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こちら付与魔術師でございます
こちら付与魔術師でございます ⅩⅧ アラクネを味方に付けましょう
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いやいや、困りました。
なんか困ってばかりのような気もしますが・・・・・・。
でもね、買った骨格が丸ごと焼けたなんて都合良すぎでしょう。
労働力の確保、吃緊の課題です。
とりあえず砂鉄を確保しないといけませんからねぇ。
あんまりお金無いので、前回みたいに金貨二百枚なんて使えないですよ。
それに魔石の件もありますし。
あれは売る気がないのでまだ良いですけど・・・・・・。
問題はギルド関係ですね。
どのギルドも物は無いわ、商品は燃やすわ、自分たちに都合悪いから使うなやら。
利己的すぎるんですよね。
とりあえず、アラクネをゴーレム化するか懐柔しないとね。
商品はある程度出来たので売るだけですね。
ロングソードとハサミと刀、武器中心になってしまいました。
防具を創るための鉄鉱石でもあれば良いのですがね。
後は青銅を買い込んで盾を作成するか。
これだけ出来れば、まぁ店も暫くは廻りますね。
それでわ!
-----出立-----
アラクネの討伐依頼を受けて3日が経った。私は、家の従業員と武器の作成に力を入れていた。ようやく計画していた全ての商品が出来上がる。ストックしていた魔石はほとんど底をついた。
ロングソード25本のロングソード、20振りの刀、400個のハサミ、ブローチ、ペンダント、イヤリングなど各30点ずつを作成した。
そして、バスティのアクゥィバスアーマーを作成する。これにはかなりの手を掛けた。玉鋼をストックから25kg持って来てそれを元に作り上げた。正直、修理するより創った方が早かっただけなのだが・・・・・・。そこに軽量化の魔法を掛けて、ほとんど身に着けているかどうか、分かるか分からないギリギリの重さに調整した。
それに耐久度を上げるため防御系の魔法と魔法攻撃を防ぐ魔力結界を発動できるようにした。これは1日2回まで、発動から半刻程持続するように創られている。因みに魔力結界は前回ルーミィとの戦いで使用した物よりは数段劣る。良くてAクラスを弾く程度だろう。
それと基本的にガントレッドの魔法は弄っていない。これはすでに完成された物だから前のを修理して流用した。
「はぃ、アクゥィバスアーマー出来たよ。取りあえず著てみて」
私は、出来上がったばかりのアクゥィバスアーマーをバスティに差し出した。バスティは早速着用している。いろいろな部分を動かしてみたり、ブロードソードを振ってみて、不具合が無いかを確かめていた。今回は玉鋼を使用して短期間に作成したので装飾などは一切施していない。アラクネの件が片付いたら改めて装飾するとは言ってある。
「どぅ?どこかに問題はある?」
「いえ、これ最高です。軽いし動きやすいし」
どうやら満足してもらえたようだ。前回捨ててきたロングソードの代わりは、アラクネの件が解決してからということにして、以前ルールウから購入した大太刀を使ってもらうことにした。大太刀という呼び名は買った本の中に記載されていた言葉だ。一応軽量化と斬れ味増加、耐久度増加の魔法は掛けてある。
「少し長すぎるかな?」
この大太刀、全長170cmはある。柄の部分が40cmで刃渡りは125cmだズレは鞘の先を厚くしているらしい。バスティの身長はかなりあるので背中に背負うことは出来るようだが、直ぐに抜くことは出来ないと言うことだ。奇襲を受けたらブロードソード、抜いたまま行くなら大太刀で大丈夫らしが、かなり反りが大きくて使い方がいまいち分からないとは言っていた。
私はバスティと2人でアラクネの出る村へ向かうことにした。馬車にはミュールもサンダーゴーレムも乗らないので仕方が無い。ユーリカには店番を頼み、ミュールには・・・・・・客が来てもドアを開けるなと言ってある。
「じゃぁ、行ってくる」
「いってらっしゃ~い」
「バスティサン、ヌケガケハダメヨ~」
バスティは頬をぷうと膨らませ明後日の方を向く。私は苦笑しながらもう一度行ってくると言い、馬車に鞭を打った。
街の出口に近づくと突然、冒険者風の人物が馬車の前に飛びだして来た。危うく馬車で轢き掛けるところだ。
「誰だ! 名乗りなさい!」
私が口を開く前にバスティがブロードソードを抜き、馬車を飛び降りた。冒険者風の人物は突然地面に伏せ、頭を付けた。私も、バスティもその場から動かない。
「カーソンさん! 私も連れて行ってください」
どこかで聞いたような声だ・・・・・・。あ・・・・・・。
冒険者風の人物が顔を上げた。やはり見知った顔だった。
「・・・・・・、ミルト? ミルトじゃないか?!」
私は驚きを隠せなかった。彼女には冒険者ギルドでお世話になっていた。先日は少し怖い目に遭わせてしまったが別に彼女が憎いわけでは無かった。しかしその彼女は今、目の前にいる。ギルドの営業時間内のはずだが・・・・・・。
「ミルト、どうした?」
私はバスティに剣を引くように言うと、御者と変わってもらいミルトの側に寄り彼女を立ち上がらせた。ミルトは黙って俯いていた。詳しく事情を聞くために馬車の中に入ってもらう。
ミルトと暫く話したら、また頭を抱える事態になっていた。
先日、冒険者ギルドで揉めた後、ミルトは事務長であるドラーガのあまりの態度に抗議をしたらしい。すると、嫌なら辞めろと言われ、売り言葉に買い言葉でそのままギルドを辞めたということだ。とりあえず、今日が私のアラクネ討伐の日付けであることは知っていたので、ここで待ち伏せしていたという。
「どのみち、この街では冒険者ギルドの登録は出来ませんから、街を移る前にカーソンさんの役に立っておきたかったのです」
