである。しばらく人形モードで過ごしていた隊長さんは、精霊達と一緒に私の腕の中にいる時間が長かったから、それで親密度も上がったのかもしれない。
 そんな隊長さんと共に、勇者の青年はホームの奥へとしぶしぶ向かっていく。

「おっさんいいか、これは世界のために必要な大仕事。あの幼女の近くにとんでもないのがいる。俺はそれを討滅しに来たんだ!」

 遠くなる声に気になる部分はある。
 ただ重要であるがゆえに、まずは隊長さんにお任せするべきだろう。
 いっぽう、一連の様子を前にしてコックさんは実に真剣な目つきで言うのだった。

「リゼちゃん師匠、今のやつはいいのか? 魔王がどうとか? もっともこの隊にゃあ、それに類するやつならごまんといそうだけど」
「そうですね。いるのかもですが、まずは隊長さんが聴取されるそうですので私はのちほど」
「なら、リゼちゃん師匠、質問してもいいか? この、この……」

 ひどく真剣な目が私を射貫く。なんだろうかと思わず身構える私。

「このアイスの下側の、サクサクのはどうなってるんだよリゼちゃん師匠ぉぉ」

 彼はお土産のアイスを強く優しく握りしめたまま、そこに立っていた。コックさんが高い関心を示したのは、案の定アイスで、しかも手に持ったシュガーコーンの部分であった。
 私が馬車の中のヒマな時間で作ったコーンであった。

「ワッフル生地っぽいが、もっと薄いな。円錐の型に巻き付けてから生地を焼いたってとこか……」
「よく分かりますね。ですが、まずはご賞味ください」

 私にとっては馴染みあるアイスのコーン。だがもちろん実際に作ったことなどなかった。馬車の中をコーンまみれにして試作した逸品だから、そこに興味を持ってもらったのは嬉しくはある。
 しかし溶ける前にメインであるアイスのほうも食べていただかねばならない。

「た、食べてもいいのか?」
「もちろんですよ。溶けちゃいます」

 彼は一口かじると、そのままコーンまでサクサクいき、そしてなぜかバク転をした。
 バク転三回から、伸身の後方二回転ひねりを決め、残りのアイスを舐めて、コーンを齧った。
 彼は額の汗をぬぐいながら言う。

「ふう、氷菓子とは思えぬ柔らかさ、思わず飛び回らずにはいられないぜ。それだけじゃない。コーンの三角形のフォルムと、その上に載るアイスの丸いフォルムの融合も魅惑的、蠱惑的、愛おしい」

 などと言いながら、またバク転をしていた。器用な人である。
 まったくもう少し落ち着いて食べたらいいのにとも思いつつ、私とて、コーンに載ったアイスクリームの姿の完成された美しさには同意だった。やはりアイスといったらコレが楽しい。究極フォルムであるといえよう。

「あのコックさん、アイス&コーンが至高なのはともかくとしてですね、私からも一つ伺いたいことが。発酵調味料に関わりそうな、聖杯というものを持って帰ってまいりまして……」
「モグモゴ、お? 伝説の調味料について、なにか掴んできたってのか? リゼちゃん師匠」

 しばらく前の話だが、お醤油らしきものの伝説について、コックさんからチラッと聞いたことはあったのだ。それが聖杯と関係しているかは分からないが、確かめてみる必要はあるだろう。
 コックさんと詳しい話をしようと、ぐっと身を乗り出したところ――

「聖杯のお話ですかお姉様?」

 ウサギ令嬢ティンクさんが参戦してきた。荷物の整理は終わったらしく、子供服職人のロアイアさんも一緒だ。
 ウサギ令嬢の後ろには、銀色のウサギ女子数名が御付きとして控えている。彼女らも皆、ティンクさんと共にしばらく滞在予定だ。
 一気にホームの女子率が急上昇。ただしほとんどウサギ、という状態であった。
 コックさんも連れて、新たに造られているはずの女子棟へ向かう。
 彼女らが滞在する予定の女子棟は私のお部屋のすぐ近くに新しく建てられている予定だが……行ってみると、ひどくファンシーな木のおうちが大々的に建立こんりゅうされていた。
 そのファンシーぶりたるや、今にも二頭身にデフォルメされた森の動物達が扉を開いて出てきそうなおもむきである。実際、ウサギ令嬢ティンクさんがこの建物を背にすると、似合いすぎていて困惑するほどであった。
 幸いウサギ令嬢チームの趣味には合うらしく。

「あら、傭兵の駐屯地と聞いておりましたから期待はしてなかったのですが、良さそうですわね」

 思いがけない相性の良さ。いっぽうまあ私の部屋もかなりのファンシーっぷりなのだが、そちらは今度もう少しシックな大人の淑女仕様に調整していただこうかなんて思っている。
 入居準備は進み、ウサギ令嬢の荷物からは古代遺物アーティファクト研究のための道具なども荷ほどきされる。

「リゼちゃん師匠。すまんけどさっき話にあった聖杯ってのを俺にも見せてもらえるか?」
「ああもちろんです、コックさん」

 そう、コックさんとはこのお話をしたかったのだが、ようやくたどりついた。
 私としては、このお醤油の香り漂う聖杯を、食材情報に詳しいコックさんにぜひ見ていただきたいと思っていたのだ。
 ティンクさんに聖杯を見せてほしいと伝えると、さっそく荷物の中から取り出してくれる。
 この聖杯はホームの近所にある古代遺跡にも関連しているのだそうで、彼女は今後、そこでの調査を進めたいのだとか。ただ実際、半分くらいはティンクさんの趣味というか、ただただこちらへ遊びに来たかっただけではないかと私は思っている。
 ティンクさんが出した聖杯が私に手渡される。それにコックさんが触れようとすると……

「ちょっと貴方待ってくださる? わたくしがエルハラとお姉様から委任されて管理していますの。汚い手で触らないでくださらない?」

 ティンクさんはそう言って、可愛らしいウサギ前歯をむき出しにしてちょっぴり威嚇した。可愛いような恐ろしいような顔であった。いっぽうのコックさんは。

「汚いわけあるか俺の手が。常に衛生管理には気を配っているんだからな」

 そんな部分に激烈に抗議をしていた。
 衛生管理まで含めて、食には大変うるさい彼である。食に関しても非常に博識なので、一緒に仲良く調べてみてほしいのだが。引き合わせたのは悪手だったのかと戦々恐々。
 ともかくこうしてお二人の談義は始まった。やや心配しつつ見守る私だったが、本題が始まれば意外と噛み合い、片付けもそっちのけで日が暮れるまで情報交換は進み――

「……つまり、おそらく聖杯自体はこれで完成してるんだよな?」
「わたくしはそう思います。ただ、起動はしていない。なにか、まだ足りないものが」
「そいつはもしかすると……」

 ありがたいことに、話はちゃんと進展を見せていた。
 だがしかし、ここでとんでもない事態が私を襲った。バタリ! 私がいつもよりちょっと早めに眠くなってしまったのだ。なんということだろう、長旅の疲れだろうか。

「あ、リゼちゃん師匠、すまんすまん、ベッドに連れていこう」

 コックさんが言ったが、一足先にラナグが私を背に乗せてくれた。
 う、う、う、うぐぬ。もはや幼女は眠かった。あまりの眠気にふわりとした眩暈めまいすら覚えるほど。たとえ口の中に美味しいものを放り込まれても、咀嚼しきる前に眠ってしまいそうであった。
 気力を振り絞り、少しだけ家庭菜園の様子もチェックしたが、コックリコックリが止まらない。
 というわけで私はおやすみなさいをして、ファンシーな自室までラナグに運んでいただき、そのまま三精霊達と一緒にベッドに潜り込んだ。

「おやすみリゼ、ともかくよく寝るんだぞ」

 隣の部屋から隊長さんが顔を覗かせそう言った。そういえば勇者君はどうなったのかなと思ったが、隊長さんが扉を閉めた隙間からこちらの部屋に入ってくる僅かな明かりが、細くなって消え、私は眠りに落ちていった。
 そしてこの夜、私は地球の父の夢を見たような気がした。深く深く眠りに落ちていきながら。


『リゼ、リゼ、リゼ……』

 思うに、今は夢の中である。
 私は今ベッドの中でぐーぐー寝ているところなのだ。
 しかしこの夢は妙だ。あまりに生々しく身体感覚が残っている。

『リゼ……』

 先ほどから夢の中で誰かに名を呼ばれているようだ。
 声のする方に目を向けてみる。と、そこになにかがいる。
 ぼんやりとした光のようなもの? にしか見えなかったのだが、じいっと凝視していると次第に一つの形をとった。それは……
 アゴの割れた、ハゲマッチョの男性であった。
 アゴ割れハゲマッチョ。おお、その姿はまさに我が父のものではないか。地球のお父様である。
 私がこちらの世界に来るよりも前に亡くなってしまっていた、懐かしの父の姿である。
 ただ姿も声も父ではあるが、違和感がある。外側だけが一緒で、中身はまるで別人。そんな違和感がある。そう疑ってみると、眼前の人物は途端に姿を歪めてしまった。私は尋ねる。

「ええと、どちらさまでしょうか? どこぞの夢魔かなにかでしょうか?」

 相手はなにかを答えるそぶりを見せたが、そのまま淡く消えてしまった。


 ほとんど同時に、私は夢から覚めてしまっていた。どうやら朝らしい。
 もう一度寝たら続きがあるだろうかと、私は二度寝を試みた。が、結果として、ただ二度寝しただけであった。なにも起こらない……ラナグ先生にでも聞いてみたらなにか分かるだろうか。
 ラナグは今私の目の前で、珍しくまだ熟睡している。私を抱きかかえるようにしてもぞもぞとしていた。ラナグ早く起きないかなと思いつつ、寝返りをうってみる私。コロン。
 私の枕の向こう側半分では、千年桃の妖精ピチオさんがヨダレを垂らしながら眠っていた。木に宿る妖精のくせに人様の枕で眠り、ヨダレを垂らしている。
 三精霊も各々ダイナミックな寝相でベッドの上に展開中。
 私は瞬きを何回かしているうちにすっかり目が覚め、そっと身体を起こした。
 ラナグが起きるまでの間、少し外に出てみようか。
 ピチオさんの顔を見て思い出したのだが、今日は彼の宿る桃の木に肥料を撒こうと思っていたのだ。
 お出かけから帰ってくるたびに、もはや恒例になってきているこのイベント。旅から持ち帰ったピチオさんの肥料になりそうなものを、アレコレ撒くのだ。
 庭先に出てみる。まだ朝早いから誰もいない。
 ピチオさんがムニャムニャ言いながら、寝ぼけまなこで私の後を追って飛んで出てきた。
 それからすぐに三精霊も起きて外に出てきた。
 私達は朝の澄んだ空気の中、旅で集めた魔石などを埋めていく。雑談交じりの会話の中でピチオさんは言う。

『へぇ、夢に? ごめんなさい、ちょっと僕には分からないですけど……やっぱりラナグ様ですよね、そういうのは。あ、起きたみたいですよリゼさん』

 その言葉と同時に、珍しくお寝坊さんであったラナグ先生がのっしりのっしりと歩いて出てきた。

『リゼ、夢で妙なのに絡まれなかったか?』

 そして私が尋ねる前に向こうから聞かれてしまう。私はうなずきながらアレがなんだったのか知っているかと尋ねてみる。しかしその答えは曖昧だった。ラナグはなにかを感じただけで、私のように夢としてはっきり見たわけではないそうな。
 肥料撒きが終わると、すっかり朝。朝露がお日様でキラキラと輝く。
 私はラナグと相談して、あの勇者君とあらためて話をしてみることにした。


 隊長さんの部屋を訪れると、彼をすぐに連れてきてくれた。勇者君は十代後半くらいだろうか。血気盛んな若人という印象で、名はシャイル君と言うそうな。

「ではあらためまして、大切なお話があるとか? 詳しく伺っても?」
「もちろんだ。話がある。この世界に関わる……なにより大事な話だから、聞け」

 そしてこの自称勇者の若者が言うのだ。

「この大陸の、このフロンティアエリアから、とんでもないなにかが生まれているという神託を授かったのだよ。我らは。実際にその波動も観測したのだ」

 曰くその波動というのが、どうも人類を滅ぼす恐ろしいなにかが誕生している証拠なのだとか。彼はその正体を捜し求めて、はるばる別の大陸から旅をしてきたと言う。ふうむ、神託か。
 こっくりうなずきつつ聞くと、勇者君は勢い込んで私に聞いた。

「あらためて聞く。なにか怪しいものおかしいもの、普通でないもの、非常識で異常なもの、驚異的な存在、そういうなにかに心当たりはないか⁉」

 異常で非常識で恐ろしく驚異的な何か……考えを巡らせてみると、やはり心当たりは平然とある。ありすぎる。いや、どこをとってもそんな存在ばかりなのだ、私の周囲にいる方々は。
 たとえばまず、ロザハルト副長だってそうだろう。なにせつい先日のエルハラ旅で、闇をべるだのべないだのという話があったばかりである。
 その旅の前には古代獣王バルゥ君の一件もあった。彼の覚醒モードの獅子獣人姿は威風堂々としたものだが、もしかすると立派すぎて魔王っぽくも見えるかもしれない。
 能力でいえば、アルラギア隊長は破壊神よりも破壊神みたいなところがある。というか彼は、子供時代の異名が破滅の御子みこだった。これはもう相当なことではなかろうか。
 その上、私の生まれ方だって異常といえば異常である。
 ラナグはどうか? 能力的には人類を滅亡させたりもできるかもしれない。けれど高位の神獣ではあるし、人類を滅ぼす魔王的な雰囲気はない。
 やはり思い当たるには思い当たるが、皆さん良い人ばかりで、あまり人類を滅ぼしそうにはない。一応ラナグにも確認してみると。

「ねえラナグ、ラナグって人類を滅ぼしたりできるかな?」
『我か? やってやれないこともないが、なんだ、やるのか?』
「やらないやらないよ。美味しいもの食べられなくなっちゃうよ?」
『そうだな、そもそもリゼだってこの隊の連中だって人類だしな、今のところ連中をヤル予定はない。リゼもないだろう?』
「ないない、全然ないよ」

 当然私にもない。なにせ淑女たるもの人類を滅ぼしたりはしないのだから。
 そもそも私にそんな力はあるまい? ないよね?
 やろうとしてみたことはないが大丈夫なはず。やってみたら意外とできたなんてことも世の中にはあるが、大丈夫なはず。
 身内以外はどうだろうか? とくに思い当たらないが、それらしい存在がこのあたりで誕生しているのなら、迷惑なことだ。
 アレコレ考えている間に、勇者君はさらに話を続ける。

「どうもお前らはやたらにのんびりしているな。アレだぞ、俺が生まれ育った大陸じゃあ話題沸騰だぞ? 終焉の卵がかえったなんて言われてる。それで多くの候補者の中から俺がトップの成績で筆頭勇者に選ばれて、旅立ちの時は祭りも開催されたくらいだ」

 やや自慢げに語る彼。ともかく長い冒険の旅があってここまで来たのだとか。ちなみに筆頭勇者は彼一人だけらしいが、それに準ずる存在は他にもいて、その方々もまたこの大陸のこのフロンティアエリアに関心を抱いているとのことだ。なんとなく面倒ごとの匂いがしないでもない。

「まあ俺に従え、協力しておいて損はないぜ?」

 そう語る彼の雰囲気は自信と輝きに満ちていた。ただ、どうにも勇者という言葉の響きほど品行方正な人物には見えず、どちらかというとやや不良じみた振る舞いだ。また、そういう人間特有の馴れ馴れしさも持ち合わせていた。

「にしても、なぜ私のところへ?」
「神託では幼女がキーパーソンだってことになってる。この大陸に上陸して情報を集め、人々に話を聞いて回った結果、幼女リゼという名が頻出した。だから協力しろよ、なあ?」

 などとのたまう勇者様。神託か。あれもなかなか不正確なもので、神が信徒にお茶一杯を用意させるだけでも苦労するような代物だ。どれだけ正確に伝わっているのかも分かったものではないが。
 ただ私も昨晩、不可思議な夢を見ていて妙に気になる感覚もある、たとえばあの夢がどこぞの神様からの神託だった可能性だってある。
 ムムム、と迷っていると、後押しするように勇者君が続ける。

「もしも今お前に心当たりがまったくないなら、これから突如なにか良くないものが、誰かの身中に目覚める可能性もある。我々に下った神託でそれは『闇落ち』という名で呼ばれていた」
「闇落ち? なんだそりゃあ」

 隊長さんがそう言った。彼もこの件にはしっかり関心がある様子だった。もっとも隊長さんは、フロンティアで起こる怪現象については、大抵興味を抱きそうだが。
 地球出身の私からしたら、この世界の全てが怪現象以外のなにものでもないけれど、どうもその中でもまた特殊な問題がフロンティアにはあるらしい。
 にしても闇落ちか。ふうむ重要そうな情報ではないか。早く言いたまえよキミ。
 先を促すように首を傾げると、勇者君は意気込んで語ってくれた。
 どうやら『闇落ち』は、地球で使われているのと似たような意味で、誰かがなにか悪いパワーのほうに傾いてしまう現象だそうだ。
 たとえばだが、今私の目の前にいる人物、アルラギア隊長。このとんでもない系男子の一人が闇落ちしようものなら大事おおごとだ。なにせ正気のときですら、そこそこの危険人物なのだ。思わず戦慄する。戦慄がもう完全に走り回っているけれども、シャイル君の話はまだ先がある。

