お飾り婚約者は卒業させていただきます

ネコ

文字の大きさ
上 下
4 / 45

4

しおりを挟む
 パーティー会場の奥、装飾品がたくさん置かれたコーナーには人の気配が少なかった。
 セレナが一息つくためにそちらへ向かおうとしたとき、ふと耳に入ったのは甘ったるい囁き声だった。

「やっぱり君が最高だよ。早く結婚したいものだね」

 そんな男の声と、それに応じる女性の笑い声。
 セレナは足音を忍ばせ、そっと物陰から視線を向ける。
 そこにはヘリオットと、彼が夜会中ずっと追いかけ回していた令嬢の姿があった。

 二人は驚くほど親密な距離で抱き合い、堂々と愛を囁き合っているようだった。
 セレナは一瞬息が止まり、胸が締め付けられるような痛みを覚える。
 今までも、彼がほかの令嬢に気があることはうすうす感じていた。
 だが、ここまであからさまに見せつけられたのは初めてだった。

「ヘリオット様ったら、セレナさんとの婚約なんてただのカモフラージュなんでしょ? 私たち、もっと堂々と愛を誓い合いましょうよ」

 甘ったるい声でささやく令嬢に、ヘリオットはドヤ顔で応えた。

「そうとも。あれは形だけだ。俺の心は全部お前に捧げている。セレナにはお飾りの婚約者として役目を果たしてもらうだけで十分さ」

 その言葉を聞いた瞬間、セレナの胸に抑えきれない怒りと悲しみが沸き起こる。
 今まで見過ごしてきた自分が情けなくも感じた。
 そして、もうこれ以上我慢する意味など何一つないと悟る。

 セレナは静かに姿を現し、ヘリオットたちの前に立ちふさがった。
 驚いて振り返ったヘリオットは、ほんの一瞬だけ青ざめた表情を見せる。
 しかしすぐに鼻で笑い、余裕を装おうとする。

「……セレナ、いつからそこにいた」

 言葉には微妙な動揺がにじみ出ている。
 セレナは、普段通りの落ち着いた口調を保ちながらも、その瞳には冷徹さを湛えていた。

「婚約者と呼ばれたいのなら、もう少し立場をわきまえていただけませんか。私が聞いていないとでも思っているのでしょうか」

 その一言に、令嬢は気まずそうに身を引き、ヘリオットは苛立ちをむき出しにした。
 けれども彼は高をくくっているのか、口元に嘲るような笑みを浮かべている。

「ふん、だからどうした? お前は俺の言うことに従うしかないんだ。どこにも逃げ場はないぞ」

 あまりにも傲慢なその態度に、セレナは静かに決断を下す。
 もう、耐え続ける必要などない。
 逃げ場はないなどという彼の言葉こそが、勘違いだということを思い知らせてやりたい。

 セレナは真っ直ぐな視線でヘリオットを射抜き、凛とした声を響かせた。

「逃げ場がない? 笑わせないで。私はここを去ります。あなたとの婚約を解消させていただきます」

 それは、今までひたすら耐えてきたセレナから放たれた、初めての明確な拒絶だった。
 ヘリオットは一瞬目を見開くが、すぐに鼻で笑ってみせる。

「勝手に言ってろ。お前がどこへ行こうと誰も受け入れはしないさ。結局は俺の下に戻ってくるしかないんだ」

 その言葉にセレナの胸にはあふれそうな怒りが渦巻く。
 けれど、表情にはほとんど出さない。
 静かな決意を込めた瞳で、踵を返すだけだった。

(必ず、婚約を解消してみせる。もう二度と、この男の都合のいい道具にはならない)

 セレナはドレスの裾を翻し、会場の外へと足早に向かう。
 後ろでヘリオットが何か怒声を上げているが、もはや耳に入らない。
 今のセレナにとって、彼の言葉など風の音のように通り過ぎていくものだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

間違えられた番様は、消えました。

夕立悠理
恋愛
竜王の治める国ソフームには、運命の番という存在がある。 運命の番――前世で深く愛しあい、来世も恋人になろうと誓い合った相手のことをさす。特に竜王にとっての「運命の番」は特別で、国に繁栄を与える存在でもある。 「ロイゼ、君は私の運命の番じゃない。だから、選べない」 ずっと慕っていた竜王にそう告げられた、ロイゼ・イーデン。しかし、ロイゼは、知っていた。 ロイゼこそが、竜王の『運命の番』だと。 「エルマ、私の愛しい番」 けれどそれを知らない竜王は、今日もロイゼの親友に愛を囁く。 いつの間にか、ロイゼの呼び名は、ロイゼから番の親友、そして最後は嘘つきに変わっていた。 名前を失くしたロイゼは、消えることにした。

幼馴染みで婚約者でもある彼が突然女を連れてきまして……!? ~しかし希望を捨てはしません、きっと幸せになるのです~

四季
恋愛
リアは幼馴染みで婚約者でもあるオーツクから婚約破棄を告げられた。 しかしその後まさかの良い出会いがあって……?

【完結】出逢ったのはいつですか? えっ? それは幼馴染とは言いません。

との
恋愛
「リリアーナさーん、読み終わりましたぁ?」 今日も元気良く教室に駆け込んでくるお花畑ヒロインに溜息を吐く仲良し四人組。 ただの婚約破棄騒動かと思いきや・・。 「リリアーナ、だからごめんってば」 「マカロンとアップルパイで手を打ちますわ」 ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 完結迄予約投稿済みです。 R15は念の為・・

あなたの姿をもう追う事はありません

彩華(あやはな)
恋愛
幼馴染で二つ年上のカイルと婚約していたわたしは、彼のために頑張っていた。 王立学園に先に入ってカイルは最初は手紙をくれていたのに、次第に少なくなっていった。二年になってからはまったくこなくなる。でも、信じていた。だから、わたしはわたしなりに頑張っていた。  なのに、彼は恋人を作っていた。わたしは婚約を解消したがらない悪役令嬢?どう言うこと?  わたしはカイルの姿を見て追っていく。  ずっと、ずっと・・・。  でも、もういいのかもしれない。

【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません

ゆうき
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。 そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。 婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。 どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。 実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。 それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。 これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。 ☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆

私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください

迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。 アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。 断るに断れない状況での婚姻の申し込み。 仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。 優しい人。 貞節と名高い人。 一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。 細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。 私も愛しております。 そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。 「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」 そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。 優しかったアナタは幻ですか? どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。

【完結】身分に見合う振る舞いをしていただけですが…ではもう止めますからどうか平穏に暮らさせて下さい。

まりぃべる
恋愛
私は公爵令嬢。 この国の高位貴族であるのだから身分に相応しい振る舞いをしないとね。 ちゃんと立場を理解できていない人には、私が教えて差し上げませんと。 え?口うるさい?婚約破棄!? そうですか…では私は修道院に行って皆様から離れますからどうぞお幸せに。 ☆ あくまでもまりぃべるの世界観です。王道のお話がお好みの方は、合わないかと思われますので、そこのところ理解いただき読んでいただけると幸いです。 ☆★ 全21話です。 出来上がってますので随時更新していきます。 途中、区切れず長い話もあってすみません。 読んで下さるとうれしいです。

私の幸せは貴方が側にいないこと【第二章まで完結済】

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
※ 必ずお読みください 「これほどつまらない女だとは思わなかった」 そのひと言で私の心は砕けた。 どれほど時が流れようが治らない痛み。 もうたくさん。逃げよう―― 運命にあらがう為に、そう決意した女性の話 5/18  第一章、完結しました。 8/11 もしかしたら今後、追加を書くかもしれない、とお伝えしていた追加を公開させていただきますが。 ※ご注意ください※ 作者独自の世界観です。 「昆虫の中には子を成した相手を食べる種がいる。それは究極の愛か否か」 なんて考えから生まれたお話です。 ですので、そのような表現が出てきます。 相手を「食べたい」「食べた」といったような言葉のみ。 血生臭い表現はありませんが、嫌いな方はお避け下さい。 《番》《竜》はかくあるべきというこだわりをお持ちの方にも回避をおすすめします。 8/11 今後に繋がる昔話を公開させていただきます。 この後、第二章以降(全三章を予定)を公開させていただく予定ですが、 綺麗にサラッと終わっておきたい方には、第一章のみで止めておく事をおすすめします。 感想欄は開けております。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。 この作品は小説家になろうさんでも公開しています

処理中です...