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翌朝、王宮は異様な緊張感に包まれていた。
なにしろ、かつて王太子の座にありながら今は廃嫡状態にあるアルト殿下の裁判が行われるのだ。
その罪は財政を揺るがすほどの借金、そして公的資金の横領。
さらに周囲への暴虐行為も明らかになり、重臣たちからの信頼は地に落ちている。
私は王宮の大広間に設置された臨時の法廷に向かいながら、クラウス殿下の背中を見つめた。
漆黒の短髪と濃紺の軍服調の上着は、今も変わらず端正で品格を放っている。
人々は彼を次期国王として崇め、そして心から期待を寄せている。
そんな殿下のそばで第一秘書を務める私には、責任の重みと同時に大きな誇りがあった。
法廷に足を踏み入れると、アルト殿下とクリスティーナの姿が目に入る。
あの傲慢だったアルト殿下は、きらびやかな衣装を身に着けていた頃の面影など見る影もなく、髪は乱れ、やつれ果てた表情をしていた。
浅黒い肌に覇気のない瞳、頬はげっそりとこけている。
傍らにはクリスティーナが立っているが、こちらも疲れきった様子で、短めの華美なメイド服がますます惨めさを際立たせていた。
裁判官が開廷を宣言すると、まずはアルト殿下の罪状が読み上げられる。
その声は淡々と響き、まるで容赦のない刃のようだった。
集められた証拠と証言が次々と列挙され、周囲の貴族や官僚たちも緊張した空気に包まれている。
「これは何かの間違いだ!」
アルト殿下が声を荒げた。
だが説得力を持つ根拠など何一つ示せない。
彼は周囲を見回すように手を振りかざし、まるで救いを求めるかのように叫ぶ。
「全部、あの女の策略だ!
そうだ、クリスティーナ、そう言えよ!
これはお前の入れ知恵だったんだろう?」
その矛先が向かったクリスティーナは、目を剥いてアルト殿下を睨み返す。
そして悲鳴のような声を上げた。
「違いますわ!
私はただアルト様に仕えていただけ!
横領だなんて、私には何の関与も……そうですわ、全部アルト様が勝手にやったことですもの!」
結局のところ、互いに罪を擦り合い、自分は悪くないと喚き散らすばかり。
かつて王太子とその取り巻きとして権勢を振るっていた二人の姿は、見るも無残だった。
その様子を、クラウス殿下は静かな面持ちで見つめている。
その瞳には、怒りよりも悲しみや嘆きが混じっているように感じた。
血の繋がった兄が自ら破滅の道を選んだとしか思えない姿なのだ。
「陛下、それに重臣の皆様。
このままでは国の威信に関わります。
アルト殿下とクリスティーナのやり取りは、あまりに尊厳を欠いております」
宰相が進み出て、厳かに言葉を述べる。
その表情は冷徹で、もはや憐れみの感情すら見えない。
王もまた、重く頷きながらアルト殿下の名を呼んだ。
「アルトよ。
お前は王族として、あまりにも恥ずべき行いを重ねた。
これまで何度も忠告し、猶予を与えてきたが、一度も省みることがなかった。
もはや弁解の余地はあるまい」
王の言葉が落ちると同時に、法廷内は厳粛な静けさに包まれる。
アルト殿下は恐怖と絶望に駆られた顔でうろたえ、クリスティーナは「嘘よ……」と震えた声を繰り返す。
私はその光景を見ながら、かつて私自身が受けた仕打ちを思い出す。
あの頃、私は王太子妃として何一つ自由がなく、ただ政務や公務を押し付けられ、挙げ句侍女との不倫を目にしながら黙っていた。
だが、今は違う。
こうして法の下で正しく裁きが行われ、彼らが犯した罪は白日の下にさらされる。
まだ判決は下っていないが、アルト殿下とクリスティーナが助かる道は、もはや残されていないだろう。
私は冷静にその過程を見届けようと決め、胸の中で固く頷く。
自分がこの場に立ち会っているのは、単なる復讐心のためなどではない。
ただ、二人が招いた不正がきちんと断罪される瞬間を見届けることが、今の私の責務だと思うから。
なにしろ、かつて王太子の座にありながら今は廃嫡状態にあるアルト殿下の裁判が行われるのだ。
その罪は財政を揺るがすほどの借金、そして公的資金の横領。
さらに周囲への暴虐行為も明らかになり、重臣たちからの信頼は地に落ちている。
私は王宮の大広間に設置された臨時の法廷に向かいながら、クラウス殿下の背中を見つめた。
漆黒の短髪と濃紺の軍服調の上着は、今も変わらず端正で品格を放っている。
人々は彼を次期国王として崇め、そして心から期待を寄せている。
そんな殿下のそばで第一秘書を務める私には、責任の重みと同時に大きな誇りがあった。
法廷に足を踏み入れると、アルト殿下とクリスティーナの姿が目に入る。
あの傲慢だったアルト殿下は、きらびやかな衣装を身に着けていた頃の面影など見る影もなく、髪は乱れ、やつれ果てた表情をしていた。
浅黒い肌に覇気のない瞳、頬はげっそりとこけている。
傍らにはクリスティーナが立っているが、こちらも疲れきった様子で、短めの華美なメイド服がますます惨めさを際立たせていた。
裁判官が開廷を宣言すると、まずはアルト殿下の罪状が読み上げられる。
その声は淡々と響き、まるで容赦のない刃のようだった。
集められた証拠と証言が次々と列挙され、周囲の貴族や官僚たちも緊張した空気に包まれている。
「これは何かの間違いだ!」
アルト殿下が声を荒げた。
だが説得力を持つ根拠など何一つ示せない。
彼は周囲を見回すように手を振りかざし、まるで救いを求めるかのように叫ぶ。
「全部、あの女の策略だ!
そうだ、クリスティーナ、そう言えよ!
これはお前の入れ知恵だったんだろう?」
その矛先が向かったクリスティーナは、目を剥いてアルト殿下を睨み返す。
そして悲鳴のような声を上げた。
「違いますわ!
私はただアルト様に仕えていただけ!
横領だなんて、私には何の関与も……そうですわ、全部アルト様が勝手にやったことですもの!」
結局のところ、互いに罪を擦り合い、自分は悪くないと喚き散らすばかり。
かつて王太子とその取り巻きとして権勢を振るっていた二人の姿は、見るも無残だった。
その様子を、クラウス殿下は静かな面持ちで見つめている。
その瞳には、怒りよりも悲しみや嘆きが混じっているように感じた。
血の繋がった兄が自ら破滅の道を選んだとしか思えない姿なのだ。
「陛下、それに重臣の皆様。
このままでは国の威信に関わります。
アルト殿下とクリスティーナのやり取りは、あまりに尊厳を欠いております」
宰相が進み出て、厳かに言葉を述べる。
その表情は冷徹で、もはや憐れみの感情すら見えない。
王もまた、重く頷きながらアルト殿下の名を呼んだ。
「アルトよ。
お前は王族として、あまりにも恥ずべき行いを重ねた。
これまで何度も忠告し、猶予を与えてきたが、一度も省みることがなかった。
もはや弁解の余地はあるまい」
王の言葉が落ちると同時に、法廷内は厳粛な静けさに包まれる。
アルト殿下は恐怖と絶望に駆られた顔でうろたえ、クリスティーナは「嘘よ……」と震えた声を繰り返す。
私はその光景を見ながら、かつて私自身が受けた仕打ちを思い出す。
あの頃、私は王太子妃として何一つ自由がなく、ただ政務や公務を押し付けられ、挙げ句侍女との不倫を目にしながら黙っていた。
だが、今は違う。
こうして法の下で正しく裁きが行われ、彼らが犯した罪は白日の下にさらされる。
まだ判決は下っていないが、アルト殿下とクリスティーナが助かる道は、もはや残されていないだろう。
私は冷静にその過程を見届けようと決め、胸の中で固く頷く。
自分がこの場に立ち会っているのは、単なる復讐心のためなどではない。
ただ、二人が招いた不正がきちんと断罪される瞬間を見届けることが、今の私の責務だと思うから。
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