エレメント ウィザード

あさぎ

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第3章2部

エレメントキューブ

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 「さて。残るは霊魔を失った咎人1人だ。殺しても構わんが、お前の持っている情報を欲しがる奴もいるだろう。さっきの聖霊ディスオーダの魔法とかな。さっさと降参したほうがいいぞ。」
 「はっ!誰がっ!!」
 「おいおい、お前を守る霊魔はいないんだぞ。そもそも、あんな幼い少女に守られるなんて情けねーと思わねーのか?」
 「あんたにあやふみのことをとやかく言われる筋合いなんてないさ。オレたちお互いがちゃんと理解していればいい。」
 「はぁー。とにかくお前はもう詰みだ。早くここの結界を解け。」
 「だから、オレはこの結界のことは何も知らねーんだって。たとえオレたちを殺したとしても、あんたたちがここから出れる保証は無いってