114 / 132
第3章4部
紙一重な2人
しおりを挟む
小気味よく刻まれるリズムは、仕立ての良いエナメル製の靴から発せられていた。
組んだ片方の足でコツコツと地面を叩き、その人は楽しそうに壊れていく学園を見下ろしている。
研究に使用している鏡筒の片眼鏡ではなく黒ぶちのボストン型の眼鏡をかけたその人は、いつもより溌剌として見える。
滅多に陽の下で見ることがないからそう見えるのかもしれない。もしくは、自分の内に秘めた疑念と焦りがそう映すのかもしれない、とゼロは意識的に呼吸を整えた。
「珍しいですね、外に出てくるなんて。」
「やぁ、ゼロ。来ると思ったよ。お前はすぐに俺を見つけるからね。」
ニッコリと目を細めるその表情は、相変わらず感情をうつさない。しかし、その存在に纏わりつく得体の知れない不気味な気配は、誰もが畏怖し無視できない異質なものなのだろう。
「いやぁー、懐かしいねー。全然変わってないや。」
学園の塔屋にある鐘の前で、男は遠くを見渡すように手をかざす。
吹きつける強風にゼロはフードを押さえた。
「今日の強襲は私に一存するとあなたが言ったんですよ、クラルト。どうしてここに?」
クラルトは眼鏡をクイっと上げると、面白そうにゼロを覗きこんだ。
「俺がここに来たら何かまずいことでもあるのかい、ゼロ?」
「そんなことはありません。ただ目的もなく研究室から出ることなんて今まで無かったですから。」
「まぁねー。いつまでたっても聖霊の材料を持ってきてくれないから研究が頓挫しちゃってさー。気分転換に外の空気を吸おーって思ってさ。」
クラルトは再び小刻みにリズムを刻みはじめた。
「計画は順調です。学園の結界を無効化し、大量の霊魔に指揮系統は混乱しているでしょう。その間に、東西南北の魔法域代表を殺すことで各地域の騒乱を誘発し、世界の乗っ取りを助勢・遂行へ導きます。」
「うんうん。腐った世界に根を下ろす魔術師たちは邪魔だからね。一掃するには力押しじゃなく、計画性が大事だって言ってたもんね。
今日のこれも、ゼロが先頭を務めるから特に心配はなかったんだけど、ちょっと別件で興味が湧くことがあってね。」
「別件・・・?」
「ゼロ、匣って知ってる?」
「聞いたことなら。」
「未だ発見に至っていない精霊界。そこへ行くための鍵となる匣があれば俺たちの夢は一気に現実に近づく。精霊界へ行けば、暗い部屋でちまちまと実験を繰り返す必要もなくなるわけだ。
そして精霊王を手中に収めれば、人間界どころか精霊界を掌握できる。」
「しかし匣なんて存在、本当にこの世にあるとは思えません。どのような形をしているかも分からない物を見つけるのは、聖霊を見つけるより骨が折れる作業だと思いますが。」
「語り継がれる匣の条件なんて、知る人の方が少なくなってきている。その条件すら不明瞭かつ難解であるために、そんな存在は都市伝説といっていいようなものだ。」
「ええ。」
「じゃあ、わざわざ俺がこんなところに来た理由を分かってくれた?」
「まさか・・・匣が見つかったというのですか?」
「まだ噂のレベルだけどね。でも、本当に匣があるのなら確かめる価値はあるっていうものだ。」
「・・・その噂はどこで?」
「あれ?ゼロってば顔色が悪くなってない?」
「信憑性に欠ける話で戸惑っているだけです。」
「ふーん、お前も戸惑うことがあるんだねー。」
「精霊界と人間界を繋ぐ鍵である匣が存在するなんて信じ難い話です。出過ぎたことを言うようですが、噂に踊らされているのではありませんか?」
「何だよー、ゼロー。ノリが悪いなぁー。」
クラルトは不満げに口を尖らせた。
「とりあえず、こんな埃くさい場所じゃなく研究室で報告を待っていてください。あなたの気配は、ここにいる咎人や霊魔に影響が及びます。」
短くため息をつくゼロはビクリと身体を強張らせる。
背後から腕を回し、ゼロの腰を抱くクラウトがいつそこに移動したのか見当もつかない。
クラルトの細く長い指が鼠径部をなぞった時、ゼロは思わず漏れる息に手をやった。
「俺を邪魔者にする理由は本当にそれだけ?」
「邪魔、なんて・・・っ!」
「ゼロは嘘つきだからなぁ。これでも、欠落者であるお前の頭脳を評価しているんだ。じゃないと、咎人でもないお前をこんなに近くに置いていない。俺たちの間に虚偽なんて水くさいじゃないか。」
「初めから言っていますが・・・」
「あぁ、俺たちは協定関係だ。自分の欲の為に互いを利用しているに過ぎない。実際、お前の技術は咎人や霊魔に驚異的な進歩をもたらせた。使役権限の解放や魔集石は、お前の助言がなければ実現できていない代物だしな。
だから俺だって協力してやっているだろう?」
再び指を滑らせるクラルトにゼロは身動きを取ることができなかった。
「お前を縛る不完全なここからお前を自由にするために、なぁ、ゼロ・・・」
耳元で囁かれる吐息にゼロは歯を食いしばる。
背後からの重圧感が消えた時、ゼロは思わず膝をつき呼吸を乱した。
「せっかく外に来たんだ。俺はちょっと散歩でもしてくるよ。」
「まっ・・・!」
「安心しなよ。周囲に影響が無いように動くからさ。じゃあね、ゼロ。いい報告を待っているよ。」
そう言うとクラルトはゼロの前から忽然と姿を消した。
ゼロの噛みしめる唇から漏れるうめき声は、塔屋に吹く風にあっけなくさらわれ誰にも届くことはなかった。
(全然っ、噛み合わねーっ!!!)
普段はソロで動くアシェリナだが、共闘は初めてじゃない。ある程度の技量と魔法力があれば、どんな相手でも合わせられる実力をアシェリナ自身が備えている。なのに、こんな動きにくい戦いは初めてだと何度も舌打ちをした。
自分の隣で敵に向かっていくセリカの動きにアシェリナは未だに戸惑っている。
(スピードに特化した戦闘スタイルと場に応じた素早い魔法反応。戦闘にも慣れているのか踏み込む一歩に迷いは見られない。魔法力は上級魔術師といっても遜色ないだろう。なにより――)
「俺を相手に考え事とは余裕だな、英雄さんよっ!!」
四肢に風の力を纏わせたファルナの攻撃にアシェリナは思考を中断した。セリカの実力を分析しようにも、相手はそうやすやすとそれを許してくれない。
流れるような素早い攻撃を、アシェリナは器用に盾でさばいていった。
「チッ!!何もかもがめんどくせーっ!!」
怒りを乗せた攻撃は、ファルナの先にいるシトリーにも向けた一撃。そこには勿論セリカが応戦している。
躱してくれることを期待した攻撃は、なんとセリカ自身が他所に弾いてしまった。
「な、にっ、やってるんだ、お前はっ!」
「危ないぞアシェリナ、しっかり的を絞れっ!」
「的を絞った攻撃をお前が無かったことにしたんだろうがっ!」
「何を言っているか分からんぞ。」
「こんの、生意気な・・・!」
このように思ったように戦闘を展開できないアシェリナに異変は続く。揺れる脳にアシェリナは思わず頭に手をやった。
(まずい・・・っ!)
フラつくアシェリナに迷わず刃が飛ぶ。盾の反応が間に合わないことに目を瞑ったアシェリナは、再び感じた濃い熱波に目を開けた。
そこには炎壁を放つセリカの姿がある。ユラユラと揺れる炎はその力を制御出来てないようにも見えた。
「お、お前――!」
「早く体勢を立て直してくれ。炎はまだうまく扱えない!」
ファルナたちに向けて炎壁の内側から鋭い真空刃を繰り出すと、その間にセリカはすぐに炎壁を打ち消し、シトリーに向かって飛び出していった。
(なによりこれだっ!主に氷剣で戦うコイツのエレメントを水精霊《ウンディーネ》だと思っていたが、同時に火も使いやがるっ!)
火を扱いながら氷剣を握るセリカの姿にアシェリナは迷わず疑問をぶつけた。が、返ってきた返事は1つ。
「今は忙しい!」
だ。アシェリナの舌打ちが止まらないのはここからだった。
エレメントを2つ所有する人間なんてミトラ以外に見た事がない。そもそもミトラの場合は実験の副作用なのだが、同時期に同じような人間が居たなんて報告は受けていない。
「チッ!一体何がどうなってやがるっ!」
魔術師としての技術は一級品。場を見据える広い視野に自分も幾度となく助けられた。自分が助けられる共闘なんて今まで1回も無いと言うのに。
「そろそろ限界じゃねーの、おっさん。」
相対するファルナはニヤリと口角を上げる。
「そろそろ体がキツイんだろ。隠居の準備をしたらどうだよ。」
「ハッ!どこもかしこもまだまだ現役だっつーの。」
「その武具は本当にヤバい代物だな。魔法力を吸い取って剣へ変換し力に変える・・・。それがある限りあんたの魔法力は無尽蔵ってわけだ。でも、その所為であんたの体はどんどんと重たくなってきているんじゃねーか?」
「・・・」
「ビンゴみてーだな。どうだよ、俺たちの負の感情は。」
「チッ・・・」
「神殿内で吸い込んだのはその辺の魔法力じゃない。俺たち咎人の負の感情が混ざった魔法力だ。対局の存在である咎人の気を吸った感想をぜひ聞かせてほしいな。」
「最高だぜ?胸糞悪い大きな石が体の中心に鎮座しているよ。」
「ハハハハハッ!!やっぱりな!
あの時、文と文と俺を繋ぐ負の意識に、お前は自分の魔法力を混ぜて利用したと言っていた。だから俺もそれを再利用してやったんだよ。」
「攻撃に負の意識を注いでいたのか。」
「そうだよ。物理攻撃ならその盾で受けるだろうと思ったからな。敢えて肉弾戦で応戦してやったんだ。」
(チッ・・・だから外に出てからも盾の石は濁った色をしていたのか。・・・コイツ、洞察力と機転の判断が早い。咎人の中でも上位クラスか・・・。)
体が重い。それはジワジワと腕や足に広がり、アシェリナの呼吸と動作を鈍化させていっていた。どうやら神殿内でのミトラの不安は的中したようだ。
(これが負の感情・・・思った以上にまずいかもしれない・・・。)
「おじさん、体調悪そうよ?」
アシェリナの異変にシトリーは冷笑して見せる。向かい合うセリカは、しかし視線を変えなかった。
「あら、助けにいかなくていいの?」
「アシェリナは魔術師の英雄と謳われる人物だ。だから大丈夫だ。」
「あんたたち、さっきから私たち咎人を舐めすぎよ。霊魔を失った私たち咎人の力は、上級魔術師何十人にも匹敵すると言われているわ。しかも、私の霊魔は柱石五妖魔の1人だったのよ。そしてイカゲは私の忠実な僕だった・・・なのにお前がっ!!」
確かにイカゲは強敵だった。ソフィアの火精霊《サラマンダー》がなかったらきっとやられていただろう。
向けられる鋭い殺気にセリカは思わず剣を握りなおす。
そこに何か面白いことを思いついたようにシトリーが妖しく笑った。
「そういえば・・・柱石五妖魔《スキャプティレイト》の1人がここに来ているんですってよ。」
組んだ片方の足でコツコツと地面を叩き、その人は楽しそうに壊れていく学園を見下ろしている。
研究に使用している鏡筒の片眼鏡ではなく黒ぶちのボストン型の眼鏡をかけたその人は、いつもより溌剌として見える。
滅多に陽の下で見ることがないからそう見えるのかもしれない。もしくは、自分の内に秘めた疑念と焦りがそう映すのかもしれない、とゼロは意識的に呼吸を整えた。
「珍しいですね、外に出てくるなんて。」
「やぁ、ゼロ。来ると思ったよ。お前はすぐに俺を見つけるからね。」
ニッコリと目を細めるその表情は、相変わらず感情をうつさない。しかし、その存在に纏わりつく得体の知れない不気味な気配は、誰もが畏怖し無視できない異質なものなのだろう。
「いやぁー、懐かしいねー。全然変わってないや。」
学園の塔屋にある鐘の前で、男は遠くを見渡すように手をかざす。
吹きつける強風にゼロはフードを押さえた。
「今日の強襲は私に一存するとあなたが言ったんですよ、クラルト。どうしてここに?」
クラルトは眼鏡をクイっと上げると、面白そうにゼロを覗きこんだ。
「俺がここに来たら何かまずいことでもあるのかい、ゼロ?」
「そんなことはありません。ただ目的もなく研究室から出ることなんて今まで無かったですから。」
「まぁねー。いつまでたっても聖霊の材料を持ってきてくれないから研究が頓挫しちゃってさー。気分転換に外の空気を吸おーって思ってさ。」
クラルトは再び小刻みにリズムを刻みはじめた。
「計画は順調です。学園の結界を無効化し、大量の霊魔に指揮系統は混乱しているでしょう。その間に、東西南北の魔法域代表を殺すことで各地域の騒乱を誘発し、世界の乗っ取りを助勢・遂行へ導きます。」
「うんうん。腐った世界に根を下ろす魔術師たちは邪魔だからね。一掃するには力押しじゃなく、計画性が大事だって言ってたもんね。
今日のこれも、ゼロが先頭を務めるから特に心配はなかったんだけど、ちょっと別件で興味が湧くことがあってね。」
「別件・・・?」
「ゼロ、匣って知ってる?」
「聞いたことなら。」
「未だ発見に至っていない精霊界。そこへ行くための鍵となる匣があれば俺たちの夢は一気に現実に近づく。精霊界へ行けば、暗い部屋でちまちまと実験を繰り返す必要もなくなるわけだ。
そして精霊王を手中に収めれば、人間界どころか精霊界を掌握できる。」
「しかし匣なんて存在、本当にこの世にあるとは思えません。どのような形をしているかも分からない物を見つけるのは、聖霊を見つけるより骨が折れる作業だと思いますが。」
「語り継がれる匣の条件なんて、知る人の方が少なくなってきている。その条件すら不明瞭かつ難解であるために、そんな存在は都市伝説といっていいようなものだ。」
「ええ。」
「じゃあ、わざわざ俺がこんなところに来た理由を分かってくれた?」
「まさか・・・匣が見つかったというのですか?」
「まだ噂のレベルだけどね。でも、本当に匣があるのなら確かめる価値はあるっていうものだ。」
「・・・その噂はどこで?」
「あれ?ゼロってば顔色が悪くなってない?」
「信憑性に欠ける話で戸惑っているだけです。」
「ふーん、お前も戸惑うことがあるんだねー。」
「精霊界と人間界を繋ぐ鍵である匣が存在するなんて信じ難い話です。出過ぎたことを言うようですが、噂に踊らされているのではありませんか?」
「何だよー、ゼロー。ノリが悪いなぁー。」
クラルトは不満げに口を尖らせた。
「とりあえず、こんな埃くさい場所じゃなく研究室で報告を待っていてください。あなたの気配は、ここにいる咎人や霊魔に影響が及びます。」
短くため息をつくゼロはビクリと身体を強張らせる。
背後から腕を回し、ゼロの腰を抱くクラウトがいつそこに移動したのか見当もつかない。
クラルトの細く長い指が鼠径部をなぞった時、ゼロは思わず漏れる息に手をやった。
「俺を邪魔者にする理由は本当にそれだけ?」
「邪魔、なんて・・・っ!」
「ゼロは嘘つきだからなぁ。これでも、欠落者であるお前の頭脳を評価しているんだ。じゃないと、咎人でもないお前をこんなに近くに置いていない。俺たちの間に虚偽なんて水くさいじゃないか。」
「初めから言っていますが・・・」
「あぁ、俺たちは協定関係だ。自分の欲の為に互いを利用しているに過ぎない。実際、お前の技術は咎人や霊魔に驚異的な進歩をもたらせた。使役権限の解放や魔集石は、お前の助言がなければ実現できていない代物だしな。
だから俺だって協力してやっているだろう?」
再び指を滑らせるクラルトにゼロは身動きを取ることができなかった。
「お前を縛る不完全なここからお前を自由にするために、なぁ、ゼロ・・・」
耳元で囁かれる吐息にゼロは歯を食いしばる。
背後からの重圧感が消えた時、ゼロは思わず膝をつき呼吸を乱した。
「せっかく外に来たんだ。俺はちょっと散歩でもしてくるよ。」
「まっ・・・!」
「安心しなよ。周囲に影響が無いように動くからさ。じゃあね、ゼロ。いい報告を待っているよ。」
そう言うとクラルトはゼロの前から忽然と姿を消した。
ゼロの噛みしめる唇から漏れるうめき声は、塔屋に吹く風にあっけなくさらわれ誰にも届くことはなかった。
(全然っ、噛み合わねーっ!!!)
普段はソロで動くアシェリナだが、共闘は初めてじゃない。ある程度の技量と魔法力があれば、どんな相手でも合わせられる実力をアシェリナ自身が備えている。なのに、こんな動きにくい戦いは初めてだと何度も舌打ちをした。
自分の隣で敵に向かっていくセリカの動きにアシェリナは未だに戸惑っている。
(スピードに特化した戦闘スタイルと場に応じた素早い魔法反応。戦闘にも慣れているのか踏み込む一歩に迷いは見られない。魔法力は上級魔術師といっても遜色ないだろう。なにより――)
「俺を相手に考え事とは余裕だな、英雄さんよっ!!」
四肢に風の力を纏わせたファルナの攻撃にアシェリナは思考を中断した。セリカの実力を分析しようにも、相手はそうやすやすとそれを許してくれない。
流れるような素早い攻撃を、アシェリナは器用に盾でさばいていった。
「チッ!!何もかもがめんどくせーっ!!」
怒りを乗せた攻撃は、ファルナの先にいるシトリーにも向けた一撃。そこには勿論セリカが応戦している。
躱してくれることを期待した攻撃は、なんとセリカ自身が他所に弾いてしまった。
「な、にっ、やってるんだ、お前はっ!」
「危ないぞアシェリナ、しっかり的を絞れっ!」
「的を絞った攻撃をお前が無かったことにしたんだろうがっ!」
「何を言っているか分からんぞ。」
「こんの、生意気な・・・!」
このように思ったように戦闘を展開できないアシェリナに異変は続く。揺れる脳にアシェリナは思わず頭に手をやった。
(まずい・・・っ!)
フラつくアシェリナに迷わず刃が飛ぶ。盾の反応が間に合わないことに目を瞑ったアシェリナは、再び感じた濃い熱波に目を開けた。
そこには炎壁を放つセリカの姿がある。ユラユラと揺れる炎はその力を制御出来てないようにも見えた。
「お、お前――!」
「早く体勢を立て直してくれ。炎はまだうまく扱えない!」
ファルナたちに向けて炎壁の内側から鋭い真空刃を繰り出すと、その間にセリカはすぐに炎壁を打ち消し、シトリーに向かって飛び出していった。
(なによりこれだっ!主に氷剣で戦うコイツのエレメントを水精霊《ウンディーネ》だと思っていたが、同時に火も使いやがるっ!)
