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第1ステージ③
しおりを挟む聞こえてくる大きな物音に会話が止まり俺たちは顔を見合わせる。
音の大きさはかなりのものだ。
ガラスの割れる音や物が倒れ、ぶつかる音等が連続的に耳に届いた。
どうやら音の正体は下の階にありそうだ。
俺は吹き抜けになっている場所から身を乗り出し階下を覗いてみる。
今宮も気になるのか同じように下を覗き見ていた。
すると1つ下のフロアに若い男3人の姿を見つける。
参加者の中にいた顔だ。
立っている男2人に、店の中でマネキンらと一緒に倒れ込んでいる男が1人。
3人とも学ランを着ているところを見ると学生、高校生くらいだろうか。
だが、どうにも様子がおかしい。
マネキンに埋もれている少年を見て心配したり助けるでもなく、2人はゲラゲラと笑っている。
(あいつら、なにやってんだ…)
俺は野次馬根性もあって、そのまま3人のやりとりを傍観することにした。
(だいたい予想はつく気もするが…)
少年を見下ろす2人はズボンを腰丈にまで下げている。さらに1人は金髪にピアス、もう1人もかなり明るい茶髪のセミロング。
いかにもヤンキーな見た目をしている。
一方で、倒れ込んでいる少年は黒髪で学ランのボタンもきちんと留めていて、真面目な学生だろうという印象だ。
「だっせえなぁ、進之介よぉ」
金髪の男は倒れ込んでいる少年の近くに落ちている紙を拾い上げる。
「ここじゃお題は他から奪ったっていいって、お前もあのクソピエロから聞いてんだろ」
「だから、俺はルールに則ったまでよ」
金髪の男はお題の紙に視線を移すと、再び大声で笑い始める。
「ハッハッハッハ」
「お前マジかよ!!」
茶髪の男が金髪の男の肩口から紙に書かれた文字を見つけると同じように笑いだす。
「うわっ!こいつ、ライター引いたのかよ!」
笑い続ける2人に反して俺は少なからずショックを受ける。
(ライターみたいな、まともなお題もあったのか…)
上から盗み見ている存在に気づいてない彼らは、嘆く俺に構うことなく話を進めていく。
「こいつぁ、ちょうどいい」
「まさか雄二の他にお前もこのステージにいるとは思わなかったけどな」
「わざわざ俺にこんなお土産まで用意してるなんて、大分お利口になったじゃねえか」
金髪の男は胸ポケットからライターを取り出すと、タバコに火をつける。
気持ちよさそうに煙を大きく吐くと、拾った紙をヒラヒラとなびかせる。
「このまま俺はクリアだ」
「あとは雄二のを探すとするか」
会話の内容からして、あの3人は同じ学校の先輩後輩あたりだろうか。力関係がやけに明らかだ。
彼らは、あの大人しそうな少年を学校などでイジメのターゲットにでもしていたのだろう。
現実でもよくある、チンピラが弱いものいじめをする構図だ。
俺もここまで露骨なものは初めてみたが。
(こんなところで知り合い、いやイジメ相手と会うなんて、あいつもかわいそうに…)
こんなところに連れ込まれた上、さらに恐喝までされている少年を不憫に感じてしまう。
俺はちらっと横にいる今宮を見る。
今宮も彼らのやりとりを良い風には思っていないようだった。
瞳には力がこもり、手すりも強く握りしめていた。
強者の2人はその場を立ち去ろうとするが、その背中に向かって、弱者の少年は勇気を振り絞り声をかける。
「ふ、史也さん、待ってください!」
「あ?」
史也と呼ばれた金髪の男は足を止め、目の端に少年を捉える。
打撲したのか右腕を抑えながら、少年はよろよろとマネキンらを乗り越え立ち上がる。
「ぼ、僕の話わかってもらえましたか…?」
茶髪の男が馬鹿にしたように口を尖らせモノマネをする。
「僕の話わかってもらえましたか?だってよ~」
金髪の男が少年に向き直るが、茶化している男とは違い、苛立ちの表情が刻まれている。
「俺がお前の話に乗っかるとでも思ってんのかよ、このタコがっ」
「で、でも史也さんだって、この場所はおかしいと思いませんか?」
「こんなゲームをクリアしたって外に出れる保証もないんですよ」
「だからなんだつーんだよ!」
「お前が俺らを外にでも出してくれんのかよ!!」
「そうじゃないですけど、僕はただもっと皆で協力した方がいいって…」
俺からしてみても少年の意見は正論だと思う。
こんな異質な空間があること自体おかしい。
どうにか外へ出る方法か連絡手段を探すべきだと先に考える方が普通だ。
しかし少年の説得は、残念ながら彼らには届いていないようだった。
「ウダウダうっせーんだよ!」
「お前なんかと一緒にいたって1ミリも良いことなんかねーんだよ」
「大体てめえがさっさと酒買ってこねえから、こんな事になったんだろうが!」
「でも今日は、太一くんの命日だったので…」
少年の言葉が何か地雷にふれたのか、焦ったように金髪の男は怒声のボリュームが一気に増す。
「いつまであいつの話してんだ!!」
「もうあいつは死んだんだよ!」
金髪の男は言葉だけでは飽き足らないのか、大きな歩幅で距離を詰める。
そのまま少年の胸ぐらを掴むと、間髪入れず大きく右腕を振り上げる。
「そんなにあいつのことが気になるなら、俺があいつの所に連れてってやるよ」
俺は横から微かに何かが動く気配を感じる。
何気なく顔を向けると、さっきまで隣にいたはずの今宮の姿がどこにもなかった。
振り返ると今宮は俺を置いて走り出していた。
「おい、今宮どこに…」
「だって、あの男の子また殴られちゃうよ」
咄嗟に投げかけた問いに、彼女は振り向きざまに答えるが、それでも足を止めようとはしなかった。
非力そうな今宮が行ったところで、やれることは無いのではと疑問に感じながらも、俺は彼女の後を追いかけることにした。
今宮は膝丈スカートを翻しながら、1番近くにあるエスカレーターを駆け下りていった。
俺はエスカレーターを降りながら横目で彼らを視認する。
予想通りさっきまで立っていた気弱な男子学生は横になりうずくまっていた。そんな彼に2人は一方的に暴行を加え続けている。
ひと足先に今宮は1つ下のフロアに降り立つ。
直後、少し息を切らせながらも凛とした声を響かせる。
「待ちなさい!」
俺はエスカレーターを駆け降りながら、今宮が男らに向かって声を張り上げていたことに少なからず驚いた。
エスカレーターの段差から今宮に視線を移しかえたほどだ。
当時から物静かな今宮が、まさかあのチンピラ風情の男2人に向かって声を張り上げることができるとは思っていなかった。
「彼を解放してください!」
男らは一方的な殴り合いを止めると、声の主を睨みつける。
茶髪の男は突然の横槍が癇に障ったのか、声を荒らげる。
「あ?なんだお前」
「関係ねえ奴は、すっこんでろ!」
叫ぶ茶髪の男のポンっと肩を押さえると、金髪の男は静かに今宮に向かって歩き出す。
「あんたも参加者だろ」
「俺たちはここのルールに従ってるだけだ。何か問題があんのか?」
「たしかに、この場では問題ないのかもしれません」
「でも彼をそれ以上傷つけるのであれば、私は見過ごせません!」
俺は今宮の変わらない堂々とした態度に戸惑いを隠せなかった。
「お、おい今宮」
彼女を止めようとする手も虚しく空を切り、今宮も同じように歩みを進めていく。
2人は手を伸ばせば互いに届く距離にまで近づく。
大柄な男と小柄な女。
体格の差は歴然だった。
交差する2人の視線に焦りながらも、俺はどうしたらいいのか未だに決意できないでいた。
(ダメだ…)
(このままじゃ今宮が…)
(どうする…)
(あいつを背負って、今宮を引っ張れば…いやいやいや絶対追いつかれる)
(今宮だけでも引っ張っていけば逃げ切れるか…?)
心の中で葛藤を続けているなか、金髪の男は口火を切った。
「ったく、どいつもこいつも」
「女だから手を上げねえと高を括ってるのか知らねえけどよ」
「女だろうが俺にガンとばした奴を許さねえ」
男は躊躇いもなく殴りかかる。
瞬間、今宮は軸足を回し、男から繰り出される軌道から身体を外す。
瞬時に男の腕を持つと、振り下ろされた右ストレートの勢いを利用して、そのまま投げ飛ばしてしまった。
(すごい…)
俺に水を差す時間も加勢する隙すら与えられないほどの一瞬の動き。
男は背中を強打するがダメージはそれほどないのか、すぐに立ち上がる。
「こいつ、ただじゃ置かねえ」
より怒気を増し、すかさずもう一度殴りかかる。さっきのが本気ではなかったのか、より速く腕を振るう。
だが、それさえも彼女の前では意味をなさなかった。
素早く懐に入ると腕を男の首に回し、後ろに倒し込んだ。
頭を強打した男はついにダウンしてしまう。
「兄貴!」
「まだやりますか?」
ものの10秒程度の攻防で決着がついてしまった。
金髪の男はよろめきながら立ち上がる。だが力の差を痛感したのか、もう殴りかかろうとはしなかった。
悔しそうに舌打ちをすると、黙って立ち去ろうとする。
「あ、兄貴待ってよ」
「彼から奪った物も返してください」
勝者が要求したものを意外に思ったのか、敗者は少し目を見開いた。
まさか彼らも今までの一部始終を見られていたとは思っていなかったんだろう。
金髪の男は口元を僅かに緩ませると、素直に申し出を受け入れた。
「ほらよ」
今宮は投げ落ちた紙を拾い上げると、傷だらけで倒れている少年に駆け寄っていく。
「大丈夫?」
俺も続いて少年の傍に走り寄る。
少年は立ち上がろうとするが、痛みで上手く立てず転んでしまう。
俺は彼に肩を貸してどうにか立ち上がるが、横目見た少年の顔は赤く腫れていて口から血が流れていた。
今宮は少年の傷を見て心配そうに尋ねる。
「怪我は大丈夫ですか?」
「あ、はい。どうにか…」
空元気に笑う少年をエスカレーター近くに備え付けられているソファに座らせる。
怪我の具合を確認してみるが、骨折等はしておらず見た目ほど酷いものではないようだった。
「骨は折れてなさそうだな」
「よかった…」
「あ、あの、ありがとうございます!本当に助かりました!」
「いいの、気にしないで」
「今宮があんなに強いなんて驚いたよ」
「空手か何かやってたのか?」
今宮はさっきの毅然とした態度とは別人のように変わっていた。
当時の面影を思い返されるように小声で答える。
「そういうわけじゃないんだけど、なんか無我夢中で…」
その時、ふと微かに甘い匂いが漂ってくる。
俺は思わず周りの匂いを嗅いでみる。
(香水の匂いか?)
俺はハッと他の参加者が襲ってくるのではと思い、慌てて周囲を見渡すが、誰の姿も見つけることはできなかった。
いつの間にかその匂いもしなくなっていた。
(気のせいか…?)
急に挙動不審になる俺に今宮は不思議そうな顔をする。
「櫻井くん?」
「あ、いや、何でもない」
「そうだ。これ…」
今宮は持ち主にお題の紙を差し出す。
でも俺は返された紙よりも彼女の手に目が惹きつけられる。
少年は紙を受け取ると、再び頭を下げる。
「あ、ありがとうございます!」
「そんなにお礼言わないで」
「ただ私がやりたいことをやっただけだから」
そんな穏やかな2人を横目に俺は、ぎこちない笑顔を浮かべることしかできなかった。
(あれ、なんでだろう…。なんだこの違和感は…)
カツアゲされる少年を不憫には思っても、助けようと思うことは無かった。
俺には少年のために走り出す足もチンピラに叫ぶ勇気もなかった。
少年のことを他人事のように考え、いざとなっても逃げることしか頭になかった。
(あぁ、そうか)
(俺は…何もしなかったんだ)
でも今宮だけは違った。
彼女は迷いもなく走り出し、あれほど体格の差があっても物怖じせず、さらには金髪の男をあっという間に制圧してしまった。
悔しさ、情けなさ、様々な負の感情が俺の心を支配する。
彼女の左手の薬指に光る指輪のように、俺は目の前にいる今宮がすごく輝いて見えた。
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