お飾り婚約者は卒業させていただきます

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 ヘリオット・シュヴァルツの領地で農民が苦しめられているという噂は、やがて王宮の耳にまで届いた。
 もともと、あまり良い評判のなかったシュヴァルツ侯爵家だが、領地の状況が思わしくないとなれば、王としても無視できない。
 そこで王宮から正式に調査隊が派遣されることになったのだ。

 エドガー・ルーウェンスは公爵家の嫡子として、その調査に関与する形を取る。
 セレナが直接動くわけではないが、彼女の商会にも情報提供の要請が入り、過去の取引記録などが確認された。
 そうして明るみに出たのは、ヘリオットが領地運営に必要な資金を私的に流用し、借金返済や愛人令嬢への散財にあてていた事実だった。

「これは……思った以上に悪質ですね。領地の住民から集めた税も、かなりの割合がどこかへ消えている」

 書類を眺めながら、調査員が眉をひそめる。
 セレナは隣でその言葉を聞き、決して驚くことはなかった。
 ヘリオットが昔から放漫経営をしていたのは、身をもって知っているからだ。

「でも、この件は王宮が取り仕切る話です。私の役目は、必要な記録を提出することだけ。どうか、正しい裁きを……」

 セレナがそう静かに告げると、調査員たちは真摯にうなずき、関連書類を持って王宮へ戻っていく。
 残されたセレナは、ほんの少しだけ唇を噛み、これが彼の破滅を決定づける証拠になるのだと実感した。

 やがて調査の結果が公表され、シュヴァルツ侯爵家の実情が王宮内に知れ渡る。
 ヘリオットの父親は既に他界し、彼自身が実質的に家を継承している状態とはいえ、爵位の継承手続きや領地経営の手腕に大きな疑問が呈されることになった。
 王宮は「徴税の使途が不透明かつ不正が疑われるため、領主としての義務を果たせていない」と判断。
 弁明の場が用意されるが、ヘリオットは具体的な説明をまったくできないまま、責任を押し付け合うばかりだった。

「お前たちが勝手に運用したんだろう! 俺は騙されただけだ!」

 そんなヘリオットの狼狽は、巡り巡ってセレナにも耳に届く。
 彼が“セレナが戻らなかったせいで領地経営が破綻した”と、相変わらず不可解な主張を続けているという話だ。
 周囲の人々は呆れ返り、もはや誰も彼の言葉に真剣に耳を傾けない。

 調査が最終段階に入ったある日、エドガーが子爵家を訪ねてくる。
 公爵家の使用人を伴い、格式ある馬車でやってきた彼は、セレナと応接室で向かい合い、淡々と報告をした。

「ヘリオット様の領地における私的流用が、法的に問題視される見通しです。さらに、民衆からの証言も多く集まり、彼の責任は重いと判断されるでしょう」

 セレナは静かに聞き終え、まっすぐな眼差しをエドガーに向ける。

「そうですか……。もはや彼には弁明の余地もないのでしょうね。領民の生活が少しでも救われるのなら、それが何よりだと思います」

 その表情は冷めているようでいて、どこか複雑な光を宿していた。
 どんなに許せない相手でも、かつて許嫁の立場だった記憶まで捨てられるほど人間の心は単純ではない。
 しかしセレナは、ここで感傷に流されるわけにはいかないと自分に言い聞かせる。

 エドガーはセレナの心情を察してか、少し控えめな声で続ける。

「こうなると、ヘリオット様は爵位継承権を停止される可能性が高い。つまり、いずれは侯爵家そのものが消滅しかねない状況です」

「ええ、私もそれを聞いています。……でも、もう私には止めようがありませんし、止める気もありません」

 そう呟くセレナの瞳には、過去の自分への悔しさが僅かに残っている。
 あれほど必死に尽くしてきた時期もあったのに、結果としてヘリオットは変わろうとしなかった。
 今も変わる様子など微塵もなく、やがて制裁を受ける日を迎えるのだろう。

 エドガーはそんなセレナを見つめ、低い声で一言告げる。

「あなたが背負うべき罪ではありません。すべては彼自身が招いたことです。あなたは何も悪くない」

 その言葉に、セレナはほんの少し肩の力が抜けるのを感じた。
 自分がこうして新たな道を歩めているのも、ヘリオットと決別したからこそ。
 苦しみは多かったけれど、今では心からそう思える。

 こうして王宮の調査は最終段階を迎え、ヘリオットへの制裁が現実味を帯びる。
 セレナの周囲には明るい未来への活気が満ちる一方、破滅に突き進む男の影は濃く暗くなり続けていた。
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