ご自慢の聖女がいるのだから、私は失礼しますわ

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 隠し通路の情報を得てから数日後、私はとうとうその実在を確かめるために夜の王宮へと足を踏み入れた。
 周囲にはほとんど人の気配がないが、衛兵たちが巡回している以上、迂闊に動けば見つかる可能性もある。
 それでも、ここで立ち止まるわけにはいかなかった。
 アレクサンドル殿下や聖女の不審な行動を突き止める手段として、隠し通路はどうしても必要だと感じていたからだ。

 薄暗い廊下を、かかとの低い靴でそっと歩く。
 ドレスは夜間の行動に適さないため、動きやすい地味な装いに身を包んできた。
 隠し通路の在処は、古い図面と伯爵家の古参の者から集めた断片的な情報を頼りに推測しているが、確証はない。
 それでも、手がかりとなる「奥まった廊下のさらに向こうに古い扉がある」という話を頼りに、私は王宮の端へ向かった。

 すでに時刻は深夜に近く、ひんやりとした空気が肌を刺す。
 物音を立てないように細心の注意を払いながら、目的の場所と思しき一角へ辿り着くと、そこには確かに薄汚れた扉があった。
 だが、その扉は一般の通路からは死角になっており、灯りすらない暗い場所にひっそりと佇んでいる。
 扉の材質も古く、今では使われていないように見えた。

(この先に本当に通路が続いているのかしら……?)
 息を呑んで近づき、そっと手をかける。
 ぎしり、と鈍い音を立てて扉がわずかに開き、埃の混じった空気が鼻をつく。
 やはり、誰も使っていないのだろう。
 私は自分の小さなランプの光を頼りに、一歩踏み込む。

 すると、そのわずかな灯りが照らし出す先に、急に人影が動いた。
 私は驚いてとっさに構えるが、そこにはなんと、第一王子レオポルド殿下が立っていた。
 漆黒の短髪と深い青の瞳が、暗闇の中で強い存在感を放っている。
 軍服に似た紺色の装いをまとい、厳めしい雰囲気が漂うものの、その瞳には冷静な光が宿っていた。

「……あなたは、レオポルド殿下……?」
 私が小声で問いかけると、殿下は低い声で「静かに」と制し、私の方へ近づいてきた。
 そして、まじまじと私の顔を見つめる。
 私はこの方と直接言葉を交わす機会がほとんどなかったが、王宮の人間なら誰でも知る第一王子。
 まさかこんな場所で深夜に遭遇するとは思わず、胸の鼓動が速まる。

「君は何をしている?」
 レオポルド殿下の声は穏やかだが、その奥にある威厳が私を緊張させた。
 私はできるだけ落ち着いた口調で答える。
「ある理由があって、この隠し通路を……確かめに来ました。もしや殿下も、こちらを調べておられるのでしょうか?」
 すると彼は少し眉を寄せ、私を観察するように視線を注いだ。

「……君が噂の伯爵令嬢か。アレクサンドルの婚約を自ら破棄したと聞いている」
 まさか第一王子が私のことを認識しているとは想定外だったが、私は素直に頷く。
「その点については、私の方で何も弁解の余地はございません。ですが、どうしても確かめたいことがあって、王宮を出ずに調査を続けているのです」
 私の真剣な様子に、レオポルド殿下は興味を示すように顔を上げた。

「弟が留学から戻ってきて以来、王宮のあちこちがおかしくなっている。それは私も感じている」
 殿下は静かにそう告げ、深いため息をつく。
「聖女と名乗る女性が、やたらと派手な動きをしているが、どうにも胡散臭い。弟は“真の後継者”などと大言壮語しているが、国王陛下もまんざらではない様子だ」
 その言葉に、私は我が意を得たりとばかりに頷く。

「私も、アレクサンドル殿下と聖女の不自然な行動を調べています。財務不正や奇跡の疑惑……それらを放置すれば国が危うくなるのではと」
 私の口から出た“不正”という単語に、レオポルド殿下の青い瞳が鋭く輝いた。
「詳しく話を聞かせてくれないか。弟の裏を暴きたいと思っているが、なかなか証拠を掴むに至っていない。もし君が既に何かを握っているなら、協力を求めたい」
 思わぬ申し出に、私は一瞬戸惑いながらも、やがて深く頷く。

「もちろんです。殿下がお力を貸してくださるなら、私もこれまで以上に動きやすくなるかもしれません」
 そう返すと、レオポルド殿下は短く息を吐き、落ち着いた表情に戻った。
「まずはここを出よう。こんな暗闇で話していても危険だ。私の部屋に案内する。そこで詳しい話を聞かせてもらう」
 こうして、思いがけず第一王子からの協力を得る形になった私は、隠し通路の探索を後回しにして、彼とともに王宮の奥へ向かうことになる。

 夜の王宮での予想外の邂逅は、私にとって大きな転機になりそうだった。
 アレクサンドル殿下だけでなく、その兄であるレオポルド殿下がこの問題に動き始めるなら、状況は変わっていくはずだ。
 心に新たな確信を得た私は、ランプを抱えながら、彼の後ろを静かについていく。
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