20 / 36
20
しおりを挟む
月が替わると、王都では大市(おおいち)が開かれた。
近隣の商人や農民が集まり、一年でもっとも活気づく市のひとつだ。
私も視察と買い物を兼ねて、ルシアンやゼノン、そしてエドガーらと連れ立って行くことにする。
大市の通りには色とりどりの露店が並び、歌や踊りが絶えず聞こえてくる。
私はその賑やかさに心を和ませたかったが、頭の片隅にはアメリアの動きが引っかかっていた。
「どうやらここで何か仕掛けてくると見て間違いないでしょう。アメリアが隙を狙っているという報告があります」
エドガーが私に小声で告げる。
周囲には人が溢れているため、広域に被害が及ぶような呪術を使えば大混乱を引き起こせる。
ましてや大市ともなれば、噂や世間の印象も大きく左右されるかもしれない。
ルシアンは鋭い目つきで辺りを見回し、低く唸る。
「アメリアが狙うのは、ヴァネッサの評判を落とすことか。それとももっと直接的に害を及ぼすつもりかな」
「どちらも十分考えられます。でも、アメリアは目立ちたがり屋でもありますから、一度に派手な悪評を広げたいのかもしれません」
そう私が推測していると、突然、人混みの中心から悲鳴が上がった。
「きゃああっ! な、なにこれ……!」
一人の女性が叫び、周囲の客たちが次々と顔を歪めて逃げ惑う。
妙な黒いもやのようなものが地面を這い、まるで生き物のようにうごめいている。
「……これは呪具の力! 下手をすれば周囲を巻き込むぞ!」
エドガーが即座に結界を展開し、黒いもやが拡散しないよう防御障壁を作り出す。
しかし、そのもやは勢いを増して結界を侵食しようとしている。
アメリアがどこかでこの力を操っているのか――それとも魔道具が自律的に暴走しているのか。
そこへゼノンが一歩前に出て、竪琴を構えた。
「皆さん、少しだけ我慢して。僕の封印歌で抑えますから!」
ゼノンは古代語詩を響かせながら弦を爪弾き、その音色が優しい光の帯となって空中を舞う。
光は黒いもやを巻き込みながらゆっくりと収束し、やがてまるで消し去るかのように封印をかけていった。
「す、すごい……! 本当に封印されていくわ」
「ゼノン、ありがとう。エドガーの結界も併せて、なんとか最小限の被害で済ませられそうね」
私は二人に安堵の言葉をかけながら、周囲を警戒する。
大市の客たちは恐怖で混乱しかけていたが、騎士団の一部が迅速に動いて避難誘導を始めていた。
そんな中、アメリアの姿は見当たらない。
しかし、これが彼女の仕業であることはほぼ間違いないだろう。
結果的に暴走こそ封じたものの、大市にいた多くの人たちが恐怖を味わい、アメリアの評判は地に落ちるはずだ。
いや、本来は私を陥れるつもりだったのかもしれないが、完全に裏目に出た形だ。
遠くのほうで、呪術が止まったことを確認したクラウスが顔を出す姿が見えた。
何が起きているのか理解していないようで、狼狽したまま周囲を見回している。
「こんなときに何もできないなんて……」
私はあえて声には出さず、心の中でそう呟いた。
クラウスが頼りにならないのはもはや周知の事実だろう。
アメリアの使った呪術は大失敗に終わり、それが公衆の面前で露呈した。
これ以上、彼らの失態は隠しようがない。
人々の恐怖と混乱が収まるまで、私と仲間たちは現場で支援に当たった。
アメリアの狙いを粉砕できたことは大きいが、まだ彼女との決着はついていない。
今度こそ、はっきりと彼女に責任を問うべきではないか――そんな思いが胸を駆け巡る。
近隣の商人や農民が集まり、一年でもっとも活気づく市のひとつだ。
私も視察と買い物を兼ねて、ルシアンやゼノン、そしてエドガーらと連れ立って行くことにする。
大市の通りには色とりどりの露店が並び、歌や踊りが絶えず聞こえてくる。
私はその賑やかさに心を和ませたかったが、頭の片隅にはアメリアの動きが引っかかっていた。
「どうやらここで何か仕掛けてくると見て間違いないでしょう。アメリアが隙を狙っているという報告があります」
エドガーが私に小声で告げる。
周囲には人が溢れているため、広域に被害が及ぶような呪術を使えば大混乱を引き起こせる。
ましてや大市ともなれば、噂や世間の印象も大きく左右されるかもしれない。
ルシアンは鋭い目つきで辺りを見回し、低く唸る。
「アメリアが狙うのは、ヴァネッサの評判を落とすことか。それとももっと直接的に害を及ぼすつもりかな」
「どちらも十分考えられます。でも、アメリアは目立ちたがり屋でもありますから、一度に派手な悪評を広げたいのかもしれません」
そう私が推測していると、突然、人混みの中心から悲鳴が上がった。
「きゃああっ! な、なにこれ……!」
一人の女性が叫び、周囲の客たちが次々と顔を歪めて逃げ惑う。
妙な黒いもやのようなものが地面を這い、まるで生き物のようにうごめいている。
「……これは呪具の力! 下手をすれば周囲を巻き込むぞ!」
エドガーが即座に結界を展開し、黒いもやが拡散しないよう防御障壁を作り出す。
しかし、そのもやは勢いを増して結界を侵食しようとしている。
アメリアがどこかでこの力を操っているのか――それとも魔道具が自律的に暴走しているのか。
そこへゼノンが一歩前に出て、竪琴を構えた。
「皆さん、少しだけ我慢して。僕の封印歌で抑えますから!」
ゼノンは古代語詩を響かせながら弦を爪弾き、その音色が優しい光の帯となって空中を舞う。
光は黒いもやを巻き込みながらゆっくりと収束し、やがてまるで消し去るかのように封印をかけていった。
「す、すごい……! 本当に封印されていくわ」
「ゼノン、ありがとう。エドガーの結界も併せて、なんとか最小限の被害で済ませられそうね」
私は二人に安堵の言葉をかけながら、周囲を警戒する。
大市の客たちは恐怖で混乱しかけていたが、騎士団の一部が迅速に動いて避難誘導を始めていた。
そんな中、アメリアの姿は見当たらない。
しかし、これが彼女の仕業であることはほぼ間違いないだろう。
結果的に暴走こそ封じたものの、大市にいた多くの人たちが恐怖を味わい、アメリアの評判は地に落ちるはずだ。
いや、本来は私を陥れるつもりだったのかもしれないが、完全に裏目に出た形だ。
遠くのほうで、呪術が止まったことを確認したクラウスが顔を出す姿が見えた。
何が起きているのか理解していないようで、狼狽したまま周囲を見回している。
「こんなときに何もできないなんて……」
私はあえて声には出さず、心の中でそう呟いた。
クラウスが頼りにならないのはもはや周知の事実だろう。
アメリアの使った呪術は大失敗に終わり、それが公衆の面前で露呈した。
これ以上、彼らの失態は隠しようがない。
人々の恐怖と混乱が収まるまで、私と仲間たちは現場で支援に当たった。
アメリアの狙いを粉砕できたことは大きいが、まだ彼女との決着はついていない。
今度こそ、はっきりと彼女に責任を問うべきではないか――そんな思いが胸を駆け巡る。
47
お気に入りに追加
303
あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄?勘当?私を嘲笑う人達は私が不幸になる事を望んでいましたが、残念ながら不幸になるのは貴方達ですよ♪
山葵
恋愛
「シンシア、君との婚約は破棄させてもらう。君の代わりにマリアーナと婚約する。これはジラルダ侯爵も了承している。姉妹での婚約者の交代、慰謝料は無しだ。」
「マリアーナとランバルド殿下が婚約するのだ。お前は不要、勘当とする。」
「国王陛下は承諾されているのですか?本当に良いのですか?」
「別に姉から妹に婚約者が変わっただけでジラルダ侯爵家との縁が切れたわけではない。父上も承諾するさっ。」
「お前がジラルダ侯爵家に居る事が、婿入りされるランバルド殿下を不快にするのだ。」
そう言うとお父様、いえジラルダ侯爵は、除籍届けと婚約解消届け、そしてマリアーナとランバルド殿下の婚約届けにサインした。
私を嘲笑って喜んでいる4人の声が可笑しくて笑いを堪えた。
さぁて貴方達はいつまで笑っていられるのかしらね♪

