1 / 36
1
しおりを挟む
王宮の大広間に敷き詰められた豪華な赤絨毯を踏みしめながら、私は重々しい気分で晩餐会の席に向かっていた。
灯りを反射して煌めくシャンデリアは、まるで眩しさを誇示するかのように輝いている。
その下で円卓を囲む貴族たちは、笑顔の裏にそれぞれの思惑を隠していた。
私が座るのは、王太子クラウスの隣の席。
侯爵令嬢として、そして婚約者として表向きは最も相応しい立ち位置……のはずなのに。
クラウスは私の姿をちらりと見ただけで、まるで客室の花瓶でも見るような冷たい視線を送った。
「今宵は盛大に祝杯を上げましょう。皆、楽しんでいってください」
そう宣言したのは国王陛下だ。
落ち着いた声で会場を仕切る姿は、やはり威厳に満ちている。
クラウスも、その言葉に続くように口だけは動かした。
「……そうだな」
けれど、微塵も楽しんでいないのは明らか。
その横顔は苛立ちを押し殺しているようにも見える。
せめて、周囲の目があるここでは仲良くする振りをしてほしいものだけど、そんな期待はすでに諦めていた。
王族席の傍らで給仕をしている者たちも、気まずそうに視線を泳がせている。
私がここに座っている意義など、いったいなんなのだろう。
私の心を見透かしたかのように、クラウスは杯を持ち上げたまま小さく呟く。
「……どうせ表面上だけだ。気にしなくていい」
それが彼なりの気遣い?
あるいはただの嫌味?
その曖昧な調子にも、もう慣れてしまった自分が少し悲しかった。
「ヴァネッサ様、ご無沙汰しております。今夜もお美しいですね」
ちらりと目を向けると、向かいの席に座る貴族の一人が乾杯の合図と共に言葉をかけてきた。
その作り笑顔はまるで私の反応を探るかのよう。
どうせ王太子との不仲を噂して、面白おかしく見物しているのだろう。
私はあくまで優雅に微笑み返してみせた。
「恐縮ですわ。素敵な晩餐会ですね……陛下や皆様のお力添えのおかげです」
ありきたりで当たり障りのない返事。
こういう場では、それが一番波風を立てない。
やがて晩餐会も終盤に差し掛かった頃、私はふと廊下のほうで妙な気配を感じた。
人があまり通らない奥の回廊だ。
何か……胸の奥に嫌な予感が走る。
そっと席を立ち、聞こえないように足音を忍ばせながら奥へ進む。
そこではクラウスと、やたらとフリルをあしらったドレスを着た令嬢が二人きりで話し込んでいた。
令嬢はアメリア・セゼン。金髪をくるくると巻き上げ、いかにも「華やか」を体現したような美女。
「クラウス様……今夜はよろしくお願いしますわ」
アメリアは媚びるように微笑んで、彼の肩にそっと手を置く。
その動作は、ただならぬ親密さを漂わせていた。
クラウスは周囲を気にする風でもなく、アメリアの言葉に小さく相槌を打つだけ。
私は息を呑んだ。
王太子の婚約者は私なのに、こんなあからさまに密会しているだなんて。
ショック、怒り、そして虚しさ。
私がその場から動けずにいると、アメリアが私の存在に気づいて顔を上げた。
その表情には一瞬の驚きがあったけれど、すぐに勝ち誇ったような笑みへと変わる。
「まあ……ごきげんよう、ヴァネッサ様。こんなところでお会いするなんて奇遇ですわね」
クラウスは、私の姿を見てもどこか冷えた視線を向けるだけ。
まるで心の中で「さっさと立ち去れ」と言わんばかりの光を宿していた。
晩餐会が終わる頃、私は深くため息をつく。
体面だけの婚約者……そう気づいていたはずなのに、あの光景を目の当たりにした今となっては、もう限界かもしれない。
このまま黙ってやり過ごすべきなのか。
それとも、これを機に何かを変えるべきなのか。
迷いはまだ拭い去れずに、私は部屋へと戻る道を重い足取りで進むしかなかった。
灯りを反射して煌めくシャンデリアは、まるで眩しさを誇示するかのように輝いている。
その下で円卓を囲む貴族たちは、笑顔の裏にそれぞれの思惑を隠していた。
私が座るのは、王太子クラウスの隣の席。
侯爵令嬢として、そして婚約者として表向きは最も相応しい立ち位置……のはずなのに。
クラウスは私の姿をちらりと見ただけで、まるで客室の花瓶でも見るような冷たい視線を送った。
「今宵は盛大に祝杯を上げましょう。皆、楽しんでいってください」
