上辺だけの王太子妃はもうたくさん!

ネコ

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 王宮の大広間に敷き詰められた豪華な赤絨毯を踏みしめながら、私は重々しい気分で晩餐会の席に向かっていた。
 灯りを反射して煌めくシャンデリアは、まるで眩しさを誇示するかのように輝いている。
 その下で円卓を囲む貴族たちは、笑顔の裏にそれぞれの思惑を隠していた。

 私が座るのは、王太子クラウスの隣の席。
 侯爵令嬢として、そして婚約者として表向きは最も相応しい立ち位置……のはずなのに。
 クラウスは私の姿をちらりと見ただけで、まるで客室の花瓶でも見るような冷たい視線を送った。

「今宵は盛大に祝杯を上げましょう。皆、楽しんでいってください」

 そう宣言したのは国王陛下だ。
 落ち着いた声で会場を仕切る姿は、やはり威厳に満ちている。
 クラウスも、その言葉に続くように口だけは動かした。

「……そうだな」

 けれど、微塵も楽しんでいないのは明らか。
 その横顔は苛立ちを押し殺しているようにも見える。
 せめて、周囲の目があるここでは仲良くする振りをしてほしいものだけど、そんな期待はすでに諦めていた。

 王族席の傍らで給仕をしている者たちも、気まずそうに視線を泳がせている。
 私がここに座っている意義など、いったいなんなのだろう。
 私の心を見透かしたかのように、クラウスは杯を持ち上げたまま小さく呟く。

「……どうせ表面上だけだ。気にしなくていい」

 それが彼なりの気遣い?
 あるいはただの嫌味?
 その曖昧な調子にも、もう慣れてしまった自分が少し悲しかった。

「ヴァネッサ様、ご無沙汰しております。今夜もお美しいですね」

 ちらりと目を向けると、向かいの席に座る貴族の一人が乾杯の合図と共に言葉をかけてきた。
 その作り笑顔はまるで私の反応を探るかのよう。
 どうせ王太子との不仲を噂して、面白おかしく見物しているのだろう。

 私はあくまで優雅に微笑み返してみせた。

「恐縮ですわ。素敵な晩餐会ですね……陛下や皆様のお力添えのおかげです」

 ありきたりで当たり障りのない返事。
 こういう場では、それが一番波風を立てない。

 やがて晩餐会も終盤に差し掛かった頃、私はふと廊下のほうで妙な気配を感じた。
 人があまり通らない奥の回廊だ。
 何か……胸の奥に嫌な予感が走る。

 そっと席を立ち、聞こえないように足音を忍ばせながら奥へ進む。
 そこではクラウスと、やたらとフリルをあしらったドレスを着た令嬢が二人きりで話し込んでいた。
 令嬢はアメリア・セゼン。金髪をくるくると巻き上げ、いかにも「華やか」を体現したような美女。

「クラウス様……今夜はよろしくお願いしますわ」

 アメリアは媚びるように微笑んで、彼の肩にそっと手を置く。
 その動作は、ただならぬ親密さを漂わせていた。
 クラウスは周囲を気にする風でもなく、アメリアの言葉に小さく相槌を打つだけ。

 私は息を呑んだ。
 王太子の婚約者は私なのに、こんなあからさまに密会しているだなんて。
 ショック、怒り、そして虚しさ。

 私がその場から動けずにいると、アメリアが私の存在に気づいて顔を上げた。
 その表情には一瞬の驚きがあったけれど、すぐに勝ち誇ったような笑みへと変わる。

「まあ……ごきげんよう、ヴァネッサ様。こんなところでお会いするなんて奇遇ですわね」

 クラウスは、私の姿を見てもどこか冷えた視線を向けるだけ。
 まるで心の中で「さっさと立ち去れ」と言わんばかりの光を宿していた。

 晩餐会が終わる頃、私は深くため息をつく。
 体面だけの婚約者……そう気づいていたはずなのに、あの光景を目の当たりにした今となっては、もう限界かもしれない。

 このまま黙ってやり過ごすべきなのか。
 それとも、これを機に何かを変えるべきなのか。
 迷いはまだ拭い去れずに、私は部屋へと戻る道を重い足取りで進むしかなかった。
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