エレメント ウィザード

あさぎ

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第3章3部

腐れ縁

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 そんなある日の後ろ姿を思い出しながら、地面の砂利を適当に掴み軽く転がす。それを器用に指で弾くと石は勢いよく真っ直ぐと飛んでいった。
 被弾したのは目の前から襲ってきた原型を留めていない異質な存在だ。 
 魔法力を纏った石はその存在をいとも簡単に燃やしていく。崩れていく際、腐敗した臭いに眉をひそめた。

 (間違いねー。)

 男は確信する。

 (死体を使ったあの時の実験が使われてやがる。遺体どころか、その辺の動物の亡骸なんかも材料としてるな。空っぽの器に無理やりエレメントを注入しているせいで、外殻は随分と脆いな。)

 再び現れた異形に魔法をぶつける。先ほどと同様に、それはいとも容易く崩れて消えていった。

 「葬ったはずの技術が使われているってか・・・。これは余程のことじゃねーのか、ミトラ会長よぉ。」

 男の背後には緊急避難場所と指定された病院が聳え立っている。ケガ人が次々と運ばれる中、病院に異形の侵入を一度も許していないのはこの男の働きによるものだろう。

 「クロウ!」

 病院から出てきた人物に声をかけられたクロウは破顔した。

 「何だい、フルソラ。デートのお誘いかな?」
 「アホか、お前は。そんな状況か。」
 「フルソラのお願いだったらどんな状況でも構わないよ。」
 「結構だ。それより助手たちがお前を探しているぞ。」

 クロウはヒラヒラと手を振った。

 「俺が居なくたって大丈夫さ。そんなヤワな教育はしていない。どうにかするだろうさ。」
 「またいい加減なことを。医療《メディカル》技術の第一人者とは思えない発言だな。」
 「そんな肩書きは要らないよ。俺が欲しいのはフルソラのお婿さんだけだ。さぁ、結婚しよう、フルソラ。」
 「知っているぞ。入院している女子生徒に無理やり迫ったらしいな。」
 「勘違いしないでほしいなぁ。それはその生徒の身体に興味があっただけ。俺が本当に愛しているのはフルソラただ1人だよ。」
 「状況はどうなっている?」
 「相変わらず華麗に無視するね、フルソラ。」
 「お前の冗談に付き合っている場合じゃないんだよ。」
 「ちぇ、冗談じゃないんだけどなぁー。まぁ、見たままかな。あの異形たちがどんな仕組みで動いているかはけど、とりあえず数が多いな。ただ、耐久力は紙だから生徒たちでも対応可能ってところだ。」
 「そうか。副会長のシェティスの迅速な指示のおかげで危機的状況を回避できているのだろうな。やっぱり優秀な組織だな、生徒会《プリンシパル》は。」

 クロウが僅かに口角を上げたことに、勿論フルソラは気づかない。

 「お前の助手が騒いでいたぞ。一緒に運ばれてきた異形を解剖したら動物の骨と皮のような物が出てきたと。」
 「ふぅん。そりゃ臭そうだ。」
 「お前、なにか知っているのか?」
 「どうしてそう思う?」

 ドキッとしたのはいつも飄々としたクロウの声音じゃなかったからだ。目線だけを動かせば、不敵な笑みを浮かべるクロウの横顔があった。

 「こんな時、お前だったらすぐにオペ室に直行するだろう?この門は俺が守る!っていうキャラじゃないしな。」
 「さすがフルソラ。俺のことをよく分かっているね。」
 「そしてそうやっていつも本音を隠すんだ、お前は。」

 好きな女が自分を理解してくれている。その優越感に長いため息をこぼした。

 「二次被害を防ぐためだよ。この病院が緊急避難場所と指定されたなら自ずと人が集まるだろ?そこが襲われたら余計に被害が大きくなる。めんどくさいけど、俺がここにいるのが最善なんだよ。」

 8割は本当だ。事実と嘘をバランスよく混ぜることで現実味を増すことをクロウは知っている。

 『許されることのないこの罪を背負って僕は生きていきます。たとえこの先、いくら嘘を重ねてでも。』

 いつかのミトラの言葉が頭をよぎった。嘘をつくことがすべて悪いことだとは思わない。納得が人の心を救うならそれがどんなに歪な形でも許されるとクロウは思っている。

 「クロウ、あいつらは元々死骸なのか?」

 すでに優秀な助手たちは死骸にエレメントが埋め込まれていることを前提に動いているだろう。そう予想し素直に肯定した。

 「そうだろうな。その辺の死骸を集めてエレメントを注ぎ込み無理やり動かしてるんだろ。」
 「なんてことを考えるんだ・・!」

 フルソラが怒りを露わにするのも当然だ。これだけの数を用意するためにいくつもの命が犠牲となっているはずなのだから。

 (問題はあの時葬ったはずの技術をどうやって手に入れたか・・・。元老院が保存していた――?いや、そんな頭はねーか。)

 当時  機密情報だったとしても年月が経てばセキュリティも廃れる。どこから漏れてもおかしくはないが、属性魔法評議会《エレメントキャンソル》を狙ってきたのなら随分と計画的だ。

 「ったく、めんどくせー。」

 フルソラに気づかれないように小さくため息をつく。しかし彼女の意識はすでにクロウには向いていなかった。
 その理由は目の前に現れた使役獣だった。その背には複数のケガ人が乗っている。使役獣ではなく、それを操る人物にクロウは舌打ちをした。

 「けが人を連れてきたぞ。」
 「お疲れさまです、ジン先生。」

 フルソラとジンが義理の兄弟ということは知っている。そして、フルソラの儚く拙い想いも。クロウの不満は自然と声を尖らせた。

 「仕事を増やさないでくれないか、ジン。それぐらいのケガ、お前がその場で治癒魔法をかけて終わりだろう。」
 「ケガは治せても安全は保証できないだろう。ここが避難場所なら連れてくるのが自然だろう。何を怒ってるんだよ。」
 「せっかくフルソラと2人っきりだったのに。邪魔者が増えた。」
 「こ、こら、クロウ!なんてことを言うんだ!」
 「別に邪魔はしないさ。仕事さえしてくれればな。ほら、とっとと働け。」

 その間にも、ジンは使役獣に乗ったケガ人に優しく声をかけ降ろしていく。

 「働いているさ。病院施設内に被害は無いだろうが。」
 「当たり前だ。ここは最後の砦だぞ。」
 「最後の砦っていうのは、指示系統を出す組織のことを指すんじゃないのか?例えば元老院みたいな。」
 「あいつらが役に立たないことぐらい生徒でも知っている。それより、元老院の隠れ蓑である責任者はどこにいるんだ?」
 「生徒会《プリンシパル》のミトラ会長は属性魔法評議会《エレメントキャンソル》に参加しています。ただ、これだけの騒ぎなのに、さっきから姿を確認できません。」
 「一斉放送も副会長のシェティスだったな。あいつらなら会長の所在を知っているかもしれないが・・・。」
 「これだけの混乱だ。生徒会《プリンシパル》メンバーも走り回っているさ。」
 「だろうな。学園を襲っている奴らが何者なのか知らないのか、クロウ。」
 「知らない。なんで俺に聞く?」
 「常にアンテナを張り巡らせているお前なら何か知っていると思ったんだ。他意はない。」

 チラリとジンを見る。しかしその表情からは何も読み取れなかった。

 「うちの研究員たちが暴れているやつらを解剖した結果、動物の骨や皮が出てきたらしい。多分、死骸にエレメントを付随させて動かしているんだろう。」
 「死骸にエレメント?それで動くのか?」
 「さぁね。」
 「大丈夫でしょうか。きっと生徒たちは霊魔だと思って対処しています。こちらから何かアナウンスが必要なのでは?」
 「明確な情報が少ない今、逆に混乱を招くかもしれん。今は生徒の判断に委ねよう。」
 「そうそう。さっきも言ったけど奴らの装甲は紙だ。数は多いが十分対応できるだろう。」
 「しかし、早く親玉を見つけないと持久戦になる。そうすれば状況は大きく変わるぞ。」
 「新しい結界は?」
 「シャノハ博士とも連絡が取れません。もちろん、あの女性とも。」
 「・・・レイアか。」

 シャノハ博士が飼い慣らしている天才少女を思い浮かべる。もし彼女の行方が分かったとしても、自分たちの指示を大人しく聞いてくれるはずはないだろうと早々と選択肢から除外した。
 その時、頭上から けたたましい叫び声が聞こえた。上を見上げれば何十羽もの巨大な鳥が空を旋回している。
 鋭い嘴を持つその群れは、我先にと言わんばかりに3人に突っ込んできた。

 「All Element 土精霊《ノーム》!」
 「All Element 水精霊《ウンディーネ》」
 「All Element 風精霊《シルフ》」

 3人の手のひらにそれぞれの紋章が輝き出す。

 「土竜《マオループ》ッ!」
 「水龍《レンブルム》」
 「鎌鼬《ヴィーゼル》」

 抉られた地から巨大な石巌を飲み込み、激しくうねる水流が竜巻となって空へ昇っていく。
 魔法は向かってくる鳥たちをあっという間に巻き込み、その身を粉々に打ち砕いた。
 落ちてきた残骸は、その凄まじい魔法の威力を物語るに十分だった。

 「さすが全員 上級魔術師《ハイウィザード》ってところだな。」
 「俺は違う。」
 「よく言うさ。実力はこの中でも1番のくせに。」
 「それよりも・・・クロウ、これもそうですか?」
 「・・・いや、これは融合霊魔《ヒュシュオ》だ。鳥と精霊を混ぜたものだろう。無理やり思考を奪ったことで暴走化してやがる。」

 クロウは折れ曲がって砕けた嘴を興味なさそうに踏みつけた。

 「死骸にエレメントを付けたり、生き物に精霊を混ぜたり・・・なんでもありだな。」
 「そんな技術を手中に収めている経緯も気になります。早いところ対策をしなければいけません。この鳥たちだって・・・本来ならば何も罪もないのに・・・。」
 「なぁ、クロウ。通常霊魔《ノーマル》や融合霊魔《ヒュシュオ》たちから混ぜられたものを分離する方法はないのか?例えばこの鳥たちも、精霊と分離して元の状態に戻すようなことはできないのか。」
 「できない。」
 「ハッキリと言うんだな。」
 「1度混ぜられたものを元の形に戻すなんて無理に決まっているだろう。紫色の色水を赤と青の水にキレイに分けることができるか?」
 「まぁ、無理でしょうね。」
 「それと同じだ。咎人たちがどのような技術を持っているかは知らないが、現段階で霊魔を分離する方法なんて考えもつかないさ。楽に殺してやるのが唯一できることだろうよ。」

 3人に重い空気が漂う。その時、僅かな影が揺れたことにジンが気がついた。そして目を大きく見開く。
 その不可解な動きにフルソラもジンの目線を追う。そして思わず絶句する。

 「なんだよ、2人とも。ハトが豆鉄砲を食らったような顔をして――」

 クロウがその人物を捉えた時、この先に起こる最悪のシナリオが頭の中を駆け巡った。
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