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しおりを挟む 王宮から正式な勅令が出され、「シュヴァルツ侯爵家の爵位継承権停止」が通告されたのは、ある晴れた日の昼下がりだった。
街の掲示板にその布告文が張り出され、人々の口に一斉に上る。
あの派手好きなヘリオット・シュヴァルツが、公的に“侯爵家の資格を失う”という事実は衝撃的だった。
「ついに来たか……。あれだけ傲慢だった男が、ここまで失墜するなんて」
「そりゃそうだ。領地は荒れ果て、借金まみれ。しかも不法侵入に名誉毀損裁判まで抱えてるんだ」
そんな声を聞きながら、セレナ・グランディールは子爵家の窓から街の掲示板を見つめていた。
遠目に見える布告書には、はっきりと“シュヴァルツ侯爵家の当主であるヘリオットの継承資格停止”が記されているようだ。
周囲の人々がそれを指差し、嘲るように話している光景は、かつての彼の栄華を知る者からすれば信じ難いものかもしれない。
(あれほど地位を笠に着て振る舞っていたのに……。本当に終わってしまったのね)
セレナは淡々とその事実を受け止め、静かに唇を結ぶ。
長かった戦いがついに幕を下ろすような感覚が胸を満たしていく。
それは寂しさというより、ほっとする安堵の気持ちが大きかった。
「セレナ、これでヘリオットが爵位を盾に何かを企むことは二度とない。お前はもう自由だ」
父のグランディール子爵が、背後から優しい声で語りかける。
セレナは振り返り、父の言葉を噛み締めるようにうなずいた。
「ええ。私……あの方が二度と現れることはないだろうと思うと、心が軽くなった気がします」
婚約者という肩書きで長年縛られ、傲慢な態度に耐えてきた日々はもはや過去のもの。
セレナは薄く笑みを浮かべて、ようやく自分が完全な自由を手にしたと実感する。
王宮による一連の調査と裁きがヘリオットの破綻を確定的にし、それと同時にセレナの人生から呪縛を取り去ってくれたのだ。
その日の夕方、セレナはエドガー・ルーウェンスの招きで、公爵家の離れにある小さな庭園を訪れた。
そこは静かな水音が響く噴水があり、手入れの行き届いた花壇が彩りを添えている。
エドガーは金髪を短く整え、深いブルーの瞳でセレナを見つめると、やや緊張した面持ちで口を開いた。
「セレナ様、あの布告を見ましたか。ヘリオット様の爵位継承は停止され、事実上、侯爵家は消滅に向かうでしょう」
「はい。もう彼が私に関わることはないと思うと、正直ほっとしています」
セレナがそう答えると、エドガーは微笑みの中に少し安堵をにじませた。
「よかった。あなたがずっと苦しめられてきた因縁が、こうして断ち切られたのですから」
そして、エドガーは少しだけ視線をそらし、再びセレナの瞳をまっすぐに捉える。
「実は……私はあなたに、改めて想いを伝えたいと思っていました。あなたが婚約解消されてから、ずっとその機会をうかがっていたのですが、いろいろな事件が続きましたから」
セレナの心がどくん、と高鳴る。
彼が自分に寄せている優しさや好意を感じていたものの、まだ自分の中で不安が残っていたのも事実だ。
それでも今、ヘリオットの存在が完全に消え去ったことで、セレナの心は大きく動き始める。
「エドガー様……」
声が震えそうになるのをこらえながら、セレナは彼を見返す。
エドガーの瞳には真剣な光が宿っており、一切の迷いを感じさせない。
「もちろん、すぐに答えを求めるつもりはありません。
あなたが長く苦しまれたのは重々承知しています。
だけど、私は本気であなたをお慕いしています。
あなたが自由になった今、もし私に心を預けていただけるなら……それが何より嬉しいのです」
セレナの胸はじんわりと温かくなる。
ヘリオットに痛めつけられた過去がある分、人を深く信じることへの恐れが拭えない自分もいる。
それでも、エドガーが見せてくれた誠実さと優しさは、セレナの心を少しずつ解きほぐしてきたのだ。
「ありがとうございます。私も……あなたのことを尊敬していますし、支えになっていただいたことを心から感謝しています」
セレナは恥ずかしそうに目を伏せながら、言葉を紡ぐ。
まだ恋というには早いかもしれない。
けれど、エドガーとなら新しい未来を共に築いていける――そう感じられるだけの信頼感があった。
「これから、私はもっと私らしく生きていきたいと思います。
もしよければ、その先にあなたがいてくださるなら……嬉しい、です」
その返事に、エドガーはほっとしたように微笑む。
穏やかな夕暮れの中、二人を照らす陽射しが柔らかくなり、庭園の花々はそよ風に揺れている。
遠くで鳥の鳴き声がささやかな祝福を告げるように響いた。
第三の大きなクライマックスともいえる「ヘリオットの完全な失脚」は、こうして幕を閉じた。
セレナはこれまでの重荷を降ろし、新しい自分を見つめ直す準備ができている。
隣に立つエドガーは、その未来を共に歩むパートナーになり得る存在だと、セレナの中で確信に近い感情が芽生えていた。
(あの苦しみも、私が変わるきっかけになったのかもしれない。これからは自分の幸せを見つけていいんだ)
そう心に誓い、セレナはそっとエドガーに微笑みかける。
