ご自慢の聖女がいるのだから、私は失礼しますわ

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 屋敷の中は物々しい空気に包まれていた。
 床には荷物が散乱していて、壁には慌てて持ち出そうとしたらしい薬品の瓶や古ぼけた魔道具の跡がところどころに転がっている。
 なんとも怪しげな品々ばかりで、聖女が普段からいかに不穏な行いをしていたのかが伺える。

「殿下、こっちの廊下に足跡が続いています」
 先行していた騎士が静かに報告し、私とレオポルド殿下はその方向へ向かう。
 奥まった扉の先に広い部屋があり、そこには見慣れぬ魔術的な装置がずらりと並んでいる。
 まるで実験室か研究所のような雰囲気だ。

 すると、その一角で怯えた様子の侍女らしき女性を見つけ、私たちは駆け寄った。
「大丈夫ですか? ここから離れてください。危険です」
 私が声をかけると、彼女は涙を流しながら震える手で何かを指し示す。
「奥に……奥に殿下と聖女様がいるの。もう私たちはついていけないって言ったら、外へ放り出されて……」

 どうやら、聖女とアレクサンドル殿下はさらに奥の部屋へ立てこもっているらしい。
 私は侍女を騎士団に託し、再び廊下を進んで重厚な扉の前に立つ。
 その扉の向こうから、不穏な怒声や爆発音にも似た音が断続的に聞こえてきた。

「ここを開けるのは危険です。奴らが最後の抵抗を試みる可能性が高い」
 レオポルド殿下は騎士たちに警戒を命じる。
 しかし、時間をかけていられない状況だった。
 あの儀式で大勢を巻き込み、ここでも毒か魔術か、何らかの凶行に及ぶ恐れがあるのなら、一刻も早く止めなくてはならない。

 殿下の合図とともに、騎士が扉を蹴破るように開ける。
 部屋の奥には、アレクサンドル殿下と聖女が口論している姿があった。
 辺りには黒く濁った煙がうっすら漂い、むせ返るような匂いが鼻を刺す。
 この部屋にも数々の薬品や魔術道具が散乱し、床には破損した瓶や紙片が散らばっていた。

「もうやめろ、こんなものを使っても何の意味もないだろう!」
 アレクサンドル殿下が血走った目で聖女を怒鳴りつける。
 聖女は笑うでも泣くでもない、歪んだ表情を浮かべながら魔術道具を握りしめていた。
「あなたが私を信じないからよ……私を疑うから奇跡が歪むの。だって、私は神の代弁者……!」

 その姿に言葉を失っていると、私たちに気づいたアレクサンドル殿下がギョッとした顔で振り向く。
「兄上……それに伯爵令嬢まで。くっ……」
 もう逃げ場がないと悟ったのか、彼の声には動揺が混じっていた。
 しかし、聖女はそれを見てもまったく怯む様子を見せず、ますます狂気に駆られたように叫ぶ。

「私が真の聖女だという証を、この場で見せてあげるわ! この禁忌の術を使えば、皆が私にひれ伏すことになるのよ!」
 その瞬間、彼女が握りしめていた魔術道具から不気味な光が漏れ始める。
 部屋の隅ではいくつもの瓶がガタガタと震え、今にも爆発しそうな雰囲気を放っていた。

「これ以上やらせるものか!」
 レオポルド殿下が剣を抜き放ち、騎士たちに突入を命じる。
 私も部屋の入り口で騎士たちの後押しをしながら、中で何が起こっているのか目を凝らす。

 その時、アレクサンドル殿下が「あれを使うんだ……!」と叫んで、棚の上にある書類の束を掴み取ろうとした。
 しかし、手が震えているのか、うまくつかめない様子だ。
 どうやらそれは何らかの“切り札”らしく、顔を引きつらせながら伸ばす腕が空を切る。
 結局、書類の一部を床にばらまいただけで、彼は聖女の暴走に巻き込まれそうになり、後ずさった。

「しっかりしろ、弟よ。こんなところで終わるのは、あまりに愚かだ!」
 レオポルド殿下が声を張り上げるが、アレクサンドル殿下はそちらを振り向く余裕すらない。
 さらに黒い煙が勢いを増し、視界が悪くなるなか、騎士たちが一斉に聖女へ殺到した。
 聖女が奇妙な呪文を叫ぶたび、部屋の中で小規模な爆発や衝撃が起こり、壁が崩れたり道具が吹き飛んだりする。
 もはや正気とは思えない破壊力だ。

「レオポルド殿下、あの書類が気になります! 何か重要な事実が載っているのかもしれません!」
 混乱の中、私がそう叫ぶと、殿下は頷き「騎士を近づける」と指示した。
 私は塵を払いながら必死に書類の束の一部を拾い上げる。
 そこにはアレクサンドル殿下の出生に絡む何かが書かれていそうな断片が見えていた。

 こうして、私たちは破滅寸前の別荘で、暴走する聖女とアレクサンドル殿下を追い詰める一方、彼らが必死に隠そうとしている“ある切り札”を垣間見ることになる。
 それは後に、王位継承を大きく揺るがす情報となるかもしれない。
 混濁する視界の向こうで、聖女の絶叫とともに魔術道具がまた爆発音を立てる。
 私は崩れる壁を横目に見ながら、心の中で“ここで終わらせる”と固く誓っていた。
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