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しおりを挟む それから数日後、ヘリオット・シュヴァルツの動きが王都で更なる波紋を呼んだ。
彼が自身の爵位継承権を担保に、大きな融資を受けようと試みているという噂が、あっという間に広まったのだ。
しかもその相手が、危険な高利で知られる金融筋だというから一大事である。
「ヘリオット様が本気で爵位を金に替えようとしているなんて……正気の沙汰とは思えませんね」
「噂では、もう借金取りに追われているとか」
街の酒場や貴族のサロンで、そんな話が飛び交う。
いくら侯爵家の令息とはいえ、これほどまでに金銭面で追いつめられている状況は異常と言わざるを得ない。
何より、爵位を担保にする行為は王宮からの信用を大きく損なう可能性がある。
そうした最中、エドガー・ルーウェンスのもとにも、ヘリオットからの打診が来た。
「公爵家から融資を受けられないか」という、あまりにも都合の良い申し出だったようだ。
エドガーはそれを一蹴し、むしろ王宮の関係者に「ヘリオットが危険な融資を受けようとしているようだ」と報告する。
当然ながら、公爵家としてはヘリオットに資金を投じるメリットなど少しもない。
その日の夕方、子爵家の商会事務所で作業していたセレナに、エドガーから使者がやってきた。
王宮の紋章を掲げた従者が、封書を差し出しながら静かに言う。
「セレナ・グランディール様、こちらは公爵家のエドガー様より預かったお手紙です。お手すきの際にご覧いただければとのことです」
「わざわざありがとうございます。大切に拝見しますね」
セレナは封を開け、そこに記された内容を読み進める。
それは主にヘリオットの不穏な動きと、彼がどのように資金を集めようとしているかに関する情報だった。
そして最後のほうには、こんな一文が添えられている。
「彼は相変わらず“セレナを取り戻せば全てが解決する”と信じ込んでいるようです。
しかし、その考えは明らかに破綻したもので、周囲から見放されつつあるのが現状です。
どうか、あまり心を痛めないでください」
エドガーらしい心遣いに、セレナは小さく苦笑した。
ヘリオットの勘違いもここまで来ると、もはや哀れという他ない。
セレナなしでは事業が成り立たない――まさにその通りではあるが、彼が自ら引き起こした結果なのだ。
同じ頃、ヘリオットは複数の金融業者を転々と回っていた。
王宮近くの貸金業者にも足を運んだが、その大半は彼を相手にしない。
なぜなら、もはやセレナという大きな支えを失ったヘリオットに、投資価値がないと見なされているからだ。
「この俺がこんな扱いを受けるなんて……! 奴ら、俺の爵位を軽く見る気か?」
苛立ちを抱えながらも、ヘリオットは諦めが悪い。
思いつく限りの関係者に声をかけ、誰かが融資に応じてくれると信じているのだ。
だが、その望みは次々と断たれ、風評はますます悪化していく。
やがて彼は突拍子もない考えに至る。
王宮や公爵家のような正式な筋が無理なら、裏社会でも構わない――そうして危険な高利貸しに近づこうとする。
名目上はまだ侯爵家の令息である手前、相手も多少は興味を示すだろう。
その時点で、かつての取り巻きや使用人たちはヘリオットに呆れ、次々と離れていった。
「ヘリオット様、そこまでなさるなら、いっそセレナ様を解放してあげるべきでは……」
ごく僅かに残っていた使用人がそんな言葉をかけたが、ヘリオットは聞く耳を持たない。
むしろ彼の頬がひきつり、怒りを露わにする。
「俺が解放? 馬鹿を言え。あいつこそ俺に戻ってこそ幸せになれるんだ。俺は正しいんだぞ!」
誰もが反論できず、屋敷からすごすごと退散していく。
こうしてシュヴァルツ侯爵家の内情は混乱を深め、ヘリオットはさらなる借金の泥沼にはまりつつあった。
一方、セレナはその噂を耳にするたびに心が落ち着かなくなるものの、意志は揺るがない。
婚約解消の手続きは粛々と進んでおり、周囲の貴族たちも彼女がヘリオットの下に戻るとは思っていない。
今、セレナに求められているのは、揺るぎない姿勢と商会運営の安定。
それさえ確保すれば、いずれは正式に「婚約破棄」が王宮に承認されるだろう。
(彼が自暴自棄になっているのなら、ますます警戒しなくちゃいけない。私のもとに押しかけてくる可能性だってある)
そう考えると、セレナは思わずペンダントを握りしめる。
心を乱されまいと必死にこらえながら、彼女は改めて決意を固めるのだった。
(何があっても、私はあの人のもとには戻らない。自分の人生を守るために、もう一歩も譲るつもりはない)
彼が自身の爵位継承権を担保に、大きな融資を受けようと試みているという噂が、あっという間に広まったのだ。
しかもその相手が、危険な高利で知られる金融筋だというから一大事である。
「ヘリオット様が本気で爵位を金に替えようとしているなんて……正気の沙汰とは思えませんね」
「噂では、もう借金取りに追われているとか」
街の酒場や貴族のサロンで、そんな話が飛び交う。
いくら侯爵家の令息とはいえ、これほどまでに金銭面で追いつめられている状況は異常と言わざるを得ない。
何より、爵位を担保にする行為は王宮からの信用を大きく損なう可能性がある。
そうした最中、エドガー・ルーウェンスのもとにも、ヘリオットからの打診が来た。
「公爵家から融資を受けられないか」という、あまりにも都合の良い申し出だったようだ。
エドガーはそれを一蹴し、むしろ王宮の関係者に「ヘリオットが危険な融資を受けようとしているようだ」と報告する。
当然ながら、公爵家としてはヘリオットに資金を投じるメリットなど少しもない。
その日の夕方、子爵家の商会事務所で作業していたセレナに、エドガーから使者がやってきた。
王宮の紋章を掲げた従者が、封書を差し出しながら静かに言う。
「セレナ・グランディール様、こちらは公爵家のエドガー様より預かったお手紙です。お手すきの際にご覧いただければとのことです」
「わざわざありがとうございます。大切に拝見しますね」
セレナは封を開け、そこに記された内容を読み進める。
それは主にヘリオットの不穏な動きと、彼がどのように資金を集めようとしているかに関する情報だった。
そして最後のほうには、こんな一文が添えられている。
「彼は相変わらず“セレナを取り戻せば全てが解決する”と信じ込んでいるようです。
しかし、その考えは明らかに破綻したもので、周囲から見放されつつあるのが現状です。
どうか、あまり心を痛めないでください」
エドガーらしい心遣いに、セレナは小さく苦笑した。
ヘリオットの勘違いもここまで来ると、もはや哀れという他ない。
セレナなしでは事業が成り立たない――まさにその通りではあるが、彼が自ら引き起こした結果なのだ。
同じ頃、ヘリオットは複数の金融業者を転々と回っていた。
王宮近くの貸金業者にも足を運んだが、その大半は彼を相手にしない。
なぜなら、もはやセレナという大きな支えを失ったヘリオットに、投資価値がないと見なされているからだ。
「この俺がこんな扱いを受けるなんて……! 奴ら、俺の爵位を軽く見る気か?」
苛立ちを抱えながらも、ヘリオットは諦めが悪い。
思いつく限りの関係者に声をかけ、誰かが融資に応じてくれると信じているのだ。
だが、その望みは次々と断たれ、風評はますます悪化していく。
やがて彼は突拍子もない考えに至る。
王宮や公爵家のような正式な筋が無理なら、裏社会でも構わない――そうして危険な高利貸しに近づこうとする。
名目上はまだ侯爵家の令息である手前、相手も多少は興味を示すだろう。
その時点で、かつての取り巻きや使用人たちはヘリオットに呆れ、次々と離れていった。
「ヘリオット様、そこまでなさるなら、いっそセレナ様を解放してあげるべきでは……」
ごく僅かに残っていた使用人がそんな言葉をかけたが、ヘリオットは聞く耳を持たない。
むしろ彼の頬がひきつり、怒りを露わにする。
「俺が解放? 馬鹿を言え。あいつこそ俺に戻ってこそ幸せになれるんだ。俺は正しいんだぞ!」
誰もが反論できず、屋敷からすごすごと退散していく。
こうしてシュヴァルツ侯爵家の内情は混乱を深め、ヘリオットはさらなる借金の泥沼にはまりつつあった。
一方、セレナはその噂を耳にするたびに心が落ち着かなくなるものの、意志は揺るがない。
婚約解消の手続きは粛々と進んでおり、周囲の貴族たちも彼女がヘリオットの下に戻るとは思っていない。
今、セレナに求められているのは、揺るぎない姿勢と商会運営の安定。
それさえ確保すれば、いずれは正式に「婚約破棄」が王宮に承認されるだろう。
(彼が自暴自棄になっているのなら、ますます警戒しなくちゃいけない。私のもとに押しかけてくる可能性だってある)
そう考えると、セレナは思わずペンダントを握りしめる。
心を乱されまいと必死にこらえながら、彼女は改めて決意を固めるのだった。
(何があっても、私はあの人のもとには戻らない。自分の人生を守るために、もう一歩も譲るつもりはない)
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