これがミルトの主張だった。
しかし、これは困ったことになってしまった。私の責任では無いのだが、彼女がギルドを辞めてしまったのにも私が絡んでいることが根底にある。ミルトはこの仕事が終わったら別の街に移る予定だという。しかも、当ては無いらしい。冒険者としてのランクを聞いてみたが良いとこBランク程度だそうだ。唯一、神聖魔法だけはAランクだという。
私は少し考え込んだ。今現在、うちには神聖魔法が使える人間はいない。これはスカウトしても良いような気がする。問題は、支払う報酬だ。バスティには金がかかっていないが、本当に雇うとすれば普通の従業員としてなら年間金貨で24~25枚。冒険者なら40~50枚くらいか。それに冒険のたびに別報酬が必要になる。
私はとりあえず馬車を街の外に移動させることにした。街からある程度離れたところでバスティを馬車の中へ呼んだ。これまでの経緯とミルトの事を説明する。
そして、納税など街の事務系統のことをバスティに質問した。
「納税は問題ありません。ギルドの登録は仕事の斡旋や情報交換の場の提供でしかありませんから。あくまで税の徴収に関しては指輪が元になっています。まして・・・・・・ミルトさんでした? は、元々こちらの市民権を持っておられるので住民登録を抹消しない限り普通の住民として暮らせます」
私はまだ住民登録が残っているのかを尋ねるとミルトは黙って頷いた。月末で借りていたところを引き払うことにしているのでそれまではルイスの街に留まるということだ。
「バスティ、どう思う?」
私はミルトを馬車の中に残し、バスティと外で話をする。
「何とも言えませんが、正直キツいと思います。冒険者ランクでは無く生活の面です。教会に正式に所属して働くならそこそこの生活はおくれるでしょう。しかし、冒険者としてはランクで判断すると・・・・・・」
そこまで言ってバスティは口をつぐんだ。少し下を向いて考えている。美しい金髪は顔を覆い、顔全体を隠していた。今は耳を隠してはいないので時折、ぴくぴくと動いている。少し間が開いてバスティは顔を上げた。
「まぁ、これ以上は私が口を挟む事は出来ません。後は主様の決定に従うまでです」
柔らかい笑顔で私を見つめてくる・・・・・・、がこの笑顔は油断できない。
彼女は内と外が全く別物なのだ。正直考えていることは真逆かも知れない。私たちは直ぐに馬車に戻る。最悪明日中にも済ませたい案件だからだ。
「わかった。とりあえず今回ついてきて、それから考えよう」
私の返答にミルトは目を輝かせて喜んだ。バスティもニコニコしながら
よろしくね と言って握手をしている。しかし握手を返したミルトの顔は何かを我慢しているような表情だ。私が御者台へ行こうとするとミルトが自分がやると言って外へ駆けだしていった。後には私とニコニコ笑うバスティの二人だけが残った。
「・・・・・・バスティ、思いっきり握ってなかったか?」
「何のことでしょうか?主様」
にっこり爽やかな笑顔を返されてしまった。この娘、やりやがったな・・・・・・。
多分今頃ミルトは手を押さえながら手綱を制御しているのだろう。しかし、ここで出ていくとバスティの機嫌が更に悪くなる。
私は後で慰めてやろうと思いながら走る馬車の窓から景色を眺めていた。
-----郊外の村-----
「着きました・・・・・・けど・・・・・・」
馬車が止まり、御者台からミルトの声が聞こえた。ミルトの声の低さと半分疑問符のような言葉に、私とバスティは装備を確認して外へ出た。
・・・・・・・・・・・・
私とバスティは馬車から出て、村の方を見ながら固まっていた。
村?らしきものは全て白い糸に覆い尽くされている。私はミルトに近くに来るように声を掛けた。
「なぁ、ミルト。依頼書の内容でアラクネの数って書いてあったか?それと依頼が出された日付は分かるか?」
ミルトは近づいてきてふるふると首を横へ振った。ただし、依頼の日付は7日前だという。たった1週間でこれだけの村を飲み込んでしまったのか。私はバスティにアラクネの糸の出し方を聞いた。バスティもさすがにそれは知らないらしい。調べてもそこまでは載っていなかったという。
「アラクネは通常、1日に50mから100mの糸を出すと言われています。それは巣を作ったり罠を張ったり得物を拘束するためです。ただし、ここまでの規模は一匹では・・・・・・」
それはミルトからの情報だった。ミルトはモンスター系の情報は詳しいという。冒険者ギルドで魔物素材のアイテムやマジックアイテムを扱っていて自然と身についたそうだ。因みにアラクネはそうそう群れで行動することは無いという。
(そういえば今王国で問題になっているやつも、モンスターが集団で統率されて動いていると言っていたな)
私は、前に聞いた情報を思い出していた。正直王国に迫っている危機の範囲がここまで迫っているとは考えられないが用心に越したことは無い。
「バスティ、シルフに偵察を頼める?」
私は長距離偵察をバスティに頼んだ。精霊言語が少し流れると、美しい全裸の女性が現れ私たちの周りを1周して前方の村へと向かって行った。少し時間が出来たのでミルトの装備の確認をする。ミルトの主装備は弓らしい。それと革の鎧と短剣を1本ずつ両方の腰に差している。魔力はそれからも感じないので普通の装備のようだ。
私はあまりにも脆弱すぎると判断したので馬車の中から短剣を1本持って来た。
「ミルト、これを使え。斬ったらそこから炎が走るように出来ている」
私がミルトに短剣を手渡すと目を細めて鑑定するような仕草をする。そして矢筒から矢を1本取りだし縦に傷を入れた。直ぐに矢の先端から炎が上がる。ミルトは矢ごと炎を踏み消した。そして袋の中を探り始める。
「おいくらで譲っていただけますか?」
ミルトは気に入ったようで、財布らしき物を取り出した。私は黙って首を振った。
「いらんよ。それはあげよう。役に立ててくれ」
私の言葉にマジックアイテムをただでは受け取れないと抗議をしてくる。やはりマジックアイテムを扱っていただけあって、その価値を十二分に理解していた。
「だまって受け取られてはよろしいのでは? 主様が良いと言っておられるのですから」
バスティが横から口を出す。口元は笑っているが目元が笑っていない。
なんかまた、変な争いが起こり始めたような気がする・・・・・・。
二人が微妙なにらみ合いを始め、少し時間が経った頃バスティが身体ごと村の方を向いた。私も顔だけを向けるとシルフが中々の速度で戻ってきた。バスティとなにやら話をしている。
「主さま、結構厄介かもしれません」
バスティはシルフに何かを言った。シルフはにっこり笑い姿を消す。
シルフの報告をバスティが話し始めた。
内容的には
①村自体はすでに白い物で覆われているということ
②中は全く見えないということ
③外側で動いているアラクネが最低でも10匹は確認できたと言うこと
④こちら側から村を挟んだ反対側に森が拡がっているということ
正直、良い要素はほとんど無い。この糸の上で動いているのが10匹。中にどれくらいいるのだろう。それに裏手の森。発生したという依頼内容から考えると、発生源は森だと思われる。私はどうするか考えていた。この糸を焼き払ってしまうとどうなるのだろう?アラクネの糸なんか焼いたことは無い。それにアラクネが人を食べるのかどうかも分からない。もし焼き払ったとき、中で生きている者がいた場合は大惨事になる。
「なぁ、ミルト。アラクネって人の言葉は通じるのか?」
私の問いにミルトは通じると答えた。私は取りあえずアラクネを呼んでみることにした。もちろん臨戦態勢でだ。
バスティが大太刀を抜き、ミルトは馬車の屋根に登る。どうやら上から援護射撃をするつもりのようだ。中々考えて動いてくれる。
「アラクネ達! 少し話がしたいのだが!」
私は大声で話しかけた。暫く反応は無い。もう一度呼ぼうとしたときそれはやってきた。繭のようになったアラクネ達の巣の上に10匹を遙かに超えるアラクネ達が現れたのだ。下半身は蜘蛛。上半身は全て女性だ。ただし、顔には複眼と思われる眼がいくつか見える。
私が話すために1歩出ようとすると馬車の上にいるミルトから声がかかった。
「カーソンさん、左右におよそ10匹ずついます!」
前を見つめたまま繭の左右に眼を走らせると、確かにかなりの数のアラクネがいる。正直数が多すぎだ。私は嫌な予感がしたのでミルトに声を掛けた。
「もしかして、後ろにもいたりしないか?」
私は振り返らずに言う。直ぐに返事が返ってきたがそれは絶望の色を含んでいた。
「・・・・・・正直、数は分かりません・・・・・・」
私たちは完全に包囲されていた。最低でも50匹のアラクネに囲まれている。少しでも対応を誤れば一気に殺られてしまうだろう。バスティは私の左側の少し離れたところでいつでもいけるという素振りを見せている。
私は賭に出てみることにした。バスティに太刀を下ろすように言って、ミルトにも弓矢を下に向けるように言うが、後方の警戒は続けるように指示をする。
「アラクネ達、長と話がしたい。無駄な犠牲は払いたくない!」
アラクネ達が一斉に前に出る。その後ろにひときわ大きな個体が現れた。私は魔力を村全体を覆うように拡げてみる。特に何かの魔力が働いている様子は無い。アラクネ達にも変化は無い。
「ニンゲンタチヨ、コレイジョウワレラトアラソウナラバ、コノキンリンスベテノニンゲンヲオナジメニアワセテヤル」
大きなアラクネが声を張り上げてくる。取りあえず話は出来そうだ。私はさらに呼びかけてみた。
「アラクネ達の長よ、私はカーソン・デロクロワという。あなたと1対1で話し合いがしたい」
私は両手を挙げて馬車から村へ向けて歩き出す。バスティから止めるように声がかかるがそれを手で制した。馬車の上のミルトにも動かないように声を掛ける。
馬車と村の中間地点まで進み、私は止まる。アラクネ達は徐々にではあるが包囲を縮めてきていた。
「ニンゲンニシテハドキョウガアルナ」
アラクネの長と思われる身体の大きな個体が、繭山を降りて私に近づいてくる。初めて目の当たりにするアラクネを私はじっくりと観察した。足は蜘蛛のようになっているかと思っていたがそうでは無いようだ。何か硬質の物で出来たような光沢を放っている。仲良くなれたら聞いてみよう。臍の辺りからは人間の身体のようになっている。アラクネは女性?ばかりと聞いていたが確かに胸はある。やはり体格に合わせて大振りの乳房だ。そして更に上を見ると均整の取れた美しい顔がある。しかし、額から頬に駆けて3つずつ6個の複眼がある。
「ニンゲンヨ。ソレホド、ワレラノスガタガキニナルカ?」
少し低音の声が中々良い。私は思わず見とれてしまっていた。観察している間にすでに目の前に近づかれていた。元に戻る前のミュールより少し高いくらいか・・・・・・。とりあえず私は手を差し出した。アラクネは不思議そうな顔をする。そのような習慣は無いようだ。
「これは人間同士の挨拶だ。手を握り合うんだよ」
私の言葉に怪訝な表情を浮かべる。仕方が無いので私は手を引っ込めた。
「あなたたちアラクネ達は何故この村を襲ったのか教えて欲しい」
私は繭山を指差しながら尋ねた。アラクネの長は苛立たしそうに応えてくれたが、それほど人間を毛嫌いしているわけではないようだ。
訳を聞くと、先日、王都の北で起こった現象が問題だという。突然、何かが現れ次々と魔獣やモンスターなどが統率されていったという。それは徐々に近くの町や村を襲い人間や従わない魔獣、モンスターなどを殺していったらしい。それで、アラクネ達は一族でこの村の北に住み着いたという。
村の者達はアラクネを見たことが無かったようで、直ぐに攻撃を仕掛けてきたそうだ。アラクネ達は対話を試みたが駄目だったため、ついに攻勢に出て、2日前に村をこのような状態にしたという。