夕暮れの庭園に優しい静けさが広がり、二人の新たな一歩を祝福するような温かな時間が流れていた。
街の掲示板にその布告文が張り出され、人々の口に一斉に上る。
あの派手好きなヘリオット・シュヴァルツが、公的に“侯爵家の資格を失う”という事実は衝撃的だった。
「ついに来たか……。あれだけ傲慢だった男が、ここまで失墜するなんて」
「そりゃそうだ。領地は荒れ果て、借金まみれ。しかも不法侵入に名誉毀損裁判まで抱えてるんだ」
そんな声を聞きながら、セレナ・グランディールは子爵家の窓から街の掲示板を見つめていた。
遠目に見える布告書には、はっきりと“シュヴァルツ侯爵家の当主であるヘリオットの継承資格停止”が記されているようだ。
周囲の人々がそれを指差し、嘲るように話している光景は、かつての彼の栄華を知る者からすれば信じ難いものかもしれない。
(あれほど地位を笠に着て振る舞っていたのに……。本当に終わってしまったのね)
セレナは淡々とその事実を受け止め、静かに唇を結ぶ。
長かった戦いがついに幕を下ろすような感覚が胸を満たしていく。
それは寂しさというより、ほっとする安堵の気持ちが大きかった。
「セレナ、これでヘリオットが爵位を盾に何かを企むことは二度とない。お前はもう自由だ」
父のグランディール子爵が、背後から優しい声で語りかける。
セレナは振り返り、父の言葉を噛み締めるようにうなずいた。
「ええ。私……あの方が二度と現れることはないだろうと思うと、心が軽くなった気がします」
婚約者という肩書きで長年縛られ、傲慢な態度に耐えてきた日々はもはや過去のもの。
セレナは薄く笑みを浮かべて、ようやく自分が完全な自由を手にしたと実感する。
王宮による一連の調査と裁きがヘリオットの破綻を確定的にし、それと同時にセレナの人生から呪縛を取り去ってくれたのだ。
その日の夕方、セレナはエドガー・ルーウェンスの招きで、公爵家の離れにある小さな庭園を訪れた。
そこは静かな水音が響く噴水があり、手入れの行き届いた花壇が彩りを添えている。
エドガーは金髪を短く整え、深いブルーの瞳でセレナを見つめると、やや緊張した面持ちで口を開いた。
「セレナ様、あの布告を見ましたか。ヘリオット様の爵位継承は停止され、事実上、侯爵家は消滅に向かうでしょう」
「はい。もう彼が私に関わることはないと思うと、正直ほっとしています」
セレナがそう答えると、エドガーは微笑みの中に少し安堵をにじませた。
「よかった。あなたがずっと苦しめられてきた因縁が、こうして断ち切られたのですから」
そして、エドガーは少しだけ視線をそらし、再びセレナの瞳をまっすぐに捉える。
「実は……私はあなたに、改めて想いを伝えたいと思っていました。あなたが婚約解消されてから、ずっとその機会をうかがっていたのですが、いろいろな事件が続きましたから」
セレナの心がどくん、と高鳴る。
彼が自分に寄せている優しさや好意を感じていたものの、まだ自分の中で不安が残っていたのも事実だ。
それでも今、ヘリオットの存在が完全に消え去ったことで、セレナの心は大きく動き始める。
「エドガー様……」
声が震えそうになるのをこらえながら、セレナは彼を見返す。
エドガーの瞳には真剣な光が宿っており、一切の迷いを感じさせない。
「もちろん、すぐに答えを求めるつもりはありません。
あなたが長く苦しまれたのは重々承知しています。
だけど、私は本気であなたをお慕いしています。
あなたが自由になった今、もし私に心を預けていただけるなら……それが何より嬉しいのです」
セレナの胸はじんわりと温かくなる。
ヘリオットに痛めつけられた過去がある分、人を深く信じることへの恐れが拭えない自分もいる。
それでも、エドガーが見せてくれた誠実さと優しさは、セレナの心を少しずつ解きほぐしてきたのだ。
「ありがとうございます。私も……あなたのことを尊敬していますし、支えになっていただいたことを心から感謝しています」
セレナは恥ずかしそうに目を伏せながら、言葉を紡ぐ。
まだ恋というには早いかもしれない。
けれど、エドガーとなら新しい未来を共に築いていける――そう感じられるだけの信頼感があった。
「これから、私はもっと私らしく生きていきたいと思います。
もしよければ、その先にあなたがいてくださるなら……嬉しい、です」
その返事に、エドガーはほっとしたように微笑む。
穏やかな夕暮れの中、二人を照らす陽射しが柔らかくなり、庭園の花々はそよ風に揺れている。
遠くで鳥の鳴き声がささやかな祝福を告げるように響いた。
第三の大きなクライマックスともいえる「ヘリオットの完全な失脚」は、こうして幕を閉じた。
セレナはこれまでの重荷を降ろし、新しい自分を見つめ直す準備ができている。
隣に立つエドガーは、その未来を共に歩むパートナーになり得る存在だと、セレナの中で確信に近い感情が芽生えていた。
(あの苦しみも、私が変わるきっかけになったのかもしれない。これからは自分の幸せを見つけていいんだ)
そう心に誓い、セレナはそっとエドガーに微笑みかける。
夕暮れの庭園に優しい静けさが広がり、二人の新たな一歩を祝福するような温かな時間が流れていた。
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