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第二十二話:石碑修復のための誓い
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翌朝、城内には独特の緊張感が漂っていた。
昨夜の領主と華織の対話を受け、いよいよ儀式の準備を本格的に始めるという話が侍や家臣たちのあいだで広がっている。
人々の表情には期待と不安が混ざり合い、そわそわとした空気が絶えない。
そんな中、与四郎は書庫に籠もり、見つけ出した「封印再興之巻」を必死に解読していた。
古く特殊な文体が使われており、一文を読み解くごとに神経をすり減らす。
それでも、華織が自ら動くと決断した以上、彼女を可能な限り守る道を見つけるため、投げ出すわけにはいかない。
「……神人の血を垂らし、石碑に清水を満たす――。
さらに“四方を結ぶ”とある。これは、山中・湖畔・川沿いの石碑を同時に動かすということなのか?」
与四郎は巻物の図解を睨みながら、小声で独り言を呟く。
すると、背後からそっと足音が近づき、琴羽の声が耳に入った。
「与四郎様。大変お忙しいところ失礼いたします。華織様がお呼びですので、少し書庫の外へ……」
「琴羽さん、ありがとうございます。すぐ行きます」
書庫を出ると、廊下の先に華織が立っていた。
まだ疲労の色を拭えないものの、その瞳には確かに強い意志が宿っている。
「与四郎様、あれからわたしも考えていました。
儀式を行うには、各所の石碑が無事でなければならないんですよね。あやかしに壊される前に、手分けして守りを固める必要があります」
「おっしゃる通りです。山中の石碑は既に一度確認しましたが、あそこには黒い影が現れました。湖畔でも同じことが起こっている。
そして、川沿いの石碑については、まだ詳しい場所が特定できていません。まずはそこを確かめないと……」
華織は頷き、扇の先で自分の胸元を軽く叩くようにしながら言葉を続ける。
「わたしは父上にお願いして、侍たちに三隊に分かれてもらおうと思います。
ひとつは山中の石碑を守る隊、ひとつは湖畔の石碑を守る隊、そして最後のひとつが川沿いの石碑を捜索し、修復準備を行う隊。
……わたし自身は、都合上、儀式当日に三ヶ所を結ぶ役割を担うことになりそうね」
「なるほど。華織様が各所を巡るのは難しいにしても、当日は儀式の中心に立って血を注ぐ必要がありますから、できるだけ安全な移動手段も確保しておきたいですね。
あやかしが黙って見過ごしてくれるはずもありませんし」
「ええ。だから、準備期間は短くても、しっかり固めておかなきゃ。
そうでなければ、再興の儀式どころか石碑の破壊を許してしまうかもしれない……」
華織はそう言いながら、窓の外に目をやる。
いつにも増して雲ひとつない青空が広がり、じりじりと暑さが増しているのがわかる。
この空は、いつになったら雨の気配をもたらしてくれるのか――そんな疑問が胸に湧き上がる。
そして、その日の夕刻、城の広間には侍たちと家臣たちが集合し、石碑の保護と儀式の準備について協議が行われた。
領主が壇上で短く挨拶を済ませた後、華織が進み出て人々に向かい、今後の方針を説明する。
「皆様、干ばつとあやかしの被害により、この藩は危機に瀕しております。
わたくしは、与四郎様が解読した『封印再興之巻』の内容をもとに、石碑を修復し、水神との契約を再び結ぶ儀式を行いたいと考えています。
どうか、ご協力を……」
華織の言葉は、熱くも穏やかな響きを持って広間に広がる。
人々は戸惑いながらも、その真剣な眼差しに嘘偽りがないと感じている様子だ。
「具体的には、山中、湖畔、そして川沿いの石碑を一斉に守り抜き、儀式の時が来たら、わたしの血を注いで封印を再興します。
その間、あやかしが襲ってくるかもしれません。皆の力をお貸しください」
広間がざわつくなか、家臣の一人が手を挙げる。
「華織様、もしその儀式が成功しなかったら、どうなるのですか。あなたのお身体が危険に晒されるのでは……」
「もちろん、成功を保証することはできません。だけど、このまま何もしなければ、さらに被害が拡大するのは目に見えています。
わたしも命を失いたくありませんし、そうはならないために皆の知恵を借りたいのです」
その答えに、人々の間からは小さな安堵と、なお消えない不安が混じったため息が漏れる。
だが、こうした状況下で華織の強い意志と率直な言葉が、多くの者の胸を打ったのも確かだ。
最終的に、領主はあらためて三隊の編成を宣言し、華織が中心となる儀式に向けた準備を進めると発表した。
集まった人々の目には、かすかな期待と、覚悟めいた光が宿っている。
自分たちの手で藩を守り、干ばつを終わらせるためには、もはや一丸となって行動するしかないのだ。
その夜、華織は城の長い廊下を歩きながら、ふと庭のほうへ足を向けた。
夜風が葉を鳴らし、かすかな月明かりが地面を照らす。
例年なら、虫の声と川のせせらぎが涼を運んでくれた庭も、今は乾いた大地が広がっているだけだ。
「……あやかしが怒りを募らせている以上、わたしがどうこうと考えるより先に、しっかりやるべきことをやらなくちゃ」
その独り言を、いつの間にか背後に立っていた琴羽が耳にして、小さく微笑む。
「はい、華織様。大丈夫です。わたしたちは必ず成功させましょう」
強い決意が闇夜に溶けるようにして、さらに深まっていく。
近いうちに、あやかしとの直接的な衝突が起こるのは、もう誰の目にも明らかだった。
