【完結保証】愛妾と暮らす夫に飽き飽きしたので、私も自分の幸せを選ばせてもらいますね

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 堀口たちが再び警察に連行されて数日が経ち、博覧会の最終日を迎えた。
 あの混乱から一夜明けた会場は、一時的にセキュリティを強化したため、入場手続きがやや厳しくなったものの、大きなトラブルは起こらなかった。
 私の心配も少しずつ和らぎ、今は純粋に最後の商談や展示に集中できている。

「綾乃さん、フランスとイギリスの百貨店数社から本契約の申し出がありました!
 すぐに具体的な条件交渉に入りたいそうです」

 ラウレンス氏が駆け寄ってきて興奮気味に教えてくれる。
 遠い異国の地で、父の研究がこうも評価されるなんて――私が歩んできた道を振り返ると、本当に信じられない気持ちだ。

「はい、ありがとうございます。
 最後まで気を抜かず、きちんと取りまとめましょう」

 そう返事すると、ラウレンス氏は「もちろんです」と頼もしく頷いた。
 控室で商談相手を待ちながら、私は資料を整理し、条件や納期の希望などを把握していく。
 量産体制を整えるには、日本の職人たちとさらに連携が必要になる。
 そのためには、葉室家の状況を安定させるだけでなく、海外流通を円滑にするシステム構築が欠かせない。

「父様……ここまでくるの、長かったわ」

 心の中でそっとつぶやくと、帯留めが暖かく感じる。
 堀口との離縁が成立していなければ、この場にすら立てていなかったかもしれない。
 不遇な時期が長かった分、いまの幸福が際立って思える。

 商談が終わると、私たちはブースに戻り、最終日の展示を締めくくる準備を行う。
 立ち寄ってくれた来場者たちと笑顔で写真を撮り、アンケートに応える。
 その姿を見た周囲からは「日本の新しい才能が世界に羽ばたいた」と称賛され、取材のカメラが向けられることも増えてきた。

 夕方、閉場のアナウンスが流れ、いよいよ博覧会が幕を閉じる。
 名残惜しそうに会場を後にする人々の姿を見ながら、私はラウレンス氏やスタッフたちとブースの撤収作業に取りかかった。
 装飾を外し、展示台やサンプルを梱包し、出荷準備を進めていく。

「いやあ、本当にお疲れさまでした。
 綾乃さんにとって、初めての欧州進出がこんなにも成功するなんて、私も誇らしい気持ちですよ」

 ラウレンス氏が笑顔で声をかけてくれる。
 私は「ありがとうございます」と返しながら、積み上げられた段ボールの山を見つめる。
 最初にこの企画の話を聞いたときは、まさかここまでの成果を得られるとは思いもしなかった。

 博覧会の主催者側からは「優秀賞」に近い評価を受け、その表彰式に顔を出した際も、多くの人から祝福の声をかけられた。
 私は慣れないフラッシュやインタビューに緊張しつつ、「父の研究があってこその功績です」と謙虚に答え続ける。
 堀口が起こした混乱は一部メディアに取り上げられたが、最終的には私たちの成功が大きく報じられたようだ。

 夜には、各国のバイヤーや出展者が集う小さな打ち上げパーティが開かれた。
 そこでも私は祝福を受け、藤堂様がさりげなく私をエスコートしてくれる。

「堀口の件は、現地の警察が厳重に取り扱うとのことです。
 しばらくは保釈も認められないかもしれませんね」

 打ち上げ会場の片隅で、藤堂様がそんな話をしてくれた。
 私はグラスを握りしめ、ゆっくりと視線を下に向ける。

「そうですか……。
 正直、もう彼の存在を忘れたいんです。
 あの頃の自分に戻るのは嫌だから……」

 声が震えそうになりながらも、本心を口にする。
 堀口との人生は、苦しい思い出しか浮かんでこない。
 でも、それも過去のこと。
 私は遠く日本を離れ、ここで新たな道を歩み始めているのだ。

「あなたはもう、あの頃とは違いますよ。
 堂々と自分の夢を語る顔は、本当に頼もしい」

 藤堂様の言葉に、胸が熱くなる。
 彼は私の過去を知りながら、それを決して蔑ろにせず、むしろ今の私を認めて支えてくれる。
 いつしか私の心は、彼の存在に安らぎだけでなく、特別な感情を宿してしまっているのかもしれない――そう思うと、顔が少し熱くなるのを感じた。

 打ち上げが終わる頃には、すっかり夜も更けていた。
 私は宿へ戻り、荷物整理を続けながら、ふとこれからの予定を考える。
 ラウレンス氏の提案通り、欧州にもう少し滞在して契約を詰めるのも一つの手だ。
 しかし、日本に戻ってからの量産体制や新ブランドの立ち上げ戦略を練る必要もある。

「いずれにしても、ここがゴールじゃないのよね」

 自問自答するように口に出すと、自然に笑みがこぼれた。
 博覧会が終わっても、私の挑戦はこれから続く。
 離縁したあの苦しさがあるからこそ、今の幸せをもっと輝かせることができる気がする――そう思うと、疲れた体が少しだけ軽く感じられた。
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