ご自慢の聖女がいるのだから、私は失礼しますわ

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 閃光と轟音のあと、耳が一時的に聞こえなくなっていた私は、しばらく床に伏せたまま動くことができなかった。
 建物全体が揺れ、どこかで大きな崩落が起きた気配が伝わってくる。
 震えるまぶたをなんとか開けると、部屋の中央にあった床は大きく崩れ落ち、吹き抜けのように地下の空間がむき出しになっていた。

「……っ、皆さん……!」
 声を絞り出して呼びかけようとするが、かすれた音しか出ない。
 毒ガスの影響や、爆音で鼓膜がやられているのかもしれない。
 私は痛む体をなんとか動かし、膝立ちになって周囲を確認した。

 崩落した大穴の縁で、レオポルド殿下が息を切らしながら剣を杖代わりにして立っているのが見えた。
 彼の服は埃まみれで、いくつか切り傷から血を流していたが、どうやら致命傷は免れたようだ。
 騎士たちも数名が床に倒れ込んではいるものの、動ける者が少しずつ起き上がり、互いを助け合っている。

「伯爵令嬢……ユリア!」
 殿下が私を見つけ、ほっとしたように駆け寄ってくる。
 その瞬間、私の胸は安心感で満たされた。
 しかし、まだ喜ぶには早すぎる。
 肝心のアレクサンドル殿下と聖女は、どうなったのか。

「二人は……あの穴の中……?」
 喉を痛めつけるように絞り出した声で尋ねると、殿下は険しい表情で頷く。
「先ほどの衝撃で床が崩れた。弟と聖女はそのまま地下へ落ちていったようだ……」
 私もその視線を追って、大穴の縁まで身を寄せる。
 そこはもう闇の底で、何かが動いているかどうかもわからない。

「下の階がどうなっているかわかりませんが、まだ生きているかもしれない……」
 騎士の一人が、息を荒げながらそう言った。
 このまま放置すれば、崩壊に巻き込まれて完全に下敷きになるかもしれない。
 できれば救助を試みたいが、毒ガスや火の手が完全に鎮まったわけでもない。

「殿下、屋敷はもう持ちこたえられません! これ以上深追いしたら、我々も危ない!」
 ほかの騎士が焦りを含んだ声で警告を発する。
 すでに梁の軋む音や天井のきしみが止まらず、次の大きな揺れが来れば全壊してもおかしくない状況だ。
 煙もまだ立ち上っているし、いつまた爆発が起きても不思議ではない。

 私たちは顔を見合わせ、決断を迫られる。
 このまま退却すれば、アレクサンドル殿下と聖女は確実に破滅するだろう。
 それでいいのか――彼らがどれほどの悪事を働いたとしても、できるものなら助けるべきではないか。
 そんな思いが頭を巡る。

「ユリア……。君はどう思う?」
 レオポルド殿下が私に問いかける。
 私は動悸を感じながら、大穴の底を見下ろすが、ほとんど真っ暗で何もわからない。
 少なくとも聖女のあの黒い渦や光は、もう見えないようだ。
 術式そのものが崩壊し、奇跡の正体がここで破綻したのだとしたら――

「彼らが生きているかどうかは、わかりません。けれど、確かめるにはあまりにも危険すぎます……」
 私の言葉に、殿下はぎゅっと拳を握りしめる。
「弟のことは……私にも責任がある。何も知らず放置してきた父上にも。だが、ここで兵を犠牲にしてまで捜索するのは、賢明ではないかもしれない」

 まるで苦渋を噛み締めるかのように、殿下はうつむいた。
 私も目を伏せる。
 今、王都に戻れば、爆発や毒ガスで負傷した多くの人々が待っている。
 あちらを助けるのが先決ではないのか、と自分自身を納得させるしかない。

「もし奇跡が本当にあるのだとすれば、あの二人がこんな結末を招くはずがない。……もういい、これ以上は自ら招いた報いだ」
 レオポルド殿下の声には決断がこもる。
 騎士たちも納得するように肩を落とし、一斉に撤退の準備を始めた。

 私の胸には、わずかばかりの悲壮感と複雑な思いが渦巻いていた。
 アレクサンドル殿下も、かつては王家の一員として幼い私の婚約者だった。
 そして、偽りの聖女と手を組み、最後は大勢を巻き込む凶行へと走った。
 その生死すら、この崩壊の果てで曖昧なままになるなんて、誰が想像しただろうか。

「皆、外へ急げ! 床がもうもたないぞ!」
 殿下の指示で、私たちは互いを支え合いながら急いで屋敷の出口へ向かう。
 身体は傷と疲労に苛まれ、今にも気が遠くなりそうだが、帰る場所はある。
 王都で私たちを待つ人々を思えば、ここで倒れるわけにはいかない。

 聖女の奇跡と呼ばれたものは、結局この暴発によってすべてが破綻したと言っていい。
 傷だらけの私たちは、屋敷が崩れ落ちる轟音を背に、ようやく夜の闇に包まれた外へ脱出していった。
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