火を扱いながら氷剣を握るセリカの姿にアシェリナは迷わず疑問をぶつけた。が、返ってきた返事は1つ。
「今は忙しい!」
だ。アシェリナの舌打ちが止まらないのはここからだった。
エレメントを2つ所有する人間なんてミトラ以外に見た事がない。そもそもミトラの場合は実験の副作用なのだが、同時期に同じような人間が居たなんて報告は受けていない。
「チッ!一体何がどうなってやがるっ!」
魔術師としての技術は一級品。場を見据える広い視野に自分も幾度となく助けられた。自分が助けられる共闘なんて今まで1回も無いと言うのに。
「そろそろ限界じゃねーの、おっさん。」
相対するファルナはニヤリと口角を上げる。
「そろそろ体がキツイんだろ。隠居の準備をしたらどうだよ。」
「ハッ!どこもかしこもまだまだ現役だっつーの。」
「その武具は本当にヤバい代物だな。魔法力を吸い取って剣へ変換し力に変える・・・。それがある限りあんたの魔法力は無尽蔵ってわけだ。でも、その所為であんたの体はどんどんと重たくなってきているんじゃねーか?」
「・・・」
「ビンゴみてーだな。どうだよ、俺たちの負の感情は。」
「チッ・・・」
「神殿内で吸い込んだのはその辺の魔法力じゃない。俺たち咎人の負の感情が混ざった魔法力だ。対局の存在である咎人の気を吸った感想をぜひ聞かせてほしいな。」
「最高だぜ?胸糞悪い大きな石が体の中心に鎮座しているよ。」
「ハハハハハッ!!やっぱりな!
あの時、文と文と俺を繋ぐ負の意識に、お前は自分の魔法力を混ぜて利用したと言っていた。だから俺もそれを再利用してやったんだよ。」
「攻撃に負の意識を注いでいたのか。」
「そうだよ。物理攻撃ならその盾で受けるだろうと思ったからな。敢えて肉弾戦で応戦してやったんだ。」
(チッ・・・だから外に出てからも盾の石は濁った色をしていたのか。・・・コイツ、洞察力と機転の判断が早い。咎人の中でも上位クラスか・・・。)
体が重い。それはジワジワと腕や足に広がり、アシェリナの呼吸と動作を鈍化させていっていた。どうやら神殿内でのミトラの不安は的中したようだ。
(これが負の感情・・・思った以上にまずいかもしれない・・・。)
「おじさん、体調悪そうよ?」
アシェリナの異変にシトリーは冷笑して見せる。向かい合うセリカは、しかし視線を変えなかった。
「あら、助けにいかなくていいの?」
「アシェリナは魔術師の英雄と謳われる人物だ。だから大丈夫だ。」
「あんたたち、さっきから私たち咎人を舐めすぎよ。霊魔を失った私たち咎人の力は、上級魔術師何十人にも匹敵すると言われているわ。しかも、私の霊魔は柱石五妖魔の1人だったのよ。そしてイカゲは私の忠実な僕だった・・・なのにお前がっ!!」
確かにイカゲは強敵だった。ソフィアの火精霊《サラマンダー》がなかったらきっとやられていただろう。
向けられる鋭い殺気にセリカは思わず剣を握りなおす。
そこに何か面白いことを思いついたようにシトリーが妖しく笑った。
「そういえば・・・柱石五妖魔《スキャプティレイト》の1人がここに来ているんですってよ。」
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説

婚約破棄からの断罪カウンター
F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。
理論ではなく力押しのカウンター攻撃
効果は抜群か…?
(すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました
toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。
残酷シーンが多く含まれます。
誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。
両親に
「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」
と宣言した彼女は有言実行をするのだった。
一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。
4/5 21時完結予定。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判
七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。
「では開廷いたします」
家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました
紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。
国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です
更新は1週間に1度くらいのペースになります。
何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。
自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる