エレメント ウィザード

あさぎ

文字の大きさ
上 下
107 / 132
第3章3部

プリンシパルの起源

しおりを挟む
 友だちがいた。生まれた時から心臓に重い疾患があり、制限ある人生だと言っていたけど、それを感じさせない力強さと逞しさが彼にはあった。
 入退院を繰り返す彼の元へ、何度もお見舞いに行った。僕の前では気丈に振る舞っていたけど、症状は芳しくないと告げられる両親を見た。
 ある日、いつもどおりお見舞いへ行くと部屋の雰囲気が明るかった。聞けば新しい治療薬が見つかったかもしれないというのだ。治験に参加するのが楽しみだと笑う彼の笑顔はとても輝いていた。
 治験は何度も行われているらしく、お見舞いに行っても病室に居ないことが続いた。しかし久しぶりに彼に会った時、僕は驚きを隠せなかった。
 髪は抜け落ち、ゲッソリと痩せていた。顔色も悪く唇はカサついて血が滲んでいた。僕の心配をよそに、彼は明るい声で「治ったら一緒に外で遊ぼうぜ!」と言うのだった。
 数週間後、彼の病室はキレイに片付けられていた。真っ赤に目を腫らした母親が2日前に亡くなり荼毘に付せたと説明してくれた。あなたに、ありがとうと伝えてくれ、と言っていたと。
 呆然と歩く僕は、病院の関係者しか入れないフロアに足を踏み入れたことに気づかなかった。話し声に足を止めたのは彼の名前が聞こえたからだ。気配を殺し盗み聞くと、身の毛がよだつほどの恐ろしい会話が耳に入った。
 考えるより先に体が動いていた。飛び出した先には、怪訝に僕を見る老人たちの姿が見える。薄暗い照明の中で、ギョロリとした目がどこか獣のように見えて、背筋に冷たいものが走った。


 「なんだ、お前は。ここは関係者以外立ち入り禁止区域だぞ。」

 しゃがれた低い声にハッとする。しかし、退く気は無かった。

 「実戦バトルクラス、ミトラ・リドワールです。立ち入り禁止区域に入ったことは謝罪します。先ほどの会話ですが、本当なのでしょうか?」
 「ミトラ・・・?どっかで・・・」
 「あれですよ。実戦バトルクラスに上級魔術士ハイウィザード候補の実力を持った生徒がいるって。」
 「そんな優秀な生徒がなぜ立ち聞きのような真似を。」
 「数日前に僕の友だちが亡くなりました。この病院の治験に参加しましたが容体は回復せず、最後の挨拶もできないまま・・・。」
 「それで?」
 「あなたたちの会話から彼の名前が聞こえました。そして彼の体を使った恐ろしい内容も・・・!」
 「はて、なんのことじゃろう。」
 「え?」
 「最近 物忘れがひどくてなぁ。さっき話したことも覚えておらんのじゃ。」
 「いやいや、私もですわ。年は取りたくないですなぁ。」
 「ふざけないでください!あなたたちは、新たなアイテムを開発するために治験と謳った人体実験を繰り返しているというではないですか。さらには・・・!」

 ミトラは言い淀む。あまりにも恐ろしい計画に、口に出すことさえ憚られたからだ。

 「さらには・・・亡くなった方たちの体を器にした傀儡くぐつを生み出そうなんて・・・!」
 「君の空耳じゃなかろうか。」
 「いえ、確かに聞きました。そして次は彼の体を使うと!!原因不明の死を迎える人が増えているという学園内の噂に、あなたたちが絡んでいるのですか!?」
 「噂なんてなんの根拠もない戯言よ。それに、その噂が仮に事実だとして、君はそれをどう実証するというのだね?」
 「開き直るおつもりですか?」
 「君の実証も無い荒唐無稽な話を誰が信じる?そして、学園最高機関である我ら元老院がそれに付き合う道理がどこにある。」
 「げ、元老院・・・!?」
 「ミトラ君といったね。君は大変優秀のようだ。君の実力は私たちの耳にも届いているよ。噂に惑わされて無い事実を吹聴するのはよくない。君の立場にも関わる。」
 「立場なんて・・・!」
 「ことをもみ消すのは簡単だ。それは立場と同様に人という存在も然り。」
 「くっ・・・!」

 先ほどの会話を立証することができないミトラは押し黙った。

 「そんな事実は無い。君はこの場から一刻も早く立ち去りなさい。」

 ミトラは駆け出した。あまりの悔しさに足がもつれる。無力な自分に喉の奥がグッと苦しくなった。
 慌てて角を曲がったミトラに衝撃が走った時、背中を支える手が伸びた。

 「前を見ろ、あぶねーな。」

 ぶつけた鼻がツンと痛い。どうやらこの男に思いっきりぶつかったようだ。
 
 「男が泣くなよ。」
 「ちが・・・!これは、さっきぶつかっ、た、から・・・」

 溢れ出る涙を急いで拭う。しかし亡くなった友人の顔を思い出し、それはなかなか止まらなかった。

 「聞いちまったか。」
 「・・・え?」
 「ジジィどもの話しを聞いちまったんだろ?あいつらもう耳が悪いから、ヒソヒソ話なんてできねーのよ。」
 「あ、あなたは・・・」
 「研究員だ。お前が聞いた人体実験のな。」

 男の胸ぐらを掴んだミトラはそのまま壁に押しやる。しかし男は顔色一つ変えなかった。

 「私利私欲に目がくらんで、ひでーことを考えるもんだよ。」
 「お前だって同罪だ!学園の研究員が何やってるんだよっ!」

 ミトラの手を軽く払った男は、めんどくさそうに襟元をただす。
 クセのある黒い髪を無造作に分け、グレイのシャツに白衣を羽織る男は随分と若く見えた。

 「研究員なら実験の資料とか持っているだろう!?今すぐ渡せ!僕がすべてを暴いてやる!」
 「渡すわけないだろ。学園の機密事項だぞ。」
 「じゃあ、お前以外の研究員を探して――」
 「無駄さ。あまりにひどい実験の日々に精神が侵され、まともな思考を持っていた研究員はもう居ない。居たとしても、ジジィ共にとっくに懐柔された後だ。下手すればお前が消されちまうぞ。」
 「・・・じゃあ、お前は――?」
 「俺か?・・・さて、どっちだろうな?」

 鼻で笑う男の目は、しかし鋭い眼光を光らせていた。

 「そもそもこんな話、証拠もないままで誰が信じる?万が一信じたとしても既に被害者は大勢いる。その家族にはどう説明する?場合によっては、この学園の崩壊につながるぞ。」
 「でも、このままじゃ・・・彼の体が・・・」

 ミトラは拳を強く握る。学園の陰謀を止められる術を持っていない自分の非力さに腹が立って仕方がなかった。

 「実験を止めたいか?」
 「え?」

 頭を上げると男の冷たい視線と目が合った。

 「・・・止める方法があるのか?」
 「まぁな。要はあのジジィどもが納得するアイテムを精製できればいい。まぁ、それなりの代償が必要だがな」
 「代償?」
 「お前、実験に協力する気はあるか?」
 「・・・え?」
 「精製しようとしているアイテムには魔法として消化されるものじゃない純粋なエレメントが必要だ。それには魔法力の器から直接抽出しなければならない。それに生身の人間を使うわけにはいかないってことなんだが。」

 男はチラリとミトラを見た。

 「僕の身体で実験しようということか。」
 「話が早くて助かるよ。今まではここに入院している患者たちに麻酔を打ち、意識を混濁させた状態で強制的にエレメントを抽出させていたんだ。
 抽出したのはいいが、今度はそれを注入するものがない。そこで空っぽになった器に入れてみろっていうけど、そんな簡単にうまくいくはずねーわな。」
 「空っぽになった器、っていうのは・・・」
 「そう、実験に耐えられなかった人間、遺体ってことだ。」
 「ぐっ・・・!」

 ミトラは口を押さえた。身体に溜まった嫌悪感が一気に吐瀉物として溢れ出そうになる。

 「ん・・・っ・・・!はぁ、はぁ、・・・。僕が協力すれば、彼は・・・彼の遺体はご両親に返されるのか?」
 「ああ。実験には使わない。俺が約束する。」
 「元老院にはなんて言うつもりだ。」
 「そこも俺に任せろ。友だちの身体を救いたいとお前が志願してきたと伝える。ジジィ共も、いつまでもこんなあぶねー橋を渡り続ける度胸はないし、結果が出ればプロセスなんて微塵も気にしねーだろうからな。
 ただ、本当にいいのか?この実験に安全面なんて保証はねーぞ?何が起きるか、俺でもまったく予想できない。」
 「・・・僕は知ってしまった。事実を知ったまま知らん顔でこの学園には居られない。例え僕がこの学園を去っても、実験の犠牲者が消えるわけでもない。」
 「とんだ自己犠牲だな。」
 「まさか。」
 「あ?」
 「無条件で身体を使わせる気なんてない。僕からもそれなりの条件を出させてもらいます。元老院との交渉には、あなたにも力を貸してもらいますよ。」
 「ほぅ。俺も使う気か。」
 「例え指示されたとしても、実験に加担したあなたも同等の罪を背負っています。もしもの時は、僕と一緒に堕ちてもらいます。」

 ミトラの目に強い覚悟を感じた男はほくそ笑む。それは頓挫していた実験が動き出すだろうという確かな期待からだった。
 
 その後、期待は予想以上に大きな収穫を与えることになる。実験は成功し、エレメントキューブのルーツとなるアイテムを開発した男は元老院に献上した。
 そこに実験の代償を宿した身体をもつミトラを参加させ、ミトラの条件を甘受させることに成功する。ミトラを軸とした生徒会プリンシパル誕生の瞬間だった。

 「許容と自立を掲げた生徒による自治組織か。そこの長となることで学園の細かな情報も掌握しやすくなる。ジジィどもの動向にも目を光らせられるってわけか。」
 「彼らはもう僕を第三者として扱えなくなった。さらにあなたと実験を共にしたことで機密情報を握る爆弾を抱えたことになる。上々の成果でしょう。」
 「ふっ。かわいい顔して策士だねー。まぁ、濃い時間を共にしたんだ、これからも仲良くしようじゃねーの。」

 男は片手を差し出す。その手を一瞥したミトラは背を向けた。

 「冗談を。あなたと僕は同じ脛に傷持つ身。そんな者同士が馴れ合ったっていいことなんてありませんよ。」
 「冷てーなー。」
 「知っていたのに止めることが出来なかった僕の罪と、事実に携わり決行したあなたの罪・・・。
 許されることのないこの罪を背負って僕は生きていきます。たとえこの先、いくら嘘を重ねてでも。
 あなたとは余程のことがない限り関わりを持つことは無いでしょう。過去に僕とあなたに接点は無かった。そしてこれからも。」

 そう言うと振り返ることなくミトラは歩き出す。

 ミトラの身体には、幾度の実験と薬の副作用による代償が刻まれてしまった。
 ミトラの魔法力の器には2つのエレメントが混ざり溶け合っている。
 拮抗する2つのエレメントはミトラから自由な魔法を奪い、多くの制約を生んでしまった。それを無視して使用しようとするものならば、器は破壊され2度と魔法を使えなくなるだろう。当然、上級魔術師ハイウィザードの道も絶たれてしまった。
 侵食する負の影響は、健康だったミトラの体を少しずつ蝕みはじめていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました

toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。 残酷シーンが多く含まれます。 誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。 両親に 「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」 と宣言した彼女は有言実行をするのだった。 一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。 4/5 21時完結予定。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

処理中です...