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翌週、私は王宮からの指示で騎士団の訓練場を視察することになった。
最近、国境地帯から魔物の被害報告が相次ぎ、早急な対策が必要というのが王宮の見解だ。
国王陛下が私に「何かあればディラン・ラザフォードに会うといい」と助言してくれたのだが……。
訓練場に足を踏み入れると、大柄な騎士たちが鋭い声を響かせながら模擬戦を行っている。
その中でひときわ目を引く男が、黒髪短髪に精悍な面差しをもつディラン・ラザフォード。
鋼のように鍛え上げられた体躯と、威圧感を放つ鋭い眼差しは見るからに“最強”の呼び名に相応しい。
しかし、彼は副団長の位にあるにも関わらず、部下と同じ目線で剣を交え、汗を流している。
その様子を見ただけで、私はディランの誠実さと熱意を感じとった。
模擬戦を終えた彼が、私の視線に気づいてこちらに歩み寄ってくる。
控えめに外套を揺らし、礼儀正しく頭を下げた。
「お初にお目にかかります。私はディラン・ラザフォード、騎士団の副団長を務めております。噂はかねがね伺っていましたが……まさかヴァネッサ殿がお越しになるとは驚きです」
「こちらこそ、突然お邪魔してすみません。国王陛下から、貴方に助力を仰ぐように言われまして」
ディランはまじまじと私を見つめる。
その瞳には好奇心とわずかな敬意が混じった色が浮かんでいる。
「殿下は、王太子クラウス殿ではなく貴女を推挙していると聞いています。騎士団としても、最近の王太子の行動には困惑しているところが多くて……」
彼はためらいがちに言葉を続ける。
どうやらクラウスに大きな期待はしていないようだ。
むしろ内部の士気を保つために、ディランが苦労しているのだろうと察した。
「国境の被害が深刻化しているとの報告を受けています。ディラン、何か問題があるのでしょうか。指揮系統に混乱は?」
私がそう尋ねると、ディランは険しい表情で首を横に振った。
「大規模な魔物の襲撃こそありませんが、小さな集団が頻繁に出没しており、駆除に手間取っています。騎士団の人手不足は否めませんし、正直、王太子殿下が支援をしてくださるとも思えない。国王陛下はそこを危惧されているのでしょう」
「やはり……」
ディランの言葉には、国政を憂える真摯さが感じられる。
私が彼と話すうちに、騎士団の現状や国内の情勢がより鮮明に浮かび上がってきた。
「もし何か私にできることがあれば、遠慮なく言ってください。あなた方騎士団が前線で危険を引き受けるのは本当に大変でしょうし、何らかの形で手を貸したい」
その言葉に、ディランは小さく笑みを浮かべる。
普段は無骨そうに見えるが、その笑みは誠実さに満ちていた。
「では、今後の防衛線の再編について、お力添えいただけると助かります。部隊の再配置には貴族との交渉や政治的判断が必要なので……副団長の私では通しづらいことも多くて」
「わかりました。私も情報を集めたうえで、国王陛下に提案してみます」
こうして私とディランは、国境対策に関して協力関係を築くきっかけを得た。
帰り際、彼はわずかに視線を伏せて低い声で呟いた。
「……王太子殿には期待していた時期もありました。しかし今の殿下は、私にはついていけません。失礼な発言と承知のうえですが……どうか、お許しください」
「いえ。そう率直に話してくださるのはありがたいです。私も、いずれ殿下に再考を迫る時が来るかもしれません」
ディランはもう一度礼をして、再び騎士たちのもとへと戻っていった。
騎士団の訓練場を後にする頃には、私の胸には不思議な安心感が芽生えていた。
クラウスの失敗で揺れる王宮の中で、こうして真摯に国を守ろうとする存在がいるのだとわかったからだ。
最近、国境地帯から魔物の被害報告が相次ぎ、早急な対策が必要というのが王宮の見解だ。
国王陛下が私に「何かあればディラン・ラザフォードに会うといい」と助言してくれたのだが……。
訓練場に足を踏み入れると、大柄な騎士たちが鋭い声を響かせながら模擬戦を行っている。
その中でひときわ目を引く男が、黒髪短髪に精悍な面差しをもつディラン・ラザフォード。
鋼のように鍛え上げられた体躯と、威圧感を放つ鋭い眼差しは見るからに“最強”の呼び名に相応しい。
しかし、彼は副団長の位にあるにも関わらず、部下と同じ目線で剣を交え、汗を流している。
その様子を見ただけで、私はディランの誠実さと熱意を感じとった。
模擬戦を終えた彼が、私の視線に気づいてこちらに歩み寄ってくる。
控えめに外套を揺らし、礼儀正しく頭を下げた。
「お初にお目にかかります。私はディラン・ラザフォード、騎士団の副団長を務めております。噂はかねがね伺っていましたが……まさかヴァネッサ殿がお越しになるとは驚きです」
「こちらこそ、突然お邪魔してすみません。国王陛下から、貴方に助力を仰ぐように言われまして」
ディランはまじまじと私を見つめる。
その瞳には好奇心とわずかな敬意が混じった色が浮かんでいる。
「殿下は、王太子クラウス殿ではなく貴女を推挙していると聞いています。騎士団としても、最近の王太子の行動には困惑しているところが多くて……」
彼はためらいがちに言葉を続ける。
どうやらクラウスに大きな期待はしていないようだ。
むしろ内部の士気を保つために、ディランが苦労しているのだろうと察した。
「国境の被害が深刻化しているとの報告を受けています。ディラン、何か問題があるのでしょうか。指揮系統に混乱は?」
私がそう尋ねると、ディランは険しい表情で首を横に振った。
「大規模な魔物の襲撃こそありませんが、小さな集団が頻繁に出没しており、駆除に手間取っています。騎士団の人手不足は否めませんし、正直、王太子殿下が支援をしてくださるとも思えない。国王陛下はそこを危惧されているのでしょう」
「やはり……」
ディランの言葉には、国政を憂える真摯さが感じられる。
私が彼と話すうちに、騎士団の現状や国内の情勢がより鮮明に浮かび上がってきた。
「もし何か私にできることがあれば、遠慮なく言ってください。あなた方騎士団が前線で危険を引き受けるのは本当に大変でしょうし、何らかの形で手を貸したい」
その言葉に、ディランは小さく笑みを浮かべる。
普段は無骨そうに見えるが、その笑みは誠実さに満ちていた。
「では、今後の防衛線の再編について、お力添えいただけると助かります。部隊の再配置には貴族との交渉や政治的判断が必要なので……副団長の私では通しづらいことも多くて」
「わかりました。私も情報を集めたうえで、国王陛下に提案してみます」
こうして私とディランは、国境対策に関して協力関係を築くきっかけを得た。
帰り際、彼はわずかに視線を伏せて低い声で呟いた。
「……王太子殿には期待していた時期もありました。しかし今の殿下は、私にはついていけません。失礼な発言と承知のうえですが……どうか、お許しください」
「いえ。そう率直に話してくださるのはありがたいです。私も、いずれ殿下に再考を迫る時が来るかもしれません」
ディランはもう一度礼をして、再び騎士たちのもとへと戻っていった。
騎士団の訓練場を後にする頃には、私の胸には不思議な安心感が芽生えていた。
クラウスの失敗で揺れる王宮の中で、こうして真摯に国を守ろうとする存在がいるのだとわかったからだ。
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