ご自慢の聖女がいるのだから、私は失礼しますわ

ネコ

文字の大きさ
上 下
24 / 37

24

しおりを挟む
 広場を包む紫煙と爆発の混乱の中、私は何とかして目の前の事態を収束させようと奔走していた。
 あまりにたくさんの人々が倒れ、騎士団も負傷者の救護に追われている。
 そこへレオポルド殿下が駆け寄り、険しい表情で私に声をかけた。

「ユリア、こっちは騎士団長が指揮をとって混乱を抑え始めた。だが、弟と聖女が逃亡したらしい」
「……逃げたんですか?」
 私は思わず息をのむ。
 あれだけ大々的な儀式を強行しておきながら、失敗すると見るや否や逃走を図るとは、あまりに身勝手な行動だ。
 しかし確かに、先ほどまでは舞台にいたはずのアレクサンドル殿下と聖女の姿が見当たらない。

「周囲にいた騎士たちの話では、何者かが用意していた馬車に乗り込んで、王都の郊外に向かった可能性が高い。あのまま姿をくらます気だろう」
 レオポルド殿下の言葉に、私は歯ぎしりしそうになる。
 こんな惨事を引き起こしておきながら、またしても責任を逃れようとしているのか。
 しかも多くの人々を危険にさらしてまで、彼らは何を考えているのだろう。

「すぐに追いかけましょう! このまま逃げられたら、王宮にも混乱が広がるばかりですし、彼らがさらなる陰謀を企てるかもしれません」
 私の言葉に、殿下は頷いてくれる。
「騎士団長も同じ考えだが、今は混乱の収拾が優先といったところだ。私が精鋭を引き連れて郊外へ向かう。ユリア、君はここでけが人の救護を……」
 それを聞いた私は、思わず首を横に振る。

「いいえ、私もついていきます。けが人の手配には騎士団が十分おりますし、伯爵家からの救護支援もすぐに到着するはずです。今こそ、アレクサンドル殿下と聖女を逃がしてはいけません」
 レオポルド殿下は一瞬驚いた表情を浮かべるが、私の強い意志を感じ取ったのか「分かった」とだけ返事をした。
 すぐさま私たちは、騎士団の一部隊と合流し、郊外への道を急ぎ足で追うことになる。

 王都の門を抜けると、遠方には馬車らしき影がちらほら見える。
 騎士が先頭を切り、私たちは馬を駆ってその後を追いかけた。
 途中、荒涼とした道を進むにつれ、「アレクサンドル殿下と聖女は別荘のような場所に籠っている」という情報が飛び込んでくる。
 彼らの取り巻きの中には、早くも「付いていけない」と言って離脱した者たちもいるらしく、あちこちに混乱の痕跡が散らばっていた。

「こんなやり方に、さすがに兵士まで愛想を尽かしたか……」
 レオポルド殿下が唇を引き結びながら呟く。
 それほどまでに、今回の儀式は悪質極まりないものだったのだ。
 聖女とアレクサンドル殿下の連携も、実際には不協和音が生じているのかもしれない。

 やがて、私たちは王都からそれほど離れていない郊外の森の外れにある大きな屋敷に着く。
 周囲の兵士たちによると、どうやらここがアレクサンドル殿下の隠れ家、あるいは別荘のように使われている場所らしい。
 門の前には騎士をかたどった紋章があり、見張り役の者もいるが、その姿はどこか落ち着きがない。

「殿下、ここで少し争いになりそうな気配です」
 騎士団が屋敷を取り囲もうとした瞬間、中から悲鳴じみた声が聞こえる。
 「毒ガスを使う」とか「裏切ったら容赦しない」など、おぞましい単語が飛び交っているようで、ますます不安になる。
 アレクサンドル殿下と聖女が新たな悪手を打とうとしているのかもしれない。

「騎士団の皆さんは屋敷を包囲してください。レオポルド殿下、私も一緒に中へ入ります」
「危険だぞ、ユリア。弟が何を企んでいるか分からない」
 殿下は私に注意を促すが、ここで退くわけにはいかない。
 今こそ現場で真実を抑え、彼らに二度と逃げ場を与えないようにしなければ。
 私は意を決して、殿下の横に並んだまま、屋敷の扉へと足を向けた。

 荒れ果てた庭を通り過ぎ、重厚な扉を押し開くと、中には取り乱した表情の兵士たちが散らばっている。
 もはやアレクサンドル殿下を支持する者はほとんど残っていないのか、あるいは恐怖で動けないのか。
 屋敷の奥からは、聖女の怒声がかすかに聞こえてくる。
「私の奇跡を信じないから、こんなことになるのよ……!」
 その声にはすでに狂気すら感じられ、背筋がぞくりとする。

 こうして私たちは、逃亡を図るアレクサンドル殿下と聖女を追い詰めるべく、さらに屋敷の奥へ踏み込む。
 あの二人をここで捉えなければ、この国の混乱は終わらないだろう。
 必死の思いで廊下を駆け抜けながら、私は強く歯を食いしばる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……

矢野りと
恋愛
ある日突然、私はすべてを失った。 『もう君はいりません、アリスミ・カロック』 恋人は表情を変えることなく、別れの言葉を告げてきた。彼の隣にいた私の親友は、申し訳なさそうな顔を作ることすらせず笑っていた。 恋人も親友も一度に失った私に待っていたのは、さらなる残酷な仕打ちだった。 『八等級魔術師アリスミ・カロック。異動を命じる』 『えっ……』 任期途中での異動辞令は前例がない。最上位の魔術師である元恋人が裏で動いた結果なのは容易に察せられた。 私にそれを拒絶する力は勿論なく、一生懸命に築いてきた居場所さえも呆気なく奪われた。 それから二年が経った頃、立ち直った私の前に再び彼が現れる。 ――二度と交わらないはずだった運命の歯車が、また動き出した……。 ※このお話の設定は架空のものです。 ※お話があわない時はブラウザバックでお願いします(_ _)

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。 ※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31

お姉様に恋した、私の婚約者。5日間部屋に篭っていたら500年が経過していました。

ごろごろみかん。
恋愛
「……すまない。彼女が、私の【運命】なんだ」 ──フェリシアの婚約者の【運命】は、彼女ではなかった。 「あなたも知っている通り、彼女は病弱だ。彼女に王妃は務まらない。だから、フェリシア。あなたが、彼女を支えてあげて欲しいんだ。あなたは王妃として、あなたの姉……第二妃となる彼女を、助けてあげて欲しい」 婚約者にそう言われたフェリシアは── (え、絶対嫌なんですけど……?) その瞬間、前世の記憶を思い出した。 彼女は五日間、部屋に籠った。 そして、出した答えは、【婚約解消】。 やってられるか!と勘当覚悟で父に相談しに部屋を出た彼女は、愕然とする。 なぜなら、前世の記憶を取り戻した影響で魔力が暴走し、部屋の外では【五日間】ではなく【五百年】の時が経過していたからである。 フェリシアの第二の人生が始まる。 ☆新連載始めました!今作はできる限り感想返信頑張りますので、良ければください(私のモチベが上がります)よろしくお願いします!

婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜

みおな
恋愛
 王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。 「お前との婚約を破棄する!!」  私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。  だって、私は何ひとつ困らない。 困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

【完結】婚約破棄され毒杯処分された悪役令嬢は影から王子の愛と後悔を見届ける

堀 和三盆
恋愛
「クアリフィカ・アートルム公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄する」  王太子との結婚を半年後に控え、卒業パーティーで婚約を破棄されてしまったクアリフィカ。目の前でクアリフィカの婚約者に寄り添い、歪んだ嗤いを浮かべているのは異母妹のルシクラージュだ。  クアリフィカは既に王妃教育を終えているため、このタイミングでの婚約破棄は未来を奪われるも同然。こうなるとクアリフィカにとれる選択肢は多くない。  せめてこれまで努力してきた王妃教育の成果を見てもらいたくて。  キレイな姿を婚約者の記憶にとどめてほしくて。  クアリフィカは荒れ狂う感情をしっかりと覆い隠し、この場で最後の公務に臨む。  卒業パーティー会場に響き渡る悲鳴。  目にした惨状にバタバタと倒れるパーティー参加者達。  淑女の鑑とまで言われたクアリフィカの最期の姿は、良くも悪くも多くの者の記憶に刻まれることになる。  そうして――王太子とルシクラージュの、後悔と懺悔の日々が始まった。

【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ

曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。 婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。 美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。 そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……? ――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。

完結 女性に興味が無い侯爵様 私は自由に生きます。

ヴァンドール
恋愛
私は絵を描いて暮らせるならそれだけで幸せ! そんな私に好都合な相手が。 女性に興味が無く仕事一筋で冷徹と噂の侯爵様との縁談が。 ただ面倒くさい従妹という令嬢がもれなく 付いてきました。

処理中です...