雫 -SIZUKU- 最終特異少年戦記~序

ユキナ

文字の大きさ
上 下
1 / 99

ラストエピソード:さよならの向こう側

しおりを挟む
「面会謝絶~っ?」
 呆れたような声が扉の前で放たれる。
 扉にはいつ作ったのか、看板までかかっていた。
「あ、あ、……あほかっ……、おばか……可愛い」
 もう最初から仮病を見抜きつつ、保護者を気取る青年は一応医師を呼んだのだった。


   37、これは監禁ではなくて軟禁ですから


 寝具に潜り込み耳を澄ませていれば、空気のような呪術師レネンの近寄る気配が感じられる。
 
「坊ちゃん、当たり前ですが面会謝絶と言っても奴は来ます。ここは奴の城ですから」

 チラッと目を開けて、クレイは恐る恐る確認した。

「僕には断る権利がない……?」
「残念ながら」

 呪術師は残念そうに首を縦にして、クレイが中央にいた頃愛用していた赤い耳飾りを差し出すのだった。

「お医者さまを連れて参りました! さあさあ診せて頂きましょうクレイ様、俺の虚弱な殿下! 俺の気まぐれな殿下! ただいま貴方様の俺が参りましたぞ! 俺が!」
 騒がしい声が聞こえてくる。

(ああ、うるさい……とてもうるさい……お前、これ絶対仮病だとわかってやってるね)
 クレイは寝具にすっぽりと潜り込み、中で縮こまった。

「貴方の大好きな俺、そして貴方が大好きな俺! お父さまでお兄さまで騎士で婚約者、全部俺――無理すれば母にもなれるやも……両親共に俺! いかがです殿下、俺尽くし!」

(――無理しなくてよろしいっ!)
 つっこみたくなるのをグッと堪える。このペースにつられてはいけないのだ。

 天蓋カーテンが布の擦れる音を立てて、そこだけ厳かな儀式でもするように上品な雰囲気だった。
 覗き込む気配は、俺に構ってほしいと訴えかけるよう。

「坊ちゃん、坊ちゃーん? クレイ様?」
「……」

「本日はどうして具合が悪くなってしまったのでしょうっ、俺は心当たりが多すぎて心が痛んで仕方ないのですぞ。とりあえず麗しいお顔を俺に見せてください、俺に。何故なら俺が見たいから!」

 遠慮というものをどこかに放り投げたような手が掛け布団ごとクレイを持ち上げる。簀巻すまきみたいに布ごと抱っこされて顔だけ出せば、正面から簀巻きを抱えた青年とぱちりと目があった。

「――やあやあクレイ様!」
 ――その嬉しそうな声といったら!

 なにやらとても楽しそうで、目をキラキラとさせて簀巻きを抱っこしているニュクスフォスの頭にはフェアグリンが乗っていて、一緒になってクレイを見ている。

「ようやくお顔を拝見できましたな。どれどれ、お熱は? 脈は? どちらの具合が優れぬのでしょうね?」

 ぴたりと額をつけ、ちゃっかり頬に唇を落とされる。
 簀巻きを緩めて座らされ、布の中に埋まっていた腕を発掘され、脈を取られる。

 そして、「あー、これはお父さまに構ってほしい病ですね、間違いないっ。俺がいなくて寂しかったのですね殿下? 俺にこのようになでなでして欲しいのですね殿下?」などとほざくのだ――、

「う、う、う……うざい……」
 思わず言わずにいられないクレイであった。
 
「なんと仰いましたかな、お父さまに対するには不適切な単語が聞こえましたな? かような言葉を口にしてはなりませぬ、とお父さまはたしなめなければなりませんかな?」

 ニコニコと笑う顔は全く動じることなく、念のため連れてきたらしき医者も「仮病だから帰ってよろしい!」とにこやかに返してしまうではないか。

 
 ――僕はこの者に舐められすぎではないか!


 クレイはムカムカとした。
(心当たりが多すぎるだって! 僕も思えば機嫌を損ねる理由をたくさん思いつくよ。変な親子ごっことか)

 この機会だ、物申してやろうではないか。
 クレイは決意した。そして、口を開いたのだった。

「ニュクスは、僕を監禁してはいけないのだ」

 キリッとした声で物申せば、ウンウンと頷く気配がふわふわしている。

「おお、もちろんですともクレイ殿下。いと高貴なる殿下は何にもにも縛られることなく、その心身は思うがまま、あるがままの自由なのです。ただし俺を除く……」

「最後……」

「そんでもって俺は俺で自由にして奔放ながら殿下にはがっつりと縛られているわけです。自由なる両者が自らの意思で互いに縛られ合う、これまさに愛というもの」
「そ、それが愛というものであったか……そして僕は自分の意思で縛られている……? ま、まあそうなのか。そうなるのか? うん……そうかもしれぬ……あれ……」
 
 クレイは戸惑った。
(愛。愛ってなんだ……? 僕は自ら監禁されているのか……? この者の話を聞いていると思考が迷子になってしまいそう)
 
「ニュクス、ニュクス。ぼ、……僕の愛は縛らないと思うの……僕の愛は相手に何も求めぬ……」
「おお殿下! それは美しき至高の純愛でございますな、素晴らしいッ! つまり殿下は俺に何も求めぬと! 俺が何を致しても一切物申すことなし、と!」
「あ、あれえ……そうなる……? 僕、よくわからなくなってしまった……」
「おおクレイ様、細かいことを気にしてはならぬ。適当でよいのですぞ! フィーリングで生きていく――それが我が生家せいかの教えでございました!」
 
 自信満々に語る声に、クレイは曖昧な微笑みで頷いた。
「南の気風はおおらかで陽気でいいよね。僕は好ましく思うよ」
 
「そうだ、色々なことで頭を悩ませてしまう時には、おまじないを唱えるとよろしいでしょう」
 ニュクスフォスは「可愛くて仕方ない」と言った顔で頭を撫でている。

「おまじない?」
「ええ、ええ!」

 美しく整った顔立ちが近い距離感でニコニコしている。無邪気と言っても良い温度感で満面の笑みを浮かべる青年は、そうしていると数年前と変わらぬやんちゃな少年そのもので、クレイの胸にはなんとなく『こんな風に笑って懐いてくるのだもの、しょうがないな』といった気持ちが湧いてくる。
 
「どんなおまじないかな?」
 そっと問いかければ、ニュクスフォスはクレイの指先に軽く口付けを落とした。期待に満ちた声が甘さを増して囁くように空気を震わせる。
「『僕はニュクスが大好き』」


「……」
 クレイは半眼になった。

(単に言ってほしいのだな? そうだろう、ニュクス?)
 注がれる視線に動じることなく、堂々とした声が続いている。
 
「ちなみに俺は監禁をした覚えはございませぬぞ。せいぜい軟禁と」
「軟禁は認めるんだね」

 クレイははんなりと微笑んだ。

「もう、いいや……」
 
 だんだん抗議する気も失せてくる。
 ――これだから僕はちょろいのだ。

「いやはや、問題が解決したようでなによりっ。ちなみに、その耳飾りはいかがなさいましたかな?」
 快活に笑うニュクスフォスに、布の端から転がり出た耳飾りがひょいっと摘み上げられる。

「ん、それは……」
「クレイ様、こちらは中央にいた時に貴方がよく身につけていらした耳飾りですね? 懐かしい……」
 耳飾りと似た紅い瞳が郷愁きょうしゅうに似た念を淡くのぼらせて、部屋の照明に照らすようにしてそれを鑑賞している。

「う、うむ。ニュクス、それを貸してみよ」
 見せてやろうではないか――クレイはおずおずと手を差し出した。

 どうぞと渡された耳飾りの上部と下部それぞれを両手で摘んで逆方向にくるりと捻ると、上と下とがぱっくりと離れて、下部の内部空洞と底に収められた錠剤があらわになる。

「ほう。クレイ様、これはポイズンリングというものですかな」
 感心するような笑顔をたたえつつ、ニュクスフォスが名を呟く。

「うん、うん。まさしくそんな類のものである」

 ポイズンリング――それは、装身具の中でも毒を秘められるものである。

 主に敵の手にかかり名誉を汚されそうな時や暗殺などに使うためのもの。

 クレイはだいたいの毒に耐性はあるが、発熱程度ならたやすい。
 他の毒物と併せれば、死ぬことだってできるかもしれなかった。

「よいか、ニュクス。僕を舐めてはいけないのだ」
(僕の騎士は、僕が仮病だと舐めてかかってはいけないのだ! 皇帝は、僕を飼い殺して支配した気になって調子に乗ってはいけないのだ!)
「僕は他にもこういうのを持っているし、自害はもちろん、暗殺とてたやすくできる……」
 
「ほう、ほう」
 ニュクスフォスが軽く眉を寄せる。
「不穏ですな」
 
 ――不穏なのはお前だ。いつも。
 クレイはほわほわと微笑んだ。

「ふふん。良い子にしていたら、装飾具は綺麗な装飾具のままでいるのだよ」

 ――おいたをしたら、僕はお前に牙を剥くのだ。

 肩をそびやかすようにして言い放てば、「なるほど、なるほど」と声が返される。

「わかったか、ニュクス?」
「ええクレイ様。とてもよくわかり申した!」

 キッパリはっきりと返す声が潔い。
 クレイはよしよしと目を細めた。

(これがコルトリッセンである。位が上の者であっても、相手の城の中であっても、僕は上位ポジションを取る。手綱とはこのように握るのである!)
 
「ニュクス。お前、聞くところによるとアクセルを縛ってポイってしたのだとか。あれは一応僕の父なのだから、名誉を汚す真似はならぬのだ。縛るまでは仕方ないとしてもポイって投げてはならぬのだ」

「それは申し訳ないっ、次に病公爵アクセルを縛った時は、いっそう丁重に扱うよう気をつけましょう!」

「お前、僕が病気で面会できないと嘘をついて客を帰したりしているだろう……会うか会わないかを決めるのは僕なので、勝手にやってはいけないのだ」
 
 調子に乗って続ければ、ウンウンと頷きが返されて紅の視線が一瞬だけ、フェアグリンを見た。
 フェアグリンが意を汲んだようにふわりと舞って、部屋中をくるくる遊ぶ。

 ニュクスフォスの大きくてあたたかな手が伸びて、クレイの髪を柔らかに撫でた。
 吐息が触れそうなほど近く寄せられた顔が甘やかに笑む。
 不思議な切なさみたいなものをチラつかせる瞳が綺麗で、まっすぐに見つめられるとその感情が伝播したみたいに胸がきゅう、となる。

(あ、その眼……)

 ――たまに見せる不可解な感情の渦。

 そして、色香。
 それに、クレイは弱いのだ。
 
「クレイ様、俺は申さねばならぬ」
 低く囁かれれば、クレイの頬にほわりと朱がのぼる。
「な、なあに」
 

「……それを決めるのは俺です、と」

 淡い燐光を魅せ、フェアグリンが棚にあった小瓶を抱えて机に飛ぶ。それを置いて、今度は引き出しから軟膏の器を運ぶ。宝石箱をあけて指輪を取る。衣装棚に隠された粉末入りの匂い袋を発見する――、

(あっ、それ僕の毒。そ、それも毒……)

 フェアグリンがひとつ、またひとつ部屋に隠された毒物を探りあてて机の上に集めていく。

(あ、ああ~っ、隠してたのが全部! これ、これ……取られちゃうやつだ。絶対そうだ!)

 クレイは涙目になった。

「物騒ですな。では、これも含めて全て没収、と」
 ニュクスフォスは目をすがめて呆れるような顔をして耳飾りを取り上げた。

「ぼ、僕の……僕の!!」
「おお殿下。俺にお宝を奪われて憤る表情も可愛らしい……うっかり新しい性癖に目覚めてしまいそうな心地がいたしますな。……まさに魔性」

 『お宝』を抱えたニュクスフォスが面白がるように笑って、長身を屈める。
 頬をぺろりと舐められると、クレイは目を釣り上げた。
 
「僕を舐めてはいけないのだ……僕の物を奪ってはいけないのだ……っ」
「他に没収して欲しい物騒なものはありますか? クレイ?」
「ない。ないよ……!」

「ありますな。離宮に……」
「!!」

 ニコニコとしたニュクスフォスの顔が恐ろしい真実を突きつけようとしている。
 それを悟って、クレイは青褪めた。


「妹君から贈られたたくさんの不健全な玩具が、ありますな……?」
「……!!」

 それは、それは、いつか封印したアレのことではあるまいか。
『騎士王』相手に使うのか~、などと妄想してドキドキしていた玩具の数々ではあるまいか。

「僕、使わなかった! 思い直して封印した! 僕は送り付けられただけで、悪くない……!!」
 
?」
「はっ……!」

「何をどう思い直されたのか、気になりますな!」

 部屋中の毒物を抱えて出ていったニュクスフォスは、その足で離宮に赴き、いつかクレイが封印した大量の玩具を回収した。
 
 そして、どうやら『歩兵』のほとんどが現在帝都にいないらしいと気付くのだった。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

処理中です...