「つまりは、この村の領域に知らない存在が住み着いてしまったので退治しようとして逆にやられたと言うことか」
私は少し首をかしげた。冒険者ギルドに依頼を出したのならば、その段階で対話が出来る種族かどうかを判断し、教えているはずだ。私は少し待っていて欲しいと告げると馬車の方へ戻り、ミルトに声を掛けた。
「と、言うことなのだがこれは何か知っているか?」
ミルトは少し考え込んで答えた。
「それは、時期的なものだと思います、多分。今の王国の状態を考えればモンスターに分類される彼女らを排除しようとするのは普通の判断でしょう」
ふむ。そういうことか。ならば、私の土地に移ってもらうことが出来るかも知れない。問題は、この村の住人達が全滅しているかどうかなのだが・・・・・・。
私は再度、アラクネの長の方へ歩いて行く。
「なぁ、アラクネの長よ。中にいた人間達は全員殺してしまったのか?」
私の率直な問いにアラクネは困惑の表情を浮かべた。
「ワレワレハソノヨウナコトハシナイ。タダネムッテモラッテイルダケダ」
アラクネの長の話によると、森の奥に創った巣の中に卵がかなりあるという。それが孵るまで仮死状態で眠ってもらうつもりだったようだ。
仮死状態なら何とかなるな。後は彼女らの数だが・・・・・・。
「なぁ、このままここにいてもまた争いになるだろう?あなたたちはどのような環境でも生きて行けるのか?」
私の突然の問いにアラクネの長は戸惑っている。暫く考えてから返答があった。
「サムイトコロデハイキテユケナイ。ソレイガイデハ、タベモノサエアレバドコデモダイジョウブダガ・・・・・・」
因みに食べ物は人間とほぼ同じ。肉も食べるし、野菜も食べる。好物は果物だという。正直私の持つ土地では食料は豊富では無い。水と岩の土地、それと荒野とオアシスしかない。これでは移動を促すことすら出来ない。しかも彼女たちの数は100はいるという。それに卵が30個ほど。
「水と岩場、荒野と少しのオアシス、どちらなら生き残れる?」
「?」
アラクネの長には何を言っているのか分からないようだ。確かに私も直線的だったかもしれない。私は彼女に私の意図を説明した。
まず、私の持っている土地に移住してもらう。土地では私の仕事を手伝ってもらう。対価を賃金計算し、その額に合わせた食料をリストから選びそちらが購入する。もちろん賃金は貯めて、嗜好品などを買うことも可能。もしアラクネの糸に商品としての価値を見いだせれば、糸も買うということ。
私はこれだけのことを伝えた。そしてどちらかというと荒野の方が広いのでそちらはどうかと進めてみる。多少の木々や草も生えているうえに、ミュールが以前済んでいた洞窟もある(今は潰れているが)
アラクネの長は他と相談すると言って繭山に戻っていった。それと同時に後ろに陣取っていた集団も全てが繭山へと集まってゆく。どうやらこちらが攻撃しないということは認識してくれたようだ。
「さて二人とも、馬車の中で食事でも取ろう」
私が交渉している間、気を張っていたバスティとミルトはホッとしたような表情をして馬車に戻ってきた。3人で袋の中から食料を出し、それぞれ口にする。
私とバスティは蜜穴熊のバッグから新鮮な食材を出し食べているがミルトは完全な保存食を囓っていた。あまりにも不憫だったので私は食料を分けてあげた。
なぜ、新鮮な食料が出てくるのかは仕掛けがある。それは、ミュールに2刻ごとに部屋に食料を置いておくように頼んでいるからだ。その代わり3刻経てば全てはミュールの胃袋の中に収まることになる。単にそれを繰り返しているだけだった。
ミルトは食事にも感謝していたがやはり蜜穴熊のバッグに相当関心を持っていた。そういえばルールウもこれに関心を持っていた。しかし、この秘密だけは誰にも教えていない。理論的には簡単な物だが誰も思いつかない。そのようなことをわざわざ教えてやる必要は無いのだ。
しばらく食事をして休んでいると馬車を引いている馬が騒ぎ出した。怯えていると言うより警戒しているという感じだ。さすがは軍馬あがり。
私は扉を開けて外に出た。外には先程のアラクネが一人立っている。
「どうする? 移住するか? それとも戦うか?」
私は選択肢が2択しか無いことを告げた。卵が孵るまでは待てない。しかし、アラクネの表情からは戦う意思はない事が見て取れた。
「イジュウヲオネガイシタイ、デキレバオアシスノホウデ・・・・・・」
やはり岩場の方は辛いという結論が出たようだ。それに木々があれば生まれた子を育てやすいという。それから私たちは改めて名乗り合った。
「カーソン・デロクロワだ。よろしく」
私は再度手を出した。アラクネの長もゆっくりと身を屈め、手を伸ばしてきた。
「ワタシハ アスセナ ヨロシクタノム」
私たちはしっかりと握手することが出来た。これから彼女たちを生きれるようにして上げなければならない。私はそう覚悟を決めしっかりとアスセナの手を握りしめた。
なんか困ってばかりのような気もしますが・・・・・・。
でもね、買った骨格が丸ごと焼けたなんて都合良すぎでしょう。
労働力の確保、吃緊の課題です。
とりあえず砂鉄を確保しないといけませんからねぇ。
あんまりお金無いので、前回みたいに金貨二百枚なんて使えないですよ。
それに魔石の件もありますし。
あれは売る気がないのでまだ良いですけど・・・・・・。
問題はギルド関係ですね。
どのギルドも物は無いわ、商品は燃やすわ、自分たちに都合悪いから使うなやら。
利己的すぎるんですよね。
とりあえず、アラクネをゴーレム化するか懐柔しないとね。
商品はある程度出来たので売るだけですね。
ロングソードとハサミと刀、武器中心になってしまいました。
防具を創るための鉄鉱石でもあれば良いのですがね。
後は青銅を買い込んで盾を作成するか。
これだけ出来れば、まぁ店も暫くは廻りますね。
それでわ!
-----出立-----
アラクネの討伐依頼を受けて3日が経った。私は、家の従業員と武器の作成に力を入れていた。ようやく計画していた全ての商品が出来上がる。ストックしていた魔石はほとんど底をついた。
ロングソード25本のロングソード、20振りの刀、400個のハサミ、ブローチ、ペンダント、イヤリングなど各30点ずつを作成した。
そして、バスティのアクゥィバスアーマーを作成する。これにはかなりの手を掛けた。玉鋼をストックから25kg持って来てそれを元に作り上げた。正直、修理するより創った方が早かっただけなのだが・・・・・・。そこに軽量化の魔法を掛けて、ほとんど身に着けているかどうか、分かるか分からないギリギリの重さに調整した。
それに耐久度を上げるため防御系の魔法と魔法攻撃を防ぐ魔力結界を発動できるようにした。これは1日2回まで、発動から半刻程持続するように創られている。因みに魔力結界は前回ルーミィとの戦いで使用した物よりは数段劣る。良くてAクラスを弾く程度だろう。
それと基本的にガントレッドの魔法は弄っていない。これはすでに完成された物だから前のを修理して流用した。
「はぃ、アクゥィバスアーマー出来たよ。取りあえず著てみて」
私は、出来上がったばかりのアクゥィバスアーマーをバスティに差し出した。バスティは早速着用している。いろいろな部分を動かしてみたり、ブロードソードを振ってみて、不具合が無いかを確かめていた。今回は玉鋼を使用して短期間に作成したので装飾などは一切施していない。アラクネの件が片付いたら改めて装飾するとは言ってある。
「どぅ?どこかに問題はある?」
「いえ、これ最高です。軽いし動きやすいし」
どうやら満足してもらえたようだ。前回捨ててきたロングソードの代わりは、アラクネの件が解決してからということにして、以前ルールウから購入した大太刀を使ってもらうことにした。大太刀という呼び名は買った本の中に記載されていた言葉だ。一応軽量化と斬れ味増加、耐久度増加の魔法は掛けてある。
「少し長すぎるかな?」
この大太刀、全長170cmはある。柄の部分が40cmで刃渡りは125cmだズレは鞘の先を厚くしているらしい。バスティの身長はかなりあるので背中に背負うことは出来るようだが、直ぐに抜くことは出来ないと言うことだ。奇襲を受けたらブロードソード、抜いたまま行くなら大太刀で大丈夫らしが、かなり反りが大きくて使い方がいまいち分からないとは言っていた。
私はバスティと2人でアラクネの出る村へ向かうことにした。馬車にはミュールもサンダーゴーレムも乗らないので仕方が無い。ユーリカには店番を頼み、ミュールには・・・・・・客が来てもドアを開けるなと言ってある。
「じゃぁ、行ってくる」
「いってらっしゃ~い」
「バスティサン、ヌケガケハダメヨ~」
バスティは頬をぷうと膨らませ明後日の方を向く。私は苦笑しながらもう一度行ってくると言い、馬車に鞭を打った。
街の出口に近づくと突然、冒険者風の人物が馬車の前に飛びだして来た。危うく馬車で轢き掛けるところだ。
「誰だ! 名乗りなさい!」
私が口を開く前にバスティがブロードソードを抜き、馬車を飛び降りた。冒険者風の人物は突然地面に伏せ、頭を付けた。私も、バスティもその場から動かない。
「カーソンさん! 私も連れて行ってください」
どこかで聞いたような声だ・・・・・・。あ・・・・・・。
冒険者風の人物が顔を上げた。やはり見知った顔だった。
「・・・・・・、ミルト? ミルトじゃないか?!」
私は驚きを隠せなかった。彼女には冒険者ギルドでお世話になっていた。先日は少し怖い目に遭わせてしまったが別に彼女が憎いわけでは無かった。しかしその彼女は今、目の前にいる。ギルドの営業時間内のはずだが・・・・・・。
「ミルト、どうした?」
私はバスティに剣を引くように言うと、御者と変わってもらいミルトの側に寄り彼女を立ち上がらせた。ミルトは黙って俯いていた。詳しく事情を聞くために馬車の中に入ってもらう。
ミルトと暫く話したら、また頭を抱える事態になっていた。
先日、冒険者ギルドで揉めた後、ミルトは事務長であるドラーガのあまりの態度に抗議をしたらしい。すると、嫌なら辞めろと言われ、売り言葉に買い言葉でそのままギルドを辞めたということだ。とりあえず、今日が私のアラクネ討伐の日付けであることは知っていたので、ここで待ち伏せしていたという。
「どのみち、この街では冒険者ギルドの登録は出来ませんから、街を移る前にカーソンさんの役に立っておきたかったのです」
これがミルトの主張だった。
しかし、これは困ったことになってしまった。私の責任では無いのだが、彼女がギルドを辞めてしまったのにも私が絡んでいることが根底にある。ミルトはこの仕事が終わったら別の街に移る予定だという。しかも、当ては無いらしい。冒険者としてのランクを聞いてみたが良いとこBランク程度だそうだ。唯一、神聖魔法だけはAランクだという。
私は少し考え込んだ。今現在、うちには神聖魔法が使える人間はいない。これはスカウトしても良いような気がする。問題は、支払う報酬だ。バスティには金がかかっていないが、本当に雇うとすれば普通の従業員としてなら年間金貨で24~25枚。冒険者なら40~50枚くらいか。それに冒険のたびに別報酬が必要になる。
私はとりあえず馬車を街の外に移動させることにした。街からある程度離れたところでバスティを馬車の中へ呼んだ。これまでの経緯とミルトの事を説明する。
そして、納税など街の事務系統のことをバスティに質問した。
「納税は問題ありません。ギルドの登録は仕事の斡旋や情報交換の場の提供でしかありませんから。あくまで税の徴収に関しては指輪が元になっています。まして・・・・・・ミルトさんでした? は、元々こちらの市民権を持っておられるので住民登録を抹消しない限り普通の住民として暮らせます」
私はまだ住民登録が残っているのかを尋ねるとミルトは黙って頷いた。月末で借りていたところを引き払うことにしているのでそれまではルイスの街に留まるということだ。
「バスティ、どう思う?」
私はミルトを馬車の中に残し、バスティと外で話をする。
「何とも言えませんが、正直キツいと思います。冒険者ランクでは無く生活の面です。教会に正式に所属して働くならそこそこの生活はおくれるでしょう。しかし、冒険者としてはランクで判断すると・・・・・・」
そこまで言ってバスティは口をつぐんだ。少し下を向いて考えている。美しい金髪は顔を覆い、顔全体を隠していた。今は耳を隠してはいないので時折、ぴくぴくと動いている。少し間が開いてバスティは顔を上げた。
「まぁ、これ以上は私が口を挟む事は出来ません。後は主様の決定に従うまでです」
柔らかい笑顔で私を見つめてくる・・・・・・、がこの笑顔は油断できない。
彼女は内と外が全く別物なのだ。正直考えていることは真逆かも知れない。私たちは直ぐに馬車に戻る。最悪明日中にも済ませたい案件だからだ。
「わかった。とりあえず今回ついてきて、それから考えよう」
私の返答にミルトは目を輝かせて喜んだ。バスティもニコニコしながら
よろしくね と言って握手をしている。しかし握手を返したミルトの顔は何かを我慢しているような表情だ。私が御者台へ行こうとするとミルトが自分がやると言って外へ駆けだしていった。後には私とニコニコ笑うバスティの二人だけが残った。
「・・・・・・バスティ、思いっきり握ってなかったか?」
「何のことでしょうか?主様」
にっこり爽やかな笑顔を返されてしまった。この娘、やりやがったな・・・・・・。
多分今頃ミルトは手を押さえながら手綱を制御しているのだろう。しかし、ここで出ていくとバスティの機嫌が更に悪くなる。
私は後で慰めてやろうと思いながら走る馬車の窓から景色を眺めていた。
-----郊外の村-----
「着きました・・・・・・けど・・・・・・」
馬車が止まり、御者台からミルトの声が聞こえた。ミルトの声の低さと半分疑問符のような言葉に、私とバスティは装備を確認して外へ出た。
・・・・・・・・・・・・
私とバスティは馬車から出て、村の方を見ながら固まっていた。
村?らしきものは全て白い糸に覆い尽くされている。私はミルトに近くに来るように声を掛けた。
「なぁ、ミルト。依頼書の内容でアラクネの数って書いてあったか?それと依頼が出された日付は分かるか?」
ミルトは近づいてきてふるふると首を横へ振った。ただし、依頼の日付は7日前だという。たった1週間でこれだけの村を飲み込んでしまったのか。私はバスティにアラクネの糸の出し方を聞いた。バスティもさすがにそれは知らないらしい。調べてもそこまでは載っていなかったという。
「アラクネは通常、1日に50mから100mの糸を出すと言われています。それは巣を作ったり罠を張ったり得物を拘束するためです。ただし、ここまでの規模は一匹では・・・・・・」
それはミルトからの情報だった。ミルトはモンスター系の情報は詳しいという。冒険者ギルドで魔物素材のアイテムやマジックアイテムを扱っていて自然と身についたそうだ。因みにアラクネはそうそう群れで行動することは無いという。
(そういえば今王国で問題になっているやつも、モンスターが集団で統率されて動いていると言っていたな)
私は、前に聞いた情報を思い出していた。正直王国に迫っている危機の範囲がここまで迫っているとは考えられないが用心に越したことは無い。
「バスティ、シルフに偵察を頼める?」
私は長距離偵察をバスティに頼んだ。精霊言語が少し流れると、美しい全裸の女性が現れ私たちの周りを1周して前方の村へと向かって行った。少し時間が出来たのでミルトの装備の確認をする。ミルトの主装備は弓らしい。それと革の鎧と短剣を1本ずつ両方の腰に差している。魔力はそれからも感じないので普通の装備のようだ。
私はあまりにも脆弱すぎると判断したので馬車の中から短剣を1本持って来た。
「ミルト、これを使え。斬ったらそこから炎が走るように出来ている」
私がミルトに短剣を手渡すと目を細めて鑑定するような仕草をする。そして矢筒から矢を1本取りだし縦に傷を入れた。直ぐに矢の先端から炎が上がる。ミルトは矢ごと炎を踏み消した。そして袋の中を探り始める。
「おいくらで譲っていただけますか?」
ミルトは気に入ったようで、財布らしき物を取り出した。私は黙って首を振った。
「いらんよ。それはあげよう。役に立ててくれ」
私の言葉にマジックアイテムをただでは受け取れないと抗議をしてくる。やはりマジックアイテムを扱っていただけあって、その価値を十二分に理解していた。
「だまって受け取られてはよろしいのでは? 主様が良いと言っておられるのですから」
バスティが横から口を出す。口元は笑っているが目元が笑っていない。
なんかまた、変な争いが起こり始めたような気がする・・・・・・。
二人が微妙なにらみ合いを始め、少し時間が経った頃バスティが身体ごと村の方を向いた。私も顔だけを向けるとシルフが中々の速度で戻ってきた。バスティとなにやら話をしている。
「主さま、結構厄介かもしれません」
バスティはシルフに何かを言った。シルフはにっこり笑い姿を消す。
シルフの報告をバスティが話し始めた。
内容的には
①村自体はすでに白い物で覆われているということ
②中は全く見えないということ
③外側で動いているアラクネが最低でも10匹は確認できたと言うこと
④こちら側から村を挟んだ反対側に森が拡がっているということ
正直、良い要素はほとんど無い。この糸の上で動いているのが10匹。中にどれくらいいるのだろう。それに裏手の森。発生したという依頼内容から考えると、発生源は森だと思われる。私はどうするか考えていた。この糸を焼き払ってしまうとどうなるのだろう?アラクネの糸なんか焼いたことは無い。それにアラクネが人を食べるのかどうかも分からない。もし焼き払ったとき、中で生きている者がいた場合は大惨事になる。
「なぁ、ミルト。アラクネって人の言葉は通じるのか?」
私の問いにミルトは通じると答えた。私は取りあえずアラクネを呼んでみることにした。もちろん臨戦態勢でだ。
バスティが大太刀を抜き、ミルトは馬車の屋根に登る。どうやら上から援護射撃をするつもりのようだ。中々考えて動いてくれる。
「アラクネ達! 少し話がしたいのだが!」
私は大声で話しかけた。暫く反応は無い。もう一度呼ぼうとしたときそれはやってきた。繭のようになったアラクネ達の巣の上に10匹を遙かに超えるアラクネ達が現れたのだ。下半身は蜘蛛。上半身は全て女性だ。ただし、顔には複眼と思われる眼がいくつか見える。
私が話すために1歩出ようとすると馬車の上にいるミルトから声がかかった。
「カーソンさん、左右におよそ10匹ずついます!」
前を見つめたまま繭の左右に眼を走らせると、確かにかなりの数のアラクネがいる。正直数が多すぎだ。私は嫌な予感がしたのでミルトに声を掛けた。
「もしかして、後ろにもいたりしないか?」
私は振り返らずに言う。直ぐに返事が返ってきたがそれは絶望の色を含んでいた。
「・・・・・・正直、数は分かりません・・・・・・」
私たちは完全に包囲されていた。最低でも50匹のアラクネに囲まれている。少しでも対応を誤れば一気に殺られてしまうだろう。バスティは私の左側の少し離れたところでいつでもいけるという素振りを見せている。
私は賭に出てみることにした。バスティに太刀を下ろすように言って、ミルトにも弓矢を下に向けるように言うが、後方の警戒は続けるように指示をする。
「アラクネ達、長と話がしたい。無駄な犠牲は払いたくない!」
アラクネ達が一斉に前に出る。その後ろにひときわ大きな個体が現れた。私は魔力を村全体を覆うように拡げてみる。特に何かの魔力が働いている様子は無い。アラクネ達にも変化は無い。
「ニンゲンタチヨ、コレイジョウワレラトアラソウナラバ、コノキンリンスベテノニンゲンヲオナジメニアワセテヤル」
大きなアラクネが声を張り上げてくる。取りあえず話は出来そうだ。私はさらに呼びかけてみた。
「アラクネ達の長よ、私はカーソン・デロクロワという。あなたと1対1で話し合いがしたい」
私は両手を挙げて馬車から村へ向けて歩き出す。バスティから止めるように声がかかるがそれを手で制した。馬車の上のミルトにも動かないように声を掛ける。
馬車と村の中間地点まで進み、私は止まる。アラクネ達は徐々にではあるが包囲を縮めてきていた。
「ニンゲンニシテハドキョウガアルナ」
アラクネの長と思われる身体の大きな個体が、繭山を降りて私に近づいてくる。初めて目の当たりにするアラクネを私はじっくりと観察した。足は蜘蛛のようになっているかと思っていたがそうでは無いようだ。何か硬質の物で出来たような光沢を放っている。仲良くなれたら聞いてみよう。臍の辺りからは人間の身体のようになっている。アラクネは女性?ばかりと聞いていたが確かに胸はある。やはり体格に合わせて大振りの乳房だ。そして更に上を見ると均整の取れた美しい顔がある。しかし、額から頬に駆けて3つずつ6個の複眼がある。
「ニンゲンヨ。ソレホド、ワレラノスガタガキニナルカ?」
少し低音の声が中々良い。私は思わず見とれてしまっていた。観察している間にすでに目の前に近づかれていた。元に戻る前のミュールより少し高いくらいか・・・・・・。とりあえず私は手を差し出した。アラクネは不思議そうな顔をする。そのような習慣は無いようだ。
「これは人間同士の挨拶だ。手を握り合うんだよ」
私の言葉に怪訝な表情を浮かべる。仕方が無いので私は手を引っ込めた。
「あなたたちアラクネ達は何故この村を襲ったのか教えて欲しい」
私は繭山を指差しながら尋ねた。アラクネの長は苛立たしそうに応えてくれたが、それほど人間を毛嫌いしているわけではないようだ。
訳を聞くと、先日、王都の北で起こった現象が問題だという。突然、何かが現れ次々と魔獣やモンスターなどが統率されていったという。それは徐々に近くの町や村を襲い人間や従わない魔獣、モンスターなどを殺していったらしい。それで、アラクネ達は一族でこの村の北に住み着いたという。
