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こちら付与魔術師でございます 戦争と商売拡大編
こちら付与魔術師でございます Ⅸ 中央平原攻防戦 Ⅱ
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表現が厳しい場面がございます。
苦手な方はお気を付けください。
読み飛ばしていただいてもそれほど影響は無いはずです。
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腹の底へと響く程の振動が馬上にいる騎士達の内蔵を抉る。
完全武装のため、呼吸がしづらい程の重さの甲冑が身体の節々に負担を掛けていた。足は馬の腹を跨ぐように革紐で固定されており、身動きは取れない。身体を動かすためには腰から上を使うしか無かった。
「ったくうちの大将はどうしてこう、無茶ばかりするかね」
現在自分を含む同僚達3000の騎馬隊は2列で平原を疾走している。建設途中の城塞都市を左手に右手には亡者の群れ。そしてその更に外、城塞側には本来先陣を切るはずであったジェンセン隊長の率いる重層騎兵が文字通り我々の盾となり併走していた。
「亡者共の最左翼と接触する! 各々方、生きて帰る事だけに集中しろ! 決して無理はするなーっ!」
本当の先陣を走り、今にも亡者の群れに接触する直前の我らが主、ルイス公爵から檄が飛ぶ。次の瞬間、何とも言えない、何かがぶつかり拉げる音が聞こえてきた。同時に直視したくない物体が全身に降り注ぐ。僅かに顎を引き喉を絞める。こうでもしていないと胃の中のモノが口から溢れ出しそうになるからだ。
もし、もし胃の中のモノが溢れ出したら・・・・・・、それこそこれまで生きてきた人生の中で最悪の事態に陥ることになる。私たちはフルフェイスの鋼鉄のヘルムで頭を覆っているのだ。その刻の惨状を想像しただけで身震いがする。
右足に柔らかいとも硬いとも言いがたい衝撃が走った。自分の左手を併走する同僚が何かを喚いている。
(ああ、腕を振らねば・・・・・・)
無意識に近い状態で私は腕を上から下へと振り下ろす。硬い感触の後、鈍い何かを斬り裂いた剣を再度振り上げる。紐で何重にも固定された拳を振り下ろす。そして振り上げ振り下ろす。この作業を繰り返す。
暫くすると愛馬が突然左斜めに寄り始める。左側にいた同僚と一瞬交差し、振り切った拳に抵抗が無くなった。それでも二度、三度と拳を振り上げ振り下ろす。
突然更に左側、城塞の方から衝撃が走った。慌てて視線を走らせるとそこには両腕に大楯を構え、針鼠と化した同僚が併走している。
どうやら意識が半分飛んでいたようだ。気を取り戻した自分は左手を軽く挙げ、意識が戻った事を同僚の重層騎兵に伝える。相手は右腕を軽く動かすと首を軽く沈ませ、左腕の盾で全身を覆った。
自分はゆっくりと呼吸を整える。もう少しで交代のはずだ。右に移動した同僚は亡者の群れに向かって剣を振るっている。もう少し、もう少しで自分が戦う番だ。もう気を乱すことは無い。ここは戦場なのだ。
突然金属と何かが擦れる音が左耳から入ってきた。ゆっくりと左に顔の向きを変えるとそこには馬から半分落ち、頭を地面にぶつけながら併走する先程の重層騎兵の姿が目に入って来る。
(ああ、もう助からない)
左半身を針鼠になりながら、馬から半分落ちている。それでも落馬する事も出来ずにただ、地に頭を打ち付けられている同僚。それでも馬は前を向き、立ち止まること無く併走している。
すぐにその同僚の後ろにいた重層騎兵が間を詰める。既に事切れているであろう同僚は更に城塞側へと押し出された。間を詰めてきた同僚が前を向けと合図を送ってくる。この者も無数の矢を全身に受け止めていた。
(すまん・・・・・・)
自分はヘルムの中で小さく呟くと再度拳を握りしめる。先頭の方から隊列が入れ替わり始めた。
さあ、自分の出番だ。死んだ同僚の為にも、祖国の為にもそして何より敬愛する公爵の為にも自分は亡者の群れに剣を振り下ろす。
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「ははは・・・・・・」
副将の口から乾いた声が漏れる。
ルイス公爵の騎馬隊が突撃を開始した。2列、いや、3列で亡者の群れの前面を容赦無く削ぎ取ってゆく。肉や臓腑が飛び散る様が城壁の上からも視認できた。弓隊の中で嘔吐く者すら出始めている。
(このような場所にいながら嘔吐くとはな。それにあの隊列になった意味を理解しているのか?)
そう、あの隊列は元々の陣形では無い。本来の陣形ならば一番こちら側にいる部隊が一番亡者の側に、それも先陣にいるはずであった。理由は簡単だ。こちらのミスだ。今でもかなりの量の矢があちらこちらから放たれている。ここまで王国軍の精神が貧弱であったとは・・・・・・。
何とか体勢を取り戻そうとはしているがまだ混乱は収まらない。それにこれからがこちらの本番になる。このままでは作戦に支障が出る。失敗したらあの戦場で必死に剣を振るう者達に顔向けが出来ぬ。
また一人、落馬・・・・・・ではない。馬に引きずられながらも前進している。亡者に殺されたわけでは無い。味方の矢に倒れたのだ。
馬ごと倒れない?
簡単な話だ。馬は装甲の重さで倒れることが出来ないのだ。馬も死して初めて倒れることが出来るのだ。それまでは唯々前方を走る馬の背を追い続ける。非情、無情、無茶苦茶としか思えない戦い方。
これはルイス公爵の用兵では無い。後方支援の我々が無様なために取られた苦肉の策だろう。不甲斐ないことだ。
最後尾の者達が戦場へと躍り出た。その後ろから亡者共が城塞へと進んで来る。ここからが我々の出番で二つ目の攻撃に入るのだ。
「魔術士隊を出せ! 味方に当てるな!」
城壁の上に陣取っている弓隊の間に数百名の魔術師が入り込む。数名が組になり詠唱を開始した。眼下の戦場、騎馬隊の走り抜けた場所へ次々と炎の塊が飛んでゆく。
着弾と同時に炎の塊が爆発を起こす。1つの爆発に追加の塊が飛び、数倍の炎に膨れあがる。大地を焼く炎。それは亡者達を巻き込み、次々と炭化させてゆく。
「魔力が尽きた者は城壁の下へ降りろ! 弓隊、矢に火を灯せっ!」
魔力の尽きた魔術師が下がるとそこを、矢に火を灯した弓隊が隙間を塞いでゆく。今度は端からなので先走って放っても問題は無い。無いのだが何故、皆が冷静になっているのか。もっと早ければ彼らの犠牲は最小限で済んだはずなのに・・・・・・。
今は考えても仕方が無い。
炎の壁の隙間からゆっくりと影が這い出してきた。それも炎の壁の阻まれ燃えてゆく。燃え尽き炭化した亡者を押しつぶし、炎を消し去りながら次々と沸き出す亡者達。
「弓隊、構え!」
一糸乱れぬ動きで角度を付ける弓隊の者達。それぞれの角度がある程度固定された瞬間、副官は手を振り下ろす。
「撃て!」
城壁の上から炎の滝が流れ出す。その朱色の水はゆっくりと向かってくる亡者共の頭上へと降り注いだ。忽ち炎に包まれる亡者共。
炎を嫌うのか左右にふらふらと動く亡者共は後続を巻き込み更に燃え広がる。城壁の上では感嘆の声が上がる。
「油断するな! 第2射用意!」
一瞬気が緩んだ弓兵達は慌てて次の矢に火を灯し配置へと戻った。
「第2射ぁ・・・・・・」
2射目を打たせようとした副官の声が止まる。弓隊の者達もめいいっぱい引き絞ったまま前を見つめたままだ。中には構えをとき城壁の真下を見始める者さえもいる。私は何が起きたか分からずに城壁の下へと視線を送った。
(モ、モンスターだと・・・・・・)
城壁の下には次々と地面に空いた穴から這い出すモンスター共が城壁へと取り付いていた。
「ぜっ、零距離射撃! 直下へ打ち下ろせ!」
副官の素早い対応。弓隊が一斉に狭間へと身体を寄せ、真下へと沸き出してくるモンスターへと弓を放ち始めた。
たちまち上がるモンスター共の絶叫。次々と打ち下ろされる矢の雨に城壁の下は大混乱になっていた。
それでも狭間にクロスボウから放たれたかぎ爪が次々とかかる。零距離からの攻城戦を仕掛けてくるようだ。弓兵数人が予備のダガーを抜きロープを斬りにかかる。
「伝令! 重歩兵を城壁の上へ上げろ! 下の方、城門及び補強の弱い所に重点的に軽歩兵を回すよう総大将の元へ走れ!」
私の言葉に慌てて階段の下へと降りてゆく伝令。
すぐに悲鳴が上がる。
慌てて様子を見に行くと・・・・・・、城壁の内側に巨大なワームが数匹蠢いていた。ワームが這い出してきた穴からは次々とゴブリンやコボルドなどのモンスターが沸き出している。
その様子を唖然とした表情で見ていた私の背に震えた声で副官が呼びかけてきた。
「どうした?! 何が・・・・・・」
振り返った私の目に飛び込んで来た存在。城壁の高さほどもあるそれらは巨大な棍棒を持ち、ゆっくりと大地を振るわせながらこちらへと一直線に進んで来る。
「巨人族・・・・・・」
目の前が真っ暗になる。
様子見から一転、中央平原の戦いは総力戦へと切り替わっていた。
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「また・・・・・・、増えたな・・・・・・」
私は森の中から出てきたアラクネ達を見回して思わず呟いた。
「ゴブサタシテオリマス、カーソンサマ」
アラクネを纏めているアスゼナとエステルが揃って前に出てきた。2匹の腕には小さなアラクネが抱かれている。
「二人とも子が出来たの?」
私の問いにアスゼナとエステルははにかみながら頷いた。
「ワタシタチハムセイセイショクデスカラ、ジキガキタラシソンヲフヤシマス。
オスハシコウヒン?ミタイナモノナノデス。イマハオスハウケイレマセン。カーソンサマニ、イツモトメラレテモヨイヨウニ、トイウヨリ、カーソンサマイガイヲ、コンゴウケイレルキハアリマセンノデ」
なんかとんでもないことを口走りやがった・・・・・・。
隣で聞いていた他の連中も微妙な表情を浮かべている。ニコニコと笑う2匹の笑顔に思わず目を彷徨わせた。思考を切り替えねば・・・・・・。
「ま、まぁ、その件はおいおいと・・・・・・。 で、今回の移住の件なのだが」
私は話題を素早く切り替えて話を進める。移住の話を持ち出すとアスゼナとエステルは抱いていた子供を他のアラクネ達に預け真剣な表情をつくる。
「フォルミードサマヨリチョウキノタビニナルトオウカガイシテイマスガ?」
特に問題があるのか?という口ぶりである。そこで私は現状を2匹に説明する。話をしているうちに2匹の表情が険しいものになってゆく。
「コノアタリノモンスタータチガキエテイマス・・・・・・、ワレワレガトウチャクシタトキニハスガタガアリマセンデシタ。ナニカカンケイガアルノデショウカ」
アスゼナの言葉に私は少し考える。どのような仕組みかは分からないが、アトンという存在はかなりの広範囲のものを操る能力を持っているようだ。
どのような者が対象になるのかは分からないが、この辺りも十分に危険だということだ。ましてやこれからその本拠地へと向かう。
私は連れて行く人数を絞る必要があると認識を改めた。
「・・・・・・目的地へ移動する人数を絞る」
私の言葉にみんなの表情が曇る。
「ちょっとカーソン、どういうこと?」
ルールウが一番先に声を上げた。バスティ、ユーリカ、ミュールも鼻息が荒い。ミルトとフォルテ、ルーミイはほっとした表情を浮かべている。不安そうな表情を浮かべているのはアラクネ達の代表であるアスゼナとエステルだ。
「予想以上にアトンの影響力が強いようだ。どこまでの能力があるか分からないので最低でもアラクネ達は行かない方が良いだろう」
私の言葉にアスゼナとエステルが泣きそうな表情を浮かべている。
「ア、アノ、ワタシタチハステラレルノデスカ・・・・・・」
アスゼナとエステルがジワジワと近づいてきて私の服をきゅっと握りしめた。8つの眼には大粒の涙が浮かんでいる。
ん?
泣き出しそうな表情の2匹を見て思わず疑問の声を上げてしまった。どうやら齟齬があるようだ。他の者達もキョトンとした表情をしている。
「い、いや。 何か勘違いを・・・・・・」
じりじりとしがみついてくる2匹を優しく引き離しながらもう一度最初から状況を説明する。頭を撫でてやりながら半刻程かけて説得し終えたとき、何故か後ろには行列が出来ていた・・・・・・。
「では出発する。ルールウ、フォルテ、ミルト、ルーミィとアラクネ達を頼んだ」
私の言葉に3人は大きく頷く。ルールウはかなりごねたが最終的に上げて上げて納得して貰った。そしてアラクネ達も説得しここで待って貰うように取り付けた。
護衛としてストーンゴーレム3体と鋼の竜2体をフォルテの指揮下に預ける。ルールウは自分の持ち物から竜牙兵を数十体呼び出してた。ルーミィ直轄とした竜牙兵も残してある。荷馬車も最低限の7台へと減らしている。
私たちは隊商を2つに分けると大急ぎで戦場である中央平原に向かい移動を始めるのであった。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
(ま、まぁ、そう落ち込むなって)
遙か上空。蒼が漆黒へと変わる境目。巨大な竜とその背中で膝を抱えて座っている女がいる。
「だって、だって、カーソン頼ってくれないんだもん・・・・・・」
人間離れした美しい女性は膝を抱え涙を拭いながら竜の背中に【の】の字を書いて半べそを掻いていた。
(ったく、突き放したり、めそめそしたり忙しい奴だなぁ)
巨大な白い竜は次元竜であるシャヴォンヌ。そしてその背中でいじけているのはカーソンの師匠である。
(どうせ、あれと殺り合うには実力が足りないと思うがなぁ、その刻にでも力を貸せばいいだろー)
投げやりなシャヴォンヌの言葉に師匠である女は思いっきり背中を抓る。
(いっ、いた、いた、痛いっ! 悪かったってば)
シャヴォンヌの謝罪を受け師匠の女は背中を抓っていた手を放し、地上に視線を落とす。その視線の先には大混乱に陥っている未完成の城塞都市と亡者の群れの中を駆け抜けるカサンドラの姿、そして半日ほど離れた場所を疾走するカーソンの乗る馬車が映っていた。
(もう! 早く頼ってくれればこんな事にならなかったのに! 会えたらお仕置きしてやる!)
視線を外さずにぶつぶつ呟く女を背に乗せたシャヴォンヌは大きく光のブレスを吐いた。
(まぁ、カーソンが危険になったらアノ女が助けに入るだろう。問題は解放された力を押さえつけられるかだがなぁ)
背中でいじけている女を余所に、シャヴォンヌも地上を眺めながら大いに悩むのであった。
表現が厳しい場面がございます。
苦手な方はお気を付けください。
読み飛ばしていただいてもそれほど影響は無いはずです。
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腹の底へと響く程の振動が馬上にいる騎士達の内蔵を抉る。
完全武装のため、呼吸がしづらい程の重さの甲冑が身体の節々に負担を掛けていた。足は馬の腹を跨ぐように革紐で固定されており、身動きは取れない。身体を動かすためには腰から上を使うしか無かった。
「ったくうちの大将はどうしてこう、無茶ばかりするかね」
現在自分を含む同僚達3000の騎馬隊は2列で平原を疾走している。建設途中の城塞都市を左手に右手には亡者の群れ。そしてその更に外、城塞側には本来先陣を切るはずであったジェンセン隊長の率いる重層騎兵が文字通り我々の盾となり併走していた。
「亡者共の最左翼と接触する! 各々方、生きて帰る事だけに集中しろ! 決して無理はするなーっ!」
本当の先陣を走り、今にも亡者の群れに接触する直前の我らが主、ルイス公爵から檄が飛ぶ。次の瞬間、何とも言えない、何かがぶつかり拉げる音が聞こえてきた。同時に直視したくない物体が全身に降り注ぐ。僅かに顎を引き喉を絞める。こうでもしていないと胃の中のモノが口から溢れ出しそうになるからだ。
もし、もし胃の中のモノが溢れ出したら・・・・・・、それこそこれまで生きてきた人生の中で最悪の事態に陥ることになる。私たちはフルフェイスの鋼鉄のヘルムで頭を覆っているのだ。その刻の惨状を想像しただけで身震いがする。
右足に柔らかいとも硬いとも言いがたい衝撃が走った。自分の左手を併走する同僚が何かを喚いている。
(ああ、腕を振らねば・・・・・・)
無意識に近い状態で私は腕を上から下へと振り下ろす。硬い感触の後、鈍い何かを斬り裂いた剣を再度振り上げる。紐で何重にも固定された拳を振り下ろす。そして振り上げ振り下ろす。この作業を繰り返す。
暫くすると愛馬が突然左斜めに寄り始める。左側にいた同僚と一瞬交差し、振り切った拳に抵抗が無くなった。それでも二度、三度と拳を振り上げ振り下ろす。
突然更に左側、城塞の方から衝撃が走った。慌てて視線を走らせるとそこには両腕に大楯を構え、針鼠と化した同僚が併走している。
どうやら意識が半分飛んでいたようだ。気を取り戻した自分は左手を軽く挙げ、意識が戻った事を同僚の重層騎兵に伝える。相手は右腕を軽く動かすと首を軽く沈ませ、左腕の盾で全身を覆った。
自分はゆっくりと呼吸を整える。もう少しで交代のはずだ。右に移動した同僚は亡者の群れに向かって剣を振るっている。もう少し、もう少しで自分が戦う番だ。もう気を乱すことは無い。ここは戦場なのだ。
突然金属と何かが擦れる音が左耳から入ってきた。ゆっくりと左に顔の向きを変えるとそこには馬から半分落ち、頭を地面にぶつけながら併走する先程の重層騎兵の姿が目に入って来る。
(ああ、もう助からない)
左半身を針鼠になりながら、馬から半分落ちている。それでも落馬する事も出来ずにただ、地に頭を打ち付けられている同僚。それでも馬は前を向き、立ち止まること無く併走している。
すぐにその同僚の後ろにいた重層騎兵が間を詰める。既に事切れているであろう同僚は更に城塞側へと押し出された。間を詰めてきた同僚が前を向けと合図を送ってくる。この者も無数の矢を全身に受け止めていた。
(すまん・・・・・・)
自分はヘルムの中で小さく呟くと再度拳を握りしめる。先頭の方から隊列が入れ替わり始めた。
さあ、自分の出番だ。死んだ同僚の為にも、祖国の為にもそして何より敬愛する公爵の為にも自分は亡者の群れに剣を振り下ろす。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
「ははは・・・・・・」
副将の口から乾いた声が漏れる。
ルイス公爵の騎馬隊が突撃を開始した。2列、いや、3列で亡者の群れの前面を容赦無く削ぎ取ってゆく。肉や臓腑が飛び散る様が城壁の上からも視認できた。弓隊の中で嘔吐く者すら出始めている。
(このような場所にいながら嘔吐くとはな。それにあの隊列になった意味を理解しているのか?)
そう、あの隊列は元々の陣形では無い。本来の陣形ならば一番こちら側にいる部隊が一番亡者の側に、それも先陣にいるはずであった。理由は簡単だ。こちらのミスだ。今でもかなりの量の矢があちらこちらから放たれている。ここまで王国軍の精神が貧弱であったとは・・・・・・。
何とか体勢を取り戻そうとはしているがまだ混乱は収まらない。それにこれからがこちらの本番になる。このままでは作戦に支障が出る。失敗したらあの戦場で必死に剣を振るう者達に顔向けが出来ぬ。
また一人、落馬・・・・・・ではない。馬に引きずられながらも前進している。亡者に殺されたわけでは無い。味方の矢に倒れたのだ。
馬ごと倒れない?
簡単な話だ。馬は装甲の重さで倒れることが出来ないのだ。馬も死して初めて倒れることが出来るのだ。それまでは唯々前方を走る馬の背を追い続ける。非情、無情、無茶苦茶としか思えない戦い方。
これはルイス公爵の用兵では無い。後方支援の我々が無様なために取られた苦肉の策だろう。不甲斐ないことだ。
最後尾の者達が戦場へと躍り出た。その後ろから亡者共が城塞へと進んで来る。ここからが我々の出番で二つ目の攻撃に入るのだ。
「魔術士隊を出せ! 味方に当てるな!」
城壁の上に陣取っている弓隊の間に数百名の魔術師が入り込む。数名が組になり詠唱を開始した。眼下の戦場、騎馬隊の走り抜けた場所へ次々と炎の塊が飛んでゆく。
着弾と同時に炎の塊が爆発を起こす。1つの爆発に追加の塊が飛び、数倍の炎に膨れあがる。大地を焼く炎。それは亡者達を巻き込み、次々と炭化させてゆく。
「魔力が尽きた者は城壁の下へ降りろ! 弓隊、矢に火を灯せっ!」
魔力の尽きた魔術師が下がるとそこを、矢に火を灯した弓隊が隙間を塞いでゆく。今度は端からなので先走って放っても問題は無い。無いのだが何故、皆が冷静になっているのか。もっと早ければ彼らの犠牲は最小限で済んだはずなのに・・・・・・。
今は考えても仕方が無い。
炎の壁の隙間からゆっくりと影が這い出してきた。それも炎の壁の阻まれ燃えてゆく。燃え尽き炭化した亡者を押しつぶし、炎を消し去りながら次々と沸き出す亡者達。
「弓隊、構え!」
一糸乱れぬ動きで角度を付ける弓隊の者達。それぞれの角度がある程度固定された瞬間、副官は手を振り下ろす。
「撃て!」
城壁の上から炎の滝が流れ出す。その朱色の水はゆっくりと向かってくる亡者共の頭上へと降り注いだ。忽ち炎に包まれる亡者共。
炎を嫌うのか左右にふらふらと動く亡者共は後続を巻き込み更に燃え広がる。城壁の上では感嘆の声が上がる。
「油断するな! 第2射用意!」
一瞬気が緩んだ弓兵達は慌てて次の矢に火を灯し配置へと戻った。
「第2射ぁ・・・・・・」
2射目を打たせようとした副官の声が止まる。弓隊の者達もめいいっぱい引き絞ったまま前を見つめたままだ。中には構えをとき城壁の真下を見始める者さえもいる。私は何が起きたか分からずに城壁の下へと視線を送った。
(モ、モンスターだと・・・・・・)
城壁の下には次々と地面に空いた穴から這い出すモンスター共が城壁へと取り付いていた。
「ぜっ、零距離射撃! 直下へ打ち下ろせ!」
副官の素早い対応。弓隊が一斉に狭間へと身体を寄せ、真下へと沸き出してくるモンスターへと弓を放ち始めた。
たちまち上がるモンスター共の絶叫。次々と打ち下ろされる矢の雨に城壁の下は大混乱になっていた。
それでも狭間にクロスボウから放たれたかぎ爪が次々とかかる。零距離からの攻城戦を仕掛けてくるようだ。弓兵数人が予備のダガーを抜きロープを斬りにかかる。
「伝令! 重歩兵を城壁の上へ上げろ! 下の方、城門及び補強の弱い所に重点的に軽歩兵を回すよう総大将の元へ走れ!」
私の言葉に慌てて階段の下へと降りてゆく伝令。
すぐに悲鳴が上がる。
慌てて様子を見に行くと・・・・・・、城壁の内側に巨大なワームが数匹蠢いていた。ワームが這い出してきた穴からは次々とゴブリンやコボルドなどのモンスターが沸き出している。
その様子を唖然とした表情で見ていた私の背に震えた声で副官が呼びかけてきた。
「どうした?! 何が・・・・・・」
振り返った私の目に飛び込んで来た存在。城壁の高さほどもあるそれらは巨大な棍棒を持ち、ゆっくりと大地を振るわせながらこちらへと一直線に進んで来る。
「巨人族・・・・・・」
目の前が真っ暗になる。
様子見から一転、中央平原の戦いは総力戦へと切り替わっていた。
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「また・・・・・・、増えたな・・・・・・」
私は森の中から出てきたアラクネ達を見回して思わず呟いた。
「ゴブサタシテオリマス、カーソンサマ」
アラクネを纏めているアスゼナとエステルが揃って前に出てきた。2匹の腕には小さなアラクネが抱かれている。
「二人とも子が出来たの?」
私の問いにアスゼナとエステルははにかみながら頷いた。
「ワタシタチハムセイセイショクデスカラ、ジキガキタラシソンヲフヤシマス。
オスハシコウヒン?ミタイナモノナノデス。イマハオスハウケイレマセン。カーソンサマニ、イツモトメラレテモヨイヨウニ、トイウヨリ、カーソンサマイガイヲ、コンゴウケイレルキハアリマセンノデ」
なんかとんでもないことを口走りやがった・・・・・・。
隣で聞いていた他の連中も微妙な表情を浮かべている。ニコニコと笑う2匹の笑顔に思わず目を彷徨わせた。思考を切り替えねば・・・・・・。
「ま、まぁ、その件はおいおいと・・・・・・。 で、今回の移住の件なのだが」
私は話題を素早く切り替えて話を進める。移住の話を持ち出すとアスゼナとエステルは抱いていた子供を他のアラクネ達に預け真剣な表情をつくる。
「フォルミードサマヨリチョウキノタビニナルトオウカガイシテイマスガ?」
特に問題があるのか?という口ぶりである。そこで私は現状を2匹に説明する。話をしているうちに2匹の表情が険しいものになってゆく。
「コノアタリノモンスタータチガキエテイマス・・・・・・、ワレワレガトウチャクシタトキニハスガタガアリマセンデシタ。ナニカカンケイガアルノデショウカ」
アスゼナの言葉に私は少し考える。どのような仕組みかは分からないが、アトンという存在はかなりの広範囲のものを操る能力を持っているようだ。
どのような者が対象になるのかは分からないが、この辺りも十分に危険だということだ。ましてやこれからその本拠地へと向かう。
私は連れて行く人数を絞る必要があると認識を改めた。
「・・・・・・目的地へ移動する人数を絞る」
私の言葉にみんなの表情が曇る。
「ちょっとカーソン、どういうこと?」
ルールウが一番先に声を上げた。バスティ、ユーリカ、ミュールも鼻息が荒い。ミルトとフォルテ、ルーミイはほっとした表情を浮かべている。不安そうな表情を浮かべているのはアラクネ達の代表であるアスゼナとエステルだ。
「予想以上にアトンの影響力が強いようだ。どこまでの能力があるか分からないので最低でもアラクネ達は行かない方が良いだろう」
私の言葉にアスゼナとエステルが泣きそうな表情を浮かべている。
「ア、アノ、ワタシタチハステラレルノデスカ・・・・・・」
アスゼナとエステルがジワジワと近づいてきて私の服をきゅっと握りしめた。8つの眼には大粒の涙が浮かんでいる。
ん?
泣き出しそうな表情の2匹を見て思わず疑問の声を上げてしまった。どうやら齟齬があるようだ。他の者達もキョトンとした表情をしている。
「い、いや。 何か勘違いを・・・・・・」
じりじりとしがみついてくる2匹を優しく引き離しながらもう一度最初から状況を説明する。頭を撫でてやりながら半刻程かけて説得し終えたとき、何故か後ろには行列が出来ていた・・・・・・。
「では出発する。ルールウ、フォルテ、ミルト、ルーミィとアラクネ達を頼んだ」
私の言葉に3人は大きく頷く。ルールウはかなりごねたが最終的に上げて上げて納得して貰った。そしてアラクネ達も説得しここで待って貰うように取り付けた。
護衛としてストーンゴーレム3体と鋼の竜2体をフォルテの指揮下に預ける。ルールウは自分の持ち物から竜牙兵を数十体呼び出してた。ルーミィ直轄とした竜牙兵も残してある。荷馬車も最低限の7台へと減らしている。
私たちは隊商を2つに分けると大急ぎで戦場である中央平原に向かい移動を始めるのであった。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
(ま、まぁ、そう落ち込むなって)
遙か上空。蒼が漆黒へと変わる境目。巨大な竜とその背中で膝を抱えて座っている女がいる。
「だって、だって、カーソン頼ってくれないんだもん・・・・・・」
人間離れした美しい女性は膝を抱え涙を拭いながら竜の背中に【の】の字を書いて半べそを掻いていた。
(ったく、突き放したり、めそめそしたり忙しい奴だなぁ)
巨大な白い竜は次元竜であるシャヴォンヌ。そしてその背中でいじけているのはカーソンの師匠である。
(どうせ、あれと殺り合うには実力が足りないと思うがなぁ、その刻にでも力を貸せばいいだろー)
投げやりなシャヴォンヌの言葉に師匠である女は思いっきり背中を抓る。
(いっ、いた、いた、痛いっ! 悪かったってば)
シャヴォンヌの謝罪を受け師匠の女は背中を抓っていた手を放し、地上に視線を落とす。その視線の先には大混乱に陥っている未完成の城塞都市と亡者の群れの中を駆け抜けるカサンドラの姿、そして半日ほど離れた場所を疾走するカーソンの乗る馬車が映っていた。
(もう! 早く頼ってくれればこんな事にならなかったのに! 会えたらお仕置きしてやる!)
視線を外さずにぶつぶつ呟く女を背に乗せたシャヴォンヌは大きく光のブレスを吐いた。
(まぁ、カーソンが危険になったらアノ女が助けに入るだろう。問題は解放された力を押さえつけられるかだがなぁ)
背中でいじけている女を余所に、シャヴォンヌも地上を眺めながら大いに悩むのであった。
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