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一の罪状

成立

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「貴方も御存知の通り、通常は狂座へアクセスする事は不可能となっております。幾重にも張り巡らされた、電脳精神回路の厳重包囲網によって」


琉月は事もなげに話を進めていく。


都市伝説とされた殺人サイトーー“狂座”。


アクセス出来ないのなら、それは只の噂に過ぎない。


だが“火の無い所に噂は起たない”


必ずベースとなった基があるからこそ、都市伝説として確かに存在する。


「だが憎悪の感情、その精神が臨界値を超えた時、初めてその道が開かれます」


そして狂座は確かに存在した。


琉月は其処に到るまでの経緯を説明している。


俄には信じ難いそのアクセス方法。


「貴方には分かるでしょう? この意味が、そして狂座という組織が持つ、その力の本当の意味を」


琉月の言葉の意味には、ある種の含みがあった。それは“知ってて敢えて”確認しているかの様に。


「今回のクライアントが、狂座へのアクセスを開く鍵となったのは、性的暴行を受けたのみではありません」


「…………」


「どういう事だ?」


ジュウベエは疑問を口にする。それがアクセスポイントとなる、最大の鍵としか思えなかったからだ。


「……最大のターニングポイントとなったのは、彼女の傍らにあった仔犬の死こそが、その臨界値を超えた事を管理部門より確認されています」


「あの仔犬がっ! 殺された……だと?」


ジュウベエはその事実に声を上げた。勿論その言葉は幸人以外に通じる事は無い。


ジュウベエもよく覚えていた。その仔犬の存在を。


「彼女の苦悩は如何程のものだったのでしょうね……」


表情こそ伺えないが、琉月は何処か遠い口調で紡ぎ出す。


まるでその気持ちが、手に取る様に分かっているかの様に。


「まあこちらも商売ですし、依頼は金銭で承っております。今回クライアントの依頼金は、これまで貯蓄してきた預金50万円。手数料その他諸々を差し引き、執行者のエリミネーターには、50%が取り分として支払われますが……如何がなさいます? 本来、貴方程のランクの者が請けるべき内容では無いのですが……」


琉月はビジネスの話へと移行する。そしてそれは本来、コードネーム『雫』には不釣り合いな依頼だという事も。


「引き請けよう……」


幸人は二つ返事で依頼を請ける。そこに迷いは無い。


「……噂通り変わってますね。上位になるほど、実入りの少ない依頼は請けないのが普通ですが……。それは情でしょうか?」


「うわぁ……嫌な性格してやがるぜ」


それが分かってて、敢えて幸人へ依頼を持ってきた琉月の真意に、ジュウベエが吐き捨てる様に嫌悪感を顕にした。


「関係無いな。憎しみに金額の大小は無い。その金に込められた想いを、俺が代わりに遂行する……それだけだ」


そう言い放ち、かくして依頼は成立する。


ジュウベエには、幸人がこの依頼を請けるであろう事は分かっていた。


“幸人は金額では動かない”


見ているのは、依頼者の憎しみの果てにある深淵の闇。


「なんにせよ、クライアントは大変喜ぶでしょう。恨みを晴らせるのですからね……」


「喜ぶだと? 憎しみは憎しみを呼び、果てしなく連鎖するだけだ。それは決して終わる事の無い、人の業……」


そう、この代行が無意味であるかの様に呟きながら、幸人は掛けてある銀縁眼鏡に手を添え、それをゆっくりと外していく。


「この目で見るのは初めてですが、本当にお美しいですね。冷酷な迄に……」


表情こそ仮面の裏で伺えないが、琉月の声からは恍惚の感情さえ滲み出ている。


何故なら幸人が銀縁眼鏡を外した瞬間、その姿が変貌を遂げていたのだから。


「狂座の誇る、最高のエリミネーターが一人。コードネーム『雫』……」


その漆黒の瞳は銀の眼(まなこ)へ。


そしてそれに呼応するが如く、その艶やかな黒髪までもが、燃える様な煌めく銀髪へと変貌を遂げていた。


琉月でなくとも、その至高の存在に誰もが魅入られてしまう程の。


「今宵、死神による正義の裁きが下される……ですか……」


表の顔から裏の顔へ。


幸人から『雫』へと移行した瞬間だった。


「正義? 人殺しに正義等あるはずが無い。狂座も俺も、金で悪を裁く極悪でしかない」


幸人、否『雫』は琉月の正当を一蹴に処す。


「だが、どうしても晴らせぬ恨みがある。晴らしたくとも行き場の無い恨みが……。それを代行する為に、必要悪として俺達は存在している」


それは殺人を正当化するつもりは毛頭無い、という信念の顕れか。


『雫』は消去代行、その遂行へと赴く為に、琉月に背を向け歩み出す。


「……事後処理はこちらの方で万全を期しておりますので、消去方法はご自由に。ただ今回、クライアントへの証拠提出の為、ターゲットを全消去してしまわないよう、配慮の方をお願いします。まあ貴方には必要無い、過ぎた助言でしたがね……」


琉月の声が聞こえるか否かの間には、『雫』の姿はジュウベエと共に、既にその室内には無かった。
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