8 / 19
安綱(坂上田村麻呂)完結
安綱-8
しおりを挟む
「さて、完全にはまってくれたな」
田村麻呂は炎の中で次々と討ち果たされる悪黒王の部下達を見つめていた。柵に詰めかけた者は槍兵が、後方からは矢が頭上を飛び越えて襲ってゆく。側面の炎の壁の外からは弓兵が矢を放ち、それでも越えてきた者は剣兵が斬り捨てていた。
「田村麻呂様、千程足りないようです」
副将からの進言。田村麻呂は顔を顰めた。
「うむ。回り込んでくるのだろうなぁ」
最初は方陣で当たる予定だったのを変更し今の陣形に変えていた。ただし二つ目の方陣は弓兵を除きそのまま配置してある。
「後方に回られても、第二陣が防ぐであろう? その間に陣形を変えれば良い。それよりもあそこで立ち往生している者は悪黒王ではないか?」
田村麻呂は顎でその場を示す。副将もそちらに視線を向け黙って頷いた。
「そのようですな。重点的に弓兵に狙わせますか?」
田村麻呂はその意見を笑って否定する。ゆっくりと立ち上がり腰の太刀、血吸を引き抜いた。副将は顔を顰める。
「また、ですか?」
副将は呆れた顔で田村麻呂を見る。ただ、引き留める気はないようで呆れた表情を浮かべているだけだ。
「まぁ、な。どうせなら引導を渡してやろうかのぅ、後腐れの無きようにな」
田村麻呂の言う後腐れとは鈴鹿御前の事だ。生き延びられて後々面倒なことになっても困る。それで先に予防しておこうというつもりなのだ。
「どうぞ御勝手に。ただし死なないでくださいね」
副将の言葉に田村麻呂は【おぅ】と短く答えて護衛兵を引き連れ柵を開ける。当然逃げ場の無い盗賊達が殺到した。田村麻呂が無造作に振るう血吸は、容赦なく近づく者を斬り捨て血を吸ってゆく。護衛兵達は全てを囲まれないように、炎に包まれないように動くだけだった。
「悪黒王よ! 剣合わせとゆこうではないか!」
田村麻呂の大音声が戦場を駆け抜けた。以前と違い場は静かになることは無い。盗賊達は前に進むしか無いからだ。当然悪黒王も前に進んで来る。
そして、悪黒王が炎の壁を通り抜けて柵の前に来たとき、その場は無数の死体と大量の血で埋まっていた。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
「田村麻呂~、やってくれたな。待ち伏せとは・・・・・・、何故・・・・・・、そうか、そういうことか」
悪黒王が何が起こり、どうしてこのようなことになったのかを悟ったようで目の前で呻いている。田村麻呂は溜息をつく。
「悪黒王よ。お主がどう思っているかは分かるがのぅ。それでも約束を違えて夜討ちをかけてきたのはお前では無いか?」
その言葉に鋭い眼光で睨み返す。悪黒王の刀を持つ手はわなわなと震えていた。
「うぉうりゃぁ!」
突然踏み込み斬りつける悪黒王。田村麻呂はその斬撃を真正面から受けた。何の抵抗も音もなく振り抜かれる刀。悪黒王に笑みが浮かぶ。ただその笑みは長くは持たず、直ぐに氷の笑みと化す。
「はぇ」
盗賊の頭とも思えぬ気の抜けた声。悪黒王は半ばから無くなっていた刀身を信じられないと言う表情で見つめていた。
「ほれ、そのままでは死ぬぞ。そこいらの死体から武器を取れ。もっとも観念するのならば斬るがのぅ」
ゆっくりと血吸を振り上げる田村麻呂。我に返った悪黒王は近くに落ちていた槍を拾い距離を取る。槍の長さは六尺有るか無いか。標準的な槍だ。
悪黒王は先程のように不用意に踏み込まず、じりじりと間を詰めてゆく。突然繰り出される突き。それはやすやすと躱される。連続で繰り出される突きと無秩序に振り回される槍。それは全く掠りもしなかった。
暫く続けると肩で息を始め、ふらふらになる悪黒王。その様子を少し遠目、槍の間合いから眺める田村麻呂の姿があった。
「もう良いか? 悪黒王よ。それではこちらから行くぞ?」
田村麻呂が動く、距離にして二歩分、二尺を踏み込むと無造作に血吸を振り抜いた。斬撃を受け止めようと槍の柄で防ごうとする悪黒王。しかしそれをすり抜けるように通り過ぎた血吸。驚愕に眼を見開き、唖然とした表情を浮かべている悪黒王の姿は滑稽な物に見えた。
