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パーティー会場の奥、装飾品がたくさん置かれたコーナーには人の気配が少なかった。
セレナが一息つくためにそちらへ向かおうとしたとき、ふと耳に入ったのは甘ったるい囁き声だった。
「やっぱり君が最高だよ。早く結婚したいものだね」
そんな男の声と、それに応じる女性の笑い声。
セレナは足音を忍ばせ、そっと物陰から視線を向ける。
そこにはヘリオットと、彼が夜会中ずっと追いかけ回していた令嬢の姿があった。
二人は驚くほど親密な距離で抱き合い、堂々と愛を囁き合っているようだった。
セレナは一瞬息が止まり、胸が締め付けられるような痛みを覚える。
今までも、彼がほかの令嬢に気があることはうすうす感じていた。
だが、ここまであからさまに見せつけられたのは初めてだった。
「ヘリオット様ったら、セレナさんとの婚約なんてただのカモフラージュなんでしょ? 私たち、もっと堂々と愛を誓い合いましょうよ」
甘ったるい声でささやく令嬢に、ヘリオットはドヤ顔で応えた。
「そうとも。あれは形だけだ。俺の心は全部お前に捧げている。セレナにはお飾りの婚約者として役目を果たしてもらうだけで十分さ」
その言葉を聞いた瞬間、セレナの胸に抑えきれない怒りと悲しみが沸き起こる。
今まで見過ごしてきた自分が情けなくも感じた。
そして、もうこれ以上我慢する意味など何一つないと悟る。
セレナは静かに姿を現し、ヘリオットたちの前に立ちふさがった。
驚いて振り返ったヘリオットは、ほんの一瞬だけ青ざめた表情を見せる。
しかしすぐに鼻で笑い、余裕を装おうとする。
「……セレナ、いつからそこにいた」
言葉には微妙な動揺がにじみ出ている。
セレナは、普段通りの落ち着いた口調を保ちながらも、その瞳には冷徹さを湛えていた。
「婚約者と呼ばれたいのなら、もう少し立場をわきまえていただけませんか。私が聞いていないとでも思っているのでしょうか」
その一言に、令嬢は気まずそうに身を引き、ヘリオットは苛立ちをむき出しにした。
けれども彼は高をくくっているのか、口元に嘲るような笑みを浮かべている。
「ふん、だからどうした? お前は俺の言うことに従うしかないんだ。どこにも逃げ場はないぞ」
あまりにも傲慢なその態度に、セレナは静かに決断を下す。
もう、耐え続ける必要などない。
逃げ場はないなどという彼の言葉こそが、勘違いだということを思い知らせてやりたい。
セレナは真っ直ぐな視線でヘリオットを射抜き、凛とした声を響かせた。
「逃げ場がない? 笑わせないで。私はここを去ります。あなたとの婚約を解消させていただきます」
それは、今までひたすら耐えてきたセレナから放たれた、初めての明確な拒絶だった。
ヘリオットは一瞬目を見開くが、すぐに鼻で笑ってみせる。
「勝手に言ってろ。お前がどこへ行こうと誰も受け入れはしないさ。結局は俺の下に戻ってくるしかないんだ」
その言葉にセレナの胸にはあふれそうな怒りが渦巻く。
けれど、表情にはほとんど出さない。
静かな決意を込めた瞳で、踵を返すだけだった。
(必ず、婚約を解消してみせる。もう二度と、この男の都合のいい道具にはならない)
セレナはドレスの裾を翻し、会場の外へと足早に向かう。
後ろでヘリオットが何か怒声を上げているが、もはや耳に入らない。
今のセレナにとって、彼の言葉など風の音のように通り過ぎていくものだった。
セレナが一息つくためにそちらへ向かおうとしたとき、ふと耳に入ったのは甘ったるい囁き声だった。
「やっぱり君が最高だよ。早く結婚したいものだね」
そんな男の声と、それに応じる女性の笑い声。
セレナは足音を忍ばせ、そっと物陰から視線を向ける。
そこにはヘリオットと、彼が夜会中ずっと追いかけ回していた令嬢の姿があった。
二人は驚くほど親密な距離で抱き合い、堂々と愛を囁き合っているようだった。
セレナは一瞬息が止まり、胸が締め付けられるような痛みを覚える。
今までも、彼がほかの令嬢に気があることはうすうす感じていた。
だが、ここまであからさまに見せつけられたのは初めてだった。
「ヘリオット様ったら、セレナさんとの婚約なんてただのカモフラージュなんでしょ? 私たち、もっと堂々と愛を誓い合いましょうよ」
甘ったるい声でささやく令嬢に、ヘリオットはドヤ顔で応えた。
「そうとも。あれは形だけだ。俺の心は全部お前に捧げている。セレナにはお飾りの婚約者として役目を果たしてもらうだけで十分さ」
その言葉を聞いた瞬間、セレナの胸に抑えきれない怒りと悲しみが沸き起こる。
今まで見過ごしてきた自分が情けなくも感じた。
そして、もうこれ以上我慢する意味など何一つないと悟る。
セレナは静かに姿を現し、ヘリオットたちの前に立ちふさがった。
驚いて振り返ったヘリオットは、ほんの一瞬だけ青ざめた表情を見せる。
しかしすぐに鼻で笑い、余裕を装おうとする。
「……セレナ、いつからそこにいた」
言葉には微妙な動揺がにじみ出ている。
セレナは、普段通りの落ち着いた口調を保ちながらも、その瞳には冷徹さを湛えていた。
「婚約者と呼ばれたいのなら、もう少し立場をわきまえていただけませんか。私が聞いていないとでも思っているのでしょうか」
その一言に、令嬢は気まずそうに身を引き、ヘリオットは苛立ちをむき出しにした。
けれども彼は高をくくっているのか、口元に嘲るような笑みを浮かべている。
「ふん、だからどうした? お前は俺の言うことに従うしかないんだ。どこにも逃げ場はないぞ」
あまりにも傲慢なその態度に、セレナは静かに決断を下す。
もう、耐え続ける必要などない。
逃げ場はないなどという彼の言葉こそが、勘違いだということを思い知らせてやりたい。
セレナは真っ直ぐな視線でヘリオットを射抜き、凛とした声を響かせた。
「逃げ場がない? 笑わせないで。私はここを去ります。あなたとの婚約を解消させていただきます」
それは、今までひたすら耐えてきたセレナから放たれた、初めての明確な拒絶だった。
ヘリオットは一瞬目を見開くが、すぐに鼻で笑ってみせる。
「勝手に言ってろ。お前がどこへ行こうと誰も受け入れはしないさ。結局は俺の下に戻ってくるしかないんだ」
その言葉にセレナの胸にはあふれそうな怒りが渦巻く。
けれど、表情にはほとんど出さない。
静かな決意を込めた瞳で、踵を返すだけだった。
(必ず、婚約を解消してみせる。もう二度と、この男の都合のいい道具にはならない)
セレナはドレスの裾を翻し、会場の外へと足早に向かう。
後ろでヘリオットが何か怒声を上げているが、もはや耳に入らない。
今のセレナにとって、彼の言葉など風の音のように通り過ぎていくものだった。
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