それでも華織の心には、自分を信じ、仲間を信じる力が芽生え始めている。
昨夜の領主と華織の対話を受け、いよいよ儀式の準備を本格的に始めるという話が侍や家臣たちのあいだで広がっている。
人々の表情には期待と不安が混ざり合い、そわそわとした空気が絶えない。
そんな中、与四郎は書庫に籠もり、見つけ出した「封印再興之巻」を必死に解読していた。
古く特殊な文体が使われており、一文を読み解くごとに神経をすり減らす。
それでも、華織が自ら動くと決断した以上、彼女を可能な限り守る道を見つけるため、投げ出すわけにはいかない。
「……神人の血を垂らし、石碑に清水を満たす――。
さらに“四方を結ぶ”とある。これは、山中・湖畔・川沿いの石碑を同時に動かすということなのか?」
与四郎は巻物の図解を睨みながら、小声で独り言を呟く。
すると、背後からそっと足音が近づき、琴羽の声が耳に入った。
「与四郎様。大変お忙しいところ失礼いたします。華織様がお呼びですので、少し書庫の外へ……」
「琴羽さん、ありがとうございます。すぐ行きます」
書庫を出ると、廊下の先に華織が立っていた。
まだ疲労の色を拭えないものの、その瞳には確かに強い意志が宿っている。
「与四郎様、あれからわたしも考えていました。
儀式を行うには、各所の石碑が無事でなければならないんですよね。あやかしに壊される前に、手分けして守りを固める必要があります」
「おっしゃる通りです。山中の石碑は既に一度確認しましたが、あそこには黒い影が現れました。湖畔でも同じことが起こっている。
そして、川沿いの石碑については、まだ詳しい場所が特定できていません。まずはそこを確かめないと……」
華織は頷き、扇の先で自分の胸元を軽く叩くようにしながら言葉を続ける。
「わたしは父上にお願いして、侍たちに三隊に分かれてもらおうと思います。
ひとつは山中の石碑を守る隊、ひとつは湖畔の石碑を守る隊、そして最後のひとつが川沿いの石碑を捜索し、修復準備を行う隊。
……わたし自身は、都合上、儀式当日に三ヶ所を結ぶ役割を担うことになりそうね」
「なるほど。華織様が各所を巡るのは難しいにしても、当日は儀式の中心に立って血を注ぐ必要がありますから、できるだけ安全な移動手段も確保しておきたいですね。
あやかしが黙って見過ごしてくれるはずもありませんし」
「ええ。だから、準備期間は短くても、しっかり固めておかなきゃ。
そうでなければ、再興の儀式どころか石碑の破壊を許してしまうかもしれない……」
華織はそう言いながら、窓の外に目をやる。
いつにも増して雲ひとつない青空が広がり、じりじりと暑さが増しているのがわかる。
この空は、いつになったら雨の気配をもたらしてくれるのか――そんな疑問が胸に湧き上がる。
そして、その日の夕刻、城の広間には侍たちと家臣たちが集合し、石碑の保護と儀式の準備について協議が行われた。
領主が壇上で短く挨拶を済ませた後、華織が進み出て人々に向かい、今後の方針を説明する。
「皆様、干ばつとあやかしの被害により、この藩は危機に瀕しております。
わたくしは、与四郎様が解読した『封印再興之巻』の内容をもとに、石碑を修復し、水神との契約を再び結ぶ儀式を行いたいと考えています。
どうか、ご協力を……」
華織の言葉は、熱くも穏やかな響きを持って広間に広がる。
人々は戸惑いながらも、その真剣な眼差しに嘘偽りがないと感じている様子だ。
「具体的には、山中、湖畔、そして川沿いの石碑を一斉に守り抜き、儀式の時が来たら、わたしの血を注いで封印を再興します。
その間、あやかしが襲ってくるかもしれません。皆の力をお貸しください」
広間がざわつくなか、家臣の一人が手を挙げる。
「華織様、もしその儀式が成功しなかったら、どうなるのですか。あなたのお身体が危険に晒されるのでは……」
「もちろん、成功を保証することはできません。だけど、このまま何もしなければ、さらに被害が拡大するのは目に見えています。
わたしも命を失いたくありませんし、そうはならないために皆の知恵を借りたいのです」
その答えに、人々の間からは小さな安堵と、なお消えない不安が混じったため息が漏れる。
だが、こうした状況下で華織の強い意志と率直な言葉が、多くの者の胸を打ったのも確かだ。
最終的に、領主はあらためて三隊の編成を宣言し、華織が中心となる儀式に向けた準備を進めると発表した。
集まった人々の目には、かすかな期待と、覚悟めいた光が宿っている。
自分たちの手で藩を守り、干ばつを終わらせるためには、もはや一丸となって行動するしかないのだ。
その夜、華織は城の長い廊下を歩きながら、ふと庭のほうへ足を向けた。
夜風が葉を鳴らし、かすかな月明かりが地面を照らす。
例年なら、虫の声と川のせせらぎが涼を運んでくれた庭も、今は乾いた大地が広がっているだけだ。
「……あやかしが怒りを募らせている以上、わたしがどうこうと考えるより先に、しっかりやるべきことをやらなくちゃ」
その独り言を、いつの間にか背後に立っていた琴羽が耳にして、小さく微笑む。
「はい、華織様。大丈夫です。わたしたちは必ず成功させましょう」
強い決意が闇夜に溶けるようにして、さらに深まっていく。
近いうちに、あやかしとの直接的な衝突が起こるのは、もう誰の目にも明らかだった。
それでも華織の心には、自分を信じ、仲間を信じる力が芽生え始めている。
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