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1巻

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   始まり


「おや? ここは?」

 私、織宮優乃おりみやゆうのは困惑していた。 
 目が覚めると見知らぬ草原にいたからだ。
 しかも身体がとっても小さくなっている、幼くなっている。
 はっきり言って幼女である。
 これはおかしい。本当は少しばかり体力の衰えすら感じ始めたお年頃のはずなのに。
 私は直感した。これは明らかに異世界転生であると。
 いや、もしかしたら転移のほうかもしれない。まあ今はそんなのどちらでも良いではないか。とりあえず生きよう。
 幸いなことにすぐそばに町も見えているのだ。
 門番らしき人影も見える。だからとにかく歩いて町のほうへ近づこうとするのだが……
 盛大に転ぶ。これはいけない。身体が幼女なのだ。歩きにくい。なんとか頑張って進もうとするけれど一歩が小さい。なんということだろう。
 しかし、私は頑張った。門番さんの近くまでたどり着いた。

「フゥ、フゥ、フゥ」

 息も絶え絶えである。さて、ここまで来てみたのは良いものの、どことも分からぬこの世界で言葉は通じるだろうか。
 すぐそこにいる門番さんは、どう見ても日本人には見えない。西洋系の雰囲気かと言われたら、それとも違う。こんな場合には、いったいどんな言葉でやりとりすればいいのか。いや……考えたところで分かるまい。意を決して草むらから飛び出そうとしていると、

「お、おじょうちゃん? どうしたんだい? 一人かい?」

 私の姿を見つけた門番さんのほうから、優しく声をかけてくれた。
 しゃがんで私の目線にまで合わせてくれている。
 耳に聞こえる言葉は日本語ではなかった。けれども意味は普通に理解できる。
 まったく面妖めんようにして奇奇怪怪ききかいかいな出来事だ。そして私は答える。

「はい、迷子です。完全に一人です」

 単刀直入に事実説明をしてみる。
 私の口から出る言葉は、どうもたどたどしいものであった。普通に話しているつもりなのに子供っぽい声になるのだ。やはり身体が幼女なせいなのだろう。

「そ、そうか、よし、とにかくこっちへ。こっちの安全な場所に来て、さあ入って。危ないから。このあたりには強い魔物はいないけどな、それにしたって危ないから」

 門番さんは守衛所のような部屋に私を招き入れ、中にあったイスの座面をパタパタとはたいてから、座るよう促した。
 私はふと、自分が安堵していることに気がついた。
 いくら私のような人間でも、流石さすがに見知らぬ場所に突然一人ぼっちで置かれるという事態には不安も感じていたようだ。
 今の身体が幼女なせいもあるかもしれない、目の奥がじんわりと熱くなる。
 涙腺が決壊する予兆を私は感じていた。

「ああ、ちょっと待て、ウルウルしないで。大丈夫、大丈夫だからさ。もう心配はいらないよ。ああそうだ、腹へってないか? こっちにおやつがあるからな、ちょっと待ってろよ。今持って来る」

 門番さんは戸棚から素朴なパンを取り出してきて、私の前にスッと差し出す。
 それからなんと私の頭が、優しく撫でられてしまう。そうか、子供だからか。
「良い子、良い子」なんて言いながら撫でる門番さんだった。
 ふっ、はたして本当に良い子かどうか。見かけにだまされる哀れな門番さんであった。
 哀れな門番さんからはいくつかの質問を受けた。それがひと通り済むと最後に、水晶玉のようなものを使って身元チェックをされるのだった。
 涙腺の件については、私の必死の抵抗が功を奏して、ギリギリで決壊をまぬかれていた。
 さて、水晶玉による身元チェックで分かったことは、私が人間の女の子だという事実だけだった。もしも犯罪歴などがある場合、水晶玉にはそれも表示されるそうだ。
 門番さんは私の頭を撫でては、「大丈夫だよ」とか、「もう怖くないよ」とか、「なんとかしてやるからな」などと言ってなぐさめる。
 なかなか感じの良い青年かもしれない。見ず知らずの私のことを親身に心配してくれている。感心なものだ。

「おぅい、ジャスタいるのか? 通らせてもらうぞ」

 今度は外から声が聞こえてきた。どうやら誰かが門を通ろうとしているらしい。
 門番さんは外へと出て行った。そこには勇ましい男ばかりの一団がおり、中央には、小さな土製のおりに入れられた大きな犬さんの姿が見えた。
 綺麗な白のフサフサとした毛並みだけれど、力なくこうべを垂れて寝そべっている。
 存在が希薄で、雲かかすみかのように消えてしまいそうな雰囲気があった。

「ああ隊長さん達。もちろんどうぞ通ってください。今日はまた珍しい魔物を捕まえてきましたね。なんですそれ?」
「さあな、魔物かどうかも分からん。精霊……ではないと思うが。とにかく不思議な様子でな。まあおそらく、このまま食っちまうがな」
「また変なもん食って、腹を壊さんでくださいよ。隊長さん」
「おいおい、冗談だよジャスタ。得体の知れないものは食わないさ。それに、こいつはどうも普通の存在じゃあない。このおりにも自分から入ったんだ。まるで勝手について来たような感じだな」

 門番の人はジャスタという名前らしい。軽い世間話をしている。
 私はその間に守衛所から外に出た。
 なんとなく気になって、おりの中の犬さんに声をかけてみる。
 ただただ綺麗な犬さんだった。少し汚れているけれど、長い毛は雲のようにフワリとしている。それで話しかけてみたくなったというのもあるし、元気がなさそうだったから気になってしまったという面もあった。

「あなただいじょうぶ? どこか良くないの?」

 私の問いかけに犬さんは、身体を動かさずただクンクンと鼻先を少しだけ揺らす。

『…………ふん、もしこの声が聞こえるならな、人間のおちびさん。水を一杯くれるかな。まあ、聞こえるはずもない、か……』

 聞こえたので、水を用意してみることに。私は門番さんのところへと戻り、コップ一杯の水をいただいて、犬さんにお届けする。

『っ!? む!? なんだと、聞こえていたのか!?』
「ええ、聞こえていましたとも」
『ふうむ、ふむむむ、まさか今の世に我の声が届く人間がいようとはな』

 先ほどまで横たわっていた犬さんの、そのあまりに大きな反応にびっくりさせられる。
 どうやら普通はこの犬さんの声は聞こえないものらしい。
 そりゃあ、犬と人間では話ができないのが世間一般の常識かもしれないけれど、ただ私からしたら、すでに人種も世界も違う門番さんに言葉が通じているのだ。
 ならば犬さんにだって言葉が通じたっておかしくなかろう。
 少なくとも、異世界ファンタジーな世界でなら良くあることだ。
 いっぽう犬さんは、コップを前足で抱えて水を飲み始めていた。器用なものだと感心する。平たいお皿のほうが飲みやすいだろうかと思っていたけれど、地球の犬族よりは前足が器用らしい。

『くっ、これは……』

 犬さんは水を飲み一瞬、目をクワッと見開いた。ただのお水のはずだけれど、甘いぞと言いながらおかわりを所望しょもうしてきた。
 甘いのかこの水は。甘いものは私も好きである。是非ともご相伴しょうばんにあずかろうと私も飲んでみる。
 が、これがまったく普通である。甘くも辛くもない普通の水だ。犬さんはよほど喉がかわいていたのか、あるいは亜鉛不足で味覚障害でも起こしているのかもしれない。
 犬さんは引き続き水を飲む。私はしばし、その姿を眺めていた。
 今度は彼の白い毛皮がポワッと柔らかく光った。先ほどまでの希薄でおぼろげだった身体が、生命の瑞々みずみずしさを手に入れたような雰囲気だろうか。


 このときの私はといえば、尻餅をついていた。
 この身体に慣れていないせいで、ほんの少しっただけで尻餅をついてしまったらしい。

『むむ、大丈夫か娘よ。よし、泣かなかったな、偉いぞ』

 大丈夫。幸いお尻へのダメージは僅少きんしょうである。
 足が短くお尻の位置が元々低いのが幸いした。
 それよりも私は、犬さんの毛皮が光ったのはなぜなのかが気になっていた。よっこいしょと身体を起こしながら尋ねてみるが。

『光ったか? そうか、それほどか。それはな、今の我に足りぬものを、おぬしがなにか持っていたということ』

 やはり亜鉛だろうか? ではないと思う。鉄分でもない気がする。

『物理的なものではないぞ?』

 やはり違ったらしい。物質的な栄養素の話ではないようだ。
 もっとファンタジーな話のようである。

『我にも確かなことは分からぬ。ただなにか、あたたかく柔らかなものを感じた。それから、まるでどこか遠い場所からの来訪者、新たな創造と想像の力、あるいは子供の悪ふざけのような』

 ほう、この犬さん凄い味覚である。味だけで私が異世界からの転生者だと感じたらしい。占い師にでもなると良いかもしれない。お水占い犬としてやっていけそうだ。
 そんなふうに、まだまだ犬さんとの会話は続き、疑問にも満ち溢れていた。けれど、邪魔が入る。
 門番さんと、それから隊長さんと呼ばれた人の一団が、私と犬さんの様子をうかがいつつ近寄ってきたのだ。

「なあジャスタ、このチンマイ子供は何者なんだ?」

 隊長さんが興味深げに私と犬さんを眺めた。そして、私にいくつかの質問をする。
 今日はとにかく質問をされる日のようだ。まったく、なにかと教えてほしいことがあるのはこちらのほうだというのに。
 隊長さんはいくつかの問いかけの最後に、私と犬さんで会話をしていたのか? と尋ねた。私ははいそうですよと答える。
 隊長さんは私への質問を切り上げて、今度は犬さんに声をかけた。犬さんは答えない。
 話をしないどころか鳴き声の一つもあげない。完全に無視である。これこれ犬さん、無視はいけませんよと口出しをしてしまう私。

『ぬう。どうせ、こやつらにはなにも聞こえぬよ。そういうものだ』

 そういうものらしい。彼の言うとおり、隊長さんにも門番さんにも本当に声が届いていないようだった。

「まあいい。ジャスタ、少しその子を借りてもいいか?」
「え、いや、どうかな? 中に連れてくのはかまいませんし、隊長さん達なら信頼してお任せできますがね。なにせ小さい女の子ですからね……大丈夫かな?」

 門番さんが心配するのは無理からぬことである。
 なにせこの一団のほとんどはいかつい男性ばかり。基本的には筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの武装した男性達なのだ。
 隊長さんには、まるでどこかのアクション映画の俳優のような雰囲気がある。その他の人達はさらに武装が物々しかったり、むさ苦しさを爆発させたりしたオーラの人物もいた。
 彼らの中に小さな女の子が一人で入ってゆくというのは、なかなかのものだとは思う。泣いてしまってもおかしくない空気感ではないだろうか。
 ただ、私はついてゆくことにした。
 まず犬さんが心配だったからだ。明らかに弱っていて、言葉が通じるのは私だけ。
 これを放ってはおけない気分だった。
 隊長さんもそのために私を同行させようと考えている様子だし、通訳を引き受けようと思う。
 それに彼らがむさ苦しい男達だとはいっても、そこに山賊のような粗野さはない。
 むしろどこぞの騎士様かなにかのように、整った武人の身なりをしている。
 揃いの装備を身につけていて、手入れもされている。さらに品格を感じさせる。
 それともう一つ言っておきたいことがある。私はマッチョなおじさんというものに、けっして悪いイメージをもっていない。いや、むしろ好ましくすら思っている。
 なにせ私の父は、アゴの割れたハゲマッチョだったのだ。少し遠いご先祖様に異国人の血が混じっていたそうで、やや日本人離れした体格と容姿をしていた。
 父は早くに亡くなってしまったから今はもう会えないけれど、とても優しい人だった。 
 筋肉そのものにも興味はないし、異性として好きだという感情はない。
 ただ、いかつい風貌の中ににじみ出る優しいユーモラスさ。そういった風情が、アゴ割れハゲマッチョを初めとした筋肉紳士にはある。なんだか可愛いのだ。同様の理由で垂れ目のマッチョだって好ましい。
 さて、そんな戯言ざれごとはともかく。結局私は彼らに連れられて町の中へと移動した。犬さんの横について歩いてゆく。
 しかし、あまりにも私の歩行速度が遅すぎて、途中からは抱きかかえられてしまう。
 そのまま男達はズンズンと町の中を進み、冒険者ギルドという建物の中に入るのだった。



   SIDE ラナグ


 おかしな娘を発見した。
 まるで、突然どこか別世界から降ってきたような娘であった……
 我は遥かいにしえの時代に神としての役目を終え、今や大地と森と、光と風に溶け込んで暮らしてきた者だ。新時代のまだ若き神々に道をゆずり、人々はその加護のもとに生きている。
 もはや名も存在も忘れ去られたこの身だ。今さら人の前に姿を現したとて、魔物と同様にしか見られぬと思っていたのだが。
 そこに、どこかとぼけた表情の子供が、トテトテと歩いて近づいてきたのだ。
 我を見て突然、ニッコリと笑みが開いた。
 まだ小さな娘だ。人の年齢なら生まれて四~五年といったところだろうか。
 性格は妙である。やたらに超然としている様は、とても人の子とは思えぬほど。
 なにが妙かといって、そもそも、神獣たる我と意志を通わせる能力がここまで高いのが珍しいのだ。
 必然、興味は湧くというもの。
 そしてあの水の味。ただの水にも、それに接した者の魂が移るのだ。神獣達はそれを口にし味覚で感じる。甘露。
 我の中のなにかが、娘との奇妙な縁を感じている。
 いや、それだけではない、もっと深い繋がり?
 この感覚が明確になんなのかは、今は我にも分からぬが、しばしそばで見守らねばならぬことだけは確かだ。
 もはや捨て去ろうとしていた我の神獣としての力と存在だが。
 再びほのかになにかが湧き上がってきたように感じられた。
 ――ぎゅるるるる。
 それにしても、腹が減ってきた。



   幼女と神獣さんと、それから紳士


 冒険者ギルド、そう呼ばれる施設がある。
 異世界ファンタジーなテイストの世界では、お馴染なじみの施設。文字通り、冒険者達の組合(ギルド)である。
 命知らずの荒くれ者達が、冒険の旅へと出かける前に立ち寄る場所だ。
 ここで仕事を受けたり、仲間を集めたりして、準備を整えてから旅立ってゆくのだ。
 おお、なんたるロマンだろうか。
 私は屈強な男達に連れられて、そんな場所に来ていた。 
 建物の中には、剣やよろいや魔法の杖で武装を固めた男女がひしめいていた。
 どうやらこの世界でも、冒険者ギルドというものの役割はおおむね変わらないらしい。
 冒険野郎達の視線は、こちらに集まっていた。

「おや? 隊長さん、隠し子ですかい? こいつは大ニュースだ。町の女達が騒ぎますよ」
「なにを馬鹿なことを言ってるんだよ。まず俺の子じゃあないし、なんのニュースでもないさ」

 隊長さん達とは面識があるようだった。荒くれた雰囲気の人々ではあるけれど、どことなく人柄は良さそうに思えた。みんな仲良しそうである。
 目的地であるこのギルドに着いて、私は地面に降ろされた。
 テチテチと歩いていって、皆さんにご挨拶をしておくことに。

「はじめまして。オリミヤと申します。よろしくお願いいたします」

 相変わらずの幼子ボイスではあるものの、ペッコリとお辞儀もして挨拶完了。

「おっおう、こりゃご丁寧にありがとうな。凄いな、ちゃあんとご挨拶ができるんだな。偉いな」

 それはもちろんご挨拶くらいはできる。やれやれ、私をなんだと思っているのやら。
 だけども見た目はこの状態だから、この人が妙に感激しているのも仕方のないことだ。
 男性も女性も、私の前に集まって目をパチクリさせている。

「かっかわいいっ」

 特に大げさに反応したのは、細長い剣を腰に差した綺麗な女の人だった。

「ちょっとアルラギア! どこでこんな子さらってきたのかしら!」

 彼女は隊長さんをアルラギアと呼んだ。それが隊長さんの名らしい。
 間髪かんはつれずに、彼女は私にグイと近寄ってくる。

「もう、信じられないくらい可愛い子じゃないの。それにこの長くてふんわり綺麗な髪。ほんのりオレンジがかったグレーだけれど、ときおり魔力の色に反応してほのかに輝いてる。ああ、うちの店のモデルになってくれないかしらね。きっと大人になったら、それは綺麗な大魔導士になるわよ!?」

 彼女の顔がとても近い。今度は瞳をまじまじと覗き込んでいるようだ。
 曰く、私の瞳は髪色と同じで、魔力の流れによって色味が変わっていくタイプのものらしい。
 自分では見えないけれど、どうにも奇怪なシステムの瞳である。

「ねぇ、だっこしていいかしら? ええと、オリャミィェちゃん」

 剣士風の女性は私の顔を見つめてそう言った。
 ん? オリャミィェちゃん?
 私か? 私の名前が呼ばれたのだろうか?

「あら、お名前を上手く言えてないかしら? 発音が難しくって、ごめんなさいねオ゛リャミィェちゃん」

 いいえ、オリミヤですが。それがなぜオ゛リャミィェなどというけったいな発音に。
 まるで猫の鳴き声。
 彼女にはどうも織宮の発音が難しいらしい。
 いやしかし、それは彼女だけの問題ではないようだった。
 誰もが私の名をオ゛リャミィェとか、エリュミャァとか、どうしても猫の鳴き声っぽい発音でしか呼べないのだ。それも、必ずどこか少し具合の悪そうなかわいそうな猫なのだ。
 それから一悶着ひともんちゃくあって、七転び八起きのすえに大山鳴動たいざんめいどうして、私の呼び名はリゼになった。もはや織宮の原型はどこにもなくなっていた。
 まあ名前なんてなんと呼んでくれてもかまわない。抱っこもしたければするといい。私なんかを抱っこしたいという物好きが、この世に存在するなんて思いもしなかったけれど。

「だっこ、かまいませんよ?」

 そう言って許可を出してみると、女剣士さんは私を抱きかかえてニパリと笑った。

「ハァ、いやされる。この小さな手、すべすべの肌。温かで純真な魂も感じる。柔らかな髪、守りたい。全てをこの手で守りたい」

 子供好きな人のようだった。
 あるいは変態の可能性もある。そう思えるほどに大げさな反応をしている。今にも頬に吸い付かれそうだ。
 まあ、気持ちは分からないでもないか。子供のほっぺたというのは、大福にも似た魅力を秘めているのだから。我ながらモチモチである。

「おいおいお前ら、もう行かせてもらうぞ。ギルドマスターは上にいるよな?」
「なんだよ隊長さん。もう行っちゃうのか。なら、リゼちゃんは下に置いていってくれよ」
「馬鹿言うな、こんなむさ苦しいところに置いていけるか。それにギルマスにはリゼのことも報告するんだよ」

 隊長と私、それから土のおりに入れられた犬さん。それを運ぶ男性達。
 私達は二階にあるギルドマスターと呼ばれる人物の部屋に入った。

「どうかしましたかアルラギアさん。珍しいですね、貴方のほうから来るなんて」

 部屋の中にいたのは王子様系の爽やかな好青年だった。
 もしかすると本物の王子様はこんなふうではないかもしれないが、他に適当な言い方が思い当たらない。
 いっぽうの隊長さんは、身綺麗にはしているけれど、とても男っぽい風貌だ。
 おじさんと呼ぶには少し早すぎるかもしれないが、歴戦の風格がにじみ出ていてたくましい。眼だけは、引き締まりつつもちょっと垂れていて愛嬌あいきょうを感じる。
 筋肉紳士なアルラギア隊長と、王子様系ギルドマスター。
 二人は近くに寄って小声で会話を始めた。
 私は暇になってしまったので、犬さんと親睦しんぼくを深めることにした。

「犬さん、お名前を教えてくれる?」
『名か……人間からは、かつて神獣ラナグなどと呼ばれていたこともあるが』
「ラナグ。素敵な名前だね。それに神獣? なんだか凄そう」
『そんなことはない。神獣などいくらでもいるものだ。それにな、すでに引退した身だ。もはや我をまつる者もいない。ただ世界をフラフラと渡って歩くのみよ』

 ラナグはそんなことを言うけれど、私にはそう思えなかった。
 不思議な温かい力が感じられる。
 そしてなにより、上質にしてモフモフしいフワフワボディが、神がかっているではないか。
 このフワフワ感から判断するに、もしかすると彼は、全てのふわふわをつかさどるフワフワの神なのかもしれない。

「さわっても?」
『好きにしろ』

 神獣ラナグは身体を私のほうに近づけてくれた。おりの中に手を入れる。
 それを見て、周りの男の人達は慌てていたけれど、きちんと説明をしたら分かってくれた。
 ラナグの頭から首筋へと撫でてゆく。
 頭にはフサフサの毛並みに隠れて小さな一本の角が生えていた。
 身体の様子を見てみる。特に怪我をしている場所はなさそうだった。
 ただ弱っているように思える。なにか薬とかゴハンは必要かと尋ねてみるけれど、今それは必要ないと返事がくる。

「サーシュ、見てのとおりでな。あの娘はあの獣と話ができるらしい。とにかくこの両者の様子はしばらく見ておいたほうが良いだろう。この町で保護できるか? もちろん警護は俺達が中心になってやるが」
「なるほどそうですか、分かりました。そもそも貴方にそう言われてしまえば、私に断る権利もありませんが」
「なにを言ってるんだか。今までどれだけの協力要請を断られているか、分かったもんじゃない」
「それは無理なことばかりを貴方が言うからですよ。今回のように女の子を保護するくらいなら問題ないでしょう。しかし、あの獣のほうは貴方がしっかり見ておいてくださいね……大丈夫だとは思いますが」
「さあな。みずから俺の土封結界の中に入って来たくらいだし、今のところ暴れる様子もないが。しかしなんの獣なのかもさっぱり分からん。むしろお前なら知っているかと思って連れてきたんだが?」
「知りませんよ。少なくともこの地域に現れる魔物にも幻獣にも、ああいう存在はありませんね」
「そうか、しかたがない。ならしばらく保護して、そのあと聖都か王都にでも連れて行くことになるかもしれないな。面倒な仕事になる」 

 隊長さんとギルドマスターさんはそんな話をしていた。
 さえぎるようで僭越せんえつだったが、私は二人に声をかけさせてもらう。

「あのすみません、ちょっとよろしいですか? 本人は神獣だと言ってますけれど」
「神獣、か……? しかし、そんなハッキリと姿を現す神獣がいるもんかね。サーシュ、どう思う?」

 神獣そのものはこの世界では存在しうるものらしい。ただ、神獣にしては様子がおかしいというのが隊長さんの見解のようだ。問いかけられたギルドマスターさんも首をひねる。


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