エレメント ウィザード

あさぎ

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第4章

解けた呪い

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 「ハ、上級魔術師ハイウィザード・・・?」
 「そうだ。生徒という立場ではどうしても制限が多くなってしまう。それに、お前を守りながら動くのは、色々後手に回って面倒なんだよ。」
 「アシェリナ、言い方があるだろう。」

 アシェリナからは悪意を感じない。しかし、ミトラは軽く咳払いした。

 「咎人たちの目的が精霊界なら、セリカさんには早急に、精霊界の扉を開くための鍵として役割を担ってもらわなければなりません。しかし、まだ不明瞭なことが多すぎる。我々も調査を続けますが、セリカさん自身に動いてもらった方が早いこともあるでしょう。その時、上級魔術師ハイウィザードならば、情報収集や外部との融通が利きやすいんです。」
 「それはそうかもしれないが、私はまだ魔術師ウィザードでもないんだぞ?そもそも、魔術師ウィザードになるのだって、ポイントや難解な検定合否の有無を経てなれると聞いた。いきなり上級魔術師ハイウィザードになれるものなのか?」
 「まぁ、異例だろうな。」

 可笑しそうに笑ったのはジンだ。

 「さすがに、オレも蛇もそんな飛び級はできなかった。」
 「え・・・?」
 「セリカさんの師匠であるヴァースキさんと、ここにいるジン先生は、学生でありながら上級魔術師ハイウィザードという立場でもあったんです。例え学園に在籍する生徒でも、魔術師ウィザードとしての実力があるのなら、より高みを目指す活躍を期待してと、過程に則ったルールは設けていないんです。」
 「オレと蛇は、実力バトルクラスの1年の時に魔術師ウィザードに、そして、2年に上級魔術師ハイウィザードになったんだ。」
 「そ、そうだったのか・・・。おっしょうからは何も聞いていなかった。」
 「だろうな。あいつは自分のことを話したがらないから。」

 呆れながら息を吐くジンだったが、どこか懐かしさを滲ませている。

 「じゃあ、アシェリナは?あんたもここの卒業生で、世界で活躍する上級魔術師ハイウィザードだって聞いたぞ。」
 「あぁ、この人は――」

 どこか他人事のように話を聞いていたアシェリナに矛先が向いた時、ミトラは顔の前で手を払う仕草をした。

 「問題児だったんです。」
 「え・・・?」
 「進級に必要なポイントはおろか、座学のほうが全くで・・・。たしか修練ラッククラスも経験しているよね、アシェリナ。」
 「おお、そうだったな。修練ラッククラスも面白かったな。」
 「修練ラッククラスに入ったら、進級に必要なポイント数が2倍になるって聞いたけど・・・。」
 「アシェリナの場合、勉強は全然でしたが、それをカバーする戦闘スキルが凄かったんです。学生に配布されていない高難易度のクエストを無理やり強奪、いや、クリアしてしまったりして・・・。」
 「討伐クエストはポイント数が高かったしな。」
 「その実力の高さだけで、当時の教師を黙らせちゃって・・・結局、それだけで上級魔術師ハイウィザードに成り上がった人なんです。」
 「それだけで言うと、アシェリナも異例だな。」
 「ガハハハッ!学より武を見極めし者ってことよ!」
 「もちろん、アシェリナのような方法をセリカさんに強いるつもりはありません。まぁ、やれ、と言う方が無理なんですけど。」

 親しみを込めて笑うミトラにセリカはある疑問を抱く。それは零れるように口から漏れていた。

 「ミトラは一体何歳なんだ?」
 「え?」

 沈黙が流れた。その空気に、セリカは慌てて首を振る。

 「す、すまない。気にしないでくれ。」

 しかし、沈黙を破ったのはミトラの笑い声だった。

 「ははは、確かに気になりますよね。」
 「無神経な質問だった、よな・・・?」
 「ということは、僕が過去に何をしたのか知っているってことですね?」

 チラリと上目遣いをする。その視線にアシェリナが口を開いた。

 「オレが話した。元老院が瓦解した今、この学園を統率するお前のことを、コイツは知っておいた方がいいと思ってな。」
 「元老院が瓦解?ミトラが学園のトップになるってことか?」
 「ええ、そうみたいです。」

 他人事のようにミトラは言う。

 「僕の事は後ほどお話します。それよりも先に、僕はセリカさんに謝らなければなりません。」
 「私に・・・?」
 「はい。実は咎人たちが撤退した後、中断された属性魔法評議会エレメントキャンソルを、場所を改めて再び催行したんです。魔法域レギオンの代表たちは皆ボロボロの状態だったんですけどね。」

 その時を思い出し、笑うミトラだったがすぐに表情を戻した。

 「思いがけない展開により、属性魔法協議会エレメントキャンソルで露見した元老院の罪。このことは連合ユニオンにも報告され、非人道的行為かつ、人権を損なった行動に苦言を呈しました。今まで隠匿していたサージュベル学園は、魔法域レギオンからの撤退をと提言されたんですが、他の魔法域レギオンの代表たちがこれに反対したんです。そして話し合いの中で、全ての条件を飲む代わりに、学園としての運営や立場を守ることができたんです。」
 「条件?」
 「はい。1つ目は、過去に人体実験に関わった全元老院の解任及び今後の運営からの排斥。2つ目はエレメントキューブ精製方法の情報開示。そして3つ目が、はこの存在共有です。」
 「!」

 ミトラはゆっくりとセリカの前に立つと、深々と頭を下げた。

 「あなたに許可なく条件を飲んだこと、本当に申し訳なく思っています。」

 ミトラに続き、アシェリナとジンも頭を下げる。

 「それでも、ここでサージュベル学園を終わらせるわけにはいかなかった。この学園には、魔術師ウィザード育成への価値高いノウハウが培われています。それは先人たちの努力の軌跡でもあり、希望です。それを、元老院の過去によって無駄にすることは、どうしてもできなかった。」
 「ミトラ・・・」
 「セリカさんの保全は第一優先事項です。そのため、あなたには制限を設け、その上で政治利用にも使わせてもらった。怒りはごもっともです。セリカさんが望むことがあれば、可能な限り対応させてもらうつもりです。もちろん、全責任を僕が引き受けます。」
 「あ、頭を上げてくれ。」
 「いえ、セリカさんはまだ生徒という立場だ。生徒の安全を守るのが生徒会プリンシパルの役目なのに、逆に君を犠牲にしてしまった。」
 「ミトラだってこの学園の犠牲者だろう。今のサージュベル学園があるのは、身を挺したミトラの勇気があったからだ。」

 ミトラはピクリと肩を震わせる。そして静かに頭を上げた。

 「私には目的がある。そのためにはこになった。でも、私はこの学園に来て色々な人と出会い、さまざまな体験をさせてもらうなかで、魔術師ウィザードになって、涙を流す人たちを助けたいと思うようになったんだ。私の目的と、魔術師ウィザードの行先《ゆくさき》にこの学園は必要不可欠ならば、私には何の文句もない。そもそも犠牲なんて思っていない。」
 「セリカさん・・・」
 「でも、私の存在共有とはどこまでの範囲なのか知りたい。」
 「はい、もちろんです。セリカさんがはこであることは連合ユニオンの上層部数名と、魔法域レギオンの代表しか知りません。もし、この方々以外の人に情報を伝える場合は、僕の許可と秘匿情報を漏らさないための誓約書を交わすという確約を得ています。サージュベル学園でも、セリカさんがはこであることを知っている方々には、既に誓約書を交わしています。このように――」

 アシェリナとジンは懐から紙を取り出す。それには自署と血判が押されていた。

 「この紙は特別な素材からできていて、記した名と血判者を記憶し、もし誓約を破った際には、その場でその者の体の自由を奪うという効果を発動させます。その力は、たとえ上級魔術師ハイウィザードでも解くことは不可能です。」
 「そ、そこまで――」
 「そこまでする必要があるということです。そして、世間でははこの存在について、名前はもちろん、年齢や性別、その人物の特徴でさえ特定できないよう情報操作を暗躍させています。これには他の魔法域レギオンの方々の協力もあり、概ね成功しているといえるでしょう。」
 「・・・す、すごいな。」
 「はこが誕生したという噂は広まりつつある。それが、お前だと特定されることは、特に咎人たちには絶対に知られてはならない。」
 「・・・わかった。」
 「セリカさん。」

 ダークゴールドの切れ長の瞳にセリカが映る。表情を歪めたミトラはセリカの手を取った。

 「これから咎人たちとの戦いが激化するでしょう。どうか僕たちに力を貸して下さい。」

 ミトラの手は冷たい。震えるその手に、セリカは温かい気持ちになった。

 「ミトラが慕われるのが分かるよ。」
 「え・・・?」
 「学園の復興活動をする中で、色んな人から話を聞いたよ。特に生徒会プリンシパルの活躍は、みなが口を揃えて感謝していた。被害を最小限に抑えられたのも生徒会プリンシパルの存在が大きかったって。アイバンもシュリもノノリも、みんなミトラのことを大好きなのが伝わってきた。お互いに支え合って信頼している姿が眩しいくらいだ。」
 「そんな・・・。」
 「生徒会プリンシパルのみんなは、ミトラの体について知っているのか?」

 ミトラは静かに首を振る。

 「生徒会プリンシパルのメンバーには、僕の体について本当のことを話していません。ただ、僕の体には呪いがかかっていて、2つのエレメントが混合しているから魔法を使うことができないとだけ伝えています。みんな気を遣って、それ以上のことは聞いてきませんでした。・・・彼らの優しさを利用して、僕は都合のいい嘘だけを重ね続けていたんです。本当に・・・こんなのが会長だなんて笑っちゃいますよね。」
 「お前の体はこの学園の機密事項だ。そう易々と話されちゃー困るってもんだよ。」
 「分かってるよ、アシェリナ。それでも、ずっと苦しかった。誰にも言えなくて。みんなを欺いて。だから、不謹慎かもしれないけど、過去が公にされて少しホッとしたんだ。本当に思考が利己的すぎて、自分でも、呆れて、しまう・・・」

 涙がぐっと込み上げてきて喉が詰まる。ミトラは慌てて顔を隠した。

 「僕には泣く権利すらありません。元老院の計略を止められず、片棒を担いでいたも同じなのですから・・・。」
 「でもミトラが居なければ、今のサージュベル学園は無かったんだろう?」
 「え・・・?」
 「だって、そうだろう。ミトラが人体実験を止め、エレメントキューブの開発に協力したから、今の学園の形があるんじゃないのか?なぁ、アシェリナ、ジン先生。」
 「えらいシンプルに言ったが、間違いはないな。」
 「だろ?その時の選択が、未来の学園を変えたんだ。何か1つでも欠けたら成し得なかった事実だ。ミトラの決断の先に、今の繁栄した姿があるんじゃないか。昔も今も、ずっと学園を守ってきたミトラは本当にスゴイ人なんだって思う。生徒会プリンシパル代表だからじゃなくて、ミトラだから、みんな付いて行こうと思うんだ。」

 セリカは笑う。裏表のない実直な言葉に、ミトラは目頭が熱くなるのを感じた。

 「ぼ、僕は・・・ぼくは・・・」

 碌に魔法も使えない自分に圧し掛かる重く暗い重責。それを自分の咎として、心を殺して生きてきた。それが自分にできる償いだと思っていたから。生徒会プリンシパルメンバーや生徒たちに見せていた虚像の姿を評価されたとしても、萎んだ心に何も響かなかった。心を動かしたい。感情を満たしたい。それでも厚い仮面を、何度も何度も自分の顔に被せてきたのだ。でも、これからは――

 「僕は・・・もう喜んでいいのかな・・・みんなの気持ちを受け取っても、いいのかな・・・」

 上級魔術師ハイウィザードへの夢も絶たれ、1人では霊魔とも戦えないだろう。それでも、自分がやってきたことをもう誇っていいのだろうか。

 「当たり前だ!もうお前を1人にはしない。お前が守ってきた学園を、今度は俺たちも一緒に守らせてくれ。」

 アシェリナがミトラの頭を撫でる。舌打ちをうったのはジンだった。

 「ったく、子供ガキが何でも1人で背負しょいこむからだ。クロウの野郎も1発殴らねーと気がすまねーよ。」
 「アシェリナ、ジン先生・・・。」
 「ミトラの呪いが1つ解けたな。やったな。」

 ミトラの頬に熱い涙が伝う。それは止まることを知らず、しばらく途切れることは無かった。
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