こちら付与魔術師でございます

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こちら付与魔術師でございます

こちら付与魔術師でございます ⅩⅨ 後片付けと大量発注! 受けるべきか?! 断るべきか!?

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いやいや、100匹のアラクネに囲まれるなんて恐ろしかったですね。

しかし、彼女らも労働力として働いてくれるというのです。

一気に100人を雇ったようなものですが、彼女らどれくらい食べるのでしょう。

体格良いですからね。

アラクネの糸、どう使えるのでしょう?

何か良い使い道があれば良いのですが。

あとは事後処理をどう誤魔化すかです。

さて、問題はもうひとつの砂鉄の方ですね。

やはりギルドの方から骨格を購入するしかないですね。

ここはバスティに行ってもらうしか無いです。

それとミルトをどうするかです。

応相談ですね。

1度、家に帰ってからじっくり話し合う必要がありそうです。

神聖魔法を使える人がいることは結構重要ですから。

それでわ!


 私とアラクネ達の交渉が成立してから最初の夜になった。私はアラクネの長、アスゼナの前に座っている。今後のことを話し合うためだ。移動する距離はおよそ70km。正直卵を抱えての移動は時間がかかるらしい。そのために私はバスティとミルトを馬車で返した。
 バスティには蜜穴熊のバッグを使って物置部屋へ卵を移送すること、ミュールに元住処の場所をアラクネ達に提供し、同時に発掘作業をしてもらうこと、それとリザードマンの骨格の買い取り、ミルトをミュールへ紹介すること。特に卵の件はミュールが間違えて食べたり、調理したりするとまずいので徹底してもらうことにした。
 ミルトには金貨30枚を渡し、野菜や果物を中心に大量に買い物をしてもらうことを依頼する。30枚のうち5枚はミルトへの報酬として渡した。

 「さて、問題は住んでもらう場所への移動だが・・・・・・」
  
 私は地図を拡げてアスゼナと向き合っていた。王都方面から回り込むのは難しい。今はルイスの街から警備隊が出ているはずなのでアラクネの大群が移動していたら討伐されてしまう。正直、王都側とは逆回りでルイスの街を大きく迂回して行くしかない。しかし、その間にはいくつもの村や町がある。とても見つからずに動けるはずは無い。
 アスゼナにここまでどのように移動してきたかを聞くと、なるべく森の中を通り、襲われると最小限の被害でなるべく逃げていたという。この場所について2週間程度が経っているがやはり10人ほどが死んだという。
 (余談だが元々、匹と呼んでいたが完全に意思疎通が出来、害は無いので人と呼ぶことにした)

 私は申し訳ないとは思いながら、アスゼナにキツい提案をした。
  
 「なぁアスゼナ、仲間の死体を侮辱するようで申し訳ないのだが、死体を利用させてもらっても良いかな?」
  
 私の無礼な問いに周りにいたアラクネ達が一斉に立ち上がった。それをアスゼナが手で制した。
  
 「トウバツシタヨウニミセカケルトイウコトカ?」
  
 私は黙って頷く。さらにアラクネ達数人が動こうとするがアスゼナに睨まれて動きを止めた。アスゼナは目を閉じ、腕を組んで考え込んでいる。私も死者を侮辱するのは失礼だと思うし、後味が悪い。しかしどこかで落としどころを作らないといけないのもまた事実。私と数体のアラクネの間に嫌な雰囲気が流れていた。
  
 「スコシジカンガホシイ。ナカマヲセットクシテミル・・・・・・」
  
 アスゼナはゆっくりと立ち上がり、いくつかの単位に別れているアラクネ達から1人、2人ずつを呼び寄せて集まった。そこでは大声で話し合いが始まる。怒号さえ飛び交っていた。私は自分の周囲に薄い半円状の結界を張る。これは防御用では無く警戒用の結界だ。胎内に侵入者がいれば直ぐに分かる。
 しばらくすると結界の中に小さな反応が現れた。私はその方向に視線を向け、雷系の魔法を唱え始めた。
ガサガサという音と共に1m程度のアラクネが現れた。どうやら子供のようだ。おどおどとしてこちらを視ていたので手招きをしてみる。アラクネの子供はテクテクと近づいてきた。そのまま私の横にちょこんと座る。

 「名前は?」
 「・・・・・・エステル」
  
 エステルと名乗ったアラクネは全ての眼で私を見つめる。やはり人間が珍しいのか私の腕や頬をつついたり引っ張ったりしている。
  
 「なぁ、エステル? 君のお母さんはどこにいるの?」
  
 私の問いに黙って俯いた。小さな声がぽそりと漏れる。
  
 「シンジャッタ・・・・・・。ココヘツイテスグニ、ニンゲンニコロサレチャッタノ・・・・・・」
  
 思わず目を覆ってしまった。あまりにも不味いことを聞いてしまったからだ。この子はここで母親を殺された。私が先程した提案はエステルの母親を悪者に仕立て、退治したことにする事だった。知らなかったこととはいえ心が痛む。
その様子を見て取ったのか、エステルが声を掛けてきた。
  
 「オニイチャンガワルイワケジャアナインダヨ。シカタナイノ・・・・・・。」
  
 そう言ってエステルが黙って立ち上がり、私をどこかへ引っ張って行こうとする。殺意などは感じられなかったため、私はそのままエステルについていった。一応の警戒はしておく。もっともそれすらも卑しいと思う自分がいることには驚きだった。


 少し歩くと開けた場所に出た。そこにはいくつもの土が盛り上がっている。その横には燃えたような痕があり、アラクネの下半身と思われる足などが転がっていた。その奥には綺麗な状態のアラクネの下半身が数体分並んでいる。
  
 「これは?」
 「・・・・・・オハカ」
  
 エステルは黙って話し始めた。ここに住み着いて死んだ者達を埋めたらしい。ただ、普段集団で生活・移動しないアラクネ達が集団だったため埋葬する場所に困った。それで首だけ刈り取り、埋めたという。頭から下は燃やしたということだ。それが近くにある燃え痕だという。
  
 「あれは?」
  
 私が指差した方にはアラクネの下半身が立っている。
  
 「アレハワタシタチノヌケガラ。 セイチョウスルタビニ ダッピスルノ」
  
 私もアラクネの生態に詳しくはないので初めて知った。どうやら成長に合わせて数十回脱皮するそうだ。とりあえず私は土の塚に手を合わせた。これは東方の国にある祈り方だそうだ。私は特に信仰している神がいるわけではないのでこの祈り方を重宝している。
  
 「オニイチャン、モドロウ。ムコウデサワイデイル」
  
 エステルの言葉で私はもと来た道を戻り始めた。
  
  
 「エステル、ドコニイタノ!」
  
 私たちが戻ったとき、アラクネ達は二つに分かれていた。6割程度がアスゼナの方にいる。声を掛けたのはその反対側にいるアラクネの1人だ。エステルは私の腕にしがみつく。
  
 「私が森を案内してもらっていたのですが?」
  
 声を掛けてきたアラクネがこちらを睨み付ける。すぐにも飛びかからんばかりだ。その様子を見たアスゼナが私たちとの間に入った。
  
 「ココデシカケルノナラバ、ワタシガアイテニナル」
  
 アスゼナの冷徹な声に睨み付けていたアラクネが数歩下がった。アスゼナは振り返らずに私に声を掛けてくる。
  
 「ブンレツシタヨ、ムコウハアナタノテイアンイハノラナイ。ココヲスミカトスルソウダ」
  
 アスゼナの声は心なしか弱々しかった。その言葉の終着点が見えているからだろう。そうなれば私も引くことは出来ないし、仮に引いたとしてもルイスの街から討伐隊が出てくるのは間違いない。当然ほとんどが殺されるはずだ。
  
 「どうにもならないか?」
 「ワタシノチカラデハコレガゲンカイダ」
  
 その言葉に私は決心を固めた。アスゼナに私についてくる者達を私の後ろに下がらせるように促す。すぐにアセズナの指示でアラクネ達が割れてゆく。私は、最後に確認をとった。
  
 「アラクネ達よ。これが最後の判断だ。ここから立ち去るか、死ぬか。私が引いたとしても直ぐに千人単位の人間がお前達を退治しに来る。それでもここに残るなら・・・・・・、私が相手になる」
  
 私の言葉に前後から囁き声が漏れる。私は振り返り、アスゼナの顔を見た。アスゼナは目を伏せ、黙って頷いた。
 私はエステルをアスゼナに預けると、わざと相手側に聞こえるように詠唱を始めた。向こう側のアラクネ達は徐々に包囲を縮めてくる。詠唱は直ぐに完成した。相手側の先頭に立つアラクネに火炎球を放つ。燃えさかる炎は3人のアラクネを一気に飲み込んだ。暗い森を炎が赤々と照らす。
 その炎にアラクネ達の影が映し出された。慌てふためくアラクネ達に雷の槍が降り注ぐ。更に数人のアラクネがその場に倒れ伏した。数人のアラクネが一気に間合いを詰めてくる。細く尖った足の先端が私に届く前に、それはひしゃげてゆく。突っ込んできたアラクネ達から悲鳴のようなものがあがった。私が倒れ込むアラクネ達に近づくと、その身体はギジギジという音を立てて潰されてゆく。それは一瞬の出来事では無く、私が歩く速度に合わせ徐々に潰される。その間アラクネ達は断末魔の悲鳴を上げ続けた。
 すでに十数人のアラクネの死体が転がっている。リーダー格のアラクネ以外は後ろに下がり始めていた。
  
 「チクショウ、シネェェェェェ」
  
 リーダー格のアラクネが糸を錐状にして伸ばしてくる。しかし私に届く前にぐしゃりと潰れ、空中で止まった。私はその時次の魔法を唱え終えていた。
  
 「火炎延」
  
 冷徹な言葉に私の眼前に炎が撒き散らかされる。その炎はアラクネの放った糸を辿り、一気に燃え広がった。
  
 「グギャァァァァァァァ」
  
 糸の出元であるアラクネの尻は盛大に燃え広がる。アラクネはたまらず地面を転げ回る。私は魔法結界と圧縮した重力魔法を解き、近づいて行った。
  
 「すまないな、死んでもらう。 荒御珠あらみたま
  
 私の言葉に周囲に数百の珠が浮かびあがる。瀕死の状態で立ち上がろうとするアラクネに数百の珠が襲いかかった。
 前後左右上下から珠が襲いかかる。それは、アラクネの全身をそぎ落とし、陥没させ、かちあげる。そしてまた叩きつけ、跳ね上げる。 
 次第にアラクネの身体は元を留めないように磨り潰され、でこぼこになってゆく。隙を見て飛びかかろうとしていたアラクネ達も、動くことも声もあげる事も出来ずに見ているだけとなる。
それは後ろから呼び止められるまで続いた。


-----後始末-----

 「オニイチャン、モウヤメテアゲテ・・・・・・」
  
 それはエステルの小さな震える声だった。私は大きく息を吐くと荒御珠の動きを止めた。ドシャリという音とともに肉塊と化したそれは地面に落ちる。もう息は無い。
  
 「さて、もう止めにしませんか? 私もこれ以上はしたくないです。この場から立ち去るならばこれ以上は何もしません。良くお考えください」
  
 私はそれだけを言うとアスゼナ達の方へ歩いて行く。アスゼナ達もさすがに恐怖の表情を浮かべていた。
  
 「アスゼナさん。あの村の糸をほどいて村人を蘇生させるまでにどれくらいの時間がかかりますか?」
  
 私の問いにアスゼナは直ぐに答えた。
  
 「ハッ、ハィ。イトヲホドクノニコノニンズウダトフツカクライデ、ソセイサセルニハミッカカカリマス」
  
 何故か丁寧語になっているアスゼナを横目に私は考え込んだ。
 
 (合計5日か、少しかかりすぎだな・・・・・・)
 
 私が考え込んでいると、アスゼナがゆっくりと近づいてきた。まるで腫れ物にでも触るようだ。視線を向けると先程まで対立していた集団とアスゼナが率いていた集団が話し込んでいた。
  
 「カーソンサマ、アチラノシュウダンデスガ、ヤハリツイテイキタイトイッテキタモノガイルノデスガ・・・・・・」
  
 アスゼナが言うには、元々集団で生活しないアラクネ達が不安に駆られて反発したのと、遺骸の取り扱いの件がうまく説明できていなかったこと(これはアラクネの常識を大きく逸脱してしまっていたため)が離脱の原因だったそうだ。それを私が最後に葬ったアラクネの集団がうまく扇動して分裂した。それで争いになってしまったようだ。
 それでも10人ほどはやはり離脱し、この場所からは去ると言っているらしい。残るのは小さな子を連れた母親達がほとんどのようだ。
  
 「統制できるかい? 一度は離反した者だろうし、遺骸の扱いに反発する者もいるのでは?」
  
 私の問いにアスゼナは大丈夫だと言い、自分が今後うまく統率するから何とか許して欲しいと言ってきた。いつの間にか側にはエステルと他に小さなアラクネ達が近づいてきていた。それはもうひとつの集団にいた子供達も含まれているようだ。
子供達の視線が私の顔に向けられてた。そうされると私もそれ以上は何も言えない。後でアスゼナには色々と注意しておこう。
 私は全てのアラクネ達を近くに集めるように言う。その指示に従い全てのアラクネが集まった。その数およそ70人。離脱組は少し離れてはいるが私の声が届く範囲にいる。
  
 「アラクネ達よ、私の土地に来る者はすべてアスゼナ、もしくは私の言葉に従ってもらいます。別に強制労働とかをさせるわけでは無いです。移った土地が気に入らない場合は去ることを止めることはしません。ただし、アスゼナ、もしくは私に一言伝えて去ってください」
  
 私はそこで1呼吸置いた。ここからはアラクネ達の不安を解消するための言葉になるからだ。
  
 「そして去る前に、不満の原因がどこにあるのかを言ってください。それはアスゼナを通してではなく、直接私に言って欲しいです。先程の戦いが皆さんの心に恐怖を植え付けたかも知れませんが、あれはあくまで最悪の対応です。不満を持ったままでは集団生活は出来ません。集団での生活経験がないのなら尚更です。連絡手段は確保します。仕事が落ち着くまでの食料も確保します。絶対に勝手なことをしないと誓ってください。それが、私の土地に移住する条件です」
  
 アラクネ達は互いに顔を見合わせる。しかし不満があるわけでは無さそうだ。どちらかと言えば安心したという感じを受ける。離脱組は複雑な顔をしているが・・・・・・。
  
 「離脱するアラクネ達、あなた方はこのまま北か東へ移動してもらいます。この付近に留まれば、私が困りますし先程のように対応しないといけません。折角生き延びたのですから、ここでの殺し合いは最後にしましょう」
  
 私の言葉遣いは丁寧だが、先程の戦いの話を織り込んだために離脱組も黙って頷いている。
  
 「遺骸を利用する件ですが、先程の戦闘でそちらにもかなりの死者が出ています。これをそのままにして村人には納得してもらうつもりです。最初の死者を掘り起こしたりはしません。ただし、脱皮した抜け殻は利用させていただきます」
  
 そこには全てのアラクネ達が同意し、中には笑顔を見せる者達もいる。とりあえず子供のアラクネ15人を除き、離脱組を含めた全員で直ぐに糸を解く作業を開始することで全員が納得した。
  
 アラクネ達は忙しく走り回っていた。村の外側から徐々に糸を外してゆき、私の横に積んで行く。
 最初、私の魔法の炎で焼くことが出来るかを聞いてみたが、全体に燃え広がると言うことで却下された。そういえば最後の相手もえらい目に遭っていた。炎に耐性があるのならば商売に使えるかとも思ったが、無理そうなのでとりあえず素材として確保することにしたのだ。後でアスゼナに普段の使い方を聞いてみようと思う。
 それから、抜け殻を見に行ったがこちらはかなり硬質に出来ているうえに、とんでもなく軽い物だった。最初は遺骸と共に利用しようと思っていたが、持ち帰ることにした。後で聞いたのだが、抜け殻は少し恥ずかしいものだということだったが、役に立つのならということで換金の対称にすることで話がついた。
 村中の糸が解け、住人のみになった時に離脱組の10人に先に行くように促した。その際、困ったらということで移住先の地図を一応渡しておいた。もっとも地図が読めるかは分からないが・・・・・・。
 

-----無茶な発注-----
 
 離脱組が出た日の夕方、バスティが戻ってきた。馬車では無く1頭の軍馬に乗っている。聞くと緊急の用件があり馬車では遅いと判断し馬を買ったらしい。
ルイスの街の騎士が見に来たのかと焦ったので後でデコピンをかましておいた。
  
 「で、緊急の用件って?」
  
 私の問いに、近くに寄ってくるアラクネの子供達を微妙な顔で見ながら答えた。
  
 「緊急の発注が入ったのでお知らせに来ました。依頼主は領主のカサンドラ・ルイス伯爵です。物は長剣が1000本とフルプレートアーマーが1000です。材料は全て領主持ちということです。依頼料は10000金貨だそうです」
  
 さすがの私も頭を抱えた。
 1000・・・・・・無茶すぎる。料金的にもキツい。
それに日付がかかりすぎる。魔法を付与しながら1000本の長剣と同数のアーマー。サンダーゴーレム、ヒートゴーレム、ミュール全員でかかっても2月はかかる。
 それ以前に魔力が根本的に足りない。高音言語魔法を使うとしても身体の負担は相当大きい。また、付与する魔法の種類によっても違ってくる。
  
 「あー、期間と付与する魔法の種類はわかりますか?」
  
 バスティの顔が曇る。少し考えているようだ。
  
 「主様、それなのですが・・・・・・、まず、期間は2週間。そして・・・・・・その、魔術の付与は必要ないそうです」
  
 私は自分の口元が引きつるのが分かった。
2週間・・・・・・。
しかも付与魔術師に仕事を依頼するのに魔術付与は要らないだと・・・・・・。
私の怒気を察知したのか、アラクネの子供達が一斉に私達の回りから走り去って行き、木の後ろに隠れ込んだ。
  
 「う~、返答期限は?」
  
 バスティがまた言葉を詰まらせながら答えた。
  
 「あ、明後日だそうです・・・・・・」
  
 最後は消え入るような声になっている。
はぁ、無茶を言う・・・・・・。
 当然バスティは私が今、仕事でルイスの街を離れていることは伝えたらしい。しかし、それでも期限は変わらなかったそうだ。そして依頼は一応全ての鍛冶屋に廻っているという。ほとんどの鍛冶屋は依頼を放棄したらしい。バスティはそこまで情報を集めて来てくれていた。
  
 「ミルトがかなり動いてくれたので助かりました」
  
 バスティが、反発していたミルトと協力してくれたようだ。
 やはり実力は別としてもコネクションの広さと魔獣モンスターの知識を持つミルトは雇うべきかも知れない。そう考えながら、もう一度発注の件を考え直した。
 長剣の1000本は正直早い。十分間に合う。問題はフルプレートアーマーだ。これは部分ごとに作らなければならないうえに、致命的な問題があった。それは1度もゴーレムやミュールに作らせたことが無いということだ。経験無しの作業を魔術付与が要らないのならばゴーレムとミュールに長剣1000本を任せても十分間に合うだろう。やはり問題はアーマーだ。
  
 「バスティ、これ本当にカサンドラ伯爵の依頼か?」
  
 私は単純なことに気がついた。誰も受けなければ発注者であるカサンドラ伯爵はどうするつもりなのだろう?
 そもそも、騎士団の装備は十分に整っているはずだ。それに不足していた鉄鉱石はどこから出てきた?
 私の疑問にバスティはそこまでは分からないという。ただ、各鍛冶屋に依頼をした人物はドロワという人物だったそうだ。

 「ドロワ・・・・・・、ドロワねぇ・・・・・・。ぁあ、あいつか!」
  
 ドロワの顔を思い出すのにしばらくかかった。
 あの魔術師ギルドで出てきたカサンドラ伯爵の政務補佐官か・・・・・。私は何か嫌な予感がした。魔術付与がされている長剣とアーマーならば報酬は安すぎるが、付与されていない物ならば逆に高すぎるのだ。しかも異様なくらい短期間の仕事。
 本来ならば戻って確認するのが一番なのだろうが、今はアラクネ達のことで手一杯だ。村人達を解き放ち、アラクネ達を安全な場所へ移動させる必要がある。
  
 「バスティ、誰にも知られずにカサンドラ伯爵へ繋ぎをとれる?」
  
 バスティは少しお金がかかるといいながら頷いた。私は必要な額を聞き出すとそれをバスティに渡し街へ戻るように伝えた。それとミュールに糸と抜け殻を送るので直ぐに素材置き場へ運ぶように伝えてもらう。そしてミルトに馬車ですぐここへ来るように伝言を頼んだ。
 バスティは残りの情報、リザードマンの骨格の買い付けの完了とミルトの食料の買い付けが済んだことを伝え、休憩もそこそこに馬に飛び乗ってルイスの街へ走って行く。
私はバスティを見送ると、作業中のアスゼナに声を掛ける。
 
 「アスゼナ、すまないが少しだけ作業を急いでくれないだろうか?」
  
 私の急な要求にアスゼナは黙って頷く。アスゼナがアラクネ達を呼び寄せ、何かを指示していた。子供達も混ざっている。指示を受けたアラクネ達は、細かいグループに分かれて作業を始めた。どうやら、糸を解くのを無理矢理解きにかかったようだ。スピードが格段に上がっている。先程まで綺麗に巻かれた糸はぶつ切りで運ばれてくる。運んでいるのは子供達だ。私は子供達に綺麗な山とぶつ切りの山、2つに分けるように言う。子供達は運んでくるたびに糸をより分けていった。
 夜になると更に動きは速くなる。アスゼナに聞くともともとアラクネは夜行性らしい。村を襲撃したときも夜中だったのでほとんど抵抗を受けなかったという。今は5交代で作業を進めている。夜行性と言っても昼に活動する者達もいる。
 食事は材料だけを家の冷凍室から蜜穴熊のバッグを使い取り出して調理する。食べて休息、作業、食べて休息、作業ととんでもない重労働を繰り返している。非効率に見えるが、疲れが溜まらないうちに休みを取るので意外と復帰も早い。しかし女性ばかりなのでダウンする者達も出始めた。ミルトが次の日の昼に来るまでにすでに村人半分以上の糸を解いていた。
 ミルトが来てから、私と二人抜け殻を蜜穴熊のバッグに詰め込む作業を始めた。ミルトは抜け殻を軽く叩いてみたり、ナイフで斬ってみたりしている。意外と傷がつかない。
  
 「これ、防具とかの素材に良さそうですね」
  
 ミルトが部分単位に解体しながら声を掛けてきた。私は解体された物をバッグの中に放り込んでいる。
  
 「そうだね。こんどこれに何かの魔法を付与して使ってみようか。結構色も綺麗だし、アクセサリーとしても使えるかも・・・・・・」
  
 そこまで言うとミルトが露骨に嫌そうな顔をする。
  
 「お言葉ですが・・・・・・、さすがに蜘蛛が材料のアクセサリーは一般女性に売るのはどうでしょう・・・・・・」
  
 ん~、蜘蛛とはいえアラクネなんだけどなぁ。やっぱり防具くらいにしか使えないか?
私は溜息をつきながら次々とアラクネの抜け殻をバッグに詰め込んでいった。

(はぁ、アラクネ達の移住方法と謎の大量発注。どう処理したものかなぁ・・・・・・)

 私は森の木々を眺めながら作業する手を止めずに考え込んだ・・・・・・。
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