次第にずれてゆく身体。そして金属が地とぶつかる音が響いた。【ふぅ】と大きな溜息をつく。
「悪黒王は討ち取った!!! 降伏するなら命までは取らぬ!」
田村麻呂が大声で叫ぶ。その後に【今はな】と小さな声で呟いた。盗賊達は三種の行動を取る。降伏するために武器を棄てる者、逃亡を図る者、そして戦おうとする者。盗賊は捕まれば死罪だ。後者二つの行動はそれを知っている者達の行動だった。
逃亡する者、戦おうとする者は容赦なく討ち取られてゆく。田村麻呂も向かってくる者を次々と討ち取っていた。
「田村麻呂さま。残りおよそ一千を見つけました」
側近の者が近くまで来ていた。盗賊を斬る手を休めて振り返る。そこには悪黒王の首をぶら下げた側近が立っていた。
「ふぅむ。近いか?」
田村麻呂の問いに【近い】と答え、更に逃亡の可能性があると答えた。
「逃げられると厄介か・・・・・・」
田村麻呂はすぐに追撃の命を出す。先行するのは騎馬だ。足止めと混乱を引き起こすために。
「後衛の方陣部隊を随伴させろ。陣形は無視して良い。全速力で追いつき足止めすることだけ考えろと伝えよ」
それから副将にここの掃討と後始末を任せ自分も騎馬へと向かう。ふと悪黒王の本拠地だった方へ目を向けるとそこから煙が立ち上っていた。そしてその山の更に奥からも数筋の煙が立ち上っている。
「ふむ、あちらも成功したようだな」
どうやら鈴鹿御前が後方攪乱を始めたようだ。
「副将、ここの掃討と盗賊の捕縛を他の者に・・・・・・、そうだな五百残して、後を引き連れて森の中へ入ってくれ。たぶん入り口に伏せている部隊がいるはずだ」
田村麻呂の言葉に副将は頷いて部隊の一部を引き抜き始める。田村麻呂も護衛を引き連れて本陣を後にするのであった。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
二昼夜後、全軍は一度本陣に集結していた。悪黒王の首は既に都へ移送されている。そして・・・・・・。
「皆、聞いて欲しい。この戦で戦った鈴鹿御前とその配下達だ。今日この日から儂の指揮下に入ることになった。皆複雑な感情かもしれぬが仲間として迎え入れて欲しい」
田村麻呂の立つ少し高くなった場所に鈴鹿御前が並んで立っている。その前には整列した鈴鹿御前の配下達。そしてその後ろには付いてきた民達が並んでいた。
あの夜、田村麻呂達は残りの一千の集団と激突。そしてあっさりと壊滅させた。数多くの捕虜を得て本陣に戻っていた。森の方も副将と山戦の頭が散った者達を組織的に狩っていき壊滅させた。その次の日には鈴鹿御前が合流する。二人は田村麻呂が血吸のみを携帯し陣幕の中で長く話し合っていた。
その結論は鈴鹿御前及び、鈴鹿御前の配下は田村麻呂の指揮下に入る。民達は近くの廃村を建て直し住むことになった。
そして今日、その事を部隊に伝えている。若干の動揺は在ったもののそれは受け入れられた。混乱が少なかったのは盗賊の捕虜を都へ護送するために反発しそうな人物と部隊を使ったからだ。
それから鈴鹿御前から挨拶が有り、今後の方針が発表された。
田村麻呂の部隊は二千まで減り、その部隊を引き連れ悪黒王の本拠地だった場所を山城と化し、そこを中心に地方平定を開始するというものだ。当然二千の兵は固定では無く、常に数百の兵が都の兵と入れ替わることになっていた。これは田村麻呂が朝廷に進言した事で、実戦を積みながら兵全体の練度の底上げを狙ったものという名目だった。
当然、鈴鹿御前の事は伏せてある。ある意味背信行為に当たるのだがそこはそれ、惚れた弱みでもあった。それに鈴鹿御前の指揮能力は田村麻呂ですら遙かに凌駕していた。それを惜しげも無く部下の将達に教えてゆくことで新しく派遣されてきた部下達も上手く丸め込むことができていた。
それから数年。
田村麻呂と鈴鹿御前は一人の女の子をもうけていた。鈴鹿御前は戦場に出ることは無くなり幸せそうに暮らしていた。
それでも刻の移りは残酷な物で二人には最後の時期が差し迫っていた。鈴鹿御前の身体が徐々に弱ってきており、外出もままならなくなってきていたのだ。
殆どを山城の中で過ごし、娘の相手と兵法書を書き続ける日々を過ごす鈴鹿御前。そして二人の別れは悪黒王との戦いから丸五年が経ったときに現実となる。
「旦那様、今まで有り難うございました。幸せな時間を有り難うございました。これからはこの子のことをどうかよろしくお願いいたします」
床に伏せている鈴鹿御前が田村麻呂に話しかけた。田村麻呂は涙を流しながら鈴鹿御前の手を握る。まだまだ小さな二人の子は何となく不安なのか二人の握る手に小さな手を重ねていた。
「皆もこれからも田村麻呂様のお役にたって下さいね」
鈴鹿御前の元の配下達も揃っている。皆それぞれに悲しみに浸っていた。田村麻呂の副将が気を利かせて全員を屋敷の外へと出す。中には田村麻呂と鈴鹿御前、そして娘の三人が残った。
「田村麻呂様、これを・・・・・・」
鈴鹿御前が起き上がり、床の横に置いてあった顕明連を取り田村麻呂に渡す。
「これをこの子に引き継がせて下さい。大通連と小通連はあなた様が・・・・・・」
そう言って鈴鹿御前はもう一度床に横になった。
「ふぅ。わたくしの願いは叶い、楽しい日々を過ごさせていただきました。心残りはこの娘の成長を見届けられないことですが・・・・・・」
鈴鹿御前は手を握っている娘の頭をそっと撫でた。やがてその手は力を失い床の上に戻ってゆく。静かな部屋の中に鈴鹿御前の弱ってゆく息の音だけが響いていた。それもそれほど長くは続かなかった。最後の一息を吐いた後、鈴鹿御前はこの世を去る。
田村麻呂は鈴鹿御前の手を握り締め声を出さずに涙を流す。そっと娘を抱きしめる。娘もその時始めて何かに気が付いたようで大声で鳴き始めた。外からも大勢がすすり泣く声が聞こえてくる。その声はしばらくの間止むことは無かった・・・・・・。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
ふむ、懐かしい思い出だ・・・・・・。
これが私が生み出され、最初の持ち主と共に戦った記憶だ。私はこの後暫くは共に戦っていたが天からのお告げがあったという事で御殿へと奉納された。その頃には田村麻呂も老いて戦場には出なくなっていたが・・・・・・。
それから暫くは私は御殿の中で眠りにつくことになった。次に呼び出されるまでは。まあ、その話はまた別の機会に話すことにしよう。
それではまた会おうぞ。達者で暮らせよ・・・・・・。
田村麻呂は炎の中で次々と討ち果たされる悪黒王の部下達を見つめていた。柵に詰めかけた者は槍兵が、後方からは矢が頭上を飛び越えて襲ってゆく。側面の炎の壁の外からは弓兵が矢を放ち、それでも越えてきた者は剣兵が斬り捨てていた。
「田村麻呂様、千程足りないようです」
副将からの進言。田村麻呂は顔を顰めた。
「うむ。回り込んでくるのだろうなぁ」
最初は方陣で当たる予定だったのを変更し今の陣形に変えていた。ただし二つ目の方陣は弓兵を除きそのまま配置してある。
「後方に回られても、第二陣が防ぐであろう? その間に陣形を変えれば良い。それよりもあそこで立ち往生している者は悪黒王ではないか?」
田村麻呂は顎でその場を示す。副将もそちらに視線を向け黙って頷いた。
「そのようですな。重点的に弓兵に狙わせますか?」
田村麻呂はその意見を笑って否定する。ゆっくりと立ち上がり腰の太刀、血吸を引き抜いた。副将は顔を顰める。
「また、ですか?」
副将は呆れた顔で田村麻呂を見る。ただ、引き留める気はないようで呆れた表情を浮かべているだけだ。
「まぁ、な。どうせなら引導を渡してやろうかのぅ、後腐れの無きようにな」
田村麻呂の言う後腐れとは鈴鹿御前の事だ。生き延びられて後々面倒なことになっても困る。それで先に予防しておこうというつもりなのだ。
「どうぞ御勝手に。ただし死なないでくださいね」
副将の言葉に田村麻呂は【おぅ】と短く答えて護衛兵を引き連れ柵を開ける。当然逃げ場の無い盗賊達が殺到した。田村麻呂が無造作に振るう血吸は、容赦なく近づく者を斬り捨て血を吸ってゆく。護衛兵達は全てを囲まれないように、炎に包まれないように動くだけだった。
「悪黒王よ! 剣合わせとゆこうではないか!」
田村麻呂の大音声が戦場を駆け抜けた。以前と違い場は静かになることは無い。盗賊達は前に進むしか無いからだ。当然悪黒王も前に進んで来る。
そして、悪黒王が炎の壁を通り抜けて柵の前に来たとき、その場は無数の死体と大量の血で埋まっていた。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
「田村麻呂~、やってくれたな。待ち伏せとは・・・・・・、何故・・・・・・、そうか、そういうことか」
悪黒王が何が起こり、どうしてこのようなことになったのかを悟ったようで目の前で呻いている。田村麻呂は溜息をつく。
「悪黒王よ。お主がどう思っているかは分かるがのぅ。それでも約束を違えて夜討ちをかけてきたのはお前では無いか?」
その言葉に鋭い眼光で睨み返す。悪黒王の刀を持つ手はわなわなと震えていた。
「うぉうりゃぁ!」
突然踏み込み斬りつける悪黒王。田村麻呂はその斬撃を真正面から受けた。何の抵抗も音もなく振り抜かれる刀。悪黒王に笑みが浮かぶ。ただその笑みは長くは持たず、直ぐに氷の笑みと化す。
「はぇ」
盗賊の頭とも思えぬ気の抜けた声。悪黒王は半ばから無くなっていた刀身を信じられないと言う表情で見つめていた。
「ほれ、そのままでは死ぬぞ。そこいらの死体から武器を取れ。もっとも観念するのならば斬るがのぅ」
ゆっくりと血吸を振り上げる田村麻呂。我に返った悪黒王は近くに落ちていた槍を拾い距離を取る。槍の長さは六尺有るか無いか。標準的な槍だ。
悪黒王は先程のように不用意に踏み込まず、じりじりと間を詰めてゆく。突然繰り出される突き。それはやすやすと躱される。連続で繰り出される突きと無秩序に振り回される槍。それは全く掠りもしなかった。
暫く続けると肩で息を始め、ふらふらになる悪黒王。その様子を少し遠目、槍の間合いから眺める田村麻呂の姿があった。
「もう良いか? 悪黒王よ。それではこちらから行くぞ?」
田村麻呂が動く、距離にして二歩分、二尺を踏み込むと無造作に血吸を振り抜いた。斬撃を受け止めようと槍の柄で防ごうとする悪黒王。しかしそれをすり抜けるように通り過ぎた血吸。驚愕に眼を見開き、唖然とした表情を浮かべている悪黒王の姿は滑稽な物に見えた。
次第にずれてゆく身体。そして金属が地とぶつかる音が響いた。【ふぅ】と大きな溜息をつく。
「悪黒王は討ち取った!!! 降伏するなら命までは取らぬ!」
田村麻呂が大声で叫ぶ。その後に【今はな】と小さな声で呟いた。盗賊達は三種の行動を取る。降伏するために武器を棄てる者、逃亡を図る者、そして戦おうとする者。盗賊は捕まれば死罪だ。後者二つの行動はそれを知っている者達の行動だった。
逃亡する者、戦おうとする者は容赦なく討ち取られてゆく。田村麻呂も向かってくる者を次々と討ち取っていた。
「田村麻呂さま。残りおよそ一千を見つけました」
側近の者が近くまで来ていた。盗賊を斬る手を休めて振り返る。そこには悪黒王の首をぶら下げた側近が立っていた。
「ふぅむ。近いか?」
田村麻呂の問いに【近い】と答え、更に逃亡の可能性があると答えた。
「逃げられると厄介か・・・・・・」
田村麻呂はすぐに追撃の命を出す。先行するのは騎馬だ。足止めと混乱を引き起こすために。
「後衛の方陣部隊を随伴させろ。陣形は無視して良い。全速力で追いつき足止めすることだけ考えろと伝えよ」
それから副将にここの掃討と後始末を任せ自分も騎馬へと向かう。ふと悪黒王の本拠地だった方へ目を向けるとそこから煙が立ち上っていた。そしてその山の更に奥からも数筋の煙が立ち上っている。
「ふむ、あちらも成功したようだな」
どうやら鈴鹿御前が後方攪乱を始めたようだ。
「副将、ここの掃討と盗賊の捕縛を他の者に・・・・・・、そうだな五百残して、後を引き連れて森の中へ入ってくれ。たぶん入り口に伏せている部隊がいるはずだ」
田村麻呂の言葉に副将は頷いて部隊の一部を引き抜き始める。田村麻呂も護衛を引き連れて本陣を後にするのであった。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
二昼夜後、全軍は一度本陣に集結していた。悪黒王の首は既に都へ移送されている。そして・・・・・・。
「皆、聞いて欲しい。この戦で戦った鈴鹿御前とその配下達だ。今日この日から儂の指揮下に入ることになった。皆複雑な感情かもしれぬが仲間として迎え入れて欲しい」
田村麻呂の立つ少し高くなった場所に鈴鹿御前が並んで立っている。その前には整列した鈴鹿御前の配下達。そしてその後ろには付いてきた民達が並んでいた。
あの夜、田村麻呂達は残りの一千の集団と激突。そしてあっさりと壊滅させた。数多くの捕虜を得て本陣に戻っていた。森の方も副将と山戦の頭が散った者達を組織的に狩っていき壊滅させた。その次の日には鈴鹿御前が合流する。二人は田村麻呂が血吸のみを携帯し陣幕の中で長く話し合っていた。
その結論は鈴鹿御前及び、鈴鹿御前の配下は田村麻呂の指揮下に入る。民達は近くの廃村を建て直し住むことになった。
そして今日、その事を部隊に伝えている。若干の動揺は在ったもののそれは受け入れられた。混乱が少なかったのは盗賊の捕虜を都へ護送するために反発しそうな人物と部隊を使ったからだ。
それから鈴鹿御前から挨拶が有り、今後の方針が発表された。
田村麻呂の部隊は二千まで減り、その部隊を引き連れ悪黒王の本拠地だった場所を山城と化し、そこを中心に地方平定を開始するというものだ。当然二千の兵は固定では無く、常に数百の兵が都の兵と入れ替わることになっていた。これは田村麻呂が朝廷に進言した事で、実戦を積みながら兵全体の練度の底上げを狙ったものという名目だった。
当然、鈴鹿御前の事は伏せてある。ある意味背信行為に当たるのだがそこはそれ、惚れた弱みでもあった。それに鈴鹿御前の指揮能力は田村麻呂ですら遙かに凌駕していた。それを惜しげも無く部下の将達に教えてゆくことで新しく派遣されてきた部下達も上手く丸め込むことができていた。
それから数年。
田村麻呂と鈴鹿御前は一人の女の子をもうけていた。鈴鹿御前は戦場に出ることは無くなり幸せそうに暮らしていた。
それでも刻の移りは残酷な物で二人には最後の時期が差し迫っていた。鈴鹿御前の身体が徐々に弱ってきており、外出もままならなくなってきていたのだ。
殆どを山城の中で過ごし、娘の相手と兵法書を書き続ける日々を過ごす鈴鹿御前。そして二人の別れは悪黒王との戦いから丸五年が経ったときに現実となる。
「旦那様、今まで有り難うございました。幸せな時間を有り難うございました。これからはこの子のことをどうかよろしくお願いいたします」
床に伏せている鈴鹿御前が田村麻呂に話しかけた。田村麻呂は涙を流しながら鈴鹿御前の手を握る。まだまだ小さな二人の子は何となく不安なのか二人の握る手に小さな手を重ねていた。
「皆もこれからも田村麻呂様のお役にたって下さいね」
鈴鹿御前の元の配下達も揃っている。皆それぞれに悲しみに浸っていた。田村麻呂の副将が気を利かせて全員を屋敷の外へと出す。中には田村麻呂と鈴鹿御前、そして娘の三人が残った。
「田村麻呂様、これを・・・・・・」
鈴鹿御前が起き上がり、床の横に置いてあった顕明連を取り田村麻呂に渡す。
「これをこの子に引き継がせて下さい。大通連と小通連はあなた様が・・・・・・」
そう言って鈴鹿御前はもう一度床に横になった。
「ふぅ。わたくしの願いは叶い、楽しい日々を過ごさせていただきました。心残りはこの娘の成長を見届けられないことですが・・・・・・」
鈴鹿御前は手を握っている娘の頭をそっと撫でた。やがてその手は力を失い床の上に戻ってゆく。静かな部屋の中に鈴鹿御前の弱ってゆく息の音だけが響いていた。それもそれほど長くは続かなかった。最後の一息を吐いた後、鈴鹿御前はこの世を去る。
田村麻呂は鈴鹿御前の手を握り締め声を出さずに涙を流す。そっと娘を抱きしめる。娘もその時始めて何かに気が付いたようで大声で鳴き始めた。外からも大勢がすすり泣く声が聞こえてくる。その声はしばらくの間止むことは無かった・・・・・・。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
ふむ、懐かしい思い出だ・・・・・・。
これが私が生み出され、最初の持ち主と共に戦った記憶だ。私はこの後暫くは共に戦っていたが天からのお告げがあったという事で御殿へと奉納された。その頃には田村麻呂も老いて戦場には出なくなっていたが・・・・・・。
それから暫くは私は御殿の中で眠りにつくことになった。次に呼び出されるまでは。まあ、その話はまた別の機会に話すことにしよう。
それではまた会おうぞ。達者で暮らせよ・・・・・・。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

ようこそ安蜜屋へ
凜
歴史・時代
妻に先立たれた半次郎は、ひょんなことから勘助と出会う。勘助は捨て子で、半次郎の家で暮らすようになった。
勘助は目があまり見えず、それが原因で捨てられたらしい。一方半次郎も栄養失調から舌の調子が悪く、飲食を生業としているのに廃業の危機に陥っていた。勘助が半次郎の舌に、半次郎が勘助の目になることで二人で一人の共同生活が始まる。

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原
糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。
慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。
しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。
目指すは徳川家康の首級ただ一つ。
しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。
その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。
大陰史記〜出雲国譲りの真相〜
桜小径
歴史・時代
古事記、日本書紀、各国風土記などに遺された神話と魏志倭人伝などの中国史書の記述をもとに邪馬台国、古代出雲、古代倭(ヤマト)の国譲りを描く。予定。序章からお読みくださいませ
16世紀のオデュッセイア
尾方佐羽
歴史・時代
【第13章を夏ごろからスタート予定です】世界の海が人と船で結ばれていく16世紀の遥かな旅の物語です。
12章は16世紀後半のフランスが舞台になっています。
※このお話は史実を参考にしたフィクションです。
江戸の櫛
春想亭 桜木春緒
歴史・時代
奥村仁一郎は、殺された父の仇を討つこととなった。目指す仇は幼なじみの高野孝輔。孝輔の妻は、密かに想いを寄せていた静代だった。(舞台は架空の土地)短編。完結済。第8回歴史・時代小説大賞奨励賞。
江戸の夕映え
大麦 ふみ
歴史・時代
江戸時代にはたくさんの随筆が書かれました。
「のどやかな気分が漲っていて、読んでいると、己れもその時代に生きているような気持ちになる」(森 銑三)
そういったものを選んで、小説としてお届けしたく思います。
同じ江戸時代を生きていても、その暮らしぶり、境遇、ライフコース、そして考え方には、たいへんな幅、違いがあったことでしょう。
しかし、夕焼けがみなにひとしく差し込んでくるような、そんな目線であの時代の人々を描ければと存じます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる