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第17話:王都への光と敗北する魔物

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 翌朝、空は薄曇りながら、薔薇色の光が王都の方向へと帯状に伸びていた。
 フィオレンティーナが生み出した結界は、ついに首都付近まで届き、魔物の侵入を阻んでいる。
 すでに幾つかの魔物群は散り散りになり、怯えて後退しているという報せが届いた。

 民は歓喜し、中庭で「薔薇の姫万歳!」と叫び、涙を流して感謝を捧げる。
 フィオレンティーナは古城のバルコニーに立ち、その光景を見下ろす。
 かつて、ただ王太子妃となるだけの存在だった自分が、今や人々の心を掴んでいる。
 この優越感、甘美な愉悦に胸が高鳴る。



 ライヴァンが静かに耳打ちする。

 
「お嬢様、王太子から感謝状が届きました。
 貴女のおかげで魔物が退いている。
 殿下は民の前で再びあなたを正妃と呼び、国を導く指導者として認めると宣言したとか」

 フィオレンティーナは鼻で笑う。
 当然だ。
 今さら彼が何を言おうが、彼女は既に絶対的な存在だ。
 しかし、王太子が屈服している以上、無理に王権を奪う必要はないかもしれない。
 むしろ、彼を表向きの王として立て、裏で自分が実権を握る方が容易だろう。

 
「まあ、殿下がそこまで頭を下げるのなら、わたくしも少しは大人しくしてあげましょうか。
 国民にとっては、王太子がいる方が秩序が保ちやすいかもしれないし。
 でも、実際の力はわたくしが握っている、そういう構図も悪くありませんわ」

 ライヴァンは頷く。
 彼女は冷静だ。
 復讐心や怒りだけで動くのではなく、より有利な立場を築くための計算を欠かさない。



 昼過ぎ、王都から逃げ延びた一団が古城に到着する。
 彼らは魔物に追われたが、薔薇の結界のおかげで無事に逃れられたと感激している。
 その中には、王宮で仕えていた女官も混じっており、フィオレンティーナを見て膝を屈した。

 
「フィオレンティーナ様、以前は殿下に媚び、あなたを軽んじたことをお許しくださいませ。
 今や誰もが、あなたこそが真の守護者だと語っております」

 フィオレンティーナは微笑む。
 あの女官、かつては嘲笑めいた視線を送ってきたはずだ。
 だが今は必死に命乞いするような目で頭を下げている。
 痛快な気分だが、ここで彼女を苛める必要はない。
 それよりも、寛大さを示して優位に立つ方が得策だ。

 
「いいのですわ。
 これからはわたくしを正しく敬い、国のために尽くすこと。
 そうすれば、あなた方もまた、安息を得られましょう」

 女官は感涙に咽ぶ。
 周囲の民も頭を垂れ、フィオレンティーナを女神のように崇める。
 彼女は内心で笑いながら、柔和な表情を保つ。
 この二面性が今の彼女の強みだ。



 夕刻、森の先で魔物が完全に後退する様子が見られ始める。
 数匹の黒い狼型の魔物が結界に触れ、悲鳴を上げて逃げ去っていく姿を、警戒に当たる者たちが目撃している。
 王都近辺でも、結界の光が魔物を押し返し、兵たちは息を吹き返したらしい。

 王太子は何度も使者を送り、「フィオレンティーナ様のご尽力に感謝する」と繰り返している。
 彼は痛切な後悔に苛まれながら、自分が捨てた姫が国を救い、民の心を奪った現実を直視しなければならない。

 
「殿下も哀れなものですわ。
 わたくしを正妃と呼び、全てを譲るしか生き残る道がないなんて」

 ライヴァンは微笑む。

 
「お嬢様は勝利を掴みましたね。
 魔物が去り、民は貴女を仰ぎ、王太子は平伏した。
 もう誰も貴女を飾りの花と思わないでしょう」

 フィオレンティーナは頷く。
 彼女はもう、ただの姫ではない。
 王太子が捨てた花が、今や国を救う薔薇となったのだ。



 夜、星明かりの下、フィオレンティーナは薔薇園を一人で歩く。
 魔力を帯びた花々が微かに揺れ、その香りが甘く漂う。
 結界は安定し、魔物を遠ざけ、王都を保護している。
 まさに、国を握る魔法の薔薇園だ。

 かつての婚約者、王太子アーサーは何を想っているだろう。
 もう一度愛を囁いてきたら?
 フィオレンティーナは鼻で笑う。
 彼女は愛など求めていない。
 求めるのは、自在に世界を動かす権能と力。

 遠くで風が鳴り、森の木々がざわめく。
 だが、恐怖はない。
 彼女は勝者であり、魔物を退け、民を掌握した。
 王太子の涙と懺悔は、甘美な復讐の味を運んでくれた。

 フィオレンティーナは満足げに瞳を閉じる。
 もうすぐ夜明けが来れば、国中が彼女の偉業を讃えるだろう。
 傲慢な王太子を、今度こそ完全に後悔させ、世界を揺るがす存在となることを確信しながら、彼女は微笑むのだった。
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