「神託によればもう一つ……『古代の王国』が云々という話もあったそうだ。聞けばこのあたりには古代獣王の遺跡なんてもんまであるそうじゃないか。ならまずそこに向かってみるのも悪くない。あんたら正確な場所は分かるか? あるいは他の選択となると、ひたすらそっちの幼女について回るくらいしかやることが思いあたらん」

 ついてこられるのは迷惑だ、なんて言わないけれども、どちらかと言えば遺跡に行ってくれたほうが望ましい。しかし、アルラギア隊長は難色を示した。

「遺跡か……案内ならできなくもないがお前さんの実力だと、ちと厳しそうだな」

 その言葉に反発する勇者君。

「俺は勇者だぞ? だったらともかく、しばらくリゼに同行させてもらうぜ」

 やや迷惑な気もしたが、まあ構うまい。もっと情報が出てくる可能性もある。
 するとアルラギア隊長は私にこっそり告げた。

「なあリゼ、言っとくがこの勇者君は全然弱いからな。隊の連中と同じ感覚であちこち連れまわすと、近場でも即死しかねんとだけは言っておくぞ」
「そんなにですか?」
「そんなにだ。まあ実際一緒に行動してみりゃあ、本人も納得するとは思うが」

 行ってみれば分かる、か。ならば行ってみるのが早かろう。
 色々な思惑が重なった結果なのだが、私達は遺跡行きに向けて準備を始めた。勇者君は一度離れ、冒険用の装備を整えてくるという。
 アルラギア隊長は当然の如く同行を決めていて、しかもすでに準備万端。いつでも彼は万端だ。他にもティンクさんが参加を希望し準備を進める。そんな最中、コックさんも姿を現す。

「リゼちゃん師匠、これ渡しとくぜ! またあっちこっちに出かけちまう前にな。取り寄せに時間かかったが、ようやく届いた物だ」

 彼は手を清潔に磨き上げてから、つややかに仕上げられた木の箱を取り出す。ケースの留め金がパチンと音をたてる。箱の中には銀白色に輝く……ナイフの柄だけが入っていた。

「手に取ってみてくれ。約束してた包丁セット。リゼちゃん師匠の手に合わせた特注品だ」

 そういえば、まだホームに来たばかりの頃に、子供用の包丁セットを用意してくれるとコックさんが言っていた。コックさんは箱を手にして言葉を続けた。

「遅くなったけど、ある意味ではちょうど良かったかな。聞いてるぜリゼちゃん、A級料理人になったそうじゃないか、ならこれはお祝いだぜ! 小さな料理人の大きな一歩に、ささやかながら華を添えさせてくれ」

 前回の旅の途中、タタンラフタの女王陛下との出会いで、そんな流れになったのを思い出す。
 行きがかり上の展開だったが、こうして気心の知れた人にお祝いしてもらうと嬉しいものだ。ありがたく頂戴する。あらためて見てみるが、そこにあるのは、やはり柄だけ。
 刃は交換式なのだろうかと思いつつ手に取ると、その柄は、吸い付くように手中に収まった。

「よしリゼちゃん師匠、サイズは良さそうだな。あとはこうやって、左手でブーンと」

 言われた通りに柄をこするとあら不思議、刃が現れて伸びていった。
 まるでビームソードのように刃が伸びるのだが、明らかに刃は金属である。

「長さは自在、刃の厚みも自在。戦いながら強靭なドラゴンを三枚おろしにだってできる業物わざものだが、完熟しきってやわらかな桃だって、形を崩さずにスッパスパだぜ」


 やや物騒な通販番組みたいな商品説明をするコックさんであった。
 どうやらこの世界基準で考えてもかなり特殊なアイテムらしく、ナイフマニアの隊長さんも横から首を伸ばして、興味津々で眺めていた。


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「幼女~」コミカライズ開始でございます! よろしくどーぞm(_ _)m
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