そう宣言したのは国王陛下だ。
落ち着いた声で会場を仕切る姿は、やはり威厳に満ちている。
クラウスも、その言葉に続くように口だけは動かした。
「……そうだな」
けれど、微塵も楽しんでいないのは明らか。
その横顔は苛立ちを押し殺しているようにも見える。
せめて、周囲の目があるここでは仲良くする振りをしてほしいものだけど、そんな期待はすでに諦めていた。
王族席の傍らで給仕をしている者たちも、気まずそうに視線を泳がせている。
私がここに座っている意義など、いったいなんなのだろう。
私の心を見透かしたかのように、クラウスは杯を持ち上げたまま小さく呟く。
「……どうせ表面上だけだ。気にしなくていい」
それが彼なりの気遣い?
あるいはただの嫌味?
その曖昧な調子にも、もう慣れてしまった自分が少し悲しかった。
「ヴァネッサ様、ご無沙汰しております。今夜もお美しいですね」
ちらりと目を向けると、向かいの席に座る貴族の一人が乾杯の合図と共に言葉をかけてきた。
その作り笑顔はまるで私の反応を探るかのよう。
どうせ王太子との不仲を噂して、面白おかしく見物しているのだろう。
私はあくまで優雅に微笑み返してみせた。
「恐縮ですわ。素敵な晩餐会ですね……陛下や皆様のお力添えのおかげです」
ありきたりで当たり障りのない返事。
こういう場では、それが一番波風を立てない。
やがて晩餐会も終盤に差し掛かった頃、私はふと廊下のほうで妙な気配を感じた。
人があまり通らない奥の回廊だ。
何か……胸の奥に嫌な予感が走る。
そっと席を立ち、聞こえないように足音を忍ばせながら奥へ進む。
そこではクラウスと、やたらとフリルをあしらったドレスを着た令嬢が二人きりで話し込んでいた。
令嬢はアメリア・セゼン。金髪をくるくると巻き上げ、いかにも「華やか」を体現したような美女。
「クラウス様……今夜はよろしくお願いしますわ」
アメリアは媚びるように微笑んで、彼の肩にそっと手を置く。
その動作は、ただならぬ親密さを漂わせていた。
クラウスは周囲を気にする風でもなく、アメリアの言葉に小さく相槌を打つだけ。
私は息を呑んだ。
王太子の婚約者は私なのに、こんなあからさまに密会しているだなんて。
ショック、怒り、そして虚しさ。
私がその場から動けずにいると、アメリアが私の存在に気づいて顔を上げた。
その表情には一瞬の驚きがあったけれど、すぐに勝ち誇ったような笑みへと変わる。
「まあ……ごきげんよう、ヴァネッサ様。こんなところでお会いするなんて奇遇ですわね」
クラウスは、私の姿を見てもどこか冷えた視線を向けるだけ。
まるで心の中で「さっさと立ち去れ」と言わんばかりの光を宿していた。
晩餐会が終わる頃、私は深くため息をつく。
体面だけの婚約者……そう気づいていたはずなのに、あの光景を目の当たりにした今となっては、もう限界かもしれない。
このまま黙ってやり過ごすべきなのか。
それとも、これを機に何かを変えるべきなのか。
迷いはまだ拭い去れずに、私は部屋へと戻る道を重い足取りで進むしかなかった。
80
お気に入りに追加
303
あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄?勘当?私を嘲笑う人達は私が不幸になる事を望んでいましたが、残念ながら不幸になるのは貴方達ですよ♪
山葵
恋愛
「シンシア、君との婚約は破棄させてもらう。君の代わりにマリアーナと婚約する。これはジラルダ侯爵も了承している。姉妹での婚約者の交代、慰謝料は無しだ。」
「マリアーナとランバルド殿下が婚約するのだ。お前は不要、勘当とする。」
「国王陛下は承諾されているのですか?本当に良いのですか?」
「別に姉から妹に婚約者が変わっただけでジラルダ侯爵家との縁が切れたわけではない。父上も承諾するさっ。」
「お前がジラルダ侯爵家に居る事が、婿入りされるランバルド殿下を不快にするのだ。」
そう言うとお父様、いえジラルダ侯爵は、除籍届けと婚約解消届け、そしてマリアーナとランバルド殿下の婚約届けにサインした。
私を嘲笑って喜んでいる4人の声が可笑しくて笑いを堪えた。
さぁて貴方達はいつまで笑っていられるのかしらね♪

