王太子妃よりも王弟殿下の秘書の方が性に合いますので

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 ついに外交使節団が到着し、夜の宴が盛大に開催された。
 広々とした大広間には、シャンデリアのきらびやかな光が降り注ぎ、最高級のテーブルクロスと銀食器がずらりと並んでいる。
 まるで王宮の華やかさを象徴するかのように、舞曲が奏でられ、貴族たちの笑い声が途切れることはない。

 私はクラウス殿下の秘書として、殿下の後ろに控えながら賓客たちとの会話をサポートする。
 王位継承が事実上殿下に決まったことを受け、どの国も関心を寄せているようだ。
 殿下は誠実な口調で国の改革案を語り、使節団の代表者たちも頷きながら熱心に耳を傾けていた。

 そんな中、宴がちょうど盛り上がりを見せ始めた頃だった。
 突然、扉が乱暴に開かれ、「俺を王と認めろ!」という絶叫が大広間に響き渡る。
 振り返ると、そこには荒れ狂うような表情のアルトがいた。
 明るい金髪は後ろで束ねられているが、その姿はまるで影のようにやつれている。
 衣服こそ派手な装飾で飾られているものの、どこか薄汚れた印象で、豪華な会場にまったく似つかわしくない。

 賓客たちは突然の騒ぎに驚き、ざわめきが広がる。
 遠巻きに見ていた貴族たちも「なんだ、あの様子は」と戸惑いを隠せないようだった。

「この国の真の王は俺だ! クラウスなんかに任せていいわけがない!」

 アルトは焦燥と怒りに支配された目をぎらつかせ、使節団の前へ突き進もうとする。
 しかし、その動きを王宮の衛兵たちがしっかりと抑え込み、彼の腕をがっちりと掴んだ。

「離せ! 離せったら!」

 鋭い声を上げるが、衛兵たちは動じない。
 周囲の貴族が次々と顔を背け、使節団の人々ですら明らかな困惑を浮かべている。
 かつては王太子として華々しくもあったアルト。
 今はただ、みっともなく足掻く姿が嘲笑の的になっているだけだ。

 そんな場面に、やがて王自らが姿を現される。
 高齢とはいえ、その威厳は衰えていない王は、アルトをじっと睨み据え、低い声で命じた。

「アルトには一切の責任を負わせる。これ以上の愚行は許さん。今すぐ外へ連れ出せ」

 その言葉と同時に、衛兵たちがアルトを取り押さえ、床にひれ伏す形でねじ伏せる。
 アルトはもがきながら情けない声を上げるが、もう誰も彼に目を向けようとしない。
 結局、彼は強制的に会場を追い出され、その姿を見た者たちは一様に冷ややかな表情を浮かべていた。

 残された大広間は、一瞬しんとした静寂に包まれた。
 しかしクラウス殿下が落ち着いた態度で賓客たちに詫びの言葉を述べ、すぐに音楽が再開される。
 私は殿下の背中越しに、その毅然とした対応ぶりを改めて頼もしく感じた。

 アルトの慟哭にも似た叫びは、もう誰の胸にも響かない。
 形ばかりの王太子であろうと、高貴さや尊敬を集める資格はとっくに失っている。
 これで完全に彼の王家としての地位は終わりを迎えたと、誰もが悟ったようだった。

 宴はその後、多少の動揺を残しながらも無事に進行し、外交使節団はクラウス殿下の誠実さと確かな方針に大きく賛同を示してくれた。
 私も最後まで殿下のそばでサポートしながら、いつか来る正式な時に向けて胸を高鳴らせる。
 破滅への道を突き進んだアルトの姿を横目に、私には守りたい未来が確かに見えているのだ。
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