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第1章 邂逅
七話 特異点
しおりを挟む「四死刀の一人、星霜剣のユキヤと謂われた者のな」
その瞬間、一同に緊張が走り、場の空気が一気に張り詰めていく。
それと同時にアミも、雷がその身に落ちたかの様な衝撃を受けていた。
長老の発した言葉。
そしてこの少年から聞いたその名を。
“ユキヤと呼びます”
その事実を受け止めて尚、アミには信じられなかった。目の前の少年の正体の事に。
まだその名は此処では言ってない。もし正直に明かせばその時は。
“有無を言わさず殺されかねない”
しかしどうしても疑問が残る。
どう見ても幼過ぎるのだ。余りに伝承とは賭け離れている事を。
――実は少年だった?
「およそ五十年前、天下分け目の関ヶ原……」
疑惑に思考するアミを尻目に、長老が口を開いていく。
かつてこの国で起こった事。
その歴史の裏の真実を。
“関ヶ原の戦い”
慶長五年九月十五日、美濃国関ヶ原で行われた天下分け目の決戦の事。
東軍と西軍の二つに別れて雌雄を決し、大阪夏の陣を経て今の泰平の世に至る。
「今でこそ徳川の天下となっているのじゃが……」
それが正しい史実のはず。
「今より七年前、僅か四人で幕府転覆を謀った者達がいた」
だが表舞台には記されない真実。記してはならない裏の事変。
その場に居る誰もが沈黙。そして痛感している。
その忌まわしき存在を。
「人在らざる者。人知を超越した存在“特異点”とされた奴等は、天下を手中にせんが為、幕府を敵に回し戦った。あの四人の前では、如何なる軍勢も無力じゃった……」
何処か遠い目で、まるで体験したかの様に語っていく。
“特異点”
それは人として生まれながら、人在らざる力を持った者の総称。
文献によると特異点は陰陽師、退魔師、妖術師といった類いとは、また異なる存在とされる。
それらは修行や契約によって霊力、妖力を得たのに対し、特異点とは生まれながらに持ち得る存在。
忌み子、妖怪とも云われ、人が別種と交配した時に生まれるとされるが、それらは半妖人として区別するべきだろう。
何の因果も無い、正常な男女間で突如生まれる事があるのが特異点だ。
遺伝原子とはまた異なる、霊的分子が関与してると思われるが、特異点出生のメカニズムについては、今尚解明されていない。
「死しか生み出さない四人の死神。奴等は畏怖を込めてこう謳われた……“四死刀”と」
それは名称。四本の死を誘う刀を振るう者達。
「奴等はその人知を超えた力で各国を次々と制し、あのままでは間違いなく天下は掌握されていたじゃろう……」
だが長老のそれは過去形。世を治めているのは徳川である事に相違無い。
「その四死刀の一人、星霜剣のユキヤと云われた者が持っていたとされるのが、この雪一文字という刀」
長老は再度その刀を黙り込んだ少年へと向け、その真意を問う。
「まさか四死刀の一人が、この様な幼子だったとは儂も信じられぬが、この刀が何よりの証し」
一堂の視線が少年へと向けられる。
ある者は信じ難く、ある者は恐怖を。
だがその全てが敵意へと集約されていた。
もしこれらが事実だとすると、この場に人の皮を被った死神が居る事になる。
「嘘……」
確かにこの少年は自らを“ユキヤ”と名乗った。
その名が忌まわしき者の名である事は、勿論アミも知っているが、それでも彼女は信じられなかった。
此処での掟。外敵排除の使命。
このままでは間違いなく殺される。
「中々鋭い考察ですね……」
それまで黙していた少年が、突如口を開いた。
『駄目!』
自らの正体を明かそうとしている。
だがそれを言ってはいけない。
アミの声は言葉に成らず、心に木霊し内に消える。
「だがそれだけでは落第点ですよ。人違いです」
だがユキヤと名乗る少年は、はっきりと否定を示したのだった。
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