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1巻
1-3
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受付の職員さんに掴みかかるような勢いで話をしている。自然と私の耳にも内容が聞こえてしまう。職員さんは困った顔で応対していた。
「そうは言ってもね、まず簡単に見つかるものじゃないし、万が一見つかったとしても、この金額では……」
「母ちゃんが寝込んだまま起きて来ないんだよっ。オレ、オレ……」
どうやら少年は母親と二人で旅の行商人をやっているらしい。けれど、母親が持病をこじらせて寝込んでしまったのだとか。
今すぐ命に関わる症状ではないそうだけれど、徐々に衰弱しているという。
銀蘭ヒラタケという特殊なキノコが持病の薬になるそうなのだが、一般的にお店で売っているものでもなく、手に入れるのは難しいようだ。
この地方で採れることがあると聞いて、わざわざ病床の母を行商の馬車に乗せたままやってきたそうだが。
「ここらでもめったに採れるものじゃないんだよな。冒険者を集めて捜索隊でも編成すれば一月くらいで見つかるかもしれないが。それだけの金額がかかっちゃうしなぁ」
「くそっ、くそくそっ。分かったよ! じゃあ自分で探すよ。このあたりに生えてるんだろう!?」
「ああー、まあ、このあたりの地中深くにな。君が探すのはちょっと難しいと思うが……」
「おっさん、外にあったスコップ借りるからな!」
少年はそのまま外へ出て行ってしまった。
冒険者ギルドから飛び出していく少年は、手にスコップを握りしめていた。
困り顔の職員さんが声をかける。
「あ~~、スコップくらいなら勝手に使いなっ。でも、ちゃんと返せよ!」
少年は銀蘭ヒラタケという植物を探しにいくらしい。私達もどうせ薬草採集をするのだから、ついでにちょいと探してみようか。
どこにあるのかも分からないし、探し出してやるなんて大きなことは言えないけれど。
ブラブラしている間に見つかってしまうなんてこともあるかもしれない。
早速、私達も町の外へ行こうではないか。私は勢い勇んでギルドの外へと出るのだった。
『待てリゼ。しばし待つのだ。町の外に行くのなら、その前に我の加護を付与するぞ。これでめったなことでは怪我はしなくなる。身体能力も少しは上がるはずだ』
神獣ラナグはそう言って、私の額に手(前足)を置いた。
その瞬間、柔らかな春の風に撫でられたような感触が私の全身を包む。
身体がフワフワと軽くなる。私の短い手足が妙に軽やかに動く。
「なにをしたの?」
『加護だと言ったろう。町の外には凶悪な魔物もたくさんいるのだから、その備えだ。もっとも、今のはリゼの潜在能力を表層に引き出したに過ぎぬがな。本当ならもっと強力な加護を付与しておいたほうが安心だが、とりあえずはそんなところで大丈夫だろう。効果がかなり強く出ているようだ』
思いがけず、私はトテトテ歩きを卒業することになった。
もはや大人の仲間入りである。立派なレディだといえる。幼女ボディを巧みに操り、しゃなりしゃなりと大人っぽく歩いてみる。
「なあリゼ、今度はなにが起きた? ラナグはなにをしたんだ?」
私のしゃなりウォーキングに興味を示した隊長さんが聞いてきた。
「さあ良くは分かりませんけど、加護というものらしいです」
「加護……? これほどの効力の加護だと? おいおい、こりゃあまたなにかとんでもないことを言い出したなこの二人は。伝説の聖女様にでもなるつもりらしいな。あるいは英雄王か。なんの準備もなしにこんな場所でさっくり加護。それもそのクラスの性能の加護とはな」
どうもラナグの加護は、私の歩行能力を上げただけではないようだ。上等なものらしい。隊長さんは戦闘用の大きなナイフの手入れをしていた最中だったけれど、ピタリと手が止まっていた。
ラナグは少し面倒そうにする。あまり大げさに騒がれるのが好みではないようだ。
「ラナグ、なんだったら加護なんていらないからね。無理しないでね」
この世界での加護はそれなりに貴重なものらしいが、ラナグはすまし顔。なんてことないといった風情である。
『どうしたリゼ。無理などはしておらぬ。それにな、今の加護は永続的なものだ。一度与えたら戻ることはない。リゼの安全のためには必要だから上手く使うがいい。具合はどうだ?』
言われて、その場でピョンピョンと飛び跳ねてみる。
かなりのものだと思う。どこまでも高く飛んでいけそうな気持ちがした。
まだ身体が慣れていないだろうから、あまり全力は出さないほうが良いのかもしれない。そう思えるほどの性能だった。
「よし、なら次は装備品を買いにいくぞ。いくら加護なんてものがあったとしても、俺達がそばに付いてるにしても、そんな布の服では外にいけない」
隊長さんは私達を引き連れて一軒のお店に入ってゆく。店の中には様々な武器や防具、装身具が所狭しと並んでいた。早速隊長さんが店員さんに声をかける。
「この子が着られるサイズの防具で、一番良いものをくれ」
ちょいと隊長さん。一番良いものって。やはりお金の使い方が荒いというのは真実だったらしい。私はそんな大層なものはいりませんが?
「リゼは冒険者稼業をやるつもりなのだろう? それなら装備品てのは半端なものを使うべきじゃない。自分の身を守る装備なんだからな。遠慮もいらない。今はお前達の保護が俺達の最重要任務になっている」
私は困っていた。隊長さんの気迫が凄くて押し切られてしまいそうだったからだ。
ああこれで、もしも一番上等な装備が、あそこにある金属の鎧だったらどうしよう。
この店で一番強そうな装備というと、あんな感じのやつになるのではないだろうか?
凶悪そうな金属のトゲトゲがみっちりついた全身鎧である。フルフェイスの兜までついていて、防御力だけはすこぶる高そうだけれど、あんなものを着こなせる自信がない。
転んだ拍子に足のトゲで自分の顔を刺してしまいそうだし、サイズも絶対に合っていない。
あれが最強で最も安全ですと言われたら、私はどうするつもりなのだろうか。
断固反対の意志を見せるしかない。そう決意を固める。
しかしそんな私に女性店員さんが持ってきてくれたのは、ワンピースであった。可愛らしいふんわりワンピースだ。外からは見えないけれど、スカート部分をふくらませるパニエまである。
もはやドレス。強そうな雰囲気はまったくない。
元の世界の私ならまず着ることはないだろうとも思う。まったく馴染みがない。想像だけで赤面しかねない。冒険お嬢様用ワンピースと記載されているが……
「こちらの防具ですとサイズも合うかと思います。防御性能も折り紙つき。あらゆる属性魔法攻撃を緩和し、もちろん物理攻撃に対する衝撃吸収性能もございまして、さらに自動修復機能も標準搭載。当店自慢の職人が腕によりをかけて製作した、最高レベルの品物となっております。デザインにもこだわっておりまして、良家のお嬢様の冒険にはおあつらえ向きの装備でございます」
なんだかとんでもない装備品が出てきたものだ。異世界おそるべし。
こんなわけの分からないものが防具として普通に出てくるだなんて。普通に店に在庫があるだなんて。
私は女性店員さんに連れられて試着室へ。
あれよあれよという間に、今まで着ていた『布の服レベル1』みたいな衣類を脱がされ、ふんわり魔導ワンピに包まれる。さらには容赦なく試着室から放り出される。
「良さそうだな。それにしよう」
隊長さんの第一声はそれだった。
着替えて出てきた私を一目見るなり、値札も確認せずに即決してしまう。
お、おそろしい。なんて恐ろしいことをする人なのだろうか。
私なんて服を買うときには、必ず季節を少しずらして安くなってから買うようにしているというのに。売り切れと値引きの狭間のギリギリのラインを狙って戦う。そんな日々だというのに。
あるいは食品なら、栄養成分表示と値段を見比べて、少しでもお得なほうを吟味してから購入に踏み切るというのに。
そんな淑女の涙ぐましい努力を吹き飛ばすかのような金銭感覚だった。いっぽう。
『我の加護があれば防具など必要はないが、その服はリゼに良く似合う。清楚な可愛さが良く引き立っている』
神獣ラナグは、またしてもイケメンみたいな台詞を吐き散らかしていた。そして副長さんは。
「隊長、お金、お金はあるんですかね?」
代金の心配をしていた。
「あー、ではロザハルト副長。あとで返すから貸しといてくれ。悪いな」
ないらしい。
「悪いなじゃないですよ。まあ、いいですけど」
いいんかい。思わず使い慣れない言葉で突っ込みたくなってしまった私をよそに、副長さんはさらりと支払いを済ませていた。
「すみません。私が必ず返しますから」
「ん? いやいやリゼちゃんは大丈夫だよ。ちゃんと隊長から高い利子を付けてふんだくってやるからね。隊長の無駄にたくさんある武器コレクションの一つを売り払えばおつりがくるよ」
副長さんはキラキラとした蒼い瞳でニッコリと笑う。
とても女性嫌いな人物とは思えない爽やかスマイルを私に向けてくれた。
「おいおいロザハルト。なんだお前、リゼとは普通にしゃべれるんだな。こいつは驚きだよ」
「また隊長は、変なことばっかり言わないでくださいよ。俺はいつもこんな感じですから」
隊長にからかわれるロザハルト副長。男前なのに女性は苦手だという彼だが、それでも私には愛想よく話しかけてくれる。
もっとも私なんて幼女なわけだから、女性というくくりに入っていないのだろうけれど。
とにかくこうして、冒険お嬢様用ワンピースを着て、町の外へと出かけることとなった。
薬草採集に行くとは思えない格好だけれども、準備はできたはずだ。
着替えたあとも、相変わらず私の身体は風のように軽くなったままだ。
おしとやかに歩いてみたり、ぴょんぴょんと跳ね回ってみたり。動きの具合を確かめながら歩みを進める。
「ありがとうラナグ。やっぱり凄く動きやすいみたい」
『これくらいは朝飯前だ。ところでリゼ、魔法はなにを使ったことがある?』
ラナグは当然のようにそう聞いてきた。しかし、もちろん魔法など使ったことはない。
残念ながらこれまで私のいた地球世界では、ふつう人間は魔法を使えないのだ。
だから魔法などなに一つ使ったことがない。そう伝えると、ラナグのみならず隊長さんも副長さんも目を丸くした。
どうやら一般的にこの世界の人々は、生まれたときからなにかしらの魔法を使うらしい。
水を出したり火を出したり。人それぞれに生まれもっての得意な魔法というのがあって、本能的に使い始めるという。
「それじゃあリゼ、お前は魔法を使おうとしたこともないってことなのか?」
「そうなります」
「そうか、ならちょうどいい、一度やってみたらどうだ? なにかしら出てくるだろう」
私達は町の外の広い草地に来ていた。
隊長さんに言われて、とりあえず水の魔法を試してみる。
やり方は、ただイメージすれば良いのだと教わる。指の先から静かに水が噴き出すように。
試してみると、ぴゅるり。
確かに水が放物線を描いて飛び出した。私にもできてしまったようだ。
次は風を試してみることに。
その次は火、その次は土。光に闇に、雷に氷。
「…………リゼ、お前にできない属性はないのか? どうなっているんだろうな」
隊長さんは小難しい顔をして眉間にシワを寄せていた。
いぶかる隊長さんをよそに、ラナグのほうは違う反応を示していた。
『ふふん。魔法の才能があったというだけのことだ。流石リゼだな。どうにも我の思ったとおりだ』
なぜか私のお腹のあたりに鼻を押し付けてくる神獣さん。
じゃれついているようだ。とにかく喜んでくれているので、まあ良かったのだろう。
さて、ひと通り基本の魔法属性を試してみたけれど、私が特に上手く使えたのは風と光と聖の魔法だった。神獣ラナグが付与してくれた加護の効果もあるようだ。
『なぁに、元からその三属性はリゼの特性に合っているのだよ。我の加護はその特性を引き出したに過ぎない。どれ、せっかくだから魔物狩りもしていこう。ちょうどあそこに手頃なコウモリがいる。適当に風魔法でも当ててみるといい』
「コウモリって……あれのこと?」
目線の先には地球のものより三倍は大きいコウモリ。その姿は黒いモヤモヤとしたオーラの塊。アレは人間の子供を好んで襲うらしい。見事なほどに魔物である。
そんなモヤモヤコウモリと私の視線が交わる。
よだれを垂らして人間の子供(私)を見つめてくる巨大コウモリ。クッ、喰われるのだろうか!?
「あんなのに魔法を?」
『リゼならできる、余裕だ』
私以外の人間にはラナグの声は聞こえていない。
私がコウモリを見て戸惑っていると、様子を横で見ていた隊長さんが私に尋ねてきた。
「どうしたリゼ、ヴァンパイア大蝙蝠がどうかしたのか?」
隊長さん達にも状況を説明してみる。
「なあラナグ、流石にそれは早すぎやしないか。そもそもリゼは何歳なんだ。俺としてはもうしばらくの間は、薬草採集どころか庭先くらいで遊んでいてほしいもんなんだが」
今の私が何歳なのかは良く分からない。見た目としては四~五歳に見える。
『なにも問題はない。リゼにはやれるだけの力はある。隊長とやらにはそう言ってやれ』
流石に獣と人では教育方針に違いがあるのかもしれない。
そしてラナグは意外とスパルタなのかもしれない。
まあともかく、今回は思い切ってやってみよう。
「そうかリゼ、やるんだな。まあいいさ、できなくはないだろう」
隊長さんは少し困りつつも、なんとも優しい顔で私のそばに立っていた。
安全確保のためにサポートをしてくれるらしい。ラナグも近くで待機。
なにやら、子供が初めて自転車に挑戦するときのような風情である。
『よし、準備はいいなリゼ。では先ほどまでよりも魔力をやや多めに込めて、風を使って刃を生み出すイメージだ。大切なのはイメージ。想像力だぞ。さあ、やってみるがいい』
魔法は発動のイメージが大切だとラナグは言う。
それなら少しは自信がある。空想、妄想、想像力。この私が現代日本でどれだけのファンタジー作品を嗜んできたと思っているのだろうか。
いくつもの風魔法のイメージの中から、私は竜巻のような攻撃魔法を想像して組み立てることに。
正直に白状してしまえば、私は魔法が使えることに少しだけ高揚していた。楽しくなってしまっていたのだ。
恥ずかしながら子供の頃の夢は大魔法使い。そんな私なのだから。
まずは急激な上昇気流のイメージ、そこを中心に螺旋状に風が流れ込み、そのまま渦を巻いて風の刃が吹きすさぶ。
喰らうがいい、我が竜巻の威力を、とーーう。ファイナル・トルネード・アタァックッ!!
イメージは完璧だった。名前もつけて気分が乗った。そして結果も、ほぼイメージどおりだった。
強大な竜巻が発生し、地面がえぐれ、術者である私自身すらも吸い込まれそうになる。
これだけ大きな竜巻だから、当然ターゲットにもヒット。
空にいたヴァンパイア大蝙蝠は旋回しながら派手に吹き飛ばされた。
ただし、魔法のサイズに反して与えたダメージはそれほどでもないような気がする。
『はっはっはっは、やはりリゼは面白い。それにしてもいきなり竜巻魔法とは。まぁ、殺意はまるで足らぬがな』
ラナグはそんなふうに高笑いをしながら、大蝙蝠へと突撃していった。とどめを刺してくれるらしく、バクッとひと噛みして決着をつけた。
アルラギア隊長は私のほうを見ていて、様子を確認している。小さい子だと魔力がすぐに枯渇して、ふらついたりするケースもあるそうだ。
あるいは制御しそこねて、ちょっとした事故が起こらないとも限らない。隊長さん達は、そのあたりを見ていてくれたようだ。
しかし、なんだか眉間にシワを寄せて難しい表情をしている。
軽く事故が起こりかけたせいかとも思ったが違うらしい。今くらいの威力なら装備品と加護の効果だけでも完全に無効化されるそうだ。
なんだろうか? もしや、女の子がいきなりファイナル・トルネード・アタックを放つなんていうのが、いささか暴力的だったのだろうか。おてんばだったろうか?
ロザハルト副長までもがアゴに手をやって考え事をしている。
隊長さんは、かみ締めるようにうなずきながら語った。
「いいかリゼ、魔法ってものをまるで知らないらしいから少しだけ忠告をさせてもらおう。一つ目、今みたいな魔法がそんなに簡単に使えるのはとても珍しいことだ。二つ目、扱える属性は多くても三種類程度までが一般的。最後に、四、五歳の子供は魔物と戦わないし戦えないんだ。かなりとんでもないことをやっているから、そのあたりは自覚しておいたほうが良い」
微妙な表情の隊長さんに私は答える。
「ご忠告は肝に銘じておきましょう」
『どうだ見たか、リゼは凄かろう』
ラナグはわりと能天気である。私の隣で嬉しそうにしている。
さて、こんなこともあったけれど、本来の目的は薬草採集なのだ。いくらカッコイイ竜巻を巻き起こしたって、薬草は集められない。さあさ地道にコツコツ集めていこう。
私達は草原で草花を摘む。採集のお仕事をもりもりこなす。
筋骨逞しいアルラギア隊長が花を摘む姿は、それはそれで愛くるしい。
本人はあまりチマチマとした作業は好きではないようだけれど。
もっとなにかをぶん殴ったり、切り裂いたりしているほうが落ち着くという、危ない人である。
いっぽうのロザハルト副長は華麗な見た目どおりの性格で、植物にも詳しいようだった。あるいは、なんでも器用にこなすタイプかもしれない。
「はい、これが雪燃え草。春の早い時期に雪を溶かしながら葉を広げていく草なんだ。魔力を活性化させるポーションの材料になる。こっちはビリビリカモミール。雷属性を帯びた花で、精神を安定させる薬効と雷属性のビリビリ目覚まし効果を両立する優れもの。ちなみにさっきの男の子が探していた銀蘭ヒラタケは、光属性の魔力を溜め込んで増幅させる特性があるよ。あとこれは……」
副長さんは好きなものの話になると止まらないタイプでもあるかもしれない。
私は一生懸命に解説を聞きながら、教えてもらった薬草を次々に摘み取っていく。
草を見つけて刈り取って。たまに魔物が出たりして。
