転生幼女。神獣と王子と、最強のおじさん傭兵団の中で生きる。

餡子・ロ・モティ

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1巻

1-2

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「さあどうでしょうか。専門ではない分野ですから」
「神殿には所属しているんだろうか? もし必要ならウチの隊で護衛を付けて送って行くが……」

 ラナグはガゥと小さくえて、まったく関心のないようなそぶりで鼻を背けた。
 どうも神殿というのがあまり好きではない様子である。
 そしてラナグは言う。今はこの町を離れるつもりはないと。
 この町の、とあるほこらに用事があるらしかった。そこを目指してわざわざここまで来たのだとか。

ほこら? サーシュどこにあるんだ?」
ほこらほこら……ああ、あれかな? いや、待てよ……」

 二人はほこらの場所を知らないようだった。
 ラナグはなにも言わなかったけれど、少しだけ寂しげな目をしたように見えた。

「ラナグ、大切なものなら私と一緒に探しにいこう」

 そう声をかけると、ラナグはゆっくりうなずいた。

『リゼ……そうか。ならばそうさせてもらうか』

 その瞬間、土の魔法で作られたおりが、パキリと音を立てて砕け散った。
 部屋の中にいた人達は、慌てて剣を抜き身構える。
 隊長さんも私の首根っこをひっつかまえて小脇に抱え、そしてつぶやいた。

「…………なんてことだ。この結界がここまで軽く壊されるとはな。こいつは想定以上かもしれん」

 一瞬にして、かなりの緊迫した空気が部屋に溢れた。けれどラナグは落ち着いている。

『これは失礼。思ったよりも、力が入ってしまったようだな』

 ゆっくりと元いた場所に座り直して、横たわって目を閉じた。
 ラナグは言う、大人しくしているからもう一度結界を施すようにと。
 私はそれを通訳してみる。隊長さんは答える。

「ハァ、参ったなこれは。この結界が今みたいに壊されるんじゃあ、はっきり言って俺の手に負える存在じゃないってことになる。こいつはとんでもない拾い物をしてきちまったかな」

 隊長さんは眉間にシワを寄せていたけれど、口元は楽しそうに笑っている。奇妙な人である。
 ギルドマスターさんは、壊れたおりをそっと指さしながら言った。

「アルラギア隊長、貴方がサジを投げたなら、この町にも国にも対処できる人なんていないじゃないですか」
「そんなこたないさ。おおげさなんだサーシュは」
「ともかくなんとか頑張ってください。そもそも貴方が連れてきたんですからね」

 アルラギア隊長のほうは、ただ両手を軽く上げて首をひねった。
 やれやれとんでもないことになったぜっ、みたいな顔をしている。
 私は思う、こういった感じの少しだけ困った顔というのは筋肉紳士には良く似合うと。
 さて、そんな余談はともかくとして、結局のところ、神獣ラナグはおりに入れられることもなく、私と隊長さんを付き添いにして町の中を散策することになった。
 隊長さん&ギルマスさんによると、どうせ手に負えないならば、もはや仲良くするしかないという考え方らしい。
 ラナグはなんだか元気である。私が差し出した水を飲んだことで力が湧いてきたそうだ。
 たったそれだけのことで元気になるのだから、よほど喉がかわいていたのだろう。神獣も熱中症になるのかもしれない。
 ともかく元気がなかったラナグは、隊長さんにわざと捕まって町まで運んできてもらったらしい。タクシー代わりのつもりだろうか。
 さてギルドの外に出てみると、町の人達の視線はラナグに注がれていた。気に留めないラナグ。探索は進む。けれども。

