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第2章 対峙

四話 氷の剣

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アミは外へ弾き出されたシオンを追う。


“――とどめを刺さなきゃ!”


この程度で終わる相手とは思えないからだ。


皆もそれに続く。


外の広い庭園、石の塀に敷きられた其処には、シオンが埋まっているとされた亀裂が走っていた。


砂煙が舞い上がり、その生存は不明。


“殺ったか?”


流石にこの衝撃で無事とは思えない。が――


「やれやれ……。少々甘く見過ぎてしまいました」


煙の中から、身体に付いた破片を払いながら出てくる人物。


「信じられん……」


誰もがその姿に震撼する。


左頬に切り傷が有るだけで、その他五体満足。無傷に等しいシオンの姿があったからだ。


「では……次は私から」


何事も無かったかの様に身体を斜にし、レイピアを水平に構えたその姿が、アミに追撃の判断を一瞬遅らせた。


刹那、雷光の如く打って出るシオン。


“ボッ”


物理により空気が引き裂かれ、音の壁を破る。


「――っは!?」


一瞬でその先端がアミの下へ届く。


その刺突の速度は尋常では無かった。


「アミっ!!」


誰かの声が上がったのは、彼女の顔面が貫かれた様に見えたから。


「――っ!!」


だがアミは身体をずらす事で、間一髪その突きを逸らす事に成功したが、彼女の流れる黒髪が幾ばくか宙に舞う。


“――危なかった……何て速さの突き!”


アミは即座に後方へ飛び退き、シオンから距離を取る。


一瞬の攻防。


打つ方も避ける方も速過ぎて、常人の目では追い付けない。


「ホゥ……よく避けれましたね。だが次は躱せない」


シオンが再び、後方へ下がったアミへ突きを見舞う。


確かに速い。


だが彼女は既に見切っていた。


次は避けると同時に、側面からの交差法(カウンター)で迎え撃つと――


「えっ!?」


迫り来る突きに対して、横に身体をずらそうとした刹那――


“脚が動かない!?”


その刹那の思考。その事実に愕然とする。


足下からは地面から絡み付く様に、氷がアミの脚を固めていたからだ。


何故突然氷が? と考えている暇は無い。


「さよなら……美しいお嬢さん」


勝利を確信し、口角を吊り上げたシオンの突きがその顔下へ届く。


衝撃音が響き渡る。


誰もが殺られたと、終わったと思った。だが――


「ばっ……馬鹿な!」


シオンの戸惑う様な、焦りにも似た声。


何故ならその突きはアミへ届いておらず、それ処かそのレイピアは脛元から折れていたのだから。


アミも何故自分が無事なのか理解出来ない。が――


「どうして……?」


眼前にある光景に思わず声を洩らし、疑問が氷解していく。


二人の間に割り込む様に佇む人物。


抜いてさえいないその白き刀、雪一文字を左手に携えて――


『何時の間に?』


誰の目にも、二人の眼にすら止まらなかった。


ユキヤという少年が、まるでアミを庇う様にその前に立ちはだかり、シオンを見据えていたのだった。


シオンは危機的な何かを感じ、その場から飛び退く様に距離を取る。


そして折れた自らのレイピアを見詰めた。


“――折られた……まさか、あんな子供に?”


それは俄には信じ難い事。だが折れているのもまた事実。


再び目の前を確認するが、どう見ても只の子供だ。しかもアミより更に幼い。


しかしアミという、見た目では判断出来ない先程の例も有る。


シオンは少年へ向けて、測定を開始した。


“生体測定機 サーモ”


これは狂座に属する者が、装着を義務付けられている液晶型生体測定機。これにより、瞬時に対象者の総合戦闘指数が測れる優れもの。


侍レベルという数字で。これに誤認は決して無い。


「なっ……何だと?」


液晶に数値化された表示を見て、シオンは唖然。


“――侍レベル……『5%』だと?”


それは本当に、刀を持った少年が“只の子供”である事を意味していた。


“なら何故レイピアを折られた?”


しかも全く気付かない間に。


だが冷静に考えたら、すぐに分かる事だった。


レイピアはその細身である形状上、強度は日本刀の比では無い程に脆い。つまりタイミングさえ合えば、日本刀とレイピアの衝突では、後者が折れるのは道理だと。


そう、これは“たまたま”タイミングが合ってしまった状況による、奇跡にも近いまぐれ。


シオンは状況を分析して、そう判断を下す。


それに剣が折れた処で、戦闘には何の支障も無い。


「フフフ……」


シオンは折れたレイピアを手に、余裕に近い不敵な笑みを洩らす。


何故なら――


「どうして……早く逃げて!」


アミは何故か目の前で、自分を庇っている様に見える少年へ声を絞り出す。


それはこの喧騒に紛れて、此処から逃げて欲しいと。


「貴女には命を助けて貰った借りが有ります」


少年は顔半身のみ振り向き、アミへそう伝える。


「……命の借りは命で返すのが礼儀。ここは私が相手します」


闘う気なんだ――と。


それはアミの為に代わりに闘うという、はっきりとした意思表示の顕れ。


「相手する? 君がこの私を? フフフ……これは傑作」


その声を聞いていたシオンの高笑い。


可笑しくて堪らない。滑稽過ぎて哀れになってくる程。


「ええ。ですが役不足ですよ、全くの」


自分の分際も顧みず、まだこんな馬鹿な事を言っている。


もはや愉快を通り越して悪夢だと。


「まさか私のレイピアをまぐれで折った位で、既に勝った気でいるとは……。おめでた過ぎて涙が出てきそうになるよ」


堪える様に腹部を押さえているシオンが、その折れたレイピアの鋒を少年へ向ける。


とはいえ、得物が折れている以上、その戦力は半減では済まないはず。


『――っ!?』


だが次の瞬間、確かに見た。


見間違えでは無い。


その折れた脛元から形成されていく“何か”を。


“何だあれは?”


シオンが持つ、その余裕の意味。


それは目を凝らさねば、俄には視覚し辛い――


「……氷?」


細長く形成された氷の剣だった。
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