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第1ステージ④
しおりを挟む物憂げな俺を置いて、今宮は膝をつき少年の傷を再度確認する。
「傷は酷くないにしても手当はしないといけないですね…」
「ちょっと待っててください。何か使えそうなものがないか探してみます」
今宮はそう言って立ち上がると、傍にある店の中へと足を向ける。
いつまでも彼女に頼りっぱなしになる訳にもいかない。
意識を今に戻し、俺も手伝う、と名乗り出ようと横切る今宮に声をかけようとする。
その時、彼女を追う視界の中に、目の前にある店の違和感が目に映る。
喉の手前で声が止まり、その場で固まってしまう。
確かにお店のショーウィンドウには服を着たマネキンも立っている。店内には服も陳列している。
普通に見ればただの服屋だ、ある一点を除いて。
各々のマネキンの手には斧や刀。
また、店内の各所に小刀から日本刀まで様々な武器が置かれていた。
「な、なんだこれ…?」
自分が引いた【左手】のワードが頭をよぎる。
本当にここで殺し合いでもさせようというのか。
少年が俺に声をかけていた気もするが、全く耳に入ってこなかった。
吸い寄せられるように俺は床を引きずりながら入店する。
恐る恐る近くにあるナイフを手に取る。
渇いた口を潤すように、生唾をごくりと飲み込む。
切っ先を自らの指にあてると、僅かに鮮血が流れ出る。
(本…物だ…)
すると今宮が救急箱のような小箱を持って店奥から出てくる。
呆然としている俺を見ると今宮が慌てて駆け寄ってくる。
「櫻井くん!指から血が!」
俺は動揺を隠せないまま、ナイフから今宮に視線を移し無言のまま訴える。
今宮は箱を開けると中からガーゼで止血した傷痕に絆創膏を巻く。
呆然としている俺の様子を察したのか、彼女は店に飾られている置き物に触れながら呟く。
「私がいた4階のお店も全部こんな感じだったの」
落ち着き払っている今宮に俺は心に沸いた疑問を口に出す。
「なんで今宮はそんなに冷静でいられるんだ?」
「え?」
「だってそうだろ?こんなとこいきなり連れてこられて命懸けのゲームしろって言われて…!」
「なんで、なんでそんなに普通でいられるんだよ!」
突然の問いかけに困惑する今宮だったが、俺の切実な視線を受けると暫く黙考し始める。
そして俺と目線を合わせると、
「後悔、したくないからだと思う」
「ほらよく言うじゃない?やらずに後悔するくらいなら、やって後悔した方がいいって」
「この言葉は大事にしたくて」
恥ずかしそうに笑いかけると、そのまま少年の元へ走っていく。
思いもよらぬ答えに、微かに口元が緩んでしまう。
(なんだよ、それ。小学生じゃあるまいし…)
そんな言葉ひとつの為にあんな大柄な男に立ち向かったのか。
下手したら自分が殴られるかもしれないのに。
(意味わかんねぇよ…)
彼女なりの芯の通った生き方なのか。
それは現実と隔離された今でも何ら変わりはないといことか。
(カッコいいな、あいつ…)
彼女のたくましい背中を見ながら自分の中にある感情をはっきりと認識する。
(今宮を死なせたくないなぁ)
ここに連れてこられるまで記憶の片隅にもいなかった存在。
怖いもの知らずな彼女は、この場所で命を落とすかもしれない。
今宮にはきっと帰る場所がある。
そこに俺はいなくても、それでも守りたいと心に誓う。
(なら、俺がいつまでも下を向いている訳にはいかないよな)
俺は決意を新たに拳を握りしめる。
少しばかり軽くなった足取りで二人の元に戻る。
今宮は俺にしたように少年に包帯を巻いたり湿布を貼ったりと手際よく応急処置を施していた。
「名前を聞いてもいいですか?」
「や、山田進之介《やまだ 進之介》です」
「私は今宮琴音です。」
「俺は櫻井優希《さくらい ゆうき》よろしく」
3人は名ばかりの自己紹介を簡単に済ませる。
「よし!これでひと通り終わりましたよ」
「あ、ありがとうございます…」
救急箱をパタンと閉じると今宮は落ち着いた口調で切り出す。
「進之介くんは、さっきの人たちと知り合いなんですよね?」
進之介は小さく頷くと彼らとの関係についてぽつりぽつりと話し始めた。
「雄二くんと僕は小学校から一緒で、史也さんは雄二くんのお兄さんなんです」
「中学は別だったので疎遠になってたんですが、たまたま街で再会して。それから雄二くんは僕を遊びに誘ってくれるようになりました」
「その時、史也さんと…太一くんにも知り合ったんです」
太一、という名前を口にする声には他の2人とは違う重みを含んでいた。
俺にとっては顔のわからない登場人物だが、進之介と史也との会話を盗み聞きした際に一度聞いた名前だ。
「太一くん?」
「あ、太一くんは雄二くんと一緒の中学の子で、僕とは同じゲームが好きなことをきっかけに仲良くなって、太一くんとも2人でよく遊ぶようになったんです。僕、内気で友だちも全然いなかったので、太一くんがいてくれてすごく嬉しくて」
にこやかに話していた彼の顔が途端に暗くなる。
「でも去年太一くんは…亡くなりました」
(さっきの会話でなんとなく分かっちゃいたが…)
俺は自分の思いつきの推察をぶつけてみる。
「そいつを死なせたのは、もしかして史也って奴なのか?」
進之介は黙り込む。が、少し俯きながら口を開く。
「わかりません…」
「警察の人たちは太一くんはナイフで刺されて亡くなったと言ってました」
「僕はその日、塾に行っていたのでわからないんですが…でも史也さんに呼ばれてるって連絡がきていたのに、史也さんはその日、太一くんとは会ってないらしくて」
「僕にきたメールもあったので、警察の人は疑ってたみたいですけど、史也さんと一緒にいたっていう人が出てきて」
「彼らが口裏を合わせたのではないですか?」
「…かもしれません。でも結局特に証拠もなくて、そのまま捜査は終わりました」
「そんな親友殺したかもしれない奴らと一緒にいるんだよ」
「言うことを聞かないと、さっきみたいに殴られるので…」
「それなら、ご家族や警察の人に言えば…」
「そ、そんなことをしたら、その後どうなるか…」
進之介は嘆きと後悔の入り交じった声を絞り出す。
話を聞いているだけでも絵に描いたような、いじめられっ子だ。きっと奴らにとっては面白おかしかったことだろう。
だが、いじめられている当の本人はたまったものじゃない。
今まで刻み込まれた傷が疼くのか
、進之介は小刻みに震える身体を必死に腕で押さえつけていた。
「それであいつらとまだつるんでたってことか」
「はい、今日も史也さんからお酒を持ってきて欲しいって連絡がきて。でも今日は太一くんの命日だったこともあったので、先にお墓参りに行ったんです」
今宮は耳に引っかかる単語を咎めるように割って入る。
「お酒って、彼は未成年じゃないですか?」
「あ、いえ史也さんは何度か停学になっているので。学年は高校三年生ですが、年齢は二十歳なんです」
「それで知り合いの事務所からお酒を受け取って史也さんに持っていきました。そしたら突然目の前が真っ暗になって、気づいた時には…」
俺はその先に続く言葉を先読みする。
「ここにいたってことか…」
進之介はこくりと頷く。
「お二人もあのピエロの人から話されましたよね?」
「僕それでも納得できなかったんです」
「理由もなくいきなりゲームしろっておかしくないですか?」
「参加者の中に史也さんと雄二くんもいたので、力を合わせればどうにかできるかもって思ったんですが…」
進之介に伴う重い空気を追い払うように俺はあっけらかんとして言い放つ。
「とりあえずここにいてもしょうがねえ」
「俺は1階に行ってみる。何か外との連絡手段があるかもしれない。連絡は取れなくても、とりあえず外の状況はわかる」
「進之介、お前も一緒に来るか?」
質問に答えるように進之介は立ち上がる。
「は、はい!」
「でも怪我は大丈夫ですか?」
「まだ痛みはありますけど歩けます!」
「足でまといだと思ったら置いていってください!」
「いいえ、3人で行きましょう!」
「よし!じゃあ行くか」
ー残り01:25:36
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