【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。
曽根原ツタ
恋愛
ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。
ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。
その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。
ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?

「役立たず」と言われ続けた辺境令嬢は、自由を求めて隣国に旅立ちます
ネコ
恋愛
政略結婚の婚約相手である公爵令息と義母から日々「お前は何も取り柄がない」と罵倒され、家事も交渉事も全部押し付けられてきた。
文句を言おうものなら婚約破棄をちらつかされ、「政略結婚が台無しになるぞ」と脅される始末。
そのうえ、婚約相手は堂々と女を取っ替え引っ替えして好き放題に遊んでいる。
ある日、我慢の限界を超えた私は婚約破棄を宣言。
公爵家の屋敷を飛び出した途端、彼らは手のひらを返して「戻ってこい」と騒ぎ出す。
どうやら私の家は公爵家にとって大事で、公爵様がお怒りになっているらしい。
だからといって戻る気はありません。
あらゆる手段で私を戻そうと必死になる公爵令息。
そんな彼の嫌がらせをものともせず、私は幸せに過ごさせていただきます。

最後に報われるのは誰でしょう?
ごろごろみかん。
恋愛
散々婚約者に罵倒され侮辱されてきたリリアは、いい加減我慢の限界を迎える。
「もう限界だ、きみとは婚約破棄をさせてもらう!」と婚約者に突きつけられたリリアはそれを聞いてラッキーだと思った。
限界なのはリリアの方だったからだ。
なので彼女は、ある提案をする。
「婚約者を取り替えっこしませんか?」と。
リリアの婚約者、ホシュアは婚約者のいる令嬢に手を出していたのだ。その令嬢とリリア、ホシュアと令嬢の婚約者を取り替えようとリリアは提案する。
「別にどちらでも私は構わないのです。どちらにせよ、私は痛くも痒くもないですから」
リリアには考えがある。どっちに転ぼうが、リリアにはどうだっていいのだ。
だけど、提案したリリアにこれからどう物事が進むか理解していないホシュアは一も二もなく頷く。
そうして婚約者を取り替えてからしばらくして、辺境の街で聖女が現れたと報告が入った。

私は逃げます
恵葉
恋愛
ブラック企業で社畜なんてやっていたら、23歳で血反吐を吐いて、死んじゃった…と思ったら、異世界へ転生してしまったOLです。
そしてこれまたありがちな、貴族令嬢として転生してしまったのですが、運命から…ではなく、文字通り物理的に逃げます。
貴族のあれやこれやなんて、構っていられません!
今度こそ好きなように生きます!

間違えられた番様は、消えました。
夕立悠理
恋愛
竜王の治める国ソフームには、運命の番という存在がある。
運命の番――前世で深く愛しあい、来世も恋人になろうと誓い合った相手のことをさす。特に竜王にとっての「運命の番」は特別で、国に繁栄を与える存在でもある。
「ロイゼ、君は私の運命の番じゃない。だから、選べない」
ずっと慕っていた竜王にそう告げられた、ロイゼ・イーデン。しかし、ロイゼは、知っていた。
ロイゼこそが、竜王の『運命の番』だと。
「エルマ、私の愛しい番」
けれどそれを知らない竜王は、今日もロイゼの親友に愛を囁く。
いつの間にか、ロイゼの呼び名は、ロイゼから番の親友、そして最後は嘘つきに変わっていた。
名前を失くしたロイゼは、消えることにした。

妹に婚約者を奪われ、聖女の座まで譲れと言ってきたので潔く譲る事にしました。〜あなたに聖女が務まるといいですね?〜
雪島 由
恋愛
聖女として国を守ってきたマリア。
だが、突然妹ミアとともに現れた婚約者である第一王子に婚約を破棄され、ミアに聖女の座まで譲れと言われてしまう。
国を頑張って守ってきたことが馬鹿馬鹿しくなったマリアは潔くミアに聖女の座を譲って国を離れることを決意した。
「あ、そういえばミアの魔力量じゃ国を守護するの難しそうだけど……まぁなんとかするよね、きっと」
*この作品はなろうでも連載しています。
離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
29話で第一部完です!
第二部の更新は5月以降になるかもしれません…。
詳細は近況ボードに記載します。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる