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第4章1部
森での出会い
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夜空に浮かぶ無数の星々を眺めながらパチパチと音を立てる焚き火の炎を見つめる。その光は森の木々を幻想的に照らし出していた。
道具さえあれば火起こしなんて難しくない。パキッと枝を折り火に焼べると炎は勢いを増し、あっという間に枝を飲み込んでいった。
「今日も移送装置は見つからなかったな・・・。」
連合の建物を発見してから3日が経った。ミトラからもらった飾り石を頼りに建物周辺を探し続けているセリカだが、この日も飾り石が共鳴反応を見せることはなかった。
出発前に用意していた保存食はすでに底をついていた。すっかり軽くなった荷物を引き寄せると、ぷっくりとした緑色の粒を見つけ口にいれる。口の中で弾けた粒は甘酸っぱく、自然と口角が上がった。移送装置を探しながら見つけたこの実が、栄養豊富で万能薬のような効果があることを教えてくれたのはもちろんヴァースキだ。
ミトラは2日ほどの野営が必要だと言っていた。しかしそれは希望的観測だったのだろう。実際は、移送装置が見つかるまで続くサバイバルだ。飾り石に反応するものがどんな形態であるのか分からない以上、しらみつぶしに探すしか方法はない。予想以上に過酷といえる課題だが、当のセリカは大した問題ではないと感じていた。
野営には慣れているからだ。火の起こし方も、水源を探し安全な水を得る方法も、食べられる植物の選別やケガをした時の応急処置の方法もヴァースキとの厳しい修行の中で培った経験のおかげだろう。さらに一粒、実を口に入れるとセリカは頭上に広がる漆黒の空を見上げた。
「おっしょう、元気かな・・・。」
ふと当時の時間を思い出し、ヤニ臭い男の顔が思い浮かんだ。学園に来てから思い出すヒマもなかったが、久しぶりに連絡を取ってみてもいいかもしれない。「何の用だ?」不機嫌な声で、きっとそういうだろうとセリカは小さく笑った。
黒く炭化した木片を避けていた時だった。僅かな空気の淀みにセリカは瞬時に体勢を整える。そしてかすかな物音も聞き逃さないように耳を澄ませた。
「足音・・・?人と・・・重く、力強い足音がする・・・。」
耳に集中する。かすかな足音は次第に大きくなりこちらに近づいているようだ。人の怒鳴り声が耳に届いた時、セリカは足音の方向に走り出した。
「誰かが襲われている!」
音との距離を測り氷剣を振りかざす。それは、視界に捉えた大きく黒い物体を見事に吹き飛ばした。
「うわっ!!」
「浅いか。」
セリカは吹き飛ばした物体を追いかける。そして対峙した正体に思わず目を見張った。そこには鼻先と眉間にしわを寄せ、鋭い牙をむき出しにした獣が威嚇するように体を震わせていたからだ。
「イノシシ・・・?にしては随分と大きいような・・・」
「気をつけろ!そいつは魔獣だ!」
この獣に追いかけられていた人物だろう。声のする方向へ意識を向けた時、再び怒号が飛んできた。
「バカッ!後ろだ!」
空気を切り裂く音がする。セリカを真っ二つにしようと振り下ろされたイノシシの爪は地面に抉り食い込んだ。
「しばらく眠っていてくれ。」
キンッという音と共にイノシシの背後に回ったセリカは氷剣をおさめる。数秒後、イノシシはその大きな巨体を揺らしその場に倒れ込んだ。
「み、見えなかった・・・いつ攻撃したんだ・・・」
呆気に取られていた人物の前に手が伸びる。あの巨獣をあっという間に倒したとは思えない、白くキレイな手だとぼんやりと思った。
「大丈夫か?」
「ありがとう、助かったよ。えっと・・・」
「セリカ・アーツベルクだ。間に合ってよかったよ。」
「俺はヤマト。ヤマト・ナイロフルムだ。しかし、あの魔獣を一瞬で倒すなんてスゴイな。」
力強く握り返した青年はセリカよりも年上に見えた。
短く刈り上げられた短髪と無造作に上げた前髪からのぞく額には小さな傷が見える。身長が高いだけでなく鍛え抜かれた筋肉のおかげで、さらに大きく見えるとセリカは思った。その圧倒的な存在感にも関わらず、威圧感をまったく感じさせないのは、少年のように屈託なく笑う笑顔のおかげだろう。
「前に倒した魔獣と比べたら大したことなかったよ。」
「ははは、頼もしいな。まさかこんな場所に人がいるとは思わなかったよ。この辺りは魔獣が多く出現するからな。」
「いや、ここで遭遇した魔獣はあのイノシシが初めてだよ。」
「え、初めてだって!?」
「う、うん・・・。ここ数日、野営をしていたけど魔獣には1度も遭遇しなかったぞ。」
そんなバカな・・・ヤマトは眉をひそめた。凶暴な魔獣が多く出現することで有名なこの場所は、滅多に人が近付くことはない。まさかこんな所で野営しているなんて信じられない話だった。
(ただ、運がよかっただけ?それとも、野生の感が研ぎ澄まされている魔獣が本能的にセリカとの戦闘を避けた、ということか・・・?)
改めてセリカを観察してみる。バランスよくついた筋肉としなやかな体躯は、確かに一朝一夕で得られるものではないだろう。しかし、あの魔獣を一撃で仕留められる力があるようには見えなかった。何より、セリカは女性なのだ。
「ヤマトはどうして魔獣に追われていたんだ?」
「帰路につこうとしている時に襲われたんだ。本来だったらすぐに撃退できるんだけど、クエスト帰りで魔法力が枯渇してしまってな。」
「クエスト?ということは、ヤマトは魔術師なのか?」
「ああ。一応これでも上級魔術師なんだぜ。まぁ、今回は助けられちまったがな。」
胸を張るヤマトを見てみれば、確かに年季の入った装具は鍛えられた体躯にしっくりと馴染んでいた。
「ちょっと欲を出して高難易度のクエストを抱え込みすぎちまったんだよな。しかも、面倒くさくて補給物資の調達を怠ってしまったから自業自得なんだけど・・・魔法力の器がスッカラカンなのは参ったよ。」
それを聞いたセリカは周辺を見回した。そして頭上にあるモノを見つけると、軽くジャンプをしてそれを摘み取った。
「これを食べるといい。」
セリカの手の平を凝視したヤマトは再び眉をひそめる。
「これって、ギヌのツタじゃないか。」
セリカが差し出したのは、ツタの先に丸い実がたくさん付いている植物だった。実の形はほぼ球形で、色は黒い。ただ実が密集している様子になんとも言えない不快感が襲ってくる。
「これを食べろだって?そもそもギヌの実は食用じゃないだろう。」
「確かに実は食べない。食べても渋くて苦いからすぐに吐き出すだろう。食べるのはこっちの葉のほうだよ。」
「葉だって?」
ブチブチともぎりとった葉は大きく広がった手のひらのような形をしていた。葉には深い切れ込みが入っており、赤みがかった色合いをしている。当然ヤマトはこの葉っぱを口にしたことはないし、しようと思ったこともない。
「ギヌの葉は細かく砕いてお湯に溶かすと、体力や魔法力の回復に富んだ成分が分泌されるんだ。本当は乾燥させて挽いたものが1番いいんだけど今はそんなこと言っていられないからな。口の中でガムのように潰して吐き出した後に水を飲むといい。」
「ほ、本当かよ・・・そんな使い方初めて聞いたぞ・・・?」
「そんな状態でまた魔獣に襲われたら次は死ぬかもしれないんだぞ。騙されたと思ってやってみろ、ほら!」
最初は抵抗していたヤマトだったが、強引に葉っぱを口の中に押し込まれると仕方なく咀嚼をはじめる。やはり美味しいものではないが、吐き出した後に水を含むと、爽やかな清涼感が口の中に広がった。
「なんだ、この鼻に抜ける感じの爽快感は?」
「ミント水みたいだろ。私も最初は抵抗があったんだが、どこか病みつきになるんだよな。あ、水分はしっかり摂っておけよ。水に溶けた成分が体中に滲みていくから。」
ヤマトは拳を握ったり開いたりする。僅かだが力が戻っている気がして、試しに指先に魔法を灯してみた。
「お、使える!魔法が使えるぞ!確かに魔法力の器は枯渇していたはずなのに!いやぁ、ギヌの葉の薬学なんて知らなかったよ。なんでこんなことを知っているんだ?」
「サバイバル術を教えてくれた人がいてな。でもギヌの葉については私の母が教えてくれたんだ。」
へぇーと言いながら、ヤマトは再びギヌの葉を噛み砕いた。セリカも手に持ったギヌの葉を鼻に持って行く。青臭い匂いがセリカにとっては懐かしい気がした。
(そういえば、薬学についてはおっしょうよりも母さんの方が詳しかった。おっしょうも知らない植物の知識を話したら、拗ねたように目を逸らしてたっけ。)
「なにニヤニヤしてるんだ?」
「ふふ、ちょっと昔を思い出してな。」
しかし、セリカが頬を緩ませた時間は短かった。和やかな空気は途端に途切れ、すぐに臨戦態勢に入った2人は鋭い視線を向ける。
「おいおい、どういうことだよ・・・さっき倒したんじゃなかったのかよ。」
「しばらく動けないほどのダメージは与えたはずなんだけどな。それよりも・・・」
「ああ。今さっきとは比べほどにならないほどにでかいぞ。」
勢いよく突っ込んできた気配は2体。1体は間違いなく先ほどセリカが倒した魔獣だろう。そしてその隣にいる1体は、その魔獣よりも遥かに大きく凶猛な気配を撒き散らしていた。
「やられたから仲間を呼んできたってわけか?報復なんて今どき流行らないぞ。」
「ヤマト、来るぞっ!!」
血走った眼で突進してくる巨体を2人はヒラリと躱してみせる。しかし、その巨体からは想像もできないほどの俊敏な動きで、獣たちはそれぞれの標的を定めたようだ。
「やっぱり私に来るよな。」
ほぼ直角に方向転換した魔獣は、先ほどセリカに倒された怒りを爆発させるかのように何度も鋭い爪を振り下ろした。その激しい攻撃は土埃を舞い上がらせ視界を遮っていく。
「セリカッ!!」
あっという間にセリカを見失ったヤマトの目の前には、口から涎をたらした魔獣が鋭い眼光を向けている。隙を見せたら殺される。上級魔術師のヤマトが直感的に感じるほどのすごい鬼迫だ。
「さっきの俺と同じだと思うなよ。」
にやりと笑ったヤマトはそう叫ぶと、両手を天に突き上げた。
「All Element 水精霊!」
空に水精霊の紋様が浮かび上がるとスカイブルーの光が真っ直ぐとヤマトの手元へ収束していく。それはどんどんと形を変え、ヤマトの身長を超えるほどの大刀へと姿を変えた。
「いくぞ、水天!」
大刀を体の一部のように操るヤマトは魔獣よりも高い位置へ躍り出る。大刀の重さを感じさせないその身のこなしに一切の無駄はない。力強く振り下ろされたその鋭い刀身は、魔獣の肉体を切り裂いた。
悲鳴を上げ、体をよじる魔獣から大量の血しぶきが舞う。まるで血の雨が降ったかのように周辺は真っ赤に染まっていった。
空気に湿気が帯びたからだろう。霞がかかる視界の中で再びセリカを確認したヤマトは、その足元に転がる氷漬けになった魔獣を見つけた。すでに息はないようだ。
「マジかよ・・・やっぱりすげーな!」
感嘆していた時だった。深手を追った魔獣が錯乱状態になりセリカの居る方向へ突進していったのだ。
「しまった!セリカ逃げろっ!!」
コントロールを失った巨体にぶつかればきっと無事ではいられないだろう。必死に声を張り上げるが、暴れ狂う魔獣の足音にヤマトの声はかき消されていく。
「セリカッ!魔獣がそっちにいったぞ!避けてくれっ!!」
懸命に後を追いかけるが、予想以上にスピードが早くその巨体はたちまち視界から消えてしまった。ヤマトが再びその巨体を見つけたとき、そこには目を疑う光景がひろがっていた。
道具さえあれば火起こしなんて難しくない。パキッと枝を折り火に焼べると炎は勢いを増し、あっという間に枝を飲み込んでいった。
「今日も移送装置は見つからなかったな・・・。」
連合の建物を発見してから3日が経った。ミトラからもらった飾り石を頼りに建物周辺を探し続けているセリカだが、この日も飾り石が共鳴反応を見せることはなかった。
出発前に用意していた保存食はすでに底をついていた。すっかり軽くなった荷物を引き寄せると、ぷっくりとした緑色の粒を見つけ口にいれる。口の中で弾けた粒は甘酸っぱく、自然と口角が上がった。移送装置を探しながら見つけたこの実が、栄養豊富で万能薬のような効果があることを教えてくれたのはもちろんヴァースキだ。
ミトラは2日ほどの野営が必要だと言っていた。しかしそれは希望的観測だったのだろう。実際は、移送装置が見つかるまで続くサバイバルだ。飾り石に反応するものがどんな形態であるのか分からない以上、しらみつぶしに探すしか方法はない。予想以上に過酷といえる課題だが、当のセリカは大した問題ではないと感じていた。
野営には慣れているからだ。火の起こし方も、水源を探し安全な水を得る方法も、食べられる植物の選別やケガをした時の応急処置の方法もヴァースキとの厳しい修行の中で培った経験のおかげだろう。さらに一粒、実を口に入れるとセリカは頭上に広がる漆黒の空を見上げた。
「おっしょう、元気かな・・・。」
ふと当時の時間を思い出し、ヤニ臭い男の顔が思い浮かんだ。学園に来てから思い出すヒマもなかったが、久しぶりに連絡を取ってみてもいいかもしれない。「何の用だ?」不機嫌な声で、きっとそういうだろうとセリカは小さく笑った。
黒く炭化した木片を避けていた時だった。僅かな空気の淀みにセリカは瞬時に体勢を整える。そしてかすかな物音も聞き逃さないように耳を澄ませた。
「足音・・・?人と・・・重く、力強い足音がする・・・。」
耳に集中する。かすかな足音は次第に大きくなりこちらに近づいているようだ。人の怒鳴り声が耳に届いた時、セリカは足音の方向に走り出した。
「誰かが襲われている!」
音との距離を測り氷剣を振りかざす。それは、視界に捉えた大きく黒い物体を見事に吹き飛ばした。
「うわっ!!」
「浅いか。」
セリカは吹き飛ばした物体を追いかける。そして対峙した正体に思わず目を見張った。そこには鼻先と眉間にしわを寄せ、鋭い牙をむき出しにした獣が威嚇するように体を震わせていたからだ。
「イノシシ・・・?にしては随分と大きいような・・・」
「気をつけろ!そいつは魔獣だ!」
この獣に追いかけられていた人物だろう。声のする方向へ意識を向けた時、再び怒号が飛んできた。
「バカッ!後ろだ!」
空気を切り裂く音がする。セリカを真っ二つにしようと振り下ろされたイノシシの爪は地面に抉り食い込んだ。
「しばらく眠っていてくれ。」
キンッという音と共にイノシシの背後に回ったセリカは氷剣をおさめる。数秒後、イノシシはその大きな巨体を揺らしその場に倒れ込んだ。
「み、見えなかった・・・いつ攻撃したんだ・・・」
呆気に取られていた人物の前に手が伸びる。あの巨獣をあっという間に倒したとは思えない、白くキレイな手だとぼんやりと思った。
「大丈夫か?」
「ありがとう、助かったよ。えっと・・・」
「セリカ・アーツベルクだ。間に合ってよかったよ。」
「俺はヤマト。ヤマト・ナイロフルムだ。しかし、あの魔獣を一瞬で倒すなんてスゴイな。」
力強く握り返した青年はセリカよりも年上に見えた。
短く刈り上げられた短髪と無造作に上げた前髪からのぞく額には小さな傷が見える。身長が高いだけでなく鍛え抜かれた筋肉のおかげで、さらに大きく見えるとセリカは思った。その圧倒的な存在感にも関わらず、威圧感をまったく感じさせないのは、少年のように屈託なく笑う笑顔のおかげだろう。
「前に倒した魔獣と比べたら大したことなかったよ。」
「ははは、頼もしいな。まさかこんな場所に人がいるとは思わなかったよ。この辺りは魔獣が多く出現するからな。」
「いや、ここで遭遇した魔獣はあのイノシシが初めてだよ。」
「え、初めてだって!?」
「う、うん・・・。ここ数日、野営をしていたけど魔獣には1度も遭遇しなかったぞ。」
そんなバカな・・・ヤマトは眉をひそめた。凶暴な魔獣が多く出現することで有名なこの場所は、滅多に人が近付くことはない。まさかこんな所で野営しているなんて信じられない話だった。
(ただ、運がよかっただけ?それとも、野生の感が研ぎ澄まされている魔獣が本能的にセリカとの戦闘を避けた、ということか・・・?)
改めてセリカを観察してみる。バランスよくついた筋肉としなやかな体躯は、確かに一朝一夕で得られるものではないだろう。しかし、あの魔獣を一撃で仕留められる力があるようには見えなかった。何より、セリカは女性なのだ。
「ヤマトはどうして魔獣に追われていたんだ?」
「帰路につこうとしている時に襲われたんだ。本来だったらすぐに撃退できるんだけど、クエスト帰りで魔法力が枯渇してしまってな。」
「クエスト?ということは、ヤマトは魔術師なのか?」
「ああ。一応これでも上級魔術師なんだぜ。まぁ、今回は助けられちまったがな。」
胸を張るヤマトを見てみれば、確かに年季の入った装具は鍛えられた体躯にしっくりと馴染んでいた。
「ちょっと欲を出して高難易度のクエストを抱え込みすぎちまったんだよな。しかも、面倒くさくて補給物資の調達を怠ってしまったから自業自得なんだけど・・・魔法力の器がスッカラカンなのは参ったよ。」
それを聞いたセリカは周辺を見回した。そして頭上にあるモノを見つけると、軽くジャンプをしてそれを摘み取った。
「これを食べるといい。」
セリカの手の平を凝視したヤマトは再び眉をひそめる。
「これって、ギヌのツタじゃないか。」
セリカが差し出したのは、ツタの先に丸い実がたくさん付いている植物だった。実の形はほぼ球形で、色は黒い。ただ実が密集している様子になんとも言えない不快感が襲ってくる。
「これを食べろだって?そもそもギヌの実は食用じゃないだろう。」
「確かに実は食べない。食べても渋くて苦いからすぐに吐き出すだろう。食べるのはこっちの葉のほうだよ。」
「葉だって?」
ブチブチともぎりとった葉は大きく広がった手のひらのような形をしていた。葉には深い切れ込みが入っており、赤みがかった色合いをしている。当然ヤマトはこの葉っぱを口にしたことはないし、しようと思ったこともない。
「ギヌの葉は細かく砕いてお湯に溶かすと、体力や魔法力の回復に富んだ成分が分泌されるんだ。本当は乾燥させて挽いたものが1番いいんだけど今はそんなこと言っていられないからな。口の中でガムのように潰して吐き出した後に水を飲むといい。」
「ほ、本当かよ・・・そんな使い方初めて聞いたぞ・・・?」
「そんな状態でまた魔獣に襲われたら次は死ぬかもしれないんだぞ。騙されたと思ってやってみろ、ほら!」
最初は抵抗していたヤマトだったが、強引に葉っぱを口の中に押し込まれると仕方なく咀嚼をはじめる。やはり美味しいものではないが、吐き出した後に水を含むと、爽やかな清涼感が口の中に広がった。
「なんだ、この鼻に抜ける感じの爽快感は?」
「ミント水みたいだろ。私も最初は抵抗があったんだが、どこか病みつきになるんだよな。あ、水分はしっかり摂っておけよ。水に溶けた成分が体中に滲みていくから。」
ヤマトは拳を握ったり開いたりする。僅かだが力が戻っている気がして、試しに指先に魔法を灯してみた。
「お、使える!魔法が使えるぞ!確かに魔法力の器は枯渇していたはずなのに!いやぁ、ギヌの葉の薬学なんて知らなかったよ。なんでこんなことを知っているんだ?」
「サバイバル術を教えてくれた人がいてな。でもギヌの葉については私の母が教えてくれたんだ。」
へぇーと言いながら、ヤマトは再びギヌの葉を噛み砕いた。セリカも手に持ったギヌの葉を鼻に持って行く。青臭い匂いがセリカにとっては懐かしい気がした。
(そういえば、薬学についてはおっしょうよりも母さんの方が詳しかった。おっしょうも知らない植物の知識を話したら、拗ねたように目を逸らしてたっけ。)
「なにニヤニヤしてるんだ?」
「ふふ、ちょっと昔を思い出してな。」
しかし、セリカが頬を緩ませた時間は短かった。和やかな空気は途端に途切れ、すぐに臨戦態勢に入った2人は鋭い視線を向ける。
「おいおい、どういうことだよ・・・さっき倒したんじゃなかったのかよ。」
「しばらく動けないほどのダメージは与えたはずなんだけどな。それよりも・・・」
「ああ。今さっきとは比べほどにならないほどにでかいぞ。」
勢いよく突っ込んできた気配は2体。1体は間違いなく先ほどセリカが倒した魔獣だろう。そしてその隣にいる1体は、その魔獣よりも遥かに大きく凶猛な気配を撒き散らしていた。
「やられたから仲間を呼んできたってわけか?報復なんて今どき流行らないぞ。」
「ヤマト、来るぞっ!!」
血走った眼で突進してくる巨体を2人はヒラリと躱してみせる。しかし、その巨体からは想像もできないほどの俊敏な動きで、獣たちはそれぞれの標的を定めたようだ。
「やっぱり私に来るよな。」
ほぼ直角に方向転換した魔獣は、先ほどセリカに倒された怒りを爆発させるかのように何度も鋭い爪を振り下ろした。その激しい攻撃は土埃を舞い上がらせ視界を遮っていく。
「セリカッ!!」
あっという間にセリカを見失ったヤマトの目の前には、口から涎をたらした魔獣が鋭い眼光を向けている。隙を見せたら殺される。上級魔術師のヤマトが直感的に感じるほどのすごい鬼迫だ。
「さっきの俺と同じだと思うなよ。」
にやりと笑ったヤマトはそう叫ぶと、両手を天に突き上げた。
「All Element 水精霊!」
空に水精霊の紋様が浮かび上がるとスカイブルーの光が真っ直ぐとヤマトの手元へ収束していく。それはどんどんと形を変え、ヤマトの身長を超えるほどの大刀へと姿を変えた。
「いくぞ、水天!」
大刀を体の一部のように操るヤマトは魔獣よりも高い位置へ躍り出る。大刀の重さを感じさせないその身のこなしに一切の無駄はない。力強く振り下ろされたその鋭い刀身は、魔獣の肉体を切り裂いた。
悲鳴を上げ、体をよじる魔獣から大量の血しぶきが舞う。まるで血の雨が降ったかのように周辺は真っ赤に染まっていった。
空気に湿気が帯びたからだろう。霞がかかる視界の中で再びセリカを確認したヤマトは、その足元に転がる氷漬けになった魔獣を見つけた。すでに息はないようだ。
「マジかよ・・・やっぱりすげーな!」
感嘆していた時だった。深手を追った魔獣が錯乱状態になりセリカの居る方向へ突進していったのだ。
「しまった!セリカ逃げろっ!!」
コントロールを失った巨体にぶつかればきっと無事ではいられないだろう。必死に声を張り上げるが、暴れ狂う魔獣の足音にヤマトの声はかき消されていく。
「セリカッ!魔獣がそっちにいったぞ!避けてくれっ!!」
懸命に後を追いかけるが、予想以上にスピードが早くその巨体はたちまち視界から消えてしまった。ヤマトが再びその巨体を見つけたとき、そこには目を疑う光景がひろがっていた。
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