こうして町の外にいるだけでも魔物は普通に現れる。当然のように襲ってくる。
化けネズミやブルースライムなんていう魔物が多いようだ。
ただそちらはアルラギア隊長が瞬殺してしまう。彼はキノコ探しをしているときよりも、ずっと活き活きとした表情で戦闘をこなしてくれる。私としては楽なものだった。
隊長さんはナイフや小剣を使うのが得意なようで、身のこなしも素早い。
その動きたるや信じられない速さである。キレキレで洗練された身体操作。
まるで舞踊か手品か、芸術作品のようですらある。
私の目では、もはやなにをやっているのか追えない瞬間が何度となくあったほどだ。
みっ! 見えない! というやつを生で体験してしまう。今のこの幼女ボディは日本にいた頃よりずっと目は良さそうなのだけれど。
さて魔物を倒したあとは、解体して必要な素材だけを持って帰るらしい。
こちらも冒険者ギルドで引き取ってくれるようだ。
隊長さんのナイフ捌きは解体作業でも発揮されていた。本来ならグロく感じてしまう光景なのだろうが、あまりの手際の良さに感嘆する気持ちのほうが勝ってしまう。
「いいかリゼ、解体のコツはなぁ……」
ただし彼が解体しているのを見る分にはあまり抵抗はなかったけれど、流石に自分でやれるかと言われるとやや厳しい。説明されても困ってしまう。
今ばかりは幼女の見た目を盾にして、解体作業からは逃れさせてもらいたかった。
けれども残念なことに、一般的に冒険者としての第一歩はこの作業であるようだ。
戦うのとは違って危険もないし、魔物の特性も覚えられるかららしい。しかたない、おいおい頑張ろう。
「解体ができなけりゃ、あとは大容量の収納魔法でも習得するしかないな。それなら魔物の身体をまるごとギルドまで持って帰ることができるが。しかし、流石にリゼでも習得は難しいだろうからなぁ」
収納魔法か。これも異世界ファンタジーな世界ではお馴染みの魔法ではないだろうか。
例えばこんな具合に使われるのが一般的だと思う。
私は試しに、山盛りになった薬草のカゴに手を触れてから、亜空間を展開して中に仕舞いこむ様子をイメージしてみる。そうすると、カゴは綺麗さっぱりどこかに消えてしまう。
今度は亜空間から取り出すイメージ。はい。しっかり元通り、手元に現れました。
「リゼ? できてるよな、それ。なんでできてるんだろうな」
「いや、なんとなく?」
魔法はイメージが大事だと言われていたから、とりあえずイメージしてみたらできていたようだ。
隊長さんにはつっこまれてしまう。
なんでと言われても返答に困る。私が困ってしまう。
こんな感じかなと思ってやってみたらできただけで、なんでできるのかなんて私だって知らない。こちらが教えてほしいくらいなのだから。
すると、じっと私達の会話を聞いていたロザハルト副長が口を開いた。
「ねえリゼちゃん、うちの隊に入っちゃえば? この収納魔法だけでももう即戦力になりそうだよ」
「おいおいロザハルト副長? どこの世界にこんな小さい子を傭兵部隊に入れるやつがいるんだよ」
「良いと思うんですけどね。だめですか?」
「当たり前だ。うち、傭兵だぞ? 小さい女の子の幸せってなんだろうなって、俺は考えるね」
「実際、リゼちゃんにとっても悪くない選択だと思うんですけどね。ここまで特異な能力持ちで、どこにも所属していない小さな女の子なんて、どんな連中が手を出してくるか分かったものじゃありませんよ。安全を第一に考えるなら、良い選択肢になりますよ」
「そこはもちろんだ、だから当面は俺達が保護する。どこか安全で信頼できる場所に落ち着けるまではな」
唐突にそんな話が始まっていた。
私としては今の居心地は悪くないけれど、やはりいつまでもこんな幼女の面倒を見てもらうわけにもいかないだろうと思う。彼らは戦いを生業とする傭兵達なのだから。
隊長さんは難しい顔で少し黙っていたけれど、それからそっと私の頭に手を乗せた。
ちょうど良い高さに私の頭があるから手を休めるために乗せた、というわけでないようだ。
ごつごつとした大きな手が、優しく頭に触れる。
「まあいい、とりあえず一度、ホームのほうにも案内しておくか。今なにかが起きたら一番安全なのはそこだからな。リゼさえ気に入ってくれればだが、しばらく滞在してもらうのは問題ない」
他に行くあてはあるのかと聞かれて、まったくありませんねと私は答えた。
副長さんは満足げにうなずいている。
「そうでしょう、そうでしょう。流石アルラギア隊長。部下の話にも良く耳を傾ける素晴らしい隊長です」
「よし、ロザハルト……あとで模擬試合三本だ。今日はみっちり相手をしてもらおうか」
「ええっ、ちょっと、どんな理由でですか、話の流れが全然見えませんけど」
「なんとなく気に入らない、という理由でだ」
「うわ、最悪だ。このクソ上司ッ」
実に仲良しな二人である。
「それとロザハルト、あくまで保護だ。お前はさっき入隊させちまおうなんて勢いだったが、あくまで保護。重要人物として。それも、リゼが望むならだ」
そんなわけで、私達はホームと呼ばれる彼らの野営地に向かい始めた。
ちなみにギルドにいた少年が探していた銀蘭ヒラタケ、アレはまだ見つかっていない。
薬草に詳しい副長さんでも見つけるのは難しいようだ。
「土の中だし、目印になるようなものもないし、数も少ないし。簡単に見つかるようなものじゃないからね。うちの隊長は土魔法が得意だから地面をほじくり返すのはできるけど、荒っぽいからなぁ……」
「まあそうだな。どちらかというと軽い地殻変動を起こすような術のほうが得意だな」
「荒っぽさの極みですよ。絶対に今は使わないでくださいね。キノコがめちゃめちゃになりかねませんから」
「あまり細かい男は女に嫌われるぞ、副長」
「荒っぽいほうが嫌がられますよ、隊長」
「ほーうロザハルト。ならば真に荒っぽいとはどういうことなのかを、今この場で教えてやろうじゃないか」
「そうは言ってもね、まず簡単に見つかるものじゃないし、万が一見つかったとしても、この金額では……」
「母ちゃんが寝込んだまま起きて来ないんだよっ。オレ、オレ……」
どうやら少年は母親と二人で旅の行商人をやっているらしい。けれど、母親が持病をこじらせて寝込んでしまったのだとか。
今すぐ命に関わる症状ではないそうだけれど、徐々に衰弱しているという。
銀蘭ヒラタケという特殊なキノコが持病の薬になるそうなのだが、一般的にお店で売っているものでもなく、手に入れるのは難しいようだ。
この地方で採れることがあると聞いて、わざわざ病床の母を行商の馬車に乗せたままやってきたそうだが。
「ここらでもめったに採れるものじゃないんだよな。冒険者を集めて捜索隊でも編成すれば一月くらいで見つかるかもしれないが。それだけの金額がかかっちゃうしなぁ」
「くそっ、くそくそっ。分かったよ! じゃあ自分で探すよ。このあたりに生えてるんだろう!?」
「ああー、まあ、このあたりの地中深くにな。君が探すのはちょっと難しいと思うが……」
「おっさん、外にあったスコップ借りるからな!」
少年はそのまま外へ出て行ってしまった。
冒険者ギルドから飛び出していく少年は、手にスコップを握りしめていた。
困り顔の職員さんが声をかける。
「あ~~、スコップくらいなら勝手に使いなっ。でも、ちゃんと返せよ!」
少年は銀蘭ヒラタケという植物を探しにいくらしい。私達もどうせ薬草採集をするのだから、ついでにちょいと探してみようか。
どこにあるのかも分からないし、探し出してやるなんて大きなことは言えないけれど。
ブラブラしている間に見つかってしまうなんてこともあるかもしれない。
早速、私達も町の外へ行こうではないか。私は勢い勇んでギルドの外へと出るのだった。
『待てリゼ。しばし待つのだ。町の外に行くのなら、その前に我の加護を付与するぞ。これでめったなことでは怪我はしなくなる。身体能力も少しは上がるはずだ』
神獣ラナグはそう言って、私の額に手(前足)を置いた。
その瞬間、柔らかな春の風に撫でられたような感触が私の全身を包む。
身体がフワフワと軽くなる。私の短い手足が妙に軽やかに動く。
「なにをしたの?」
『加護だと言ったろう。町の外には凶悪な魔物もたくさんいるのだから、その備えだ。もっとも、今のはリゼの潜在能力を表層に引き出したに過ぎぬがな。本当ならもっと強力な加護を付与しておいたほうが安心だが、とりあえずはそんなところで大丈夫だろう。効果がかなり強く出ているようだ』
思いがけず、私はトテトテ歩きを卒業することになった。
もはや大人の仲間入りである。立派なレディだといえる。幼女ボディを巧みに操り、しゃなりしゃなりと大人っぽく歩いてみる。
「なあリゼ、今度はなにが起きた? ラナグはなにをしたんだ?」
私のしゃなりウォーキングに興味を示した隊長さんが聞いてきた。
「さあ良くは分かりませんけど、加護というものらしいです」
「加護……? これほどの効力の加護だと? おいおい、こりゃあまたなにかとんでもないことを言い出したなこの二人は。伝説の聖女様にでもなるつもりらしいな。あるいは英雄王か。なんの準備もなしにこんな場所でさっくり加護。それもそのクラスの性能の加護とはな」
どうもラナグの加護は、私の歩行能力を上げただけではないようだ。上等なものらしい。隊長さんは戦闘用の大きなナイフの手入れをしていた最中だったけれど、ピタリと手が止まっていた。
ラナグは少し面倒そうにする。あまり大げさに騒がれるのが好みではないようだ。
「ラナグ、なんだったら加護なんていらないからね。無理しないでね」
この世界での加護はそれなりに貴重なものらしいが、ラナグはすまし顔。なんてことないといった風情である。
『どうしたリゼ。無理などはしておらぬ。それにな、今の加護は永続的なものだ。一度与えたら戻ることはない。リゼの安全のためには必要だから上手く使うがいい。具合はどうだ?』
言われて、その場でピョンピョンと飛び跳ねてみる。
かなりのものだと思う。どこまでも高く飛んでいけそうな気持ちがした。
まだ身体が慣れていないだろうから、あまり全力は出さないほうが良いのかもしれない。そう思えるほどの性能だった。
「よし、なら次は装備品を買いにいくぞ。いくら加護なんてものがあったとしても、俺達がそばに付いてるにしても、そんな布の服では外にいけない」
隊長さんは私達を引き連れて一軒のお店に入ってゆく。店の中には様々な武器や防具、装身具が所狭しと並んでいた。早速隊長さんが店員さんに声をかける。
「この子が着られるサイズの防具で、一番良いものをくれ」
ちょいと隊長さん。一番良いものって。やはりお金の使い方が荒いというのは真実だったらしい。私はそんな大層なものはいりませんが?
「リゼは冒険者稼業をやるつもりなのだろう? それなら装備品てのは半端なものを使うべきじゃない。自分の身を守る装備なんだからな。遠慮もいらない。今はお前達の保護が俺達の最重要任務になっている」
私は困っていた。隊長さんの気迫が凄くて押し切られてしまいそうだったからだ。
ああこれで、もしも一番上等な装備が、あそこにある金属の鎧だったらどうしよう。
この店で一番強そうな装備というと、あんな感じのやつになるのではないだろうか?
凶悪そうな金属のトゲトゲがみっちりついた全身鎧である。フルフェイスの兜までついていて、防御力だけはすこぶる高そうだけれど、あんなものを着こなせる自信がない。
転んだ拍子に足のトゲで自分の顔を刺してしまいそうだし、サイズも絶対に合っていない。
あれが最強で最も安全ですと言われたら、私はどうするつもりなのだろうか。
断固反対の意志を見せるしかない。そう決意を固める。
しかしそんな私に女性店員さんが持ってきてくれたのは、ワンピースであった。可愛らしいふんわりワンピースだ。外からは見えないけれど、スカート部分をふくらませるパニエまである。
もはやドレス。強そうな雰囲気はまったくない。
元の世界の私ならまず着ることはないだろうとも思う。まったく馴染みがない。想像だけで赤面しかねない。冒険お嬢様用ワンピースと記載されているが……
「こちらの防具ですとサイズも合うかと思います。防御性能も折り紙つき。あらゆる属性魔法攻撃を緩和し、もちろん物理攻撃に対する衝撃吸収性能もございまして、さらに自動修復機能も標準搭載。当店自慢の職人が腕によりをかけて製作した、最高レベルの品物となっております。デザインにもこだわっておりまして、良家のお嬢様の冒険にはおあつらえ向きの装備でございます」
なんだかとんでもない装備品が出てきたものだ。異世界おそるべし。
こんなわけの分からないものが防具として普通に出てくるだなんて。普通に店に在庫があるだなんて。
私は女性店員さんに連れられて試着室へ。
あれよあれよという間に、今まで着ていた『布の服レベル1』みたいな衣類を脱がされ、ふんわり魔導ワンピに包まれる。さらには容赦なく試着室から放り出される。
「良さそうだな。それにしよう」
隊長さんの第一声はそれだった。
着替えて出てきた私を一目見るなり、値札も確認せずに即決してしまう。
お、おそろしい。なんて恐ろしいことをする人なのだろうか。
私なんて服を買うときには、必ず季節を少しずらして安くなってから買うようにしているというのに。売り切れと値引きの狭間のギリギリのラインを狙って戦う。そんな日々だというのに。
あるいは食品なら、栄養成分表示と値段を見比べて、少しでもお得なほうを吟味してから購入に踏み切るというのに。
そんな淑女の涙ぐましい努力を吹き飛ばすかのような金銭感覚だった。いっぽう。
『我の加護があれば防具など必要はないが、その服はリゼに良く似合う。清楚な可愛さが良く引き立っている』
神獣ラナグは、またしてもイケメンみたいな台詞を吐き散らかしていた。そして副長さんは。
「隊長、お金、お金はあるんですかね?」
代金の心配をしていた。
「あー、ではロザハルト副長。あとで返すから貸しといてくれ。悪いな」
ないらしい。
「悪いなじゃないですよ。まあ、いいですけど」
いいんかい。思わず使い慣れない言葉で突っ込みたくなってしまった私をよそに、副長さんはさらりと支払いを済ませていた。
「すみません。私が必ず返しますから」
「ん? いやいやリゼちゃんは大丈夫だよ。ちゃんと隊長から高い利子を付けてふんだくってやるからね。隊長の無駄にたくさんある武器コレクションの一つを売り払えばおつりがくるよ」
副長さんはキラキラとした蒼い瞳でニッコリと笑う。
とても女性嫌いな人物とは思えない爽やかスマイルを私に向けてくれた。
「おいおいロザハルト。なんだお前、リゼとは普通にしゃべれるんだな。こいつは驚きだよ」
「また隊長は、変なことばっかり言わないでくださいよ。俺はいつもこんな感じですから」
隊長にからかわれるロザハルト副長。男前なのに女性は苦手だという彼だが、それでも私には愛想よく話しかけてくれる。
もっとも私なんて幼女なわけだから、女性というくくりに入っていないのだろうけれど。
とにかくこうして、冒険お嬢様用ワンピースを着て、町の外へと出かけることとなった。
薬草採集に行くとは思えない格好だけれども、準備はできたはずだ。
着替えたあとも、相変わらず私の身体は風のように軽くなったままだ。
おしとやかに歩いてみたり、ぴょんぴょんと跳ね回ってみたり。動きの具合を確かめながら歩みを進める。
「ありがとうラナグ。やっぱり凄く動きやすいみたい」
『これくらいは朝飯前だ。ところでリゼ、魔法はなにを使ったことがある?』
ラナグは当然のようにそう聞いてきた。しかし、もちろん魔法など使ったことはない。
残念ながらこれまで私のいた地球世界では、ふつう人間は魔法を使えないのだ。
だから魔法などなに一つ使ったことがない。そう伝えると、ラナグのみならず隊長さんも副長さんも目を丸くした。
どうやら一般的にこの世界の人々は、生まれたときからなにかしらの魔法を使うらしい。
水を出したり火を出したり。人それぞれに生まれもっての得意な魔法というのがあって、本能的に使い始めるという。
「それじゃあリゼ、お前は魔法を使おうとしたこともないってことなのか?」
「そうなります」
「そうか、ならちょうどいい、一度やってみたらどうだ? なにかしら出てくるだろう」
私達は町の外の広い草地に来ていた。
隊長さんに言われて、とりあえず水の魔法を試してみる。
やり方は、ただイメージすれば良いのだと教わる。指の先から静かに水が噴き出すように。
試してみると、ぴゅるり。
確かに水が放物線を描いて飛び出した。私にもできてしまったようだ。
次は風を試してみることに。
その次は火、その次は土。光に闇に、雷に氷。
「…………リゼ、お前にできない属性はないのか? どうなっているんだろうな」
隊長さんは小難しい顔をして眉間にシワを寄せていた。
いぶかる隊長さんをよそに、ラナグのほうは違う反応を示していた。
『ふふん。魔法の才能があったというだけのことだ。流石リゼだな。どうにも我の思ったとおりだ』
なぜか私のお腹のあたりに鼻を押し付けてくる神獣さん。
じゃれついているようだ。とにかく喜んでくれているので、まあ良かったのだろう。
さて、ひと通り基本の魔法属性を試してみたけれど、私が特に上手く使えたのは風と光と聖の魔法だった。神獣ラナグが付与してくれた加護の効果もあるようだ。
『なぁに、元からその三属性はリゼの特性に合っているのだよ。我の加護はその特性を引き出したに過ぎない。どれ、せっかくだから魔物狩りもしていこう。ちょうどあそこに手頃なコウモリがいる。適当に風魔法でも当ててみるといい』
「コウモリって……あれのこと?」
目線の先には地球のものより三倍は大きいコウモリ。その姿は黒いモヤモヤとしたオーラの塊。アレは人間の子供を好んで襲うらしい。見事なほどに魔物である。
そんなモヤモヤコウモリと私の視線が交わる。
よだれを垂らして人間の子供(私)を見つめてくる巨大コウモリ。クッ、喰われるのだろうか!?
「あんなのに魔法を?」
『リゼならできる、余裕だ』
私以外の人間にはラナグの声は聞こえていない。
私がコウモリを見て戸惑っていると、様子を横で見ていた隊長さんが私に尋ねてきた。
「どうしたリゼ、ヴァンパイア大蝙蝠がどうかしたのか?」
隊長さん達にも状況を説明してみる。
「なあラナグ、流石にそれは早すぎやしないか。そもそもリゼは何歳なんだ。俺としてはもうしばらくの間は、薬草採集どころか庭先くらいで遊んでいてほしいもんなんだが」
今の私が何歳なのかは良く分からない。見た目としては四~五歳に見える。
『なにも問題はない。リゼにはやれるだけの力はある。隊長とやらにはそう言ってやれ』
流石に獣と人では教育方針に違いがあるのかもしれない。
そしてラナグは意外とスパルタなのかもしれない。
まあともかく、今回は思い切ってやってみよう。
「そうかリゼ、やるんだな。まあいいさ、できなくはないだろう」
隊長さんは少し困りつつも、なんとも優しい顔で私のそばに立っていた。
安全確保のためにサポートをしてくれるらしい。ラナグも近くで待機。
なにやら、子供が初めて自転車に挑戦するときのような風情である。
『よし、準備はいいなリゼ。では先ほどまでよりも魔力をやや多めに込めて、風を使って刃を生み出すイメージだ。大切なのはイメージ。想像力だぞ。さあ、やってみるがいい』
魔法は発動のイメージが大切だとラナグは言う。
それなら少しは自信がある。空想、妄想、想像力。この私が現代日本でどれだけのファンタジー作品を嗜んできたと思っているのだろうか。
いくつもの風魔法のイメージの中から、私は竜巻のような攻撃魔法を想像して組み立てることに。
正直に白状してしまえば、私は魔法が使えることに少しだけ高揚していた。楽しくなってしまっていたのだ。
恥ずかしながら子供の頃の夢は大魔法使い。そんな私なのだから。
まずは急激な上昇気流のイメージ、そこを中心に螺旋状に風が流れ込み、そのまま渦を巻いて風の刃が吹きすさぶ。
喰らうがいい、我が竜巻の威力を、とーーう。ファイナル・トルネード・アタァックッ!!
イメージは完璧だった。名前もつけて気分が乗った。そして結果も、ほぼイメージどおりだった。
強大な竜巻が発生し、地面がえぐれ、術者である私自身すらも吸い込まれそうになる。
これだけ大きな竜巻だから、当然ターゲットにもヒット。
空にいたヴァンパイア大蝙蝠は旋回しながら派手に吹き飛ばされた。
ただし、魔法のサイズに反して与えたダメージはそれほどでもないような気がする。
『はっはっはっは、やはりリゼは面白い。それにしてもいきなり竜巻魔法とは。まぁ、殺意はまるで足らぬがな』
ラナグはそんなふうに高笑いをしながら、大蝙蝠へと突撃していった。とどめを刺してくれるらしく、バクッとひと噛みして決着をつけた。
アルラギア隊長は私のほうを見ていて、様子を確認している。小さい子だと魔力がすぐに枯渇して、ふらついたりするケースもあるそうだ。
あるいは制御しそこねて、ちょっとした事故が起こらないとも限らない。隊長さん達は、そのあたりを見ていてくれたようだ。
しかし、なんだか眉間にシワを寄せて難しい表情をしている。
軽く事故が起こりかけたせいかとも思ったが違うらしい。今くらいの威力なら装備品と加護の効果だけでも完全に無効化されるそうだ。
なんだろうか? もしや、女の子がいきなりファイナル・トルネード・アタックを放つなんていうのが、いささか暴力的だったのだろうか。おてんばだったろうか?
ロザハルト副長までもがアゴに手をやって考え事をしている。
隊長さんは、かみ締めるようにうなずきながら語った。
「いいかリゼ、魔法ってものをまるで知らないらしいから少しだけ忠告をさせてもらおう。一つ目、今みたいな魔法がそんなに簡単に使えるのはとても珍しいことだ。二つ目、扱える属性は多くても三種類程度までが一般的。最後に、四、五歳の子供は魔物と戦わないし戦えないんだ。かなりとんでもないことをやっているから、そのあたりは自覚しておいたほうが良い」
微妙な表情の隊長さんに私は答える。
「ご忠告は肝に銘じておきましょう」
『どうだ見たか、リゼは凄かろう』
ラナグはわりと能天気である。私の隣で嬉しそうにしている。
さて、こんなこともあったけれど、本来の目的は薬草採集なのだ。いくらカッコイイ竜巻を巻き起こしたって、薬草は集められない。さあさ地道にコツコツ集めていこう。
私達は草原で草花を摘む。採集のお仕事をもりもりこなす。
筋骨逞しいアルラギア隊長が花を摘む姿は、それはそれで愛くるしい。
本人はあまりチマチマとした作業は好きではないようだけれど。
もっとなにかをぶん殴ったり、切り裂いたりしているほうが落ち着くという、危ない人である。
いっぽうのロザハルト副長は華麗な見た目どおりの性格で、植物にも詳しいようだった。あるいは、なんでも器用にこなすタイプかもしれない。
「はい、これが雪燃え草。春の早い時期に雪を溶かしながら葉を広げていく草なんだ。魔力を活性化させるポーションの材料になる。こっちはビリビリカモミール。雷属性を帯びた花で、精神を安定させる薬効と雷属性のビリビリ目覚まし効果を両立する優れもの。ちなみにさっきの男の子が探していた銀蘭ヒラタケは、光属性の魔力を溜め込んで増幅させる特性があるよ。あとこれは……」
副長さんは好きなものの話になると止まらないタイプでもあるかもしれない。
私は一生懸命に解説を聞きながら、教えてもらった薬草を次々に摘み取っていく。
草を見つけて刈り取って。たまに魔物が出たりして。
こうして町の外にいるだけでも魔物は普通に現れる。当然のように襲ってくる。
化けネズミやブルースライムなんていう魔物が多いようだ。
ただそちらはアルラギア隊長が瞬殺してしまう。彼はキノコ探しをしているときよりも、ずっと活き活きとした表情で戦闘をこなしてくれる。私としては楽なものだった。
隊長さんはナイフや小剣を使うのが得意なようで、身のこなしも素早い。
その動きたるや信じられない速さである。キレキレで洗練された身体操作。
まるで舞踊か手品か、芸術作品のようですらある。
私の目では、もはやなにをやっているのか追えない瞬間が何度となくあったほどだ。
みっ! 見えない! というやつを生で体験してしまう。今のこの幼女ボディは日本にいた頃よりずっと目は良さそうなのだけれど。
さて魔物を倒したあとは、解体して必要な素材だけを持って帰るらしい。
こちらも冒険者ギルドで引き取ってくれるようだ。
隊長さんのナイフ捌きは解体作業でも発揮されていた。本来ならグロく感じてしまう光景なのだろうが、あまりの手際の良さに感嘆する気持ちのほうが勝ってしまう。
「いいかリゼ、解体のコツはなぁ……」
ただし彼が解体しているのを見る分にはあまり抵抗はなかったけれど、流石に自分でやれるかと言われるとやや厳しい。説明されても困ってしまう。
今ばかりは幼女の見た目を盾にして、解体作業からは逃れさせてもらいたかった。
けれども残念なことに、一般的に冒険者としての第一歩はこの作業であるようだ。
戦うのとは違って危険もないし、魔物の特性も覚えられるかららしい。しかたない、おいおい頑張ろう。
「解体ができなけりゃ、あとは大容量の収納魔法でも習得するしかないな。それなら魔物の身体をまるごとギルドまで持って帰ることができるが。しかし、流石にリゼでも習得は難しいだろうからなぁ」
収納魔法か。これも異世界ファンタジーな世界ではお馴染みの魔法ではないだろうか。
例えばこんな具合に使われるのが一般的だと思う。
私は試しに、山盛りになった薬草のカゴに手を触れてから、亜空間を展開して中に仕舞いこむ様子をイメージしてみる。そうすると、カゴは綺麗さっぱりどこかに消えてしまう。
今度は亜空間から取り出すイメージ。はい。しっかり元通り、手元に現れました。
「リゼ? できてるよな、それ。なんでできてるんだろうな」
「いや、なんとなく?」
魔法はイメージが大事だと言われていたから、とりあえずイメージしてみたらできていたようだ。
隊長さんにはつっこまれてしまう。
なんでと言われても返答に困る。私が困ってしまう。
こんな感じかなと思ってやってみたらできただけで、なんでできるのかなんて私だって知らない。こちらが教えてほしいくらいなのだから。
すると、じっと私達の会話を聞いていたロザハルト副長が口を開いた。
「ねえリゼちゃん、うちの隊に入っちゃえば? この収納魔法だけでももう即戦力になりそうだよ」
「おいおいロザハルト副長? どこの世界にこんな小さい子を傭兵部隊に入れるやつがいるんだよ」
「良いと思うんですけどね。だめですか?」
「当たり前だ。うち、傭兵だぞ? 小さい女の子の幸せってなんだろうなって、俺は考えるね」
「実際、リゼちゃんにとっても悪くない選択だと思うんですけどね。ここまで特異な能力持ちで、どこにも所属していない小さな女の子なんて、どんな連中が手を出してくるか分かったものじゃありませんよ。安全を第一に考えるなら、良い選択肢になりますよ」
「そこはもちろんだ、だから当面は俺達が保護する。どこか安全で信頼できる場所に落ち着けるまではな」
唐突にそんな話が始まっていた。
私としては今の居心地は悪くないけれど、やはりいつまでもこんな幼女の面倒を見てもらうわけにもいかないだろうと思う。彼らは戦いを生業とする傭兵達なのだから。
隊長さんは難しい顔で少し黙っていたけれど、それからそっと私の頭に手を乗せた。
ちょうど良い高さに私の頭があるから手を休めるために乗せた、というわけでないようだ。
ごつごつとした大きな手が、優しく頭に触れる。
「まあいい、とりあえず一度、ホームのほうにも案内しておくか。今なにかが起きたら一番安全なのはそこだからな。リゼさえ気に入ってくれればだが、しばらく滞在してもらうのは問題ない」
他に行くあてはあるのかと聞かれて、まったくありませんねと私は答えた。
副長さんは満足げにうなずいている。
「そうでしょう、そうでしょう。流石アルラギア隊長。部下の話にも良く耳を傾ける素晴らしい隊長です」
「よし、ロザハルト……あとで模擬試合三本だ。今日はみっちり相手をしてもらおうか」
「ええっ、ちょっと、どんな理由でですか、話の流れが全然見えませんけど」
「なんとなく気に入らない、という理由でだ」
「うわ、最悪だ。このクソ上司ッ」
実に仲良しな二人である。
「それとロザハルト、あくまで保護だ。お前はさっき入隊させちまおうなんて勢いだったが、あくまで保護。重要人物として。それも、リゼが望むならだ」
そんなわけで、私達はホームと呼ばれる彼らの野営地に向かい始めた。
ちなみにギルドにいた少年が探していた銀蘭ヒラタケ、アレはまだ見つかっていない。
薬草に詳しい副長さんでも見つけるのは難しいようだ。
「土の中だし、目印になるようなものもないし、数も少ないし。簡単に見つかるようなものじゃないからね。うちの隊長は土魔法が得意だから地面をほじくり返すのはできるけど、荒っぽいからなぁ……」
「まあそうだな。どちらかというと軽い地殻変動を起こすような術のほうが得意だな」
「荒っぽさの極みですよ。絶対に今は使わないでくださいね。キノコがめちゃめちゃになりかねませんから」
「あまり細かい男は女に嫌われるぞ、副長」
「荒っぽいほうが嫌がられますよ、隊長」
「ほーうロザハルト。ならば真に荒っぽいとはどういうことなのかを、今この場で教えてやろうじゃないか」
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