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2巻
2-1
しおりを挟む隊長と王様と。
思い起こせば、ちょっとだけ前のことである。
私はある日突然この見知らぬ異世界に転生していた。
あろうことか、なんとも可愛らしい幼女の姿で。
名前はリゼ。身体は幼女で心は淑女で、ついでに魔力はチート級。転生の原因は不明。そんな新生活の始まりだった。
腹ペコ神獣ラナグと仲良くなったのも、この世界へ来てすぐのことだ。美味しいものを求めて意気投合した私達は、ともに歩きだした。
しかし、話はまだそれだけでは終わらないどころか、始まりもしない。
ついでといってはなんだが、異常に強い傭兵団のおじさん&お兄さんにも保護されてしまう。これがまた妙な人達なのだ。一介の傭兵団の一部隊にしては規模も大きいし、むやみに強いし、なんだか身分は高いし。
彼らを束ねているのはアルラギア隊長という人物。なのだが、さて……
私は今、隣に立っているその人物のことを考えていた。
アルラギア隊長は世間で、いったいどういう立ち位置にいる人なのだろうかと。
まず第一に彼は、ちょっとだけ名の知れた傭兵団の隊長だ。そのはずだ。
次に、私の保護者を務めてくれている人物だということも、挙げておこう。
彼の率いるアルラギア隊の皆さんはやや暴れん坊な面もあるけれど、それでも優しく紳士的な方ばかりだ。
隊長さんの年齢は、おじさんとお兄さんの間くらい。見た目は厳つい。
さてアルラギア隊長の基本情報はそんなところだろうか。なのだが、しかし。目の前のこの状況はというと。
少なくとも今この場での彼は、聖人か、皇帝か、あるいは化け物かなにかのような扱いを受けていた。王様っぽい人達がかしずいているのだ、アルラギア隊長に。
とてもではないが、そこらの傭兵隊長が受ける扱いとは思えなかった。
いや、そもそも彼のこれまでの生活状況からしておかしなところはたくさんあったのだが。それにしても今日はまた異様ではないだろうか。
そしてまた誰か身分の高そうな人物が挨拶に来る。隊長さんの隣にいる私としては、とっても非常に居心地が好くない。
まったく今朝は妙な場所に連れてこられたものである。まだ朝ゴハンも食べていないというのに。
ちょっとした混乱を見せる私の脳内。
昨日は寝る前になにをしていたっけと、少しばかり頭の中を整理してみることにした。
ええと、そう、昨日は神聖帝国という名称の妙な国の、これまた怪しい地下組織、古代神学研究所に乗り込んだのだ。
そこの職員に、とある木の妖精さん達が攫われたという話があったからだ。
ちなみに古代神学研究所というのは、帝国政府と裏で繋がっているような、危険な犯罪組織だとは聞いていたのだけれど、隊長さん達はお構いなしで、いつもどおり暴れていた。
結果、私は木と妖精さん達を見つけだした。その木々の名は千年桃。特別な霊木だ。私達は彼らを地上のあるべき場所に戻した。
このあたりで急激に眠くなったのを覚えている。幼女の限界というやつだ。
なにせ幼女だ、夜はすぐ眠くなる。いかにこの世界に来てからの私の身体が元気いっぱいもりもりのもりで、チートな魔力が満ち溢れていようとも、眠いものは眠いのだ。
そう、もう一つ思い出した。
寝る前にはたしか、助け出した千年桃の皆さんから、桃源郷なる場所に招待していただいて、祝福された苗木を一本いただいた。その木に宿っているまだ生まれたばかりの小さな妖精さんがいて、私についてきたいと言い出したからだ。
その苗木は今のところ持ち歩いている。ホームと呼ばれるアルラギア隊の拠点に帰ったら、どこか良さそうな場所に植える予定だ。
今この瞬間も、苗木の周りでは小さな妖精さんが元気に飛び回っている。
さらにその傍らにもう一名の別な存在。こちらは風の子という種族の精霊さんだ。
この子とは空の上で出会った。風の子さんは迷子になっていて、風神さんという格の高い神獣さんを捜していた。
なんやかんやあって一緒に風神さんを捜し、無事に、神聖帝国にて発見。
そこでお別れと思いきや風の子さんも、私と一緒に来ることに。今は私の頭の上に乗っている状態である。髪の毛の束の間から、オコジョっぽい白い顔だけをヒョッコリと出している。
こうして精霊一名、妖精一名が私達に仲間入り。
昨日の出来事は概ねそんなところだろうか。
すっかり夜になって、眠り込んでしまった私はその後、ピンキーお婆さんの邸宅に運ばれて一泊。
お婆さんは神聖帝国の大魔導士で、アルラギア隊長とは古くからの顔馴染みの人物だそうだ。
そして今朝になる。
おはようございますと元気良く起き上がった私は、朝ゴハンも食べずに隊長さんに連れられ、謎の魔導具によって転移して、この部屋の前に連れてこられた。
目の前に現れた扉を開けて中に入ってみると、そこに居たのが王様っぽい方々の群れだったというわけだ。どどんと居並ぶ高貴そうな人々が私の目に映る。
実際のところ詳しい身分は分からないのだけれど、頭に載せているのはどう考えても王冠であり、超高級カーテンのようなマントも肩に羽織っている。
もしあれらが全てコスプレだとしたら、あまりに高度すぎるコスプレである。
隊長さんは言う。神聖帝国での話がやや大きくなってきてしまったから、偉い人々に話をしておくのだと。
「なるほど。アルラギア隊長が暴れん坊で、昨日無茶をしたからですね」
「俺も多少は暴れたがな、リゼもだぞ。むしろリゼを放っておくと、いつもいつも出来事がどんどん大事になっていくと俺は思う」
「そうでしょうか」
「そんなおすまし顔をしても騙されないぞ。見た目はただただ可愛い子供なんだがな、リゼのお転婆ぶりは俺を上回ってるよ。まったくかなわんな」
言いながら、少年のような屈託のない笑みを見せる、ほんのりタレ目のアルラギア隊長であった。
そんないつも通りの隊長さん。しかし誰も彼もが、この隊長さんに対してやたらと丁寧に、恭しげに挨拶をしていく。
周囲に目を移すと、隊長さんへの挨拶を終えた煌びやかな男女が二十名ほど、グルリと輪を描いて座っていた。
それぞれが近習を従えているので、けっして小さくはないはずの円筒形の建屋内は人で埋まっている。
挨拶が済むと、なんらかの会議が始まった。私はそれに耳を傾け様子を窺う。
主な議題は二つらしいが、一つ目の議題は和やかに大きな問題もなく進行しているようだ。
初めに隊長さんからの説明があった。
アルラギア隊が神聖帝国の地下で違法組織と遭遇した。国際法に反する実験をしていたため緊急で処置をしたけれど、許してね。おおむねそんな内容であった。
これに対して、はいはい大丈夫だよと、皆さんが承認した。隊長さんは怒られたりはしていなかった。
どうもあの地下組織、古代神学研究所については、とある王様達の配下による別チームも探りを入れていたところらしい。
あの研究所の建物の向かい側に、異常に美味しい揚げ物屋台のおじさんがいたが、実はあの人は潜入捜査員の一人だったらしい。
あんなに美味しい揚げ物屋さんが!? と私は密かに驚愕した。
あの妙に美味しいお料理は、調査対象の近くから追い払われないようにするための努力の賜物だとか。
努力の方向はそれで大丈夫だろうかと心配になるものの、効果はあるのだという。美味しい屋台ならば近くに常駐していても追い払われにくいのだそうだ。
王様達はもしあの地下組織の全容が分かるようなら、アルラギア隊長にもさらなる調査をお願いしたいと続けた。
アルラギア隊への正式依頼になるようだ。隊長さんはこれを受けた。
私達はどうせまだ神聖帝国内でやることがあるから、ついでに依頼を受けるのはなんの問題もない。むしろ好都合であった。
私は偉いのでちゃんと覚えている。そもそも昨日も桃狩りに行ったのではなく、特殊アイテム『風神の羽衣』を捜しに行ったのだ。桃ばかり食べて口の周りをベタベタにしていた風神さんのせいで、すっかり桃ムードになっていたが。
そんな一通りのお話の間、私は静かにして、隊長さんの傍でお座りしていた。やや退屈だ。
私の隣には神獣ラナグもいて、ぴたりと寄り添ってくれている。
どうにも暇なので、皆さんの話を聞きながらも、私はこっそりラナグの素晴らしい毛並みを堪能する。ファッフ、ファフである。
彼は見た目は犬だけれど、これでもかなり古い時代から存在してきた神獣らしい。
私との関係は、いわば美味しいものを共に探し求める友人だろうか。護衛役も務めてくれていて、頼れる相棒。そんな感じだ。
そんなラナグは周囲の様子などお構いなしで、持ち込んだライ麦パンをパクパクッと呑み込んでいた。
集まっている人間達など意に介さずといった風情の神獣さんである。
ちなみにこのパンはピンキーお婆さんの邸宅で朝食用に用意されていたものだが、彼はこれをちゃっかり毛の中に隠し持っていたようである。
私はまだ食べていない朝ゴハンである。
『リゼよリゼ。モサモサとするばかりで食べた気がしないものだな、パンは』
私を見つめて、のたまう神獣。そのくせ良く食べる。繰り返すが、私はまだ朝ゴハンを食べていない。
『ううむ、リゼの作ったパンは美味かったのだがな』
少し前に私が作ったアメリカンドッグのことのようだ。気にいってくれていて嬉しいけれど、しかし、どうもライ麦パンに関しては、私と彼の好みは違っているらしい。
文句を言うならそのパンを寄越せと、強く思ったが、ラナグの食事速度は並ではない。すでにひと呑みで平らげてしまっていた。
早く帰って朝ゴハンを食べたい私を他所に、高貴っぽい人々は会議を進めていたが、小休止なのか、今度は雑談を繰り広げていた。
会議での話しぶりを聞いていてもそうだったのだが、雑談の様子からしても、やはりそんじょそこらの身分ではないように思える。
「皆さん王様っぽい雰囲気ですよね」
「まあ、大体はそうだな。他にも色々いるが」
こっそり隊長さんに話しかけるとあっさりうなずかれた。
色々いると言われて、もう一度よく見てみれば、中には人間とどこか姿形が違っているお方もいた。
あそこの方は、耳が尖っている。もしやエルフだろうか。
ズングリムックリのヒゲモジャなお方は、いわゆるドワーフっぽい容姿だと私は思う。
獣耳の獣人さんもいた。そして全員が、やんごとない身分ということらしい。
「皆さんアルラギア隊の特別顧客みたいなものなんだが……、まあこれはちょっとした秘密だから他所では話さないでくれな」
「秘密ですか。ならばそんな場所に私を連れてこないほうが良かったのでは? おしゃべりな幼女なのですから」
「おしゃべりかは別として、今回連れてくるべきかはたしかに迷ったよ。しかし必要性もあってな。まあ大丈夫さ。うちの隊がいくらか王族連中と繋がりがあるってことくらいは普通に知られているし、そもそもこの議場内で見聞きしたものは、外では話せないようにもなっているからな」
「なるほどそうですか。ふむ、口外できない仕組みというと、あの入り口の扉にあった仕掛けですか?」
たしかにあの扉をくぐるときには、そんな魔法がかかっていたのを感じた。
「あれも一つだな」
あらためてこの議場内に目をやると、端のほうでは物々しい警備の方も控えていらっしゃる。
「やはり幼児にはそぐわない場所ですね」
「まあな……実際そのとおりなんだよ。ただな、リゼにとっても必要になることだから今日は一緒に来てもらったんだ。いずれ大なり小なり無関係ではいられなくなるだろうから。だが本来なら……」
そこまで話して、珍しくまじめな顔をした隊長さんである。いつもはなにが起こっていたって、どこか飄々としているのだけれど。
ともかくアルラギア隊の重要な関係者として私もいる必要があるそうだ。
ちなみに、ロザハルト副長も一緒にこの場に来ているのだけれど、その席はさらに居心地が悪そうな場所である。議長席のような一段高い場所なのだ。
「静粛に願います」
などと言いながら、彼はまるで玉座のような席に座っていて、なみいる王様の群れを取り仕切っているかに見える。
隊長さんにしろ副長さんにしろ、なにかを報告しに来た一介の傭兵という雰囲気は微塵もないのだ。完全に、この場の中心人物はこの二人である。
その後も報告会はスムーズに進行していく。
後半は、主に私とラナグについての話だった。謎の幼女と神獣をアルラギア隊で保護しているという話だ。隊長さんは、これからも保護を担当させてもらうつもりだと言った。
同時に、私という存在がいかに善良で友好的であるかを語るアルラギア隊長。
がしかし、ここで議会はやや紛糾する。参加者の一部が、私の身柄を要求したのだ。
またそれとは別に、ラナグを求める声も上がっていた。
私も意見を求められたので、今後もアルラギア隊でと答えておいた。そもそも他の人達は、ラナグと私を別個で引き取るなどとのたまっているのだから論外だった。しかし会議はもめる。ややもめる。
ここは幼女という立場を利用して、先に帰らせていただこうかと思い始めた頃。
「では今のところアルラギア隊にお任せするから、なにとぞよろしく」
そんな話でまとまったらしい。
取りまとめの中心になっていたのは、主にロザハルト副長だった。
なんとなく、王様っぽい人々からの信頼がある様子。
隊長さんにしても副長さんにしても、今日はとてもまじめな顔をしてお仕事モードであった。二人とも、いつもむやみに好き勝手暴れているばかりでもないらしい。
さて会議の出席者達は、話が済むとすぐに私達が来たとき同様、シュピンシュピンと光の中に消えていくのだった。
「さっ俺達も帰って朝飯だ。ピンキー婆さんはああ見えて美味いもん食わしてくれるぞ。そのあとはもう一発、神聖帝国に潜ることになるかね」
そんなことを言いながら隊長さんは私達を連れて、再び転移の魔導具を使う。
「この魔導具ってあれですよね? 昨日地下に潜る前に、隊長さんが私に手渡した巻物」
「ああ、そうだな。ちょいと特別な品でな。どこからでも瞬時にこの場所に飛べる。本来なら必要になる国境越えの煩雑な手続きもなしでな。いや、どこからでもってのは言いすぎか。まあ駄目な場所もあるが、神聖帝国からなら問題はない」
そう言いながら今日も隊長さんは巻物を貸してくれた。もしもなにか危険な目にあったらいつでも逃げられるようにと。
ただしとっても貴重で特別なものだから、扱いには気をつけるようにと念を押される。
巻物が発動して無事に元の部屋へと帰ってくると、ピンキーリリー邸ではすっかり朝食が食卓に並べられていた。私は歓喜する。ライ麦パンだ。
やや酸味のあるこの種のパンが、私は好きなのだ。
ただしフワフワ食パンも好きだし、アメリカンドッグだって好きだから、ようするにパンっぽい食べ物が、なにもかも好きなだけかもしれないが。
さあ食べるぞ朝ゴハン。ラナグに見せつけられたこともあって、私はもう辛抱がたまらなくなっていた。
贅沢にも今朝はクリームチーズまで出していただいている。
これを塗りつけて食べる。格別の風味であった。
さらに他にも皿が並ぶ。カリカリのベーコンっぽいなにかに、なにかの半熟卵と、ソテーしたほうれん草っぽい葉物。ラズベリーの葉のお茶に、少しだけなにかのミルクを入れたものまで用意していただいていた。
なんだか分からないものも混ざってはいるけれど、あまり細かいことを気にしてはいけない。
むしろ未知と謎の異世界で、こんなにも地球っぽいお料理をいただけることに驚くべきだろう。
私達が今お邪魔しているここ神聖帝国では、こんな感じの朝食は、比較的上流階級の人々のオーソドックスな朝食スタイルであるらしい。素晴らしい。
用意してくださったのは、この国で魔法学全般の外部顧問としてお仕事をしている大魔導士ピンキーリリーお婆さんである。彼女の朝食は、私のお腹をじつにポンポコリンにしてくれた。
ちなみに。ちょっと食べるとすぐにお腹がポッコリ出てしまうのは、どう考えても私の責任ではない。子供って、そういうものだ。私は自分に強く言い聞かせた。いや、事実そうなのだ。間違いない。
こうして食べすぎの罪悪感を封じ込めることに成功した私は、あらためて食卓の周囲に目を向ける。いつのまにか部屋にはたくさんの精霊が集まっていた。
うーん、すごい。圧巻だ。今朝は妙に慌ただしいというか、たくさんの方々と顔を合わせる日だ。朝からヘビーである。並みの幼女なら、ぐずりだすであろう。
すみませんが、ちょっとベッドに戻って二度寝をさせていただいてもよろしいでしょうか。そんな気分である。
先ほど見たあの王様の群れも、派手派手しいものだったが、この朝食の食卓も負けず劣らず見ものなのだ。
どこからか集まってきた妖精達、精霊達。
今朝私が起きるとその時点で、ベッドサイドにもベッドの上にも現れ始めていた。
皆一様に、なにか相談事があるとか言っていたのだが。
なんだって人間の幼女のところへ押し寄せてくるのかと疑問に思ったが、原因はすぐに分かった。
どうも千年桃の妖精さん達がしばらく姿を消していたという事件は、付近の精霊や妖精の界隈ではこのところ話題になっていた出来事らしい。
それが昨晩、千年桃の木も妖精も急に戻ったことで救助をした私の話が出たそうだ。
困り事があればあの小さな人間に相談してみるといい。そんな噂が瞬く間に広まったという。
私も幼女の身だとはいえ、今はあまり暇でもないのだけれど、とりあえず彼らの話を一名ずつ聞きながら、デザートのドライフルーツをいただいた。そんな爽やかな朝だった。
そうしてちょうど食べ終えた頃、今度はピンキーリリーお婆さんの屋敷が爆散した。
本当に、なんという朝だろうか。
前世からカウントしても、私の朝史上、最も騒々しい朝だ。
美味しい朝食を食べ終えた後だったことだけがせめてもの救いだったろうか。
さてこの爆発。何事かというと、例の古代神学研究所の人々の仕業らしい。
「それでピンキー、あいつらがなんだって?」
崩壊しつつある屋敷から飛び出しながら、アルラギア隊長は言った。
「昨日も私はハッキリ言ってるんだけどねぇ。いいかい、耳の穴をほじくり返してちゃんとお聞きよ? あいつらは合法も違法もお構いなしの古代神学研究所の連中だ。白昼堂々私の屋敷を爆散させてくるような連中。帝国政府御用達のアンタッチャブルな存在。それどころか神聖帝国内で最高権威の一人、光の大神官様でもうかつに手を出せないような危険なやつら。世界的な薬物犯罪の元締めの一つでもありながら、公権力にも深く根ざしている、神聖帝国の闇そのものだ……ってね、いいかい、こういう話は昨日の時点でちゃんと聞いとくもんだよ。突入して次の日になってから、あらたまって聞くんじゃあないんだよ。ごらん、私の屋敷がぶち壊されただろうが」
ピンキーお婆さんは、片付けが面倒くさいと言ってプリプリである。
先ほどからずっと屋敷の外は煌々と明るく、巨大な毒々しい色の大火球が降り注いでいる。
同時に激しい光や稲光、巨人の鉄槌みたいなものまで落ちてくる有様で、屋敷に張られていた結界にもヒビが入っていた。
割れる寸前のガラスのようなヒビ割れで、美しくも儚い文様が屋敷の外と内の境界面に広がっていった。そして結界は屋敷もろとも爆散したというわけだ。
大変な有様だったけれども、対するピンキーお婆さんサイドもなかなかのものである。今、壊れて飛び散っているように見えるお屋敷の全てが、実のところ幻影らしい。
瓦礫の一つ一つに手で触れられて、焼け焦げた匂いもあれば、重さもあるけれど。
幻影っていったいなんだろう。ここまで現実感のある幻影を再現できるなら、これってもはや現実なのではと思わなくもない。
「幻影術は私の得意技でね。見た目だけじゃなくて質感も、それどころか質量まで再現してある特別仕様だよ」
「ほうほうほう、質量のある幻影。なんですそれ、どんな理屈なのでしょうか」
「なんだい? 興味があるのかいおチビちゃん……ようしそんなら私の弟子におなりよ、仕込んでやるから」
外へと避難をしながらも、私はそんなふうに勧誘されていた。ピンキーお婆さんは屋敷が今の状態になっても、そこまで気にしていない様子だった。
さて、幻影術そのものは面白そうな術ではあったけれど、弟子の話はどうだろう。彼女の口ぶりからすると、ピンキー邸に泊まり込みの内弟子になれという話のようだった。
私は思う。内弟子とはいっても、肝心のお家が爆散されかけた状況で、よくぞまあそんな呑気な話ができるものだと。家がなくては内弟子もなにもあるまい。
どうもアルラギア隊の関係者は、豪胆な人ばかりである。
とまあそんな展開と並行して、避難ののち、私は屋敷(本物のほう)を転移術で別の場所に飛ばす作業に勤しんでいた。
ピンキーお婆さんの作戦によると、いったんやられたふりをして時間をかせぐのだとか。
それで幻影を使って屋敷が壊れたように見せているのだが、本物の屋敷が残っていては不都合だ。ならば私がと、手をあげたのだ。
「はぁあ、しかし見事なもんだねおチビちゃん。よし、私の内孫におなり」
これを見ていたピンキーお婆さんは、先ほどからやや高揚ぎみだった。
さらに話がエスカレートして、今では内弟子を越えて内孫になれという話になっていた。
「子供達も独立しちまって、家に寄りつきゃしないし、こんな可愛くて天才の孫がいたら、はあぁ幸せだろうねぇ。なあアルラギア、この特大サイズの短距離転移だがね、本当にそっちのデカブツ転移術士がやったんじゃないんだよね」
「ああ、リゼがやっているが。あんまり他所で言わんでくれな」
「当たり前だよ。軽々しく口にできるような話じゃあないよ」
二人の会話に、デカブツと呼ばれたグンさんが交ざる。アルラギア隊の転移術士で、巨人の血が入っている大男グンさんだ。
「準備なしで今のをやるのは、まあ俺でも厳しいな。リゼの時空魔法はまだまだこなれてない面もあるが、とにかく桁違いのパワーがあることだけは確かだよ。行く末が楽しみだな」
「まったく、あんたらんとこでは、子供になんてもんを教えてんだい? 私がもっと順を追って基礎から丁寧にだね……」
「俺が教えたんじゃない。勝手にできちまうんだよ」
勝手にやってるとは、心外だった。私もひと言物申す。
「魔法全般の先生はこちらのラナグさんが務めてくださっております」
「はぁあ神獣様が先生かい。全くなにからなにまでおかしな話だよ。よし、やっぱり私の内孫にしようじゃないか。内弟子の件はあきらめる。だから内孫としてうちにおいで。最高の国家魔術師への道筋くらいなら整えてやるから、明日からおいでよ」
「待て、待て待てピンキー。本気でリゼを誘うんじゃあない。リゼはウチの隊で預かってるんだから、勝手に連れてかれたら困る」
「しみったれめ。ねぇリゼちゃん。明日からウチの子になるさね~?」
いやはや返答に困る。子供にそういう質問はしないでほしいものだった。
ベーコンエッグな朝ゴハンは魅力的だけれど、この国に住む気にはなれない。あまり居心地のいい場所とは思えない。
まあアルラギア隊に愛着が湧いていて、そうそうお引っ越しの気分でもないというのが本当のところではあるが。
神獣ラナグはそんな二人に構わず私のほうへと手を伸ばしていた。基本は犬なので、手を伸ばすというよりは前足か。
『リゼこっちへ。瓦礫が飛んできて危ないからな』
ラナグは今日も相変わらずだ。男前神獣である。
私達はそれから、大爆発に紛れながら、地下へと潜っていった。
爆発で死んだフリをしつつ、その間に敵の本拠地を襲ってつぶしてやるぞと、隊長さんは楽しげに笑っていた。
「本格的に楽しくなってきたな」
やはり暴れん坊である。遊びじゃないんですよと言ってやりたい。
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