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第4章
花信風
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その日のおやつはいちご大福だった。もちろんライオスが手土産で用意したものだ。しかし、シャノハが昆布茶を淹れて差し出すとレイアは急に不機嫌になった。
「違う、馬鹿者め!」
「えぇー!レイアちゃん、いちご大福には昆布茶が1番合うって言ってたじゃん。相性がいいってお気に入りだったじゃん!」
シャノハは上質な和紙に包まれた筒を見せた。きっとわざわざ高級な茶葉を取り寄せたに違いない。
「そんなの知らん。私はほうじ茶がいいんじゃ!」
「レイア、わがままを言ってはいけませんよ。確か、ほうじ茶は切らしていたんじゃありませんか?せっかく博士が淹れてくれたんだから今日のお茶は昆布茶にしましょうよ。」
「絶対にいやじゃ!ほうじ茶を用意しろ!」
ふぅーとため息をついた時、眩い光が部屋を照らした。見るとシャノハが部屋から出て行くところだったので、ライオスは急いで後を追った。
「シャノハ博士!僕が買いに行きますよ。』
「いいのいいの。研究資料が届いていると思うのでついでに取りに行ってきます。レイアの話し相手になってあげてください。」
シャノハは笑顔だった。まるでレイアのワガママを喜んでいるようにも見える。
「甘やかしすぎですよ、博士。ちょっとは我慢を覚えさせないと。」
「あはははは。」
「笑い事じゃないですよ。この学園に属していないレイアは、いざという時の後ろ盾がありません。自分の身を守るため、ある程度の譲歩は経験していないと立場を失います。」
レイアがこの学園を守る重要な鍵であることは上層部も把握していた。ただ、学園に忠誠心を持っていないレイアが学園のカギを握り、中枢情報を知りすぎていることは懸念であり脅威だっただろう。学園の機密情報が外部に漏れる危険性を常に孕んでいる以上、組織に属さないレイアはいつでも切り捨てられる不安定な立場となった。 その気になればその存在ごと抹消されることだってある。ライオスはそれを止める権限など持っていないし、急にレイアが居なくなるかもしれないと思うと気が気ではなかった。
「あの子が要求を言えるようになったんです。いいことですよ。」
そう言うとパタパタと足音を立てながら歩いていってしまった。ライオスは仕方なく閉じられた壁を叩く。すると、再び眩い光に包まれ部屋に導かれた。
「わがままも大概にしないといけませんよ。ここに居られなくなったら困るのはあなたじゃないんですか。」
レイアは素知らぬ顔をしている。むしろ、不満げに唇を尖らせた。
「別に困らん。」
「そんなことはないでしょう。あなたの欠落者の能力は、このような機械たちがあって初めて本領発揮するものじゃないですか。」
自分は欠落者である。そう本人から言われるまでライオスはその存在自体を信じていなかった。日常的に多くの噂話や都市伝説が一人歩きをし、原型を留めない状態で耳に届く。匣や欠落者という存在もそのうちの1つであった。
魔法を使うことが当たり前であるこの世界で、精霊が使役できないというのは一大事だろう。実際に、魔法を失った者は自負心を抉られ正常な思考を失うことがほとんどだ。突出した能力が芽生えるとはいえ、欠落者でも同じことがいえるといっていい。しかしレイアはまるで他人事のように、事も無げに自分は欠落者だと告白してきたのだ。
「余計なお世話じゃ。ここじゃなくとも、私は自分の足で立っていける。」
「また強がりを・・・。その力が無ければこの機械たちだって動いてくれないじゃないですか。魔法を失えば私たちはただの無力な人間です。」
レイアは一瞬だけ目を丸くする。そしてすぐに声を上げて笑い出した。
「僕、可笑しなことを言いましたか?」
レイアが声を出して笑うのも珍しい。目尻を下げて笑う笑顔に引き込まれそうになりながらも、ここまで笑う理由がライオスには分からなかった。
「あぁ、腹が痛い。お前、本当にそう思っておるのか?」
「ええ。この世界で魔法という概念を失えば今まで当たり前にできていたことができなくなり、僕たち魔術師は不自由な生活を強いられるでしょう。レイアだって研究が進まなくなるのではないですか?」
「確かに今までどおりとはいかんじゃろうな。研究も手間も時間がかかり、思うような成果もあげられんかもしれん。ただ、それがどうした。」
「え?」
「興味と欠落者の能力はイコールではない。」
ライオスが首をかしげる。その様子にレイアは椅子に深く座ると足を組み直した。
「すべて魔法で完結しては面白くなかろう。研究とは好奇心・準備・探求・判断・結果から連なり、その過程の中に魔法が邪魔になることだって時にはあるのじゃ。自分の興味は自分の手で解き明かす。だからやりがいがあるし探究心は尽きぬのじゃ。」
「敢えて魔法を使わないということですか?」
「行動すべてに魔法を取り入れるべきではないと言っているのだ。生まれた時から当たり前にある魔法に依存することは、自分の視野を狭めることになる。」
誇らしげにレイアは胸を張る。しかしライオスは腑に落ちなかった。
「僕たち魔術師は魔法があって成り立つ存在です。自ら魔法を使わないということは、精霊も存在意義も忽略することになります。それは自分自身への否定と同じじゃあありませんか。」
「この世界ではそう思うのが普通じゃろうな。もちろんそれを否定する気もない。私みたいに、敢えて魔法を使わないというモノ好きはそうそうおらんじゃろうしな。」
「なぜレイアはその選択を選んだのですか?やっぱり欠落者だからですか?」
んーと言いながらレイアは視線を上げた。
「魔法が無くてもできると分かったからじゃ。確かにそれは魔法を失い欠落者となった価値観からじゃろう。この能力は研究者の私にとって僥倖であったと思う。しかし私は例え欠落者じゃなくても知りたいと思うことを探求するし、自分の欲求を満たし続けると思う。魔法というものに自分の意志を左右されたくはない。」
「魔法に意志を・・・」
「魔法のすべてを否定するわけではない。私だって研究と魔法を完全に切り離すということはできぬからな。要は使うか使わぬかに自分の意志を重んずること。私は自分の意志でここに居て自分のやり方で研究をする。ただそれだけじゃ。」
自由で何にも囚われない、なんともレイアらしい考え方だ。そして、実際に研究成果を出し続けているレイアを誰も無能とはいわないだろう。ライオスは思わず目を伏せる。魔法と自分の価値を同等に捉えていた自分が、とても小さい人間のように思えたからだ。
「人間は魔法を使う器ではあってはならない。魔法とは自分を誇る材料ではなく、あくまで人を助ける用途や手段に過ぎんのじゃ。魔法の成り立ちや背景を理解し多様な視点で見ることができれば、この世界ももう少し風通しが良くなると思うがのぅ。」
「これまで魔法と生きてきたんです。そんな簡単に考え方を変えることはできないでしょう。」
「魔法を取っ払えばそこに残るは人の純粋な姿。素の自分を見せるかどうかで信頼度をはかり、無防備な心に他を愛す。」
ライオスはレイアを見た。まさかレイアの口から「愛」という言葉が出ると思わなかったからだ。その視線に気付いたのか、レイアはニヤリと笑った。
「本に書いてあったことじゃ。私の見解ではない。」
「じゃあ、もし世界から魔法が消えたらどうなると思いますか?」
「今と何も変わらんのじゃないか?魔法が使えるか使えないかなど些末なこと。私から見ればただの人も、魔術師も欠落者も大して変わらぬ存在じゃ。重要なのは魔法を使う者の中身であって、意志、賛同、力がある方向に世界はコロコロと形を変えるだけじゃ。」
魔術師ではない自分をレイアはどう思うのか、そう聞きたい衝動に前のめりになったとき部屋の空気がざわついた。
まるで会話を聞いていたのではないかと疑うタイミングで光と共に現れたシャノハはほうじ茶を持っている。
待ってましたと言わんばかりに勢いよく椅子から飛び起きたレイアはいちご大福にかぶりついた。すでに自分は視界にも入っていないだろう。ライオスはため息をつきながらお湯の準備をはじめたのだ。
「・・・生・・・ライオス先生?」
「え・・・?」
空に舞う葉に意識を取り戻す。あの無機質に閉ざされた部屋には自然物などないのだから。
「大丈夫ですか?」
「すいません。ちょっと昔のことを思い出しちゃって・・・。それよりも、急に失礼な話を振ってしまいましたね。」
「ちょっと驚きました。魔法が使えないことを隠してきたので面と向かって気持ちを聞かれたことがなかったし。だから、余計に自分の気持ちを言語化したら、自分ははこう思っていたんだって気付かされました。」
魔術師である自分は、セリカやレイアの気持ちを100%理解することはできないだろう。気持ちに余裕が無かったとはいえ、余りにも軽率な質問だったに違いない。ライオスは思わず俯いた。
「でも、ライオス先生は優しいですね。」
「え?」
それは思ってもない言葉。ライオスが驚いて顔を上げるとセリカは指を空へ指していた。
「だって、空に精霊を呼んでいたでしょう?それって、私が嘆願書を全部回収できなかった場合の保険だったんじゃないですか?」
「気付いていたんですか?」
不規則な動きをする嘆願書を必死に追い続けていたはずだ。その中で風に溶け込ませた精霊に気付けるはずがない。
「精霊の気配には敏感なんです。夜凪の言葉を借りるなら私の中には精霊の痕跡で溢れているそうなので。」
「精霊の痕跡?」
「私もうまく説明できないんですけど・・・。でも、先生の精霊は1枚の嘆願書も見失わないよう辺りを警戒していました。先生への忠誠心が伝わってきて、柔らかく吹く風は先生の優しさを表しているようでした。」
確かに紙切れ1枚も見逃さないようにと伝えた。もしセリカが回収できなかったとしても、後から回収できるよう目印を付けておくようにもだ。この生徒は人の精霊の気持ちまで理解できるというのか。
「ずいぶんとお人好しですね。あなたを信頼していないからこその行動だったというのに。」
「当然です。そんな簡単に信頼してもらえるとは思っていません。私は自分の精霊すら呼べず、人の精霊に力を借りないと魔法が使えないのだから。」
「・・・魔法が使えるから精霊との信頼関係は成り立つのでしょうか。」
「え?」
「確かに魔術師は精霊を使役して存在が生まれます。ただそれは外装であって精霊との結びつきは結局・・・」
ライオスは口ごもる。あの時レイアと話した会話がふいに蘇ってきた。
「魔法を使うかどうか、精霊を本気で使役したいかどうか決めるのは結局、意志の強さ、なんだ・・・。意志に答え、精霊が真名を教えてくれるように、魔法の強さと意志の強さはきっと同じ場所にある・・・自分の気持ちを決めるのは魔法ではなく、自分の意志・・・」
「ライオス先生・・・?何をボソボソと・・・」
怪訝に思ったセリカが覗き込むと、眉間にシワを寄せ縋るように光を揺らせた視線とぶつかった。
『要はするかしないかの意志の選択の話です。魔法があっても無くても私は自分が信じる道を選択し続けたい。』そう言った目の前の生徒と情愛するレイアの姿が重なった時、ライオスの中で何かが弾けたような気がした。
なぜこんな単純なことに気付けなかったのだろう。
レイアが欠落者であっても無くてもきっと自分はレイアの側にいるだろう。だって自分がそうしたいのだから。
シャノハ博士がどんなにすごい魔術師だって関係ない。だってレイアを想う気持ちは負けないのだから。
魔法が使えても使えなくても関係ない。だって、レイアを幸せにするのは魔法でも精霊でもなく自分自身でありたいから。
胸につかえていたドス黒い感情が一気に流れ消えたような気がした。そしてその反動はライオスの口から溢れ出た。
「あははははははははは!!はーっ、はーっ、あー苦しい!!」
「ど、どうしたんですかライオス先生・・・!」
突然の爆笑にセリカは後ずさる。それでもライオスの笑いは止まらなかった。しばらくして、呼吸を整え目尻の涙を拭ったライオスの目はもう縋るような不安な眼差しではなかった。
「失礼しました。すごく簡単ですごく難解な答えが出て思わず取り乱しました。」
「すごく簡単ですごく難しい・・・?」
「はい。自分を縛っていた厚く高い壁は自分自身が作り出していたんだと気付いたんです。その壁を取っ払うのもまた、自分の強い意志だということも分かりました。」
「はぁ、それは・・・よかったです、ね?」
「僕のサインが必要なんですよね。協力します。」
「・・・え?・・・本当ですか!?」
「はい。僕でよろしければ署名させてもらいます。」
「あ、ありがとうございます!」
イマイチ釈然としないがライオスがそう言うのならいいだろう。ウキウキしながらセリカはタブレットを取り出すと、署名の画面を開きライオスへ手渡した。
「でも条件があります。」
「へ?」
ニッコリとタブレットを押し返すライオスの笑顔に、セリカは一抹の不安を覚えたのだった。
「違う、馬鹿者め!」
「えぇー!レイアちゃん、いちご大福には昆布茶が1番合うって言ってたじゃん。相性がいいってお気に入りだったじゃん!」
シャノハは上質な和紙に包まれた筒を見せた。きっとわざわざ高級な茶葉を取り寄せたに違いない。
「そんなの知らん。私はほうじ茶がいいんじゃ!」
「レイア、わがままを言ってはいけませんよ。確か、ほうじ茶は切らしていたんじゃありませんか?せっかく博士が淹れてくれたんだから今日のお茶は昆布茶にしましょうよ。」
「絶対にいやじゃ!ほうじ茶を用意しろ!」
ふぅーとため息をついた時、眩い光が部屋を照らした。見るとシャノハが部屋から出て行くところだったので、ライオスは急いで後を追った。
「シャノハ博士!僕が買いに行きますよ。』
「いいのいいの。研究資料が届いていると思うのでついでに取りに行ってきます。レイアの話し相手になってあげてください。」
シャノハは笑顔だった。まるでレイアのワガママを喜んでいるようにも見える。
「甘やかしすぎですよ、博士。ちょっとは我慢を覚えさせないと。」
「あはははは。」
「笑い事じゃないですよ。この学園に属していないレイアは、いざという時の後ろ盾がありません。自分の身を守るため、ある程度の譲歩は経験していないと立場を失います。」
レイアがこの学園を守る重要な鍵であることは上層部も把握していた。ただ、学園に忠誠心を持っていないレイアが学園のカギを握り、中枢情報を知りすぎていることは懸念であり脅威だっただろう。学園の機密情報が外部に漏れる危険性を常に孕んでいる以上、組織に属さないレイアはいつでも切り捨てられる不安定な立場となった。 その気になればその存在ごと抹消されることだってある。ライオスはそれを止める権限など持っていないし、急にレイアが居なくなるかもしれないと思うと気が気ではなかった。
「あの子が要求を言えるようになったんです。いいことですよ。」
そう言うとパタパタと足音を立てながら歩いていってしまった。ライオスは仕方なく閉じられた壁を叩く。すると、再び眩い光に包まれ部屋に導かれた。
「わがままも大概にしないといけませんよ。ここに居られなくなったら困るのはあなたじゃないんですか。」
レイアは素知らぬ顔をしている。むしろ、不満げに唇を尖らせた。
「別に困らん。」
「そんなことはないでしょう。あなたの欠落者の能力は、このような機械たちがあって初めて本領発揮するものじゃないですか。」
自分は欠落者である。そう本人から言われるまでライオスはその存在自体を信じていなかった。日常的に多くの噂話や都市伝説が一人歩きをし、原型を留めない状態で耳に届く。匣や欠落者という存在もそのうちの1つであった。
魔法を使うことが当たり前であるこの世界で、精霊が使役できないというのは一大事だろう。実際に、魔法を失った者は自負心を抉られ正常な思考を失うことがほとんどだ。突出した能力が芽生えるとはいえ、欠落者でも同じことがいえるといっていい。しかしレイアはまるで他人事のように、事も無げに自分は欠落者だと告白してきたのだ。
「余計なお世話じゃ。ここじゃなくとも、私は自分の足で立っていける。」
「また強がりを・・・。その力が無ければこの機械たちだって動いてくれないじゃないですか。魔法を失えば私たちはただの無力な人間です。」
レイアは一瞬だけ目を丸くする。そしてすぐに声を上げて笑い出した。
「僕、可笑しなことを言いましたか?」
レイアが声を出して笑うのも珍しい。目尻を下げて笑う笑顔に引き込まれそうになりながらも、ここまで笑う理由がライオスには分からなかった。
「あぁ、腹が痛い。お前、本当にそう思っておるのか?」
「ええ。この世界で魔法という概念を失えば今まで当たり前にできていたことができなくなり、僕たち魔術師は不自由な生活を強いられるでしょう。レイアだって研究が進まなくなるのではないですか?」
「確かに今までどおりとはいかんじゃろうな。研究も手間も時間がかかり、思うような成果もあげられんかもしれん。ただ、それがどうした。」
「え?」
「興味と欠落者の能力はイコールではない。」
ライオスが首をかしげる。その様子にレイアは椅子に深く座ると足を組み直した。
「すべて魔法で完結しては面白くなかろう。研究とは好奇心・準備・探求・判断・結果から連なり、その過程の中に魔法が邪魔になることだって時にはあるのじゃ。自分の興味は自分の手で解き明かす。だからやりがいがあるし探究心は尽きぬのじゃ。」
「敢えて魔法を使わないということですか?」
「行動すべてに魔法を取り入れるべきではないと言っているのだ。生まれた時から当たり前にある魔法に依存することは、自分の視野を狭めることになる。」
誇らしげにレイアは胸を張る。しかしライオスは腑に落ちなかった。
「僕たち魔術師は魔法があって成り立つ存在です。自ら魔法を使わないということは、精霊も存在意義も忽略することになります。それは自分自身への否定と同じじゃあありませんか。」
「この世界ではそう思うのが普通じゃろうな。もちろんそれを否定する気もない。私みたいに、敢えて魔法を使わないというモノ好きはそうそうおらんじゃろうしな。」
「なぜレイアはその選択を選んだのですか?やっぱり欠落者だからですか?」
んーと言いながらレイアは視線を上げた。
「魔法が無くてもできると分かったからじゃ。確かにそれは魔法を失い欠落者となった価値観からじゃろう。この能力は研究者の私にとって僥倖であったと思う。しかし私は例え欠落者じゃなくても知りたいと思うことを探求するし、自分の欲求を満たし続けると思う。魔法というものに自分の意志を左右されたくはない。」
「魔法に意志を・・・」
「魔法のすべてを否定するわけではない。私だって研究と魔法を完全に切り離すということはできぬからな。要は使うか使わぬかに自分の意志を重んずること。私は自分の意志でここに居て自分のやり方で研究をする。ただそれだけじゃ。」
自由で何にも囚われない、なんともレイアらしい考え方だ。そして、実際に研究成果を出し続けているレイアを誰も無能とはいわないだろう。ライオスは思わず目を伏せる。魔法と自分の価値を同等に捉えていた自分が、とても小さい人間のように思えたからだ。
「人間は魔法を使う器ではあってはならない。魔法とは自分を誇る材料ではなく、あくまで人を助ける用途や手段に過ぎんのじゃ。魔法の成り立ちや背景を理解し多様な視点で見ることができれば、この世界ももう少し風通しが良くなると思うがのぅ。」
「これまで魔法と生きてきたんです。そんな簡単に考え方を変えることはできないでしょう。」
「魔法を取っ払えばそこに残るは人の純粋な姿。素の自分を見せるかどうかで信頼度をはかり、無防備な心に他を愛す。」
ライオスはレイアを見た。まさかレイアの口から「愛」という言葉が出ると思わなかったからだ。その視線に気付いたのか、レイアはニヤリと笑った。
「本に書いてあったことじゃ。私の見解ではない。」
「じゃあ、もし世界から魔法が消えたらどうなると思いますか?」
「今と何も変わらんのじゃないか?魔法が使えるか使えないかなど些末なこと。私から見ればただの人も、魔術師も欠落者も大して変わらぬ存在じゃ。重要なのは魔法を使う者の中身であって、意志、賛同、力がある方向に世界はコロコロと形を変えるだけじゃ。」
魔術師ではない自分をレイアはどう思うのか、そう聞きたい衝動に前のめりになったとき部屋の空気がざわついた。
まるで会話を聞いていたのではないかと疑うタイミングで光と共に現れたシャノハはほうじ茶を持っている。
待ってましたと言わんばかりに勢いよく椅子から飛び起きたレイアはいちご大福にかぶりついた。すでに自分は視界にも入っていないだろう。ライオスはため息をつきながらお湯の準備をはじめたのだ。
「・・・生・・・ライオス先生?」
「え・・・?」
空に舞う葉に意識を取り戻す。あの無機質に閉ざされた部屋には自然物などないのだから。
「大丈夫ですか?」
「すいません。ちょっと昔のことを思い出しちゃって・・・。それよりも、急に失礼な話を振ってしまいましたね。」
「ちょっと驚きました。魔法が使えないことを隠してきたので面と向かって気持ちを聞かれたことがなかったし。だから、余計に自分の気持ちを言語化したら、自分ははこう思っていたんだって気付かされました。」
魔術師である自分は、セリカやレイアの気持ちを100%理解することはできないだろう。気持ちに余裕が無かったとはいえ、余りにも軽率な質問だったに違いない。ライオスは思わず俯いた。
「でも、ライオス先生は優しいですね。」
「え?」
それは思ってもない言葉。ライオスが驚いて顔を上げるとセリカは指を空へ指していた。
「だって、空に精霊を呼んでいたでしょう?それって、私が嘆願書を全部回収できなかった場合の保険だったんじゃないですか?」
「気付いていたんですか?」
不規則な動きをする嘆願書を必死に追い続けていたはずだ。その中で風に溶け込ませた精霊に気付けるはずがない。
「精霊の気配には敏感なんです。夜凪の言葉を借りるなら私の中には精霊の痕跡で溢れているそうなので。」
「精霊の痕跡?」
「私もうまく説明できないんですけど・・・。でも、先生の精霊は1枚の嘆願書も見失わないよう辺りを警戒していました。先生への忠誠心が伝わってきて、柔らかく吹く風は先生の優しさを表しているようでした。」
確かに紙切れ1枚も見逃さないようにと伝えた。もしセリカが回収できなかったとしても、後から回収できるよう目印を付けておくようにもだ。この生徒は人の精霊の気持ちまで理解できるというのか。
「ずいぶんとお人好しですね。あなたを信頼していないからこその行動だったというのに。」
「当然です。そんな簡単に信頼してもらえるとは思っていません。私は自分の精霊すら呼べず、人の精霊に力を借りないと魔法が使えないのだから。」
「・・・魔法が使えるから精霊との信頼関係は成り立つのでしょうか。」
「え?」
「確かに魔術師は精霊を使役して存在が生まれます。ただそれは外装であって精霊との結びつきは結局・・・」
ライオスは口ごもる。あの時レイアと話した会話がふいに蘇ってきた。
「魔法を使うかどうか、精霊を本気で使役したいかどうか決めるのは結局、意志の強さ、なんだ・・・。意志に答え、精霊が真名を教えてくれるように、魔法の強さと意志の強さはきっと同じ場所にある・・・自分の気持ちを決めるのは魔法ではなく、自分の意志・・・」
「ライオス先生・・・?何をボソボソと・・・」
怪訝に思ったセリカが覗き込むと、眉間にシワを寄せ縋るように光を揺らせた視線とぶつかった。
『要はするかしないかの意志の選択の話です。魔法があっても無くても私は自分が信じる道を選択し続けたい。』そう言った目の前の生徒と情愛するレイアの姿が重なった時、ライオスの中で何かが弾けたような気がした。
なぜこんな単純なことに気付けなかったのだろう。
レイアが欠落者であっても無くてもきっと自分はレイアの側にいるだろう。だって自分がそうしたいのだから。
シャノハ博士がどんなにすごい魔術師だって関係ない。だってレイアを想う気持ちは負けないのだから。
魔法が使えても使えなくても関係ない。だって、レイアを幸せにするのは魔法でも精霊でもなく自分自身でありたいから。
胸につかえていたドス黒い感情が一気に流れ消えたような気がした。そしてその反動はライオスの口から溢れ出た。
「あははははははははは!!はーっ、はーっ、あー苦しい!!」
「ど、どうしたんですかライオス先生・・・!」
突然の爆笑にセリカは後ずさる。それでもライオスの笑いは止まらなかった。しばらくして、呼吸を整え目尻の涙を拭ったライオスの目はもう縋るような不安な眼差しではなかった。
「失礼しました。すごく簡単ですごく難解な答えが出て思わず取り乱しました。」
「すごく簡単ですごく難しい・・・?」
「はい。自分を縛っていた厚く高い壁は自分自身が作り出していたんだと気付いたんです。その壁を取っ払うのもまた、自分の強い意志だということも分かりました。」
「はぁ、それは・・・よかったです、ね?」
「僕のサインが必要なんですよね。協力します。」
「・・・え?・・・本当ですか!?」
「はい。僕でよろしければ署名させてもらいます。」
「あ、ありがとうございます!」
イマイチ釈然としないがライオスがそう言うのならいいだろう。ウキウキしながらセリカはタブレットを取り出すと、署名の画面を開きライオスへ手渡した。
「でも条件があります。」
「へ?」
ニッコリとタブレットを押し返すライオスの笑顔に、セリカは一抹の不安を覚えたのだった。
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