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第3章4部
一生分の恋
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『先客か。』
不意の声にビクリと体を強張らせたのは気配をまったく感じなかったからだ。
慌てて振り返ると、そこには明らかに不機嫌そうな顔をした男の人が立っていた。口をへの字にして自分の手元を凝視している。
『オニビア草。ケガや病気の特効薬として高値で流通している薬草だな。この、Twilight forestという特殊な環境下でしか栽培できないとして、希少価値が高くあまり知られていないものだ。このサージュベル学園でも厳重管理対象物だが・・・。それをどうするつもりだ?そもそも、一般生徒はこのTwilight forestに入ることを禁じられているだろう。』
『あなただってここの生徒でしょう。この場所に入ることは禁じられているはずよ。』
威圧感のある視線にリタは怯まなかった。リタの強い視線に、相手の目が若干見開いたのが分かった。
『一般生徒と言っただろう。俺はここの生徒でも上級魔術師だ。』
『上級魔術師だからといって、この場所に出入り自由とはならないはずよ。えらそうに言わないで。』
男の不遜な態度が気に入らなかった。釣り上げられた目と噛みつくような口調に、それでもリタは反感の姿勢を崩さなかった。
『姉さんは正義感が強いのよ。いつかトラブルに巻き込まれないか心配だわ。』
妹のフルソラの言葉がよぎる。昔から白黒ハッキリさせないと気が済まない質だというのは自覚している。それでも、今は自分を曲げる理由は無いとリタは男を睨み返した。
すると男の顔がみるみるうちに破顔していく。眉間のシワが消え、目尻が下がると大きな笑い声が森の中に木霊した。
『何を笑ってるのよ!』
『いや。普通は上級魔術師と言っただけで態度を変える者が多いんだが、あんた全然怯まねーと思って。それなのに、子犬みてーに目がフルフルと震えてるのが面白くってな。』
『ふ、震えてないわよ!』
『いやいや、急に凄んで悪かった。わざわざ立ち入り禁止の場所で、管理対象物である薬草を摘んでいるのには何か理由があるんだろ?』
急に変化した目元の優しさにリタは戸惑った。 険しかった雰囲気もすっかりと柔らかくなっている。
『ここが立ち入り禁止なのは知っているわ。この薬草も学園が管理しているのも知っている。でも妹が・・・高熱を出して苦しんでいるの。今日で4日目・・・。』
『病院には行ったのか?薬は?』
『行ったし処方された薬も飲んだわ。でも効かなくて。お医者さんは薬が効かなかったら入院だとおっしゃっていて・・・。』
『じゃあ入院させろよ。妹もそっちの方がいいんじゃないか。』
『私は学校があるから付き添いができないの。妹もまだ小さくて不安だから入院したくないって。』
『親は?』
『・・・2人とも死んだわ。』
『ふぅん、そうか。だからオニビア草ってわけか。』
今度はリタが驚く番だった。
両親が死んだことを話す時、たいてい相手は戸惑い、申し訳無さそうな顔をする。その裏に隠れる同情の感情に気付く度に、自分たちが可哀想な姉妹だということを突きつけられているようで歯がゆいのだ。
確かに妹はまだ幼く両親が居ないことは悲しい現実なのだろう。しかし、フルソラに寂しい思いをさせないように毎日努めているリタにとっては、その相手の気遣いは煩わしいだけだった。
正面の男からは同情を感じない。それはリタにとって予想以上に嬉しいことだった。
『姉ちゃん、頑張るじゃん。』
さらに頭を優しく叩かれる。その言葉にリタの目から大粒の涙がいくつも零れ落ちた。
『な、なんで泣くんだよ!い、痛かったか!?』
『痛くない・・・。』
『はぁ?じゃあなんでだよ。な、泣きやめよ・・・!』
男があまりにも狼狽えるので、リタは思わず笑ってしまう。涙が口に入ってしょっぱかった。
『今度は笑うのかよ!どういうことだよ、情緒大丈夫か、お前!』