「ねえラナグ、町のどこにほこらがあるか分かる?」
『ううううぬ、分からぬな。いかんせん昔のことすぎて記憶が曖昧あいまいだ』

 ラナグはしばらく歩き回ったものの、目的の場所は見つけられなかった。
 首を垂らすラナグ。しょんぼり神獣である。
 しばらくして。

「今日はもう暗くなってきた。続きはまた明日にするぞ」 

 隊長さんの無情なる宣告が下された。

「リゼも腹が減っただろう、晩飯にするぞ」
「お腹ですか……確かにすいてますね」

 ふむ、これまでは意識していなかったから気にならなかった。だけれども、考えてみれば私はすでに完全にお腹がすいていた。
 ひとたび気にし始めたらもうだめだ。もはや断言できる。私はハラペコなのだと。
 だがしかし、そのときラナグは言うのだ。

『分かったぞ、見つけた、あれだ。見つけたぞ』

 遠くを見つめている。
 しかし、見つけた見つけたと言ったそのあとも、なんだかウロウロしたりクンクンあたりをかぎ回ったりするラナグである。
 本当に見つけたのだろうか。本当に本当だろうか。
 よもや時間稼ぎをしているのではと、私は懐疑の目でラナグを見つめざるを得なかった。

『ほ、ほんとだぞ。あっ! 本当にあった。あっちだ』

 おお、今度は本当にラナグの探しているほこらが見つかったようだ。
 私はお腹の減りを我慢することにした。私、偉いのでは? このことについてはめてもらってもかまわない。いっこうにかまわない。
 ラナグは駆け出す。私もテチテチと追おうとするけれど、完全に置いていかれる。
 待って、ちょっと待って。
 そう思いながら走る私。ラナグはハッとして立ち止まり、戻ってきて私を背中に乗せてくれた。

「今私の存在を一瞬わすれたね、ラナグ」
『いいや、そんなことは絶対にない』
「でも、ビクッとして急に止まってから戻ってきたけれど」
『アレはしゃっくりしただけだ。完全なるしゃっくりだ』
「神獣なのにしゃっくりするんですかね」
『ああ、もちろん神獣もしゃっくりをする』
「お前ら、いったいなんの話をしてるんだ?」

 ラナグの言葉が聞こえない隊長さんが、私達のやりとりに疑問を持ち始めた頃、ラナグはついに町の外れに小さな洞穴を見つけていた。埋もれているけど、あれがほこららしい。そこに頭を突っ込んでゆくラナグ。中に探していたものがあるようだ。

『あったぞ、これだ』

 尻尾をフリフリと揺らし、たいそうな喜びぶりだ。
 ラナグは穴から首を引っこ抜く。その口には一本の骨がくわえられていた。
 実に美味しそうにハフハフとくわえられていた。

『見ろリゼ、この骨を。遥か昔、ここに埋めておいたのだ。とっておきの一本でな、今は消え去った古代炎竜の骨の最後の一本だ。しびれるほどに美味い。腹のそこからマグマのような熱いうまみが湧き上がってくるのだ』

 どうやら彼はお腹がすいておやつを探していたらしい……ふむ、とっておいたのを食べに来ただけらしい。嬉しそうに食べている。
 いやしかし、それを言うのなら私だってすいていたのだが。ペコペコのペコリなのだが。
 この犬っころめ、なんということだろうか。
 神獣だろうとなんだろうと、私のハラペコを愚弄ぐろうした罪は重い。つぐなう必要がある。くらえぃ!

『あいた、いたいぞリゼ。なぜ叩くのだ』

 私の渾身こんしんの力を込めたポカポカパンチも、ラナグにはまるで通用していない。
 傍から見れば、じゃれているようにしか見えないことだろう。
 私達の隣では隊長さんが困惑顔で立っていた。

「なあ、おまえ達は本当になにをやっているんだ?」

 私は毅然きぜんとした態度で言い返す。

「隊長さん、お腹がすきましたね」
「ああ、俺もだよ。ついてこい」

 こうして私の異世界生活は始まったのだった。
 生活し生きること。異世界だろうとなんだろうと変わりはしない。
 再び地球に帰る日が来るのかは分からないけれど、私はこの世界を快適に暮らしてゆく。



   それぞれの新生活


 そしてひと晩が経った。
 目を覚ますと、どうも身体がフカフカとしたなにかに包まれている。柔らかい。
 白く上質な動物の毛だ。
 むろんのこと正体はラナグなのだけれど。

『おはようリゼ』
「おはようラナグ。ええと、なんだか昨日よりフカフカになってるような? 気のせいかな?」
『いいや、実際にふんわりさせている。どうだ?』

 快適だ。快適には違いないのだ。
 けれども、朝の挨拶をかわしてからスックと起き上がろうとすると、これが上手く動けないのだ。
 あまりにもフカフカ具合が強力すぎて、身体を上手く起こせない。
 私の小さすぎる手足はラナグの長く柔らかな毛に埋もれる。ほとんど埋もれきっている。
 助けてほしい。これでは一生をモフ毛の中で過ごすことになる。それくらいの感覚である。

『はっはっは、どうにもリゼは愉快だな』
「愉快がってる場合じゃないよラナグ。いやちょっと待って、ほんとうに起き上がれないから」

 この日私は、これまでの人生で最も寝床から起き上がるのに苦戦した。
 ラナグにもてあそばれていたのは明らかだった。もはや戦いといっても過言ではなかった。必死になって抜け出した私。気がつくと、

「お前らは今日も朝からなにをしてるんだ?」

 隊長さんの生暖かい視線が私を見下ろしているのだった。おはようございます。

「隊長さん。昨晩はありがとうございました。食事もご馳走ちそうになってしまって、宿にも泊めていただいて。いつか代金はお返ししますので」
「なにを言ってるんだ。リゼは俺が保護してるんだ。メシも宿も当たり前のことだろう。金の心配なんてまったくいらん、任せておけ」

 自信満々に胸を張る隊長さんだった。なんて頼もしいのだろうかと、このときは思った。
 思った矢先のことだった。
 隊長さんのその大きな身体の後ろから突然の声。
 それはなにかを訴えるような悲痛な叫び声であった。

「ちょっと隊長、なにを言ってるんですか。リゼちゃんが可愛いからってかっこつけて。本当は全然お金ないでしょうに」
「なんだ、うるさいなロザハルト、全然余裕に決まってるだろう。これでも俺はそこそこ稼ぐんだぞ?」

 後ろから現れたのは部下らしき人である。
 とても綺麗な黄金色の髪と空のような瞳の男性である。隊長さんに比べると少し細身でしなやかな人だった。
 王子様っぽい雰囲気が誰かに似ているような……
 ああ、と思い出す。ギルドマスターさんに感じが似ているのだろう。
 そんな彼の言葉は、ともかく隊長さんを少しだけ狼狽ろうばいさせた。

「隊長が尋常じゃないほど稼いでいるのはもちろん知ってますよ。ですが、すぐに武器やらアイテムやらで使っちゃうじゃないですか。そのナイフにしても新品の特級魔法武器でしょう? さて、いくらだったんですかね」
「それとこれとは話が別だ。流石さすがに飯と宿の金ぐらいは困っていない」
「なら、このあいだの酒場のツケも全部払い終えたということですね?」
「あん? …………もちろんだ、ほぼ完璧に払ったよ」
「ほぼってなんですか? やっぱり、ちょっとは残ってるじゃないですか」

 そんな無益な話をしばらく聞いていると、この人物が部隊の副長であることが分かった。
 アルラギア隊長のお金遣いの荒さに苦労させられていそうだ。
 やれやれ、こまった隊長さんである。これは私もおいそれと世話になっているわけにもいかない。もとより人様に迷惑をかけて生きながらえる私ではない。たとえこの身が幼女であろうともだ。
 おおかた、そう簡単には元の世界にも帰れないだろう。
 異世界転生などというのは、そういうものではなかろうか。
 ならばこの先いつまでも宿に住むわけにもいくまいし、どこかに生活の拠点を見つけねばならない。生活してゆく方法も見つける必要がある。探そうではないか。
 たしか昨日行った冒険者ギルドでは、誰にでもできるような簡単なお仕事も紹介されていた。
 薬草採集とか、町の清掃とか、遺失物の捜索なんて仕事もあったはずだ。
 それが良い。そうと決まればさっそく行ってみよう。

「では隊長さん、私はちょっと冒険者ギルドで仕事を探してきますね」

 テチテチと歩いて部屋の外へ出ようとする私。
 けれども、その眼前に隊長さんのふっとい腕がニョキリと現れる。

「なにを言ってるんだリゼ。仕事ってお前なにするつもりだ? 流石さすがにギルドでもその年齢で紹介してもらえるような仕事はないぞ? とりあえず大人しく俺の買ってきた朝飯でも食べておいてくれよ」

 私の眼前に、今度はアメリカンドッグのような食べ物が差し出される。
 香ばしげに、ふりふりふりと揺れている。
 くっ、これは食べないわけにはいかなかった。冒険者ギルドには食べてから行くことに。
 なにせ私はアメリカンドッグが好きなのだ。
 これは推測に過ぎないけれど、おそらく、アメリカンドッグにあらがうことのできる人間などいない。誰一人としていないのだ。
 もちろんこの世界ではアメリカンドッグという名称ではないようだし、見た目も少し違うけれど、とにかく美味しそうなのは確かであった。
 隊長の朝ごはんチョイスは完璧だったと言えるだろう。
 もぐもぐ。もぐもぐ。もーぐもぐ。
 よし、行こう。

「だからちょっと待て、なんでそんなにギルドに行こうとする。ほっぺたにソースが付いてるぞ」

 くっ、私としたことが。でもしかたがないと思う。
 この小さな身体を精密に動かすのは、みんなが思っている以上に難しいのだから。
 それに、ほっぺたに食べ物が付いてしまうのは、ほっぺたが想定以上にプニリとしているからだ。
 大人はみんな忘れてしまうのだろう。ほっぺたがプニリとしている身体での生活のことを。
 なんなら口よりもほっぺたのほうが先に食べ物にあたりかねない身体のことを。
 そんな戯言ざれごとはともかくとして、私はギルドに行くのだった。

「分かった分かった、なら俺もついて行くからちょっと待ってろ」
「まったくもう、隊長ってリゼちゃんに弱くないですかね。貴族の娘達に言い寄られたって返事の一つもしないってのに」
「なに言ってんだよ、それはまた全然違う話だろうよ。この状況じゃ俺にはなすすべなしだろうが」

 私は隊長さんに迷惑をかけまいと思っているのだけれど、なんだか余計に迷惑なことになっているようにも思える。とはいえ、ここはしかたがない。
 いったんお世話になっておいて、あとで恩返しをする方向で考えることに。
 そして冒険者ギルドへ到着。
 すぐに掲示板の前に行ってみて、どんな仕事があるのかチェックする。
 そこに書かれた文字は、なぜか当然のように読むことができた。
 日本語とは違う文字なのに、まったくおかしなことである。ともかく読み進める。
 このときの私は仕事探しと同時に、神獣ラナグのゴハン探しも進めていた。
 ラナグからの要望によるものだ。

『どうだリゼ、なにかあったか? 我の食事になりそうな魔物はいそうか? 古代級、伝説級の魔物の情報だぞ』
「どうやら、ありませんね」
『きっぱり言いすぎだぞ、もう少し頑張って探してくれ』

 昨日はラナグが食べる骨を探すのに引っ張り回された私達。
 なんてイヌコロだと思ったものである。しかし、よくよく話を聞いてみると、ラナグはラナグでのっぴきならない理由があったようだ。
 実は彼、生半可な食事では存在を上手く維持できないという。
 ラナグは変な犬だけれど、それでも神獣。
 存在や力を維持するためには、それ相応の食べ物が必要になるそうだ。
 例えばその一つが、強大な竜。そういった伝説クラスの魔物食材を食べる必要があるのだとか。
 あるいは、なにか今までに食べたことのない初めての料理や食材も身体に良いとか。
 さらには人の信仰心や感情もゴハンになるそうだが、ラナグ的には信仰心は好みではないらしい。好き嫌いを言う神獣さんである。
 たとえまったくなにも食べなくてもえることはないけれど、とても気だるくなるらしい。
 そのほか頭痛に、肩こり、腰痛、ほてり、ほてっているのにもかかわらず逆に冷えも訪れる。
 なんとも女子みたいな体調不良を訴える神獣さんである。
 しかしなるほど、それは大変だなと私は思った。私も頭痛持ちだったから良く分かる。
 それで私なりに精一杯この掲示板を探したものの、やはりラナグのゴハンになりそうな魔物の情報はないようだった。
 竜が食べたいとラナグは言うけれど、そんなものの情報はないのだ。
 目の前の掲示板にあるのは、低級邪精じゃせいゴブリンとか二足歩行の狂気豚きょうきぶたオークとか骨剣士ほねけんしスケルトンくらいである。
 もうスケルトンだって良くないだろうか。昨日食べていたのと同じく骨には変わりないのだから。
 しかし、ラナグは首を縦に振らない。
 骨が食べたいわけではないそうだ。そんな下級の魔物では、どこをどう食べてもお腹の足しにはならないとか。ふうむ。

「隊長さん、ドラゴンってどこにいますか?」
「ん? なあリゼ、ちょっと待てよ? そこは討伐依頼の掲示板だが。お前さんまさかドラゴン退治したいなんて言いださないよな?」
「……ドラゴン退治。そんなには、したくないですね」
「そうかい、それなら安心だ」

 私がしたいわけではないのだ。ただラナグが食べたがっているだけのことである。

「ちなみにドラゴンなんてのがもし町の近くにいたらな、国を巻き込んだ大騒動になる。総動員で戦わなけりゃ対処できないような大事だ。だから普通はこのあたりにドラゴンなんていないんだ」
「ほう、なるほど。ご丁寧な説明ありがとうございます」
「おうよ、なんてことないさ」
「というわけでラナグ。ドラゴンは諦めてください」
『ううむぅ、しかたないな』

 どうにかして情報だけは集めていくつもりだけれど、ドラゴン探しは一時休止である。
 私はとりあえず受付カウンターへ歩いて行って、まずは冒険者登録の手続きを済ま……手続きを……
 カウンターが高い。見上げるほど高い。
 なんということだろう。隊長さんの言っていることは本当だったのだ。私のようなチビッ子では、そもそも依頼を受けるスタートラインにも立てないらしい。
 見上げるカウンターは遥かに高く、堅牢けんろうな城壁のようにそそり立つ。
 人生とは、かくも無情なものであるということを、思い知らされる私だった。
 しかし淑女たるもの、こんなところで諦めはしない。
 しかたがないのでカウンターの裏へと回って受付の人に声をかける。

「すみません。冒険者になって仕事を受けたいのですが」
「は? え? ええと、どうしたのお嬢ちゃん? ええと? お父さんかお母さんは一緒じゃない? あらあら迷子かしら?」

 私は迷子と間違われていた。いいえ違うのですけれど。迷子ではなく、お仕事の依頼を受けに来たのです。私は受付の人にしっかりとした口調で伝える。
 そして受付の人は優しい笑顔でうなずき、こう言うのだった。

「…………え?」

 理解されていない様子。ふうむ、ならばもう一度初めから説明を。

「ああ待て、待て待てリゼ。受付の方が困惑してるだろう。もう分かったからこっちへ来い。二階へ行くぞ」

 隊長さんはそう言いながら私をひょいとつまんで持ち上げて、優しく小脇に抱えて二階へと運んだ。ギルドマスターさんの部屋へと連れ去られる。

「サーシュすまん、リゼが冒険者稼業をやりたいと言って聞かなくてな。ギルドマスターのお前から無理だと言ってやってくれ」
「ん? なんですそんなこと、別にかまいませんよ。冒険者ギルドはいつだって広く人材を募集しているんですからね」
「……なにを言ってるサーシュ。頭が魔力で暴発したか? こんな小さな女の子だぞ? できるわけがない」
「大丈夫ですよ。リゼちゃんはとてもしっかりしてますし、それにラナグだって付いているんです。昨日、貴方の結界術を易々と打ち破った超生物ですよ。ねえラナグ、貴方が一緒にいれば大丈夫ですよね?」

 ギルマスさんの言葉を受けて、私は思わずラナグの顔を見てしまう、まじまじと見てしまう。
 そういえばと、ふと、考える。
 たしかにラナグとはたまたま出会って仲良くなったけれど、これから先、一緒にいてくれる保証はない。彼は自分のゴハン探しにも行かなくてはならないのだし。
 そう考えると、ほの寂しい気がしてくる私だった。
 ぺロリッ。ぺろぺろ。
 私の頬に、生ぬるい感触があった。見ると、ラナグが私の頬をそっと舐めていた。
 ああ、顔面がラナグの唾液だえきでビショビショになって微妙な感覚だ。だけれども、なんだか優しさを感じるビショビショさであった。

『リゼ、そんな心配そうな顔をするな。リゼのことは我が守ろう。だから安心して、可愛い笑顔を見せてくれ』

 ほおう、と思う。なんたるイケメン犬なのだろうか。驚くべき甘さの言葉を平然と吐くものだ。
 さてはこの神獣さん、今までもそんな甘い台詞せりふでたくさんのイヌ型神獣を手玉に取ってきたに違いない。ああ、私はそんな手には乗りませんよ。こいつめこいつめ。

『なんだリゼ、グイグイするな。くすぐったいぞ』

 私としたことが、少しだけ取り乱してしまったようである。

「どうやらそちらの二名は大丈夫そうですね。冒険者、頑張ってください。期待の大型新人現るですね。ところでロザハルト副長、貴方もリゼちゃん達の保護役を受け持つことになったそうですが?」

 ギルマスさんは副長さんにも親しげに声をかけた。こうして見ると、やはり二人は似ている。
 しかし、似ているのも当然らしい。どうも彼らは親戚しんせき同士なのだという。

「ええ。うちの隊長様はそのつもりのようですね。しばらく我々の隊はリゼちゃんの保護を最優先にするそうですよ」
「それは良かった。それならば貴方もこの機会に、女性嫌いを少しは治せると良いですね。頑張ってください」
「ああ叔父上、別にそんなのではありませんからね、俺は。ちょっとしたトラウマがあるというだけで、なにも女性が苦手というほどでは……」

 この二人のやり取りを聞いて、隊長さんは悪そうな微笑を全開にして言った。

「ハッハッ、ロザハルト副長。そうだな。ギルドマスター殿の言うとおりだ。お前にはしっかりとリゼの護衛をしてもらおう。きっとお前のためになる」

 とにかくこうして、私はラナグと共に冒険者を始めることになった。
 アルラギア隊長とロザハルト副長の、保護と監視付きの中で。
 そうとなれば手始めに、まずは薬草採集でもやってみようというのが人情だろう。
 町の周囲には大きな草原がある。その中から役に立つ草を選んで持ってくるというお仕事だ。
 採集依頼を受ける手続きは、一階のカウンターに戻ってから処理していただいた。
 私専用の踏み台を用意してもらったのはありがたいような、申し訳ないような。
 それでも背が足りず、踏み台の上で爪先つまさき立ちしている私であった。
 ふと横に目をやると、隣にせた男の子が立っていた。男の子とはいっても私よりも身長は高く、踏み台なしでもカウンターに頭が届いている強者だ。
 感嘆させられる。凄いな少年、踏み台なしとは。
 ただ、あまり元気がない様子で、フラフラと今にも倒れそうだった。
 目だけがギラギラと強く光っている。

「なあ頼むよ! 持ってるお金はこれで全部なんだ。これで銀蘭ぎんらんヒラタケを採ってきてくれよ」


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