ご自慢の聖女がいるのだから、私は失礼しますわ

ネコ

文字の大きさ
上 下
8 / 37

8

しおりを挟む
 聖女が引き起こしたという「奇跡」の実態をさらに探るため、私は新しい接触先を見つけようと王宮内を歩き回っていた。
 すると、偶然にも聖女に仕えている侍女の一人と顔を合わせる機会が訪れる。
 薄暗い廊下の片隅で、その侍女は深いため息をついていた。

「失礼ですが、もしかして聖女様のご侍女ではありませんか?」
 私が声をかけると、侍女は一瞬驚いた表情を浮かべるが、すぐに視線を落とした。
「ええ……ですが、私などが伯爵令嬢にお話しするようなことは……」
 遠慮がちに答える彼女の姿には、何か重いものを背負っている気配が感じられる。

「私はただ、聖女様の祈りによって被害を受けている方がいるのではないかと心配しているのです。あなたが見たこと、感じたことを少しでも聞かせていただければ、と」
 そう丁寧に頼み込むと、侍女はしばらく逡巡していたが、やがて意を決したように口を開いた。
「……本当は、黙っていた方が身の安全は保障されるのでしょうけど。私も胸が痛くて仕方ないのです。聖女様の儀式の裏で奇妙な薬品や器具を用意するよう指示されることがあり、正直、その意図がわからなくて」

 その言葉に私の心は大きく揺れる。
 侍女が言うには、聖女は祈りの際に特定の液体や粉末をこっそり持ち込むことがあるという。
 しかも、それを取り扱う際には誰も近づけないようにし、後片付けは聖女の“取り巻き”が厳重に行う。
「爆発音や煙が発生して、周囲が慌てる場面にも遭遇しました。でも、それを“神の奇跡”だと無理やり言いくるめているように思えます」

 侍女の言葉は衝撃的だった。
 奇跡と呼ばれていたあの騒ぎが、実は怪しげな薬品による現象なのだとしたら、すべてが大掛かりな演出に過ぎない可能性がある。
「それはずいぶん……大胆な手口ですね。でも、なぜそんなことをするのでしょう?」
 私が素直な疑問を口にすると、侍女は首を横に振った。
「分かりません。もしかすると、誰かを脅しつけたり、偽りの成果を見せつけたりする目的があるのかもしれません」

 侍女は急に周囲を警戒しはじめ、声をさらに落とす。
「ここだけの話、私の同僚は聖女様の正体を探ろうとして捕らえられたか、あるいは追放されたようなのです。だから、私もいつまでも無事でいられる保証はなく……」
 その言葉を聞いて、私の背筋に冷たいものが走る。
 以前から“聖女付きの女中が行方不明になった”という噂は耳にしていたが、どうやら事実らしい。

「お気をつけください。伯爵令嬢がここまで介入するのは危険です。アレクサンドル殿下が後ろ盾にいる以上、何が起こるか……」
 侍女は心配そうな表情で私を見つめる。
 私は微苦笑しながら、小さく首を振った。
「ありがとうございます。でも、私はもう引き返す気はありません。彼らが何を企んでいるのか、最後まで見届けたいのです」

 侍女は申し訳なさそうに顔を伏せ、
「私が知っているのは、聖女様が祈りの儀式で“薬品”を使うらしいということと、儀式の後に体調を崩す人が多数いるという事実だけです。大した情報ではありませんが……」
 それでも、これは大きな前進だ。
 私は侍女に礼を言い、何かあったら連絡をほしいと伝えてから、その場を後にする。

 こうして、聖女の“奇跡”の正体がますます怪しくなってきた。
 アレクサンドル殿下は彼女を絶対的に支持しているが、その背後には何か恐ろしい目的が潜んでいるのではないか。
 私は、この謎を解き明かすために更なる手段を講じる必要があると思いながら、再び王宮の廊下を歩き始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……

矢野りと
恋愛
ある日突然、私はすべてを失った。 『もう君はいりません、アリスミ・カロック』 恋人は表情を変えることなく、別れの言葉を告げてきた。彼の隣にいた私の親友は、申し訳なさそうな顔を作ることすらせず笑っていた。 恋人も親友も一度に失った私に待っていたのは、さらなる残酷な仕打ちだった。 『八等級魔術師アリスミ・カロック。異動を命じる』 『えっ……』 任期途中での異動辞令は前例がない。最上位の魔術師である元恋人が裏で動いた結果なのは容易に察せられた。 私にそれを拒絶する力は勿論なく、一生懸命に築いてきた居場所さえも呆気なく奪われた。 それから二年が経った頃、立ち直った私の前に再び彼が現れる。 ――二度と交わらないはずだった運命の歯車が、また動き出した……。 ※このお話の設定は架空のものです。 ※お話があわない時はブラウザバックでお願いします(_ _)

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。 ※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31

お姉様に恋した、私の婚約者。5日間部屋に篭っていたら500年が経過していました。

ごろごろみかん。
恋愛
「……すまない。彼女が、私の【運命】なんだ」 ──フェリシアの婚約者の【運命】は、彼女ではなかった。 「あなたも知っている通り、彼女は病弱だ。彼女に王妃は務まらない。だから、フェリシア。あなたが、彼女を支えてあげて欲しいんだ。あなたは王妃として、あなたの姉……第二妃となる彼女を、助けてあげて欲しい」 婚約者にそう言われたフェリシアは── (え、絶対嫌なんですけど……?) その瞬間、前世の記憶を思い出した。 彼女は五日間、部屋に籠った。 そして、出した答えは、【婚約解消】。 やってられるか!と勘当覚悟で父に相談しに部屋を出た彼女は、愕然とする。 なぜなら、前世の記憶を取り戻した影響で魔力が暴走し、部屋の外では【五日間】ではなく【五百年】の時が経過していたからである。 フェリシアの第二の人生が始まる。 ☆新連載始めました!今作はできる限り感想返信頑張りますので、良ければください(私のモチベが上がります)よろしくお願いします!

婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜

みおな
恋愛
 王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。 「お前との婚約を破棄する!!」  私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。  だって、私は何ひとつ困らない。 困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。

【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ

曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。 婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。 美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。 そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……? ――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

恋した殿下、あなたに捨てられることにします〜魔力を失ったのに、なかなか婚約解消にいきません〜

百門一新
恋愛
魔力量、国内第二位で王子様の婚約者になった私。けれど、恋をしたその人は、魔法を使う才能もなく幼い頃に大怪我をした私を認めておらず、――そして結婚できる年齢になった私を、運命はあざ笑うかのように、彼に相応しい可愛い伯爵令嬢を寄こした。想うことにも疲れ果てた私は、彼への想いを捨て、彼のいない国に嫁ぐべく。だから、この魔力を捨てます――。 ※「小説家になろう」、「カクヨム」でも掲載

【完結】婚約破棄され毒杯処分された悪役令嬢は影から王子の愛と後悔を見届ける

堀 和三盆
恋愛
「クアリフィカ・アートルム公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄する」  王太子との結婚を半年後に控え、卒業パーティーで婚約を破棄されてしまったクアリフィカ。目の前でクアリフィカの婚約者に寄り添い、歪んだ嗤いを浮かべているのは異母妹のルシクラージュだ。  クアリフィカは既に王妃教育を終えているため、このタイミングでの婚約破棄は未来を奪われるも同然。こうなるとクアリフィカにとれる選択肢は多くない。  せめてこれまで努力してきた王妃教育の成果を見てもらいたくて。  キレイな姿を婚約者の記憶にとどめてほしくて。  クアリフィカは荒れ狂う感情をしっかりと覆い隠し、この場で最後の公務に臨む。  卒業パーティー会場に響き渡る悲鳴。  目にした惨状にバタバタと倒れるパーティー参加者達。  淑女の鑑とまで言われたクアリフィカの最期の姿は、良くも悪くも多くの者の記憶に刻まれることになる。  そうして――王太子とルシクラージュの、後悔と懺悔の日々が始まった。

処理中です...