村の者達はアラクネを見たことが無かったようで、直ぐに攻撃を仕掛けてきたそうだ。アラクネ達は対話を試みたが駄目だったため、ついに攻勢に出て、2日前に村をこのような状態にしたという。
「つまりは、この村の領域に知らない存在が住み着いてしまったので退治しようとして逆にやられたと言うことか」
私は少し首をかしげた。冒険者ギルドに依頼を出したのならば、その段階で対話が出来る種族かどうかを判断し、教えているはずだ。私は少し待っていて欲しいと告げると馬車の方へ戻り、ミルトに声を掛けた。
「と、言うことなのだがこれは何か知っているか?」
ミルトは少し考え込んで答えた。
「それは、時期的なものだと思います、多分。今の王国の状態を考えればモンスターに分類される彼女らを排除しようとするのは普通の判断でしょう」
ふむ。そういうことか。ならば、私の土地に移ってもらうことが出来るかも知れない。問題は、この村の住人達が全滅しているかどうかなのだが・・・・・・。
私は再度、アラクネの長の方へ歩いて行く。
「なぁ、アラクネの長よ。中にいた人間達は全員殺してしまったのか?」
私の率直な問いにアラクネは困惑の表情を浮かべた。
「ワレワレハソノヨウナコトハシナイ。タダネムッテモラッテイルダケダ」
アラクネの長の話によると、森の奥に創った巣の中に卵がかなりあるという。それが孵るまで仮死状態で眠ってもらうつもりだったようだ。
仮死状態なら何とかなるな。後は彼女らの数だが・・・・・・。
「なぁ、このままここにいてもまた争いになるだろう?あなたたちはどのような環境でも生きて行けるのか?」
私の突然の問いにアラクネの長は戸惑っている。暫く考えてから返答があった。
「サムイトコロデハイキテユケナイ。ソレイガイデハ、タベモノサエアレバドコデモダイジョウブダガ・・・・・・」
因みに食べ物は人間とほぼ同じ。肉も食べるし、野菜も食べる。好物は果物だという。正直私の持つ土地では食料は豊富では無い。水と岩の土地、それと荒野とオアシスしかない。これでは移動を促すことすら出来ない。しかも彼女たちの数は100はいるという。それに卵が30個ほど。
「水と岩場、荒野と少しのオアシス、どちらなら生き残れる?」
「?」
アラクネの長には何を言っているのか分からないようだ。確かに私も直線的だったかもしれない。私は彼女に私の意図を説明した。
まず、私の持っている土地に移住してもらう。土地では私の仕事を手伝ってもらう。対価を賃金計算し、その額に合わせた食料をリストから選びそちらが購入する。もちろん賃金は貯めて、嗜好品などを買うことも可能。もしアラクネの糸に商品としての価値を見いだせれば、糸も買うということ。
私はこれだけのことを伝えた。そしてどちらかというと荒野の方が広いのでそちらはどうかと進めてみる。多少の木々や草も生えているうえに、ミュールが以前済んでいた洞窟もある(今は潰れているが)
アラクネの長は他と相談すると言って繭山に戻っていった。それと同時に後ろに陣取っていた集団も全てが繭山へと集まってゆく。どうやらこちらが攻撃しないということは認識してくれたようだ。
「さて二人とも、馬車の中で食事でも取ろう」
私が交渉している間、気を張っていたバスティとミルトはホッとしたような表情をして馬車に戻ってきた。3人で袋の中から食料を出し、それぞれ口にする。
私とバスティは蜜穴熊のバッグから新鮮な食材を出し食べているがミルトは完全な保存食を囓っていた。あまりにも不憫だったので私は食料を分けてあげた。
なぜ、新鮮な食料が出てくるのかは仕掛けがある。それは、ミュールに2刻ごとに部屋に食料を置いておくように頼んでいるからだ。その代わり3刻経てば全てはミュールの胃袋の中に収まることになる。単にそれを繰り返しているだけだった。
ミルトは食事にも感謝していたがやはり蜜穴熊のバッグに相当関心を持っていた。そういえばルールウもこれに関心を持っていた。しかし、この秘密だけは誰にも教えていない。理論的には簡単な物だが誰も思いつかない。そのようなことをわざわざ教えてやる必要は無いのだ。
しばらく食事をして休んでいると馬車を引いている馬が騒ぎ出した。怯えていると言うより警戒しているという感じだ。さすがは軍馬あがり。
私は扉を開けて外に出た。外には先程のアラクネが一人立っている。
「どうする? 移住するか? それとも戦うか?」
私は選択肢が2択しか無いことを告げた。卵が孵るまでは待てない。しかし、アラクネの表情からは戦う意思はない事が見て取れた。
「イジュウヲオネガイシタイ、デキレバオアシスノホウデ・・・・・・」
やはり岩場の方は辛いという結論が出たようだ。それに木々があれば生まれた子を育てやすいという。それから私たちは改めて名乗り合った。
「カーソン・デロクロワだ。よろしく」
私は再度手を出した。アラクネの長もゆっくりと身を屈め、手を伸ばしてきた。
「ワタシハ アスセナ ヨロシクタノム」
私たちはしっかりと握手することが出来た。これから彼女たちを生きれるようにして上げなければならない。私はそう覚悟を決めしっかりとアスセナの手を握りしめた。
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