『だって涙ぐらいでそんなに狼狽えるのがおかしくって。もしかしたら、あなたを騙すための演技かもしれないじゃない。あなた、騙されやすいって言われない?』
『言われねーよ。ったく、失礼なやつだな。』
『私の話を信じてくれるの?』
『まぁな。さっきみたいに目が潤んで震えてないし。』
『だから震えてないってば!』
『いいや、震えてたね。俺はバッチリこの目で見たから。』
ぐいっと顔が寄せられた時、相手の目が薄いグレイ色だということに気がついた。 距離の近さにリタは思わずのけぞってしまう。
『あ、あなた名前は何ていうの?』
『俺か?俺はジンだ。ジン・ギアスリフだ。』
『私はリタ。リタ・ガナシアスよ。』
『そうか。リタ、俺はここで何も見なかった。だからそのオニビア草を持って妹のところへいってやんな。』
『いいの?』
『俺は何も見てないと言ったろう?』
『ありがとう。でもその前に――』
そう言うとリタはジンの手を取った。
『な、何を――!』
『ちょっと大人しくしていて。All Element 水精霊』
重なった2人の手に水精霊の紋章が静かに輝き出す。
『水澄』
リタの詠唱にジンの体が包まれていく。みるみると広がる光の中で、ジンの身体の損傷が回復していった。
『なんで?』
手のひらを閉じたり握ったりしながらジンは疑問を口にした。ケガをしていることを気づかれていると思わなかったのだ。
『そりゃ気付くわよ。あなた、分かりやすいんだもの。魔法力の器も枯渇しているし、立ち入り禁止だと言われているこの森に来たのも、オニビア草が目的だったんでしょう?そしたら群生している場所に私が居た、ってところかしら。』
『・・・ご明察。』
『これでも医療クラスでは優秀なのよ、私。』
医療クラスで優秀なのと、相手を見ただけで状況を把握する力はイコールではないと思ったジンだが、得意げに微笑むリタに頬が緩むのを感じた。
『確かに・・・回復魔法は大したものだな。礼を言うよ。』
『こちらこそ。じゃあ妹に持っていくわ。』
『あぁ。』
どこか名残惜しさを抱えつつ2人はその場を離れた。
その後、偶然に再会を果たした2人だが、無意識に互いの姿を探していたことには気づいていなかっただろう。
2人の距離は一気に縮まり、すぐに将来を誓い合う仲となったのだ。
『「夜凪の一閃」ですって、ぷっふふふ~。』
『言うな。誰かが勝手につけた通り名だ。自ら名乗ったことはねー。』
『カッコいいじゃない?物音ひとつ立てず閃光のように霊魔を殲滅する、だっけ?』
『おもしろがってるだろ、リタ。』
『まさかー。私の旦那さんは無口でぶっきらぼうだけど、かっこいい通り名のある上級魔術師だって自慢したいぐらい。』
明らかに面白がっている声音にジンは頭をかく。
他の奴らに言われたら腹が立つことも、リタに言われたら愛おしさしか感じない。つくづく目の前の女性に惚れ込んでしまったとわずかに口角を上げた。
『私が好きだって顔してる。』
『してねーよ!』
『嘘だ。ジンってば本当に分かりやすいんだから。』
そう言って笑うリタにジンは何も言い返せなかった。
元々表情は乏しいほうだ。上級魔術師としての依頼には外部との交渉や駆け引きも必要となってくる。自分の手の内を見せないための処世術として、ジンの振る舞いは一級品といってよかった。
それがリタには通用しない。的確に自分の感情を読んでくるリタを、ジンはどこか誇らしげにさえ感じていた。
『ジンに倒される霊魔が羨ましいわ。』
『何を言っているんだ?』
『だって、きっとジンに狙われた霊魔は自分が殺されたことにさえ気づかないんじゃないかしら。なにしろ閃光だもの。』
『ふん、ばかばかしい。』
『もし私が苦しんで死を願ったら、その時はジンにお願いしようかな。』
ふざけて舌を出すリタにジンはコツンと頭を叩く。
『そんなことは一生ねーし、させねーよ。俺がお前を死ぬまで守るんだから。』
真剣な表情はすぐに見えなくなった。ジンが慌ててそっぽ向いたからだ。しかし真っ赤になった耳は隠しようがない。リタは後ろから思い切り抱きついた。
『ふふふふ、本当に一生守ってくれるの?』
『ふん、当たり前だ。』
『私があなたを忘れても?』
『すぐに思い出させてやる。』
『私があなたを傷つけても?』
『猫の甘咬みのようなものだな。」
『一生一緒?』
『一生一緒だ。』
『じゃあ、タバコやめてちょうだい。』
『ぐっ・・・!努力する。』
『ふふふふふ。約束ね。』
『あぁ、約束だ。』
彼なら本当に自分を守ってくれるだろう。疑いようのない自信にリタは幸福感でいっぱいになった。
「一生守ると言った。お前だけは救ってみせる。」
劈く風雨の中で、耳元で囁かれる声に胸が震える。
どんなに攻撃しようとも、彼からは反撃の意思を感じなかった。むしろ、自分への愛念が痛いほどに伝わってくる。その声で自分の名が呼ばれるたびに、まるで金縛りにあったかのように身体が硬直してしまうのだ。
「レ、シ・・・」
私が愛しているのはレシだ。紳士で愛想があってストレートに愛を伝えてくれる。こんな眉間に深いシワを寄せた愛想の無い男性なんて知らないはずだ。それでも、苦しそうに自分を見つめるこの男を突き放すことができないのだ。
「リタ、会いたかった。」
「やめて。」
「迎えにいけなくて悪かった。」
「やめてって言ってるでしょう・・・!」
「もう絶対に離さない。」
「やめて、やめてやめてやめてっ・・・!」
リタは耳を両手で押さえ、頭を何度も振った。
その時、黒い渦状が鋭利な水とともに襲ってくる。2人を包む膜が次々に切り刻まれ、露出した部分から激しい豪雨が押し寄せているのが分かった。
「離してっ!早く逃げないとっ!」
「離さないと言ったはずだ。大丈夫、お前だけは助けてみせる。」
「な、にを・・・」
頭が痛い。疼くような痛みにリタは思わずうずくまった。
ジンはリタを優しく支えると、魔法力をさらに強める。その時、2人を包む膜がゆっくりと移動していく。リタを包む膜が少しずつ厚くなると、ジンは笑みを浮かべた。
「隙を見つけてリタだけを切り離す。風の膜が守ってくれると思うが、衝撃には備えろよ。」
「あ、あなたはどうするの?!」
「リタが脱出できるまでクロウの魔法を食い止める。」
「そんなことしたら・・・!」
あなたは死んじゃうじゃない、と言いかけてリタは口を噤んだ。
男はすでに覚悟を決めた顔でタイミングをうかがっている。その眼差しに思わず声を発しそうになったが、それは風にかき消された。
自分を抱きしめる腕を振りほどけない。懐かしい声と匂いと感触が抗う自分を殺してしまう。この場所から離れたくないと、記憶が身体を支配してしまっているようだった。
「リタ」
真剣な声音に顔を上げれば薄いグレイの瞳がそこにあった。
「リタに逢えてよかった。リタと一緒に過ごせて幸せだった。」
「・・・っ」
「フルソラもずっと探していたんだ。だから帰って安心させてやってくれ。」
「・・・ン・・・」
「約束を守れなくてすまない。どうかリタ、お前だけは。」
記憶の渦が駆け巡る。霞がかった記憶が一気にクリアになった時、ジンが叫んだ。
「今だっ!」
体がフワリと浮く。2人を包む膜が切り離されると、ジンはリタをゆっくりと離した。
「リタ。愛してる。」
笑う目尻のシワが増えている。今にも泣きそうなその表情に胸が締め付けられるとリタは手を伸ばした。
「ジンッッ!!!!!!」
なぜ忘れることができたのだろう。こんなに愛おしいあなたのことを。一生分の恋を捧げたあなたのことを。
「瑞衣ッ!」
リタはありったけの魔法力を込めて叫んだ。しかし何も起こらない。
「瑞衣ッ!!!出てきなさいっ、瑞衣ッ!!」
融合霊魔になってから精霊の真名を呼んだことはない。そもそも霊魔になった時点で精霊との使役関係は途切れてしまったのかもしれない。それでもリタは諦めなかった。
分かっていた。どんなことがあっても、彼は私を守るだろうと。たとえ自分が死ぬことになっても、私を救うために行動するだろうと。
だから――
「All Element 水精霊ッ!!」
ありったけの魔法力を解放する。そして再び大声で叫んだ。
「瑞衣ッ!お願い、最後に力を貸してっ!」
その時、リタの体がスカイブルーに輝いた。リタはその淡く細い光を優しく抱きしめる。もう2度とこの光に触れることはできないだろうから。
「ありがとう瑞衣・・・。あなたを絶対に忘れない・・・。」
絹のような水糸が2人に幾重にも絡まると、そのままゆっくりと地へ落ちていった。
不意の声にビクリと体を強張らせたのは気配をまったく感じなかったからだ。
慌てて振り返ると、そこには明らかに不機嫌そうな顔をした男の人が立っていた。口をへの字にして自分の手元を凝視している。
『オニビア草。ケガや病気の特効薬として高値で流通している薬草だな。この、Twilight forestという特殊な環境下でしか栽培できないとして、希少価値が高くあまり知られていないものだ。このサージュベル学園でも厳重管理対象物だが・・・。それをどうするつもりだ?そもそも、一般生徒はこのTwilight forestに入ることを禁じられているだろう。』
『あなただってここの生徒でしょう。この場所に入ることは禁じられているはずよ。』
威圧感のある視線にリタは怯まなかった。リタの強い視線に、相手の目が若干見開いたのが分かった。
『一般生徒と言っただろう。俺はここの生徒でも上級魔術師だ。』
『上級魔術師だからといって、この場所に出入り自由とはならないはずよ。えらそうに言わないで。』
男の不遜な態度が気に入らなかった。釣り上げられた目と噛みつくような口調に、それでもリタは反感の姿勢を崩さなかった。
『姉さんは正義感が強いのよ。いつかトラブルに巻き込まれないか心配だわ。』
妹のフルソラの言葉がよぎる。昔から白黒ハッキリさせないと気が済まない質だというのは自覚している。それでも、今は自分を曲げる理由は無いとリタは男を睨み返した。
すると男の顔がみるみるうちに破顔していく。眉間のシワが消え、目尻が下がると大きな笑い声が森の中に木霊した。
『何を笑ってるのよ!』
『いや。普通は上級魔術師と言っただけで態度を変える者が多いんだが、あんた全然怯まねーと思って。それなのに、子犬みてーに目がフルフルと震えてるのが面白くってな。』
『ふ、震えてないわよ!』
『いやいや、急に凄んで悪かった。わざわざ立ち入り禁止の場所で、管理対象物である薬草を摘んでいるのには何か理由があるんだろ?』
急に変化した目元の優しさにリタは戸惑った。 険しかった雰囲気もすっかりと柔らかくなっている。
『ここが立ち入り禁止なのは知っているわ。この薬草も学園が管理しているのも知っている。でも妹が・・・高熱を出して苦しんでいるの。今日で4日目・・・。』
『病院には行ったのか?薬は?』
『行ったし処方された薬も飲んだわ。でも効かなくて。お医者さんは薬が効かなかったら入院だとおっしゃっていて・・・。』
『じゃあ入院させろよ。妹もそっちの方がいいんじゃないか。』
『私は学校があるから付き添いができないの。妹もまだ小さくて不安だから入院したくないって。』
『親は?』
『・・・2人とも死んだわ。』
『ふぅん、そうか。だからオニビア草ってわけか。』
今度はリタが驚く番だった。
両親が死んだことを話す時、たいてい相手は戸惑い、申し訳無さそうな顔をする。その裏に隠れる同情の感情に気付く度に、自分たちが可哀想な姉妹だということを突きつけられているようで歯がゆいのだ。
確かに妹はまだ幼く両親が居ないことは悲しい現実なのだろう。しかし、フルソラに寂しい思いをさせないように毎日努めているリタにとっては、その相手の気遣いは煩わしいだけだった。
正面の男からは同情を感じない。それはリタにとって予想以上に嬉しいことだった。
『姉ちゃん、頑張るじゃん。』
さらに頭を優しく叩かれる。その言葉にリタの目から大粒の涙がいくつも零れ落ちた。
『な、なんで泣くんだよ!い、痛かったか!?』
『痛くない・・・。』
『はぁ?じゃあなんでだよ。な、泣きやめよ・・・!』
男があまりにも狼狽えるので、リタは思わず笑ってしまう。涙が口に入ってしょっぱかった。
『今度は笑うのかよ!どういうことだよ、情緒大丈夫か、お前!』
『だって涙ぐらいでそんなに狼狽えるのがおかしくって。もしかしたら、あなたを騙すための演技かもしれないじゃない。あなた、騙されやすいって言われない?』
『言われねーよ。ったく、失礼なやつだな。』
『私の話を信じてくれるの?』
『まぁな。さっきみたいに目が潤んで震えてないし。』
『だから震えてないってば!』
『いいや、震えてたね。俺はバッチリこの目で見たから。』
ぐいっと顔が寄せられた時、相手の目が薄いグレイ色だということに気がついた。 距離の近さにリタは思わずのけぞってしまう。
『あ、あなた名前は何ていうの?』
『俺か?俺はジンだ。ジン・ギアスリフだ。』
『私はリタ。リタ・ガナシアスよ。』
『そうか。リタ、俺はここで何も見なかった。だからそのオニビア草を持って妹のところへいってやんな。』
『いいの?』
『俺は何も見てないと言ったろう?』
『ありがとう。でもその前に――』
そう言うとリタはジンの手を取った。
『な、何を――!』
『ちょっと大人しくしていて。All Element 水精霊』
重なった2人の手に水精霊の紋章が静かに輝き出す。
『水澄』
リタの詠唱にジンの体が包まれていく。みるみると広がる光の中で、ジンの身体の損傷が回復していった。
『なんで?』
手のひらを閉じたり握ったりしながらジンは疑問を口にした。ケガをしていることを気づかれていると思わなかったのだ。
『そりゃ気付くわよ。あなた、分かりやすいんだもの。魔法力の器も枯渇しているし、立ち入り禁止だと言われているこの森に来たのも、オニビア草が目的だったんでしょう?そしたら群生している場所に私が居た、ってところかしら。』
『・・・ご明察。』
『これでも医療クラスでは優秀なのよ、私。』
医療クラスで優秀なのと、相手を見ただけで状況を把握する力はイコールではないと思ったジンだが、得意げに微笑むリタに頬が緩むのを感じた。
『確かに・・・回復魔法は大したものだな。礼を言うよ。』
『こちらこそ。じゃあ妹に持っていくわ。』
『あぁ。』
どこか名残惜しさを抱えつつ2人はその場を離れた。
その後、偶然に再会を果たした2人だが、無意識に互いの姿を探していたことには気づいていなかっただろう。
2人の距離は一気に縮まり、すぐに将来を誓い合う仲となったのだ。
『「夜凪の一閃」ですって、ぷっふふふ~。』
『言うな。誰かが勝手につけた通り名だ。自ら名乗ったことはねー。』
『カッコいいじゃない?物音ひとつ立てず閃光のように霊魔を殲滅する、だっけ?』
『おもしろがってるだろ、リタ。』
『まさかー。私の旦那さんは無口でぶっきらぼうだけど、かっこいい通り名のある上級魔術師だって自慢したいぐらい。』
明らかに面白がっている声音にジンは頭をかく。
他の奴らに言われたら腹が立つことも、リタに言われたら愛おしさしか感じない。つくづく目の前の女性に惚れ込んでしまったとわずかに口角を上げた。
『私が好きだって顔してる。』
『してねーよ!』
『嘘だ。ジンってば本当に分かりやすいんだから。』
そう言って笑うリタにジンは何も言い返せなかった。
元々表情は乏しいほうだ。上級魔術師としての依頼には外部との交渉や駆け引きも必要となってくる。自分の手の内を見せないための処世術として、ジンの振る舞いは一級品といってよかった。
それがリタには通用しない。的確に自分の感情を読んでくるリタを、ジンはどこか誇らしげにさえ感じていた。
『ジンに倒される霊魔が羨ましいわ。』
『何を言っているんだ?』
『だって、きっとジンに狙われた霊魔は自分が殺されたことにさえ気づかないんじゃないかしら。なにしろ閃光だもの。』
『ふん、ばかばかしい。』
『もし私が苦しんで死を願ったら、その時はジンにお願いしようかな。』
ふざけて舌を出すリタにジンはコツンと頭を叩く。
『そんなことは一生ねーし、させねーよ。俺がお前を死ぬまで守るんだから。』
真剣な表情はすぐに見えなくなった。ジンが慌ててそっぽ向いたからだ。しかし真っ赤になった耳は隠しようがない。リタは後ろから思い切り抱きついた。
『ふふふふ、本当に一生守ってくれるの?』
『ふん、当たり前だ。』
『私があなたを忘れても?』
『すぐに思い出させてやる。』
『私があなたを傷つけても?』
『猫の甘咬みのようなものだな。」
『一生一緒?』
『一生一緒だ。』
『じゃあ、タバコやめてちょうだい。』
『ぐっ・・・!努力する。』
『ふふふふふ。約束ね。』
『あぁ、約束だ。』
彼なら本当に自分を守ってくれるだろう。疑いようのない自信にリタは幸福感でいっぱいになった。
「一生守ると言った。お前だけは救ってみせる。」
劈く風雨の中で、耳元で囁かれる声に胸が震える。
どんなに攻撃しようとも、彼からは反撃の意思を感じなかった。むしろ、自分への愛念が痛いほどに伝わってくる。その声で自分の名が呼ばれるたびに、まるで金縛りにあったかのように身体が硬直してしまうのだ。
「レ、シ・・・」
私が愛しているのはレシだ。紳士で愛想があってストレートに愛を伝えてくれる。こんな眉間に深いシワを寄せた愛想の無い男性なんて知らないはずだ。それでも、苦しそうに自分を見つめるこの男を突き放すことができないのだ。
「リタ、会いたかった。」
「やめて。」
「迎えにいけなくて悪かった。」
「やめてって言ってるでしょう・・・!」
「もう絶対に離さない。」
「やめて、やめてやめてやめてっ・・・!」
リタは耳を両手で押さえ、頭を何度も振った。
その時、黒い渦状が鋭利な水とともに襲ってくる。2人を包む膜が次々に切り刻まれ、露出した部分から激しい豪雨が押し寄せているのが分かった。
「離してっ!早く逃げないとっ!」
「離さないと言ったはずだ。大丈夫、お前だけは助けてみせる。」
「な、にを・・・」
頭が痛い。疼くような痛みにリタは思わずうずくまった。
ジンはリタを優しく支えると、魔法力をさらに強める。その時、2人を包む膜がゆっくりと移動していく。リタを包む膜が少しずつ厚くなると、ジンは笑みを浮かべた。
「隙を見つけてリタだけを切り離す。風の膜が守ってくれると思うが、衝撃には備えろよ。」
「あ、あなたはどうするの?!」
「リタが脱出できるまでクロウの魔法を食い止める。」
「そんなことしたら・・・!」
あなたは死んじゃうじゃない、と言いかけてリタは口を噤んだ。
男はすでに覚悟を決めた顔でタイミングをうかがっている。その眼差しに思わず声を発しそうになったが、それは風にかき消された。
自分を抱きしめる腕を振りほどけない。懐かしい声と匂いと感触が抗う自分を殺してしまう。この場所から離れたくないと、記憶が身体を支配してしまっているようだった。
「リタ」
真剣な声音に顔を上げれば薄いグレイの瞳がそこにあった。
「リタに逢えてよかった。リタと一緒に過ごせて幸せだった。」
「・・・っ」
「フルソラもずっと探していたんだ。だから帰って安心させてやってくれ。」
「・・・ン・・・」
「約束を守れなくてすまない。どうかリタ、お前だけは。」
記憶の渦が駆け巡る。霞がかった記憶が一気にクリアになった時、ジンが叫んだ。
「今だっ!」
体がフワリと浮く。2人を包む膜が切り離されると、ジンはリタをゆっくりと離した。
「リタ。愛してる。」
笑う目尻のシワが増えている。今にも泣きそうなその表情に胸が締め付けられるとリタは手を伸ばした。
「ジンッッ!!!!!!」
なぜ忘れることができたのだろう。こんなに愛おしいあなたのことを。一生分の恋を捧げたあなたのことを。
「瑞衣ッ!」
リタはありったけの魔法力を込めて叫んだ。しかし何も起こらない。
「瑞衣ッ!!!出てきなさいっ、瑞衣ッ!!」
融合霊魔になってから精霊の真名を呼んだことはない。そもそも霊魔になった時点で精霊との使役関係は途切れてしまったのかもしれない。それでもリタは諦めなかった。
分かっていた。どんなことがあっても、彼は私を守るだろうと。たとえ自分が死ぬことになっても、私を救うために行動するだろうと。
だから――
「All Element 水精霊ッ!!」
ありったけの魔法力を解放する。そして再び大声で叫んだ。
「瑞衣ッ!お願い、最後に力を貸してっ!」
その時、リタの体がスカイブルーに輝いた。リタはその淡く細い光を優しく抱きしめる。もう2度とこの光に触れることはできないだろうから。
「ありがとう瑞衣・・・。あなたを絶対に忘れない・・・。」
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