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国王陛下から事実上の指示を得たレオポルド殿下は、第一王子としての権限を拡大し、国政の舵取りを急ピッチで進め始めた。
これまでアレクサンドル殿下を支持していた官僚たちの粛清とまではいかないが、不正や不透明な動きをしていた者については厳しく処分が行われている。
聖女派の協力者とされた一部の貴族も、地位を失い、罰金や領地の管理権剥奪に直面しているらしい。
町にはまだ爆発の爪痕が残っているが、騎士団が統制を強化し、救護と復旧作業を手厚く行っているため、以前のような混乱は徐々に収まりつつある。
アレクサンドル殿下の生死不明という事実は人々の間に大きな衝撃を与えたが、それよりも「聖女の奇跡が偽物だった」ことが決定的になったことで、盲信していた庶民たちも一気に目を覚ました印象だ。
皮肉なことに、今はレオポルド殿下を“本当の救い手”として支持する声が高まっている。
伯爵家に戻った私も、書類整理と報告書の作成に追われていた。
王宮での財務改革が急務となり、私の得意分野を生かして手助けする必要があるからだ。
父も「お前の思うように動いてみろ。これほどの功績を残したのだ、堂々としていなさい」と背中を押してくれる。
そう言われると、やっぱり嬉しい反面、責任の重さを痛感する。
そんなある日、私は王宮内の一室でレオポルド殿下と対面した。
彼は山積みの書類を片付け終え、執務机に肘を突いて少し疲れた様子でため息をついている。
私を見ると、少しだけ目に安堵の色が浮かんだ。
「ユリア、来てくれたのか。すまない、こんなところまで呼び出して」
「いえ、むしろ私の方も都合がよかったです。伯爵家の報告をまとめたので、殿下にお見せしようと思って……」
そう言って私は数枚の書面を差し出す。
伯爵家が行った復旧支援の費用や、現場の被害状況、さらには王宮への補填要請などをまとめたものだ。
「ふむ……助かる。正直、今の私には君の協力が欠かせない」
殿下は私の提出した書類に目を通しながら、穏やかな声を漏らす。
いつもの沈着冷静な雰囲気は変わらないが、少し肩の力が抜けたようにも感じられる。
「国王陛下はあの後、体調を崩されて寝込んでおられる。公務の大半は私が代行する形になりそうだ」
「それは……やはりショックが大きすぎたのでしょうね」
アレクサンドル殿下が真の王子ではないかもしれないという疑惑、そして息子の行方不明――陛下にとっては耐えがたい事実だろう。
殿下は憂いを帯びたまま、視線を机上の紙に落とす。
「父上には申し訳ないが、今は私が責任を持って国を立て直すしかない。もちろん、君や騎士団長、伯爵家のような協力者あってのことだが」
彼の言葉には強い決意が感じられる。
アレクサンドル殿下が失墜した今、レオポルド殿下こそが次代の王として民を背負う立場にあるのだ。
「私もできることがあれば何でも協力いたします。あの爆発の犠牲となった方々も、早急に救済策を整えなければ」
私が力を込めて言うと、殿下は唇に微かな笑みを浮かべた。
「いつもありがとう、ユリア。君は真にこの国のことを思ってくれている。……君がいなければ、ここまでたどり着けなかっただろう」
そんな穏やかな雰囲気の中、ふと殿下が言葉を切り、私の顔をまっすぐ見つめてきた。
「――実は、国政改革に当たって、君を正式に王宮の顧問に迎え入れたいと考えている。伯爵令嬢の地位はそのままに、私の補佐官的な役割を担ってくれないか?」
一瞬、思考が止まるほど驚いた。
確かに今は伯爵家の令嬢として、財務や書類整備をサポートしているが、正式に“王宮の顧問”という役職に就くとなると話が違う。
「私が……王宮の顧問に、ですか?」
思わず自分の胸を指さして確認してしまう。
殿下は真剣な表情で頷いた。
「そうだ。君の力量は、この大混乱の中で誰もが認めるところだろう。それに、君とならば気心が知れているし、何より信用できる」
私の心がどきりと高鳴る。
以前はただの“婚約破棄された令嬢”だった私を、第一王子がここまで信頼してくれるとは……。
けれど、私もこの国に尽くす覚悟はあるし、伯爵家の立場としても悪い話ではないはずだ。
「殿下がそこまで仰るのであれば……私で務まるなら喜んでお引き受けします。けれど、周囲の貴族から反発が出るのでは?」
私がそう懸念を示すと、殿下は薄い笑みを浮かべて首を振る。
「抵抗はあるだろうが、そんなことを気にしている場合ではない。むしろ、この非常事態だからこそ、新しい体制を打ち立てなければならないんだ」
その言葉に、私の胸に熱いものが込み上げる。
レオポルド殿下が本気で私を必要としてくれるなら、私は応えなければならないと思う。
「ありがとうございます。僭越ながら、全力でお仕えさせていただきます」
自然と頭を下げると、殿下は嬉しそうな笑みを浮かべ、「助かる」とだけ呟いた。
こうして、混乱が収束しつつあるアルステード王国に、新たな体制が少しずつ形を成していく。
私も王宮の顧問として、レオポルド殿下と共に国を建て直す道を歩むことになったのだ。
まだ課題は山積みだ。
財務の立て直し、信頼回復、被害者救済、そしてアレクサンドル殿下が残した問題の処理――。
それでも、私たちは一歩ずつ前に進む。
偽りの聖女に翻弄された日々も、少しずつ過去のものになり、新しい希望が芽生え始めているのを感じた。
これまでアレクサンドル殿下を支持していた官僚たちの粛清とまではいかないが、不正や不透明な動きをしていた者については厳しく処分が行われている。
聖女派の協力者とされた一部の貴族も、地位を失い、罰金や領地の管理権剥奪に直面しているらしい。
町にはまだ爆発の爪痕が残っているが、騎士団が統制を強化し、救護と復旧作業を手厚く行っているため、以前のような混乱は徐々に収まりつつある。
アレクサンドル殿下の生死不明という事実は人々の間に大きな衝撃を与えたが、それよりも「聖女の奇跡が偽物だった」ことが決定的になったことで、盲信していた庶民たちも一気に目を覚ました印象だ。
皮肉なことに、今はレオポルド殿下を“本当の救い手”として支持する声が高まっている。
伯爵家に戻った私も、書類整理と報告書の作成に追われていた。
王宮での財務改革が急務となり、私の得意分野を生かして手助けする必要があるからだ。
父も「お前の思うように動いてみろ。これほどの功績を残したのだ、堂々としていなさい」と背中を押してくれる。
そう言われると、やっぱり嬉しい反面、責任の重さを痛感する。
そんなある日、私は王宮内の一室でレオポルド殿下と対面した。
彼は山積みの書類を片付け終え、執務机に肘を突いて少し疲れた様子でため息をついている。
私を見ると、少しだけ目に安堵の色が浮かんだ。
「ユリア、来てくれたのか。すまない、こんなところまで呼び出して」
「いえ、むしろ私の方も都合がよかったです。伯爵家の報告をまとめたので、殿下にお見せしようと思って……」
そう言って私は数枚の書面を差し出す。
伯爵家が行った復旧支援の費用や、現場の被害状況、さらには王宮への補填要請などをまとめたものだ。
「ふむ……助かる。正直、今の私には君の協力が欠かせない」
殿下は私の提出した書類に目を通しながら、穏やかな声を漏らす。
いつもの沈着冷静な雰囲気は変わらないが、少し肩の力が抜けたようにも感じられる。
「国王陛下はあの後、体調を崩されて寝込んでおられる。公務の大半は私が代行する形になりそうだ」
「それは……やはりショックが大きすぎたのでしょうね」
アレクサンドル殿下が真の王子ではないかもしれないという疑惑、そして息子の行方不明――陛下にとっては耐えがたい事実だろう。
殿下は憂いを帯びたまま、視線を机上の紙に落とす。
「父上には申し訳ないが、今は私が責任を持って国を立て直すしかない。もちろん、君や騎士団長、伯爵家のような協力者あってのことだが」
彼の言葉には強い決意が感じられる。
アレクサンドル殿下が失墜した今、レオポルド殿下こそが次代の王として民を背負う立場にあるのだ。
「私もできることがあれば何でも協力いたします。あの爆発の犠牲となった方々も、早急に救済策を整えなければ」
私が力を込めて言うと、殿下は唇に微かな笑みを浮かべた。
「いつもありがとう、ユリア。君は真にこの国のことを思ってくれている。……君がいなければ、ここまでたどり着けなかっただろう」
そんな穏やかな雰囲気の中、ふと殿下が言葉を切り、私の顔をまっすぐ見つめてきた。
「――実は、国政改革に当たって、君を正式に王宮の顧問に迎え入れたいと考えている。伯爵令嬢の地位はそのままに、私の補佐官的な役割を担ってくれないか?」
一瞬、思考が止まるほど驚いた。
確かに今は伯爵家の令嬢として、財務や書類整備をサポートしているが、正式に“王宮の顧問”という役職に就くとなると話が違う。
「私が……王宮の顧問に、ですか?」
思わず自分の胸を指さして確認してしまう。
殿下は真剣な表情で頷いた。
「そうだ。君の力量は、この大混乱の中で誰もが認めるところだろう。それに、君とならば気心が知れているし、何より信用できる」
私の心がどきりと高鳴る。
以前はただの“婚約破棄された令嬢”だった私を、第一王子がここまで信頼してくれるとは……。
けれど、私もこの国に尽くす覚悟はあるし、伯爵家の立場としても悪い話ではないはずだ。
「殿下がそこまで仰るのであれば……私で務まるなら喜んでお引き受けします。けれど、周囲の貴族から反発が出るのでは?」
私がそう懸念を示すと、殿下は薄い笑みを浮かべて首を振る。
「抵抗はあるだろうが、そんなことを気にしている場合ではない。むしろ、この非常事態だからこそ、新しい体制を打ち立てなければならないんだ」
その言葉に、私の胸に熱いものが込み上げる。
レオポルド殿下が本気で私を必要としてくれるなら、私は応えなければならないと思う。
「ありがとうございます。僭越ながら、全力でお仕えさせていただきます」
自然と頭を下げると、殿下は嬉しそうな笑みを浮かべ、「助かる」とだけ呟いた。
こうして、混乱が収束しつつあるアルステード王国に、新たな体制が少しずつ形を成していく。
私も王宮の顧問として、レオポルド殿下と共に国を建て直す道を歩むことになったのだ。
まだ課題は山積みだ。
財務の立て直し、信頼回復、被害者救済、そしてアレクサンドル殿下が残した問題の処理――。
それでも、私たちは一歩ずつ前に進む。
偽りの聖女に翻弄された日々も、少しずつ過去のものになり、新しい希望が芽生え始めているのを感じた。
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