【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。
曽根原ツタ
恋愛
ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。
ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。
その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。
ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?

「役立たず」と言われ続けた辺境令嬢は、自由を求めて隣国に旅立ちます
ネコ
恋愛
政略結婚の婚約相手である公爵令息と義母から日々「お前は何も取り柄がない」と罵倒され、家事も交渉事も全部押し付けられてきた。
文句を言おうものなら婚約破棄をちらつかされ、「政略結婚が台無しになるぞ」と脅される始末。
そのうえ、婚約相手は堂々と女を取っ替え引っ替えして好き放題に遊んでいる。
ある日、我慢の限界を超えた私は婚約破棄を宣言。
公爵家の屋敷を飛び出した途端、彼らは手のひらを返して「戻ってこい」と騒ぎ出す。
どうやら私の家は公爵家にとって大事で、公爵様がお怒りになっているらしい。
だからといって戻る気はありません。
あらゆる手段で私を戻そうと必死になる公爵令息。
そんな彼の嫌がらせをものともせず、私は幸せに過ごさせていただきます。

最後に報われるのは誰でしょう?
ごろごろみかん。
恋愛
散々婚約者に罵倒され侮辱されてきたリリアは、いい加減我慢の限界を迎える。
「もう限界だ、きみとは婚約破棄をさせてもらう!」と婚約者に突きつけられたリリアはそれを聞いてラッキーだと思った。
限界なのはリリアの方だったからだ。
なので彼女は、ある提案をする。
「婚約者を取り替えっこしませんか?」と。
リリアの婚約者、ホシュアは婚約者のいる令嬢に手を出していたのだ。その令嬢とリリア、ホシュアと令嬢の婚約者を取り替えようとリリアは提案する。
「別にどちらでも私は構わないのです。どちらにせよ、私は痛くも痒くもないですから」
リリアには考えがある。どっちに転ぼうが、リリアにはどうだっていいのだ。
だけど、提案したリリアにこれからどう物事が進むか理解していないホシュアは一も二もなく頷く。
そうして婚約者を取り替えてからしばらくして、辺境の街で聖女が現れたと報告が入った。

私は逃げます
恵葉
恋愛
ブラック企業で社畜なんてやっていたら、23歳で血反吐を吐いて、死んじゃった…と思ったら、異世界へ転生してしまったOLです。
そしてこれまたありがちな、貴族令嬢として転生してしまったのですが、運命から…ではなく、文字通り物理的に逃げます。
貴族のあれやこれやなんて、構っていられません!
今度こそ好きなように生きます!

間違えられた番様は、消えました。
夕立悠理
恋愛
竜王の治める国ソフームには、運命の番という存在がある。
運命の番――前世で深く愛しあい、来世も恋人になろうと誓い合った相手のことをさす。特に竜王にとっての「運命の番」は特別で、国に繁栄を与える存在でもある。
「ロイゼ、君は私の運命の番じゃない。だから、選べない」
ずっと慕っていた竜王にそう告げられた、ロイゼ・イーデン。しかし、ロイゼは、知っていた。
ロイゼこそが、竜王の『運命の番』だと。
「エルマ、私の愛しい番」
けれどそれを知らない竜王は、今日もロイゼの親友に愛を囁く。
いつの間にか、ロイゼの呼び名は、ロイゼから番の親友、そして最後は嘘つきに変わっていた。
名前を失くしたロイゼは、消えることにした。

妹に婚約者を奪われ、聖女の座まで譲れと言ってきたので潔く譲る事にしました。〜あなたに聖女が務まるといいですね?〜
雪島 由
恋愛
聖女として国を守ってきたマリア。
だが、突然妹ミアとともに現れた婚約者である第一王子に婚約を破棄され、ミアに聖女の座まで譲れと言われてしまう。
国を頑張って守ってきたことが馬鹿馬鹿しくなったマリアは潔くミアに聖女の座を譲って国を離れることを決意した。
「あ、そういえばミアの魔力量じゃ国を守護するの難しそうだけど……まぁなんとかするよね、きっと」
*この作品はなろうでも連載しています。
離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
29話で第一部完です!
第二部の更新は5月以降になるかもしれません…。
詳細は近況ボードに記載します。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる