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第8章 決戦の刻

一話 愛する家族

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 外では今頃底冷えする底冷えする冷たい風が吹いているのだろう。
 庭の手入れを終わらせた芽依は窓から揺れる木々を眺めていた。

「どうかしましたか? 」

 窓際に立ち動かない芽依を、シュミットに新しいコーヒーを入れ直したハストゥーレが聞いてくる。
 芽依は振り向き首を振った。

「ううん、明日が今年最後だなって思ってただけ。カテリーデンでの販売だけど、明日も寒いのかな」

「気温は今日と変わらないくらいらしいよ。風が無かったらまだ暖かいんじゃないかなぁ」

 ふぁ……と欠伸をするフェンネルを見てからふいっ……と顔を背ける。
 そんな芽依にフェンネルは眉をひそめた。

「……ねえメイちゃん。僕、メイちゃんに何かした? この間から僕を避けてるよね」

「えっ避けてないよ! 」

「嘘だよ……ねえ、なんかしたなら謝るし、嫌なところはなおすから避けないで。僕悲しいよ」

「ちが……違うんだって……」

 オロオロと周りを見て助けを求めるが、芽依の態度がフェンネルにだけおかしいのは全員わかっていた。
 メディトークたちも不思議そうに見ていたし、聞いたが挙動不審でなんでもないと言うだけ。
 明らかにメロディアたちの女子会からおかしいのでパピナスにも聞いたが、すぐさま芽依に邪魔されたのだ。
 それから何度聞いてもパピナスからは何もありませんと答えが聞けなかった。

「メイ」

「はい、なんですか? 」

 シュミットが新聞から顔を上げて芽依を見る。
 最近よく見る世界の経済に関する新聞のようだ。

「今日はフェンネルと寝る日だろう。早いがもう帰れ」

「えっ」

「お前、フェンネルの顔見たか? 」

 眉尻を下げて不安で目に涙をためたフェンネルが芽依を見ていた。
 うっ……と声を詰まらせた芽依は、そっとフェンネルの指先に触れる。

「…………ごめん。ちょっと色々混乱中というか」

「混乱……? 」

「うん……お部屋で話そうか」

 フェンネルを見上げてからメディトークたちを見る。

「ごめんね、今日は早く帰るよ」

『そうしてやれ。フェンネル不安がってたからな』

「うん」

 フェンネルの手を引いてまた明日と声をかけて庭から領主館へと移動をした。

 コツコツと、静まり返った廊下に芽依とフェンネルの靴音が響く。 
 何も話さない芽依をチラリと見ると、何か考えているのか俯いていてフェンネルはさらに不安になっていた。

 部屋に入るなりフェンネルは荒々しく扉をしめて芽依を壁に押し付ける。
 
「ひぇ……えっ、フェンネルさ……」

「メイちゃん、黙らないで。お願い、不安になる」

 ギュッ……と片手を握って壁に押し付け、肩に頭を乗せる。
 腰に腕を回して離さないと言うように力を込めると、芽依の踵が浮いた。

「ふっ……」

 苦しさに息を吐き出すが、離さない、逃がさないと力を込めるフェンネルは気づいていない。
 芽依は肩を軽く叩くが、それすらも嫌らしく頭を擦り付けてくる。

「まっ……苦しいよ……」

「嫌だよメイちゃん……」

「ねぇ、話を聞いてよ……」  

 叩くのではなくて、優しく背中を撫でた。
 それに少しだけ力を抜いて芽依を見る。
 どうやら撫でるのが正解らしい。

「…………ごめん。避けてるとかじゃなくて……恥ずかしかったの」

「恥ずかしい? 」

「この間の女子会の時……あ、ねぇ、座ろう」

 壁に押し付けられてる芽依はフェンネルを見上げて言う。
 フェンネルは首を傾げながら芽依の手を引っ張りソファに座らせる。
 その前にしゃがみこみ、膝の上にある芽依の手を両手でしっかりと握った。
 足を挟むようにしゃがんでいるフェンネルは至近距離にいる。

「女子会がどうしたの? 」

「ほら! 女子会って言ったら恋愛トークになるじゃない?! うちのことを知らないアキさんが混ざったから色々聞かれてね?! 」

「アキーシュカ、一緒にお茶会にいたんだ」

「うん! それで……それ……で……」

 目をウロウロと彷徨わせると、フェンネルの手に力が入る。
 眉尻を下げているフェンネルを見て、芽依の思考は全て停止した。
 どうしようも無い不安にかられているフェンネル、今こうさせているのは芽依自身。

「………………キスしていい? 」

「……え? 」

 いきなりの言葉にフェンネルは目を見開く。
 キス……? と首を傾げるフェンネルに顔を赤らめた芽依が頷く。

「キス……したいな? 」

「えっ……なにがどうしてそうなったの?  」

 許可なく好きなだけ噛み付き体を撫で回す芽依が、顔を赤らめ恥じらいながら首を傾げている。

「いや、いいけども…… 」

両手を掴まれたまま下にあるフェンネルの顔に近付き、軽く唇に触れた。
 パッ……と離れて真っ赤な顔を横に向ける。

「え……それだけ? 」

 ポカンと見てくるフェンネルをチラッと見てから息を吐き出す。

「女子会でね、誰が恋愛として好き? キスはした?って話になって……」

「うん」

「えーっと、酔っ払ってハス君にはしたし、シュミットさんともしたし……メディさんとも……えーっと……」

「え、僕だけしてないの……?! 」

「いましたよ!」

「……えー触れただけ? 」

 唇を突き出して言うフェンネルを思わず頭突きする。 
 しかし、痛みに呻くのは芽依の方だった。

「ちょっ……大丈夫?! 」

「いったぁぁぁぁぁあ……石頭ぁぁ」

「ふ……ふはっ……可愛い。それで僕にどう言えば良いか悩んでたの? もぅ、心配したじゃない」

 口元を腕で隠して笑うフェンネルに、だって……とモゴモゴ言う。

「アキさんが、仲間はずれは寂しがるよって言ってたから」

「うん、寂しい。だから、キスしていーい? 」

「……いいよ」

 そう答えた瞬間だった。
 ソファに手を付き膝立ちになったフェンネル。
 そんなフェンネルに合わせて少しだけ下がった芽依の後頭部はしっかりと抑えられてフェンネルは笑いながら芽依の唇に口付けた。
 すぐさま重なった唇は角度を変えて触れ合い優しくペロッと舐められる。
 はっ……と息を吐き出した時に、フェンネルの舌が侵入してきて頬が、顔がジワジワと熱くなり、眉を寄せる。
 両手をフェンネルの左右の腕にしがみつくように回し、ゆるゆると口内を蠢くフェンネルの舌を感じて体が震える。

「んぅ……」

「………………はぁ、大丈夫? 」

「ちょっ……待って……」   

 まだ唇を重ねようとするフェンネルに待ったをかけた。
 息が荒く潤む眼差しで見つめると、フェンネル白い肌に赤みが刺して微笑む。

「間違ってもメディさんにそんな顔見せたら駄目だよ? パクって喰われちゃうから」

「しません! …………ねぇ、アキさんと話していたんだけどね」

「ん? 」

「…………いや、前話したからいいか 」

「え? なに? 」

「いやぁ……うーん……私の中ではやっぱり恋人は一人っていうのが胸の片隅にどうしても残ってて……しこりになるというかね」

「……全員を愛するのは出来ない? 」

「いや……なんていうのかな。全員が同じだけ大好きなんだよ。だから……なんか、私だけいいの? なんかズルくない?皆を侍らせてない? 私、大丈夫?!何か、流されてない?  」

 ソワソワドキドキ展開が最近多い為、流され気味な芽依。
 恋愛自体あまりしなかったからこそ、芽依は色気溢れる家族たちにされるがまま流されていた。
 そもそも家族たちは溺愛がカンストしていて距離感がバグっている。
 抗いようがないのだが、日本人としての常識が今更ながらに頭をもたげた。
 そんな芽依の様子に気付いたフェンネルが追い討ちをかける。

 これは……と深刻になっている芽依にフェンネルからまた触れるだけの口付けが降ってきた。

「ん?! 」

「なにを気にしてるかわからないけど、別の国では伴侶を複数選ぶ場所だってあるんだから。そんなに気にしなくてもいいんじゃない? 僕たち家族はメイちゃんの特別でしょ? なら、唇に触れたって肌を重ねたって問題ないよね? 」

「……………………問題、ないの、かな? 」

「ないよー」

「そっか、ないんだ……」

 少々混乱中の芽依は、素直にフェンネルの言葉に頷くが、問題ないわけがない。
 キスもその先も、家族ならいいよね? と言ってきたフェンネルだ。
 後にメディトーク達に褒められ頭を撫でられ抱えきれない程の牛乳プリンを渡されるのだが、芽依がそれを知ることはない。

 こうして、家族との過度な触れ合いを受け入れた芽依は、これもこの世界の常識なんだなと納得する。
 勿論、そういう国があるがドラムストでは一夫一妻のだ。
 だが、誰しもが感じていた。
 人外者の移民の民への溺愛はとめどないものだ。
 その愛を複数から受け、それを常日頃から見ている周りの人たちにもはやキスされてようが、それ以上であっても違和感なんてない。

「……………………でも、そんないつもチュッチュしないからね」

「ちぇー」

 避けられ不安だったフェンネルは、今穏やかな気持ちで愛しいご主人様と笑い眠りにつく。
 そして、やはり言葉に出されていない芽依は、またもや要らない問題を頭にかすめる。

「………………あれ、皆は私のことどういう好きなんだろう……」

 甘やかに重たくドロドロとした愛は、考えすぎる芽依に正確に届いていない。
 溺愛されて大切にされているが、それも様々な愛情からもたらされるのを知っている。
 溺愛され、執着され、離さないとまで言われているが、それは恋愛としてなのか。
 芽依は無駄な悩みに頭を抱えた。

 
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