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第3章4部
荷風
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生徒会長のミトラの放送から暫く経過した学園中央付近では、実戦クラスのテオとシリアが引き続き霊魔殲滅へと汗を流していた。
目の前の霊魔が消滅したことを確認したシリアはふぅと息をつく。
「やっと数が減ってきましたわ。ミトラ会長たちが結界を復元してくれたおかげですわね。」
「なんだよちびっ子。もうバテたのか?オレはまだまだいけるぜ?」
「嘘おっしゃい。肩で息をしていますわよ?」
「知らないのか?この状態はオレにとって最強の意味をさす。」
「くだらないですわ。」
数は多いものの、霊魔の強度はとても脆い。
実戦クラスの中でも実力がある2人にとって、霊魔討伐はそう難しいものではなかった。
終わりがみえつつある状況に胸を撫で下ろす2人に、しかしそれは唐突に現れた。
急に暗くなった視界に大きな雲が流れているのだろうと空を見上げた2人は思わず言葉を失う。
「っ!!」
「ぇ・・・」
空を隠すほどの巨大な躯体は硬い角質の鱗にビッシリと覆われている。口を閉じていても露出する鋭く大きな牙と、細くシャープな繊月のような瞳孔がギロリと動いた。一見、ワニにも見える風貌だが明らかに違うのは見事な翼を所有していることだった。その翼にも刺々しい突起がいくつも確認できた。
「ド、ドラゴン?!」
「とてつもなく大きい、ですわ・・・」
ドラゴンと形容する生き物の目がギロリと剥く。テオは咄嗟に身構え攻撃態勢に入った。
「き、来やがれ、この野郎!」
しかしシリアは急いでテオの腕を引っ張った。
「何すんだよ、シリア!」
「それはこっちのセリフですわ。相手と自分の力量の差ぐらい理解してください!あれは私たちには到底手に負えません!」
「やってみないと分からないだろう!」
「分かりますわ!あれは、上級魔術師の実力を持った方々じゃないと・・・」
騒ぐ2人に目もくれず、ドラゴンは翼を大きく広げ東の空へと飛んでいく。テオとシリアは短く息を吐き出した。あまりの緊張に呼吸を整える必要があったからだ。
すでに距離は遠くなっている。しかしその圧倒的な存在感にテオとシリアはその場に立ち尽くすしかなかった。
淡い光にセリカは足を止めた。そこには一人を囲むように集まる複数の影が見える。淡い光は、その中で必死に両手をかざす人物の回復魔法だった。
「フルソラ先生!」
しかしフルソラは振り向かない。その代わりに目が合った人物たちの表情もひどく暗いものだった。
「ジン先生・・・あと、変態医師。」
「クロウだよ、セリカ・アーツベルク。どうして君がここに?」
「この方角に嫌な気配を感じたから来たんだ。・・・その人は?」
セリカは中心で倒れている人物を覗き込んだ。そこには青白い顔をした小柄な少女が横たわっていた。
「リタ・ガナシアス。ジンの奥さんでフルソラの姉さんだよ。」
「え!?」
セリカは顔を上げる。そこには眉間に深いシワを寄せたジンが、じっとフルソラの様子を見届けていた。
「リタは4年前に突然姿を消したんだ。その間に融合霊魔にされ、今日ジンたちの前に姿を現したんだ。」
「融合霊魔に・・・!?」
「記憶からジンやフルソラのことが消えていた・・・。だが、俺の攻撃からジンを庇ってこんなことに・・・。」
「じゃあ記憶が?!」
「・・・名前を、呼ばれたんだ。」
絞り出したジンの声はかすれている。
「俺がクロウの魔法を遮っている間にリタだけ救おうとしたんだ。しかし、俺のことを忘れているはずのリタに逆に助けられて・・・」
ジンの目から大粒の涙が溢れ出す。
「名前を、呼ばれたのに・・・せっかく会えたのに・・・」
ジンはリタの手をとり、愛おしそうに頬に寄せた。
「なんでフルソラ先生の回復魔法が効かないんだ。先生は医療クラスの教授なんだろう!?それに、あんただって医師じゃないのか、変態医師!」
「クロウだ。もちろん俺も治癒しようとしたさ。でも・・・年は取りたくないもんだ。」
手をひらひらさせたクロウは鼻だけで笑ってみせる。すでに魔法力が枯渇しているのだろう。
「セリカの言う通り、フルソラの魔法があればすぐに治療できるはずなんだ。でもリタの体がそれを受け付けない。きっと完全に融合霊魔から解き放たれたわけじゃないんだろう。融合された霊魔が回復を妨げているんだ。」
「そんな・・・どうにかならないのか!?」
「融合霊魔から完全に分離する方法なんて俺が知りたいさ。本当に、俺は無力だ・・・。」
浅く繰り返される儚い呼吸は今にも止まりそうだ。それでもフルソラは魔法を発現し続けている。
しかしフルソラの魔法も無限ではない。淡い光が少しずつ弱くなっていっていた。
「姉さんっ!リタ姉さん・・・!!」
「リタ、目を開けてくれ・・・頼む、リタッ・・・」
「っ・・・どうすることもできないのか・・・!」
3人の悲痛な声が重なる。ただ見守るしかできないセリカも歯を食いしばった。
しかしその時、ある映像が頭の中を駆け巡ったのだ。それはセリカとアシェリナが再会した時のことだった。
咎人に感情を利用された一般生徒たちに襲われた時、アシェリナは負の意識だけを巻き上げ魔術具に吸い込ませた。結果、意識を失ったものの、一般生徒たちは正気を取り戻したのだ。
英雄と謳われるアシェリナの実力と魔術具の賜物かもしれない。それでも、アシェリナの発現した力強い風が今でもセリカの目に焼き付いている。
「リタ・・・」
不規則な呼吸を繰り返すリタをジンは優しく抱きしめる。その小さな体にセリカは腕に残る感触を思い出した。
(クーラン・・・)
2度とクーランのような思いをしたくない。融合霊魔を作り出すやつを許せない。リタを救いたい。
流れるジンの涙に肌が泡立つのを感じたその時、ジンとクロウが慌てた様子でセリカを凝視した。
「ヴァースキ・・・!?」
「蛇・・・」
セリカも自分の体が疼くのを感じる。見れば体に刻まれた水精霊の紋様が何かを主張するように光っているのだ。
「2人はおっしょうを知っているのか?」
「おっしょう?」
「ヴァースキだ。今私を見ておっしょうの名前を言っただろう。」
「ヴァースキとオレたちはこの学園の卒業生で同期だ。お前をこの学園に入学させたいと言ってきたから俺が準備をしてやったんだ。」
「そうだったのか。ジン先生たちとおっしょうは友だちだったのか。」
「あんな陰気ヤロウと友だちなんかじゃねーよ。ただ・・・あいつの魔法の気配は嫌というほど知っている。その気配を今さっきセリカから感じたんだ。」
それは、と言いかけてセリカは口を噤む。言ってもいいのだろうか。信じてもらえるだろうか。
リタも、そして懸命に回復魔法を続けるフルソラもそろそろ限界だろう。セリカは自分の両手を見て再びアシェリナの魔法を思い出した。
確証は無い。それでも疼くおっしょうの紋様が背中を押してくれているような気がした。
「リタを助けられるかもしれない。」
突然のセリカの発言にジンとクロウは怪訝な顔をする。
「ど、どういうことだ!?」
「私は匣だ。」
「匣・・・?」
「匣ってあの精霊の器のことを言っているのか?」
コクンとセリカは頷いた。
「おっしょうがジン先生たちにどこまで話しているのか分からないけど、私は幼い時に付けられた魔障痕のせいで魔法を使うことができなくなったんだ。」
「それはヴァースキから聞いている。でもヴァースキとの生活で使えるようになったんだろう?」
「あぁ。でも私が言霊も詠唱も必要とせず魔法を使えるようになったのは、私の中におっしょうの水精霊を入れたからなんだ。」
「入れた、だと?」
「匣なんて架空の存在だと思っていたが・・・でもお前からヴァースキの気配がしたのはその所為ということか。」
セリカは再び頷いた。
「匣は複数の精霊を入れることができる。私にはソフィアの火精霊の精霊も入っている。」
「おいおい・・・ソフィアってあのメーティス、大魔術師のことじゃないだろうな?」
「あの魔術師最高権威の叡智の賢者か!?」
「実際は禿げた小さなおじいさんだったけどな。」
その畏れ多い存在にクロウは膝から崩れ落ちた。
セリカの情報に、それでもすぐにジンは我にかえる。
「それでその2つの精霊でリタが救えるというのか?」
「いや、私は回復魔法が使えない。それにリタを救うのは水精霊と火精霊じゃないんだ。」
「というと?」
「ジン先生。私に先生の風精霊を入れてもらえないだろうか?」
「俺の精霊を・・・?!」
「アシェリナのようにできるか分からない。でも私は匣として出来るようにならなければいけないんだ。」
「アシェリナのようにって、話しが見えないんだが・・・。」
頭をひねるクロウをジンが遮った。
「分かった。俺はどうすればいい?」
「私の話を全部信じるのか?」
「このままだとリタは死ぬ。助かる可能性があるのなら俺はそれにすべてを賭ける。それに――」
ジンはセリカを見た。正しくは、セリカの耳に付いている見覚えのあるカフスをだ。
「友を、信じる。」
その言葉に、セリカはゆっくりと口角を上げた。
「俺も信じてやるか、あの蛇を。」
「変態医師とおっしょうは友だちじゃなんだろ?」
「クロウだって言ってるだろう!友だちじゃねーけど、あいつは嘘をつかない。だから信じる。」
「おっしょうは常に『想う気持ちが精霊への力となる』と言っていた。ソフィアもそうだ。私に想う気持ちを託してくれたんだ。」
「魔法摂理の基本だな。俺はリタを救いたい。その気持ちと共にお前に入れればいいんだな。」
「あぁ。後は・・・任せてくれ。」
ぎゅっと拳を握るセリカにジンはわずかに頷いた。そしてセリカの肩に手を置くと深呼吸をした。
肩から流れてくる緩やかな気配にセリカも目を瞑る。その時、銀色の残像が頭をよぎった。
『これ以上、精霊を取り込むな。』
必死に懇願する声だった。しかしセリカは小さく首を振る。今はリタを救うのが最優先だ。
再び意識を集中させると、ジンの静かな風の流れを感じる。静かだが疾く吹き抜ける風はどこか荒々しい。それでも包み込まれる風はとても温かかった。
凪ぐ感情の先に吹いてきた一筋の名前。覚えのある感覚にセリカはゆっくりと目を開けた。
「フルソラ先生。私の言うタイミングで再びリタに回復魔法を。」
「え、えぇ・・・」
場所を譲ったフルソラは目の前の生徒を一瞬錯覚した。複雑に混ざり合ってはいるが、セリカからは確かにジンの精霊の気配を感じるのだ。
セリカはリタに手をかざすと、目を閉じ集中する。そして流れ込んできた名前をゆっくりと吐き出した。
「風精霊 夜凪!」
紡がれた真名がゆっくりと撫で沁みていく。やわらかなあさぎ色の風が周囲を包み込むとそれは急速に収束しリタに集まった。
イメージはハッキリしている。この目に焼き付いたアシェリナの魔法をこの場で具現化してみせるとセリカはゆっくりと力を込める。
風に想いをのせる。風はリタを想うジンの愛そのものに見えた。リタに纏う風が少しずつ変化を見せ始めた時、その場に居た誰もが目を疑った。
「風の色が・・・!」
「鈍色に変わった・・・」
セリカにはアシェリナのような魔術具はない。リタから吐き出された鈍色の風に、さらに暴風を巻き起こす。混ぜられた風は空中で霧散し跡形もなく消え失せた。
「フルソラ先生、回復をっ!」
セリカの声にハッとする。フルソラはリタに手をかざし、最大限の魔法力を込めた。
「All Element 土精霊! 芽吹きの春!」
暖かな空気に包まれたリタの顔色がみるみるとよくなってゆく。乱れていた呼吸が正常に戻ると、フルソラは大粒の涙を溢れさせた。
「もぅ、っ・・・だいじょ、うぶ・・・!」
両手を顔で覆い泣きじゃくるフルソラとリタの元へ、ジンは急いで走り寄った。
「リタッ!!!!」
ゆっくりと目を開けるリタの視線は覚束ない。しかし――
「た、だいま・・・。ジン・・・フル、ソラ・・・」
笑うリタの目尻から一筋の涙が零れ落ちた。
目の前の霊魔が消滅したことを確認したシリアはふぅと息をつく。
「やっと数が減ってきましたわ。ミトラ会長たちが結界を復元してくれたおかげですわね。」
「なんだよちびっ子。もうバテたのか?オレはまだまだいけるぜ?」
「嘘おっしゃい。肩で息をしていますわよ?」
「知らないのか?この状態はオレにとって最強の意味をさす。」
「くだらないですわ。」
数は多いものの、霊魔の強度はとても脆い。
実戦クラスの中でも実力がある2人にとって、霊魔討伐はそう難しいものではなかった。
終わりがみえつつある状況に胸を撫で下ろす2人に、しかしそれは唐突に現れた。
急に暗くなった視界に大きな雲が流れているのだろうと空を見上げた2人は思わず言葉を失う。
「っ!!」
「ぇ・・・」
空を隠すほどの巨大な躯体は硬い角質の鱗にビッシリと覆われている。口を閉じていても露出する鋭く大きな牙と、細くシャープな繊月のような瞳孔がギロリと動いた。一見、ワニにも見える風貌だが明らかに違うのは見事な翼を所有していることだった。その翼にも刺々しい突起がいくつも確認できた。
「ド、ドラゴン?!」
「とてつもなく大きい、ですわ・・・」
ドラゴンと形容する生き物の目がギロリと剥く。テオは咄嗟に身構え攻撃態勢に入った。
「き、来やがれ、この野郎!」
しかしシリアは急いでテオの腕を引っ張った。
「何すんだよ、シリア!」
「それはこっちのセリフですわ。相手と自分の力量の差ぐらい理解してください!あれは私たちには到底手に負えません!」
「やってみないと分からないだろう!」
「分かりますわ!あれは、上級魔術師の実力を持った方々じゃないと・・・」
騒ぐ2人に目もくれず、ドラゴンは翼を大きく広げ東の空へと飛んでいく。テオとシリアは短く息を吐き出した。あまりの緊張に呼吸を整える必要があったからだ。
すでに距離は遠くなっている。しかしその圧倒的な存在感にテオとシリアはその場に立ち尽くすしかなかった。
淡い光にセリカは足を止めた。そこには一人を囲むように集まる複数の影が見える。淡い光は、その中で必死に両手をかざす人物の回復魔法だった。
「フルソラ先生!」
しかしフルソラは振り向かない。その代わりに目が合った人物たちの表情もひどく暗いものだった。
「ジン先生・・・あと、変態医師。」
「クロウだよ、セリカ・アーツベルク。どうして君がここに?」
「この方角に嫌な気配を感じたから来たんだ。・・・その人は?」
セリカは中心で倒れている人物を覗き込んだ。そこには青白い顔をした小柄な少女が横たわっていた。
「リタ・ガナシアス。ジンの奥さんでフルソラの姉さんだよ。」
「え!?」
セリカは顔を上げる。そこには眉間に深いシワを寄せたジンが、じっとフルソラの様子を見届けていた。
「リタは4年前に突然姿を消したんだ。その間に融合霊魔にされ、今日ジンたちの前に姿を現したんだ。」
「融合霊魔に・・・!?」
「記憶からジンやフルソラのことが消えていた・・・。だが、俺の攻撃からジンを庇ってこんなことに・・・。」
「じゃあ記憶が?!」
「・・・名前を、呼ばれたんだ。」
絞り出したジンの声はかすれている。
「俺がクロウの魔法を遮っている間にリタだけ救おうとしたんだ。しかし、俺のことを忘れているはずのリタに逆に助けられて・・・」
ジンの目から大粒の涙が溢れ出す。
「名前を、呼ばれたのに・・・せっかく会えたのに・・・」
ジンはリタの手をとり、愛おしそうに頬に寄せた。
「なんでフルソラ先生の回復魔法が効かないんだ。先生は医療クラスの教授なんだろう!?それに、あんただって医師じゃないのか、変態医師!」
「クロウだ。もちろん俺も治癒しようとしたさ。でも・・・年は取りたくないもんだ。」
手をひらひらさせたクロウは鼻だけで笑ってみせる。すでに魔法力が枯渇しているのだろう。
「セリカの言う通り、フルソラの魔法があればすぐに治療できるはずなんだ。でもリタの体がそれを受け付けない。きっと完全に融合霊魔から解き放たれたわけじゃないんだろう。融合された霊魔が回復を妨げているんだ。」
「そんな・・・どうにかならないのか!?」
「融合霊魔から完全に分離する方法なんて俺が知りたいさ。本当に、俺は無力だ・・・。」
浅く繰り返される儚い呼吸は今にも止まりそうだ。それでもフルソラは魔法を発現し続けている。
しかしフルソラの魔法も無限ではない。淡い光が少しずつ弱くなっていっていた。
「姉さんっ!リタ姉さん・・・!!」
「リタ、目を開けてくれ・・・頼む、リタッ・・・」
「っ・・・どうすることもできないのか・・・!」
3人の悲痛な声が重なる。ただ見守るしかできないセリカも歯を食いしばった。
しかしその時、ある映像が頭の中を駆け巡ったのだ。それはセリカとアシェリナが再会した時のことだった。
咎人に感情を利用された一般生徒たちに襲われた時、アシェリナは負の意識だけを巻き上げ魔術具に吸い込ませた。結果、意識を失ったものの、一般生徒たちは正気を取り戻したのだ。
英雄と謳われるアシェリナの実力と魔術具の賜物かもしれない。それでも、アシェリナの発現した力強い風が今でもセリカの目に焼き付いている。
「リタ・・・」
不規則な呼吸を繰り返すリタをジンは優しく抱きしめる。その小さな体にセリカは腕に残る感触を思い出した。
(クーラン・・・)
2度とクーランのような思いをしたくない。融合霊魔を作り出すやつを許せない。リタを救いたい。
流れるジンの涙に肌が泡立つのを感じたその時、ジンとクロウが慌てた様子でセリカを凝視した。
「ヴァースキ・・・!?」
「蛇・・・」
セリカも自分の体が疼くのを感じる。見れば体に刻まれた水精霊の紋様が何かを主張するように光っているのだ。
「2人はおっしょうを知っているのか?」
「おっしょう?」
「ヴァースキだ。今私を見ておっしょうの名前を言っただろう。」
「ヴァースキとオレたちはこの学園の卒業生で同期だ。お前をこの学園に入学させたいと言ってきたから俺が準備をしてやったんだ。」
「そうだったのか。ジン先生たちとおっしょうは友だちだったのか。」
「あんな陰気ヤロウと友だちなんかじゃねーよ。ただ・・・あいつの魔法の気配は嫌というほど知っている。その気配を今さっきセリカから感じたんだ。」
それは、と言いかけてセリカは口を噤む。言ってもいいのだろうか。信じてもらえるだろうか。
リタも、そして懸命に回復魔法を続けるフルソラもそろそろ限界だろう。セリカは自分の両手を見て再びアシェリナの魔法を思い出した。
確証は無い。それでも疼くおっしょうの紋様が背中を押してくれているような気がした。
「リタを助けられるかもしれない。」
突然のセリカの発言にジンとクロウは怪訝な顔をする。
「ど、どういうことだ!?」
「私は匣だ。」
「匣・・・?」
「匣ってあの精霊の器のことを言っているのか?」
コクンとセリカは頷いた。
「おっしょうがジン先生たちにどこまで話しているのか分からないけど、私は幼い時に付けられた魔障痕のせいで魔法を使うことができなくなったんだ。」
「それはヴァースキから聞いている。でもヴァースキとの生活で使えるようになったんだろう?」
「あぁ。でも私が言霊も詠唱も必要とせず魔法を使えるようになったのは、私の中におっしょうの水精霊を入れたからなんだ。」
「入れた、だと?」
「匣なんて架空の存在だと思っていたが・・・でもお前からヴァースキの気配がしたのはその所為ということか。」
セリカは再び頷いた。
「匣は複数の精霊を入れることができる。私にはソフィアの火精霊の精霊も入っている。」
「おいおい・・・ソフィアってあのメーティス、大魔術師のことじゃないだろうな?」
「あの魔術師最高権威の叡智の賢者か!?」
「実際は禿げた小さなおじいさんだったけどな。」
その畏れ多い存在にクロウは膝から崩れ落ちた。
セリカの情報に、それでもすぐにジンは我にかえる。
「それでその2つの精霊でリタが救えるというのか?」
「いや、私は回復魔法が使えない。それにリタを救うのは水精霊と火精霊じゃないんだ。」
「というと?」
「ジン先生。私に先生の風精霊を入れてもらえないだろうか?」
「俺の精霊を・・・?!」
「アシェリナのようにできるか分からない。でも私は匣として出来るようにならなければいけないんだ。」
「アシェリナのようにって、話しが見えないんだが・・・。」
頭をひねるクロウをジンが遮った。
「分かった。俺はどうすればいい?」
「私の話を全部信じるのか?」
「このままだとリタは死ぬ。助かる可能性があるのなら俺はそれにすべてを賭ける。それに――」
ジンはセリカを見た。正しくは、セリカの耳に付いている見覚えのあるカフスをだ。
「友を、信じる。」
その言葉に、セリカはゆっくりと口角を上げた。
「俺も信じてやるか、あの蛇を。」
「変態医師とおっしょうは友だちじゃなんだろ?」
「クロウだって言ってるだろう!友だちじゃねーけど、あいつは嘘をつかない。だから信じる。」
「おっしょうは常に『想う気持ちが精霊への力となる』と言っていた。ソフィアもそうだ。私に想う気持ちを託してくれたんだ。」
「魔法摂理の基本だな。俺はリタを救いたい。その気持ちと共にお前に入れればいいんだな。」
「あぁ。後は・・・任せてくれ。」
ぎゅっと拳を握るセリカにジンはわずかに頷いた。そしてセリカの肩に手を置くと深呼吸をした。
肩から流れてくる緩やかな気配にセリカも目を瞑る。その時、銀色の残像が頭をよぎった。
『これ以上、精霊を取り込むな。』
必死に懇願する声だった。しかしセリカは小さく首を振る。今はリタを救うのが最優先だ。
再び意識を集中させると、ジンの静かな風の流れを感じる。静かだが疾く吹き抜ける風はどこか荒々しい。それでも包み込まれる風はとても温かかった。
凪ぐ感情の先に吹いてきた一筋の名前。覚えのある感覚にセリカはゆっくりと目を開けた。
「フルソラ先生。私の言うタイミングで再びリタに回復魔法を。」
「え、えぇ・・・」
場所を譲ったフルソラは目の前の生徒を一瞬錯覚した。複雑に混ざり合ってはいるが、セリカからは確かにジンの精霊の気配を感じるのだ。
セリカはリタに手をかざすと、目を閉じ集中する。そして流れ込んできた名前をゆっくりと吐き出した。
「風精霊 夜凪!」
紡がれた真名がゆっくりと撫で沁みていく。やわらかなあさぎ色の風が周囲を包み込むとそれは急速に収束しリタに集まった。
イメージはハッキリしている。この目に焼き付いたアシェリナの魔法をこの場で具現化してみせるとセリカはゆっくりと力を込める。
風に想いをのせる。風はリタを想うジンの愛そのものに見えた。リタに纏う風が少しずつ変化を見せ始めた時、その場に居た誰もが目を疑った。
「風の色が・・・!」
「鈍色に変わった・・・」
セリカにはアシェリナのような魔術具はない。リタから吐き出された鈍色の風に、さらに暴風を巻き起こす。混ぜられた風は空中で霧散し跡形もなく消え失せた。
「フルソラ先生、回復をっ!」
セリカの声にハッとする。フルソラはリタに手をかざし、最大限の魔法力を込めた。
「All Element 土精霊! 芽吹きの春!」
暖かな空気に包まれたリタの顔色がみるみるとよくなってゆく。乱れていた呼吸が正常に戻ると、フルソラは大粒の涙を溢れさせた。
「もぅ、っ・・・だいじょ、うぶ・・・!」
両手を顔で覆い泣きじゃくるフルソラとリタの元へ、ジンは急いで走り寄った。
「リタッ!!!!」
ゆっくりと目を開けるリタの視線は覚束ない。しかし――
「た、だいま・・・。ジン・・・フル、ソラ・・・」
笑うリタの目尻から一筋の涙が零れ落ちた。
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