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ユキナ

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三の罪状

蒼二狂イシ笑ウ月

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「ガボッ! ガボァッ!!」


凍てつく様な深夜の闇に、苦しみ踠く嗚咽の声が浸透していく。


“バシャバシャ”と叩き跳ねる音。それは水面を打つかの様に。


「だらしねえなぁ。まだ一分も経ってないってのに」


危機的な嗚咽とは対称的な、愉快そうとは裏腹の、水の様に透き通る中性的な声。


「溺死はこの世で最も苦しい死に方の一つ。何処まで我慢出来るか、まあ頑張ってみてよ」


まるで実験台みたいに、理不尽にさらりと言いのけ、胸ポケットにある箱からメンソールの煙草を一本取り出す。


「人間その気になれば、五分は頑張れる。煙草を吸い終わるまでが大体その位かな?」


口にくわえた長いメンソールの煙草を、闇でも映える銀色のジッポで火を点け、ゆっくりと吸い込んで燻らせる。


見上げた隙間に映る月へ向かって、紫煙が白く夜空に消えていった。


「グボァァァッ!!」


その間にも途絶える事の無い、苦しむ踠き声。気泡が漏れる。


「ファイトだ! 人間の限界を超えてみせろ!」


無茶苦茶かつ、支離滅裂な激励で高みの見物。


支配する者とされる者の構図。


都会の路地裏だろうか? 周りに人気は無い。


「二分経過。まだまだこれから。そろそろ耳鳴りがしてきたかな?」


支配する者は理不尽な発破を掛け――


「――ゴボッゴボァッ!!」


される者は明らかにこの都会の路地裏で、何故か為す術も無く溺れていた。


「人は呼吸を自我ではなく、無意識に行う。今のアンタは意図的に止めている状態……」


支配する者は煙草を吹かしながら、理不尽な講釈を垂れている。


無論聴こえる訳が無いだろうが。


「でもそれは止められるものじゃないんだな、これが。本能が必ず空気を求める。自我とは関係無くね。これは絶対不可侵の生理現象なんだよ!」


陽気な声にそんな事はお構い無し。既に三分が経過していた。


「ボブォッ!!」


悶えるされし者に変調の兆し。


「…………」


その呻きを最後に沈黙。しかし講釈に夢中なのか、その事に気付いていない。


「その結果どうなるか? 空気ではなく水を吸い込むアンタは肺に水が侵入し、一瞬でブラックアウト。つまり意識を失う……ってあれ!?」


ようやく気付き、支配する者は声の無くなった者へ近付き足蹴りをするが、既にピクリとも動いていなかった。


水中下でのブラックアウトは、直結の死を意味する。


「呆気ねえなぁ。もう少し粘れるもんだろうに……。まあいいか」


そう不満そうに、支配する者は遺骸をそのままに空を仰ぐ。


路地裏の隙間から見える夜空を照らす、燦々とした満月が美しい。


それは蒼の御印。


“戦慄の夜”


「日本も久々だな……」


そう呟き歩み出す。もう此処に用は無い。


「さてと――」


“蒼二狂イシ月ヘト笑ウ”


「派手に殺るかな」


“二つの蒼”


重なり合う月が狂おしいまでに――笑っていた。
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