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新作展示会は大盛況のうちに幕を閉じた。
閉場の合図が流れたとき、会場内では名残惜しそうに反物を眺める人や、最後にもう一度着付け体験をしようと粘る人など、あちこちで賑わいが絶えないほどだった。
スタッフ総出で片付けを進めながらも、皆の顔には充実感と喜びがにじんでいる。
「綾乃様、なんと今日一日でこれだけの注文が……」
中瀬執事が見せてくれたメモには、まとめ買いや特注を希望する顧客の名前がずらりと並んでいる。
老舗織物商だけではなく、若いデザイナーや他の華族、さらには海外バイヤーの申し出まで含まれており、私も驚きを隠せない。
軽く計算するだけでも、相当な売り上げを見込めるだろうし、何より葉室家の名声が高まる成果は金額以上に大きい。
「すごい……ここまで反響があるなんて」
思わず呟いた私の耳に、伯爵家の藤堂様が柔らかな声で語りかけてくる。
「あなたの呉服が、それだけの魅力を持っているということですよ。
もう『古き家制度にとらわれた娘』ではなく、『自立した呉服商の当主』としてのあなたを、皆が認めているんです」
その言葉に、胸が熱くなる。
私がこうして独り立ちできたのは、父の研究があったから。そして、藤堂様や職人たちの助けがあったからだ。
堀口家の縛りが解けた今、私は堂々と先に進める立場を得たのだと実感する。
「綾乃さん、本当におめでとうございます。
いや、おめでとうございますというのも少し違うかな。
これはまだ、スタートなんですからね」
にこやかに言う藤堂様に、私はあえて笑みで返す。
「ええ、今はちょうど桜の花が満開ですが、これで散ってしまうのは嫌ですから。
次の花を咲かせるために、もっと頑張らなくちゃ」
私の返事に満足したのか、彼は軽く笑って頷いた。
桜の木が毎年花を咲かせるように、葉室家の呉服も年々進化していかなければならないだろう。
父が夢見た「新時代の呉服」は、まだ道半ばなのだから。
片付けが一段落すると、ラウレンス氏をはじめとした海外バイヤーが私のもとに集まり、口々に興奮した感想を述べてくれる。
「こんなに軽く美しい着物があるなんて、欧州ではまだ知られていない」とか、「ぜひロンドンの博覧会に出展してほしい」といった話も飛び出し、具体的な商談の日時がその場で決まりそうなほどだった。
「この展示会の成功をもとに、ロンドンでの催事にも出展できれば、きっと大きな話題になるでしょう。
私は全力でサポートしますよ」
ラウレンス氏の協力申し出に感謝しつつ、私は自分の心の奥底で、大きな飛躍を予感せずにはいられない。
堀口家との離縁を経て得た自由が、ここまで可能性を広げてくれるなんて、少し前までは信じがたいことだった。
今や、私に足りなかったのは「自分の意志で行動する」勇気だったのだと痛感する。
夜になり、会場を完全に閉めたあと、職人たちや使用人と簡単な打ち上げを行った。
皆が口々に「やり遂げた」と言い合い、杯を交わす姿を見ると、まるでお祭りの後のように熱気が冷めやらない。
私も差し出されたお茶で喉を潤しながら、「次はもっと奇抜なデザインに挑戦したい」「欧州向けのラインを作ろう」と盛り上がる人々を見守る。
ふと窓の外を見ると、夜空に浮かぶ月が美しく光を放っていた。
閉じ込められた結婚生活に傷ついていた頃の自分を思い出すと、まるで違う世界に立っているように感じる。
「父様、あなたの夢はまだまだこれから先があるわね」
誰にともなく小さく呟いて微笑む。
堀口家の影など、今はもうどこにも見えない。
私を苦しめた香織や姑の姿は遠く霞み、葉室家には新しい春の風が吹き抜けている。
展示会が満開の拍手をもって成功した今、私たちの飛躍はまさにこれからだ。
翌朝、使用人から「欧州へ渡航する準備を始めるなら早めに動いたほうがいい」と助言を受ける。
伯爵家とも相談して、出展の手続きや渡航手段を整える必要がある。
そこには言語や慣習の壁も待ち受けているだろう。
でも、私はもう怖くない。
離縁という大きな試練を乗り越えた私は、「できるはずがない」と怯えるよりも、「どうやったら実現できるか」を考えるほうが性に合っているのだと気づいたからだ。
「これからが、本当の始まり」
そう心に誓いながら、私は再び帯留めに触れる。
父の残した研究を胸に、葉室家の未来を携えて、いずれは世界の舞台へ足を踏み出す。
すべてを奪おうとした堀口家には申し訳ないけれど、私の人生は私のもの。
新素材の呉服が桜の花のように満開を迎え、次の季節へと繋がっていくように、私は自分の意志で歩み続けるのだ。
閉場の合図が流れたとき、会場内では名残惜しそうに反物を眺める人や、最後にもう一度着付け体験をしようと粘る人など、あちこちで賑わいが絶えないほどだった。
スタッフ総出で片付けを進めながらも、皆の顔には充実感と喜びがにじんでいる。
「綾乃様、なんと今日一日でこれだけの注文が……」
中瀬執事が見せてくれたメモには、まとめ買いや特注を希望する顧客の名前がずらりと並んでいる。
老舗織物商だけではなく、若いデザイナーや他の華族、さらには海外バイヤーの申し出まで含まれており、私も驚きを隠せない。
軽く計算するだけでも、相当な売り上げを見込めるだろうし、何より葉室家の名声が高まる成果は金額以上に大きい。
「すごい……ここまで反響があるなんて」
思わず呟いた私の耳に、伯爵家の藤堂様が柔らかな声で語りかけてくる。
「あなたの呉服が、それだけの魅力を持っているということですよ。
もう『古き家制度にとらわれた娘』ではなく、『自立した呉服商の当主』としてのあなたを、皆が認めているんです」
その言葉に、胸が熱くなる。
私がこうして独り立ちできたのは、父の研究があったから。そして、藤堂様や職人たちの助けがあったからだ。
堀口家の縛りが解けた今、私は堂々と先に進める立場を得たのだと実感する。
「綾乃さん、本当におめでとうございます。
いや、おめでとうございますというのも少し違うかな。
これはまだ、スタートなんですからね」
にこやかに言う藤堂様に、私はあえて笑みで返す。
「ええ、今はちょうど桜の花が満開ですが、これで散ってしまうのは嫌ですから。
次の花を咲かせるために、もっと頑張らなくちゃ」
私の返事に満足したのか、彼は軽く笑って頷いた。
桜の木が毎年花を咲かせるように、葉室家の呉服も年々進化していかなければならないだろう。
父が夢見た「新時代の呉服」は、まだ道半ばなのだから。
片付けが一段落すると、ラウレンス氏をはじめとした海外バイヤーが私のもとに集まり、口々に興奮した感想を述べてくれる。
「こんなに軽く美しい着物があるなんて、欧州ではまだ知られていない」とか、「ぜひロンドンの博覧会に出展してほしい」といった話も飛び出し、具体的な商談の日時がその場で決まりそうなほどだった。
「この展示会の成功をもとに、ロンドンでの催事にも出展できれば、きっと大きな話題になるでしょう。
私は全力でサポートしますよ」
ラウレンス氏の協力申し出に感謝しつつ、私は自分の心の奥底で、大きな飛躍を予感せずにはいられない。
堀口家との離縁を経て得た自由が、ここまで可能性を広げてくれるなんて、少し前までは信じがたいことだった。
今や、私に足りなかったのは「自分の意志で行動する」勇気だったのだと痛感する。
夜になり、会場を完全に閉めたあと、職人たちや使用人と簡単な打ち上げを行った。
皆が口々に「やり遂げた」と言い合い、杯を交わす姿を見ると、まるでお祭りの後のように熱気が冷めやらない。
私も差し出されたお茶で喉を潤しながら、「次はもっと奇抜なデザインに挑戦したい」「欧州向けのラインを作ろう」と盛り上がる人々を見守る。
ふと窓の外を見ると、夜空に浮かぶ月が美しく光を放っていた。
閉じ込められた結婚生活に傷ついていた頃の自分を思い出すと、まるで違う世界に立っているように感じる。
「父様、あなたの夢はまだまだこれから先があるわね」
誰にともなく小さく呟いて微笑む。
堀口家の影など、今はもうどこにも見えない。
私を苦しめた香織や姑の姿は遠く霞み、葉室家には新しい春の風が吹き抜けている。
展示会が満開の拍手をもって成功した今、私たちの飛躍はまさにこれからだ。
翌朝、使用人から「欧州へ渡航する準備を始めるなら早めに動いたほうがいい」と助言を受ける。
伯爵家とも相談して、出展の手続きや渡航手段を整える必要がある。
そこには言語や慣習の壁も待ち受けているだろう。
でも、私はもう怖くない。
離縁という大きな試練を乗り越えた私は、「できるはずがない」と怯えるよりも、「どうやったら実現できるか」を考えるほうが性に合っているのだと気づいたからだ。
「これからが、本当の始まり」
そう心に誓いながら、私は再び帯留めに触れる。
父の残した研究を胸に、葉室家の未来を携えて、いずれは世界の舞台へ足を踏み出す。
すべてを奪おうとした堀口家には申し訳ないけれど、私の人生は私のもの。
新素材の呉服が桜の花のように満開を迎え、次の季節へと繋がっていくように、私は自分の意志で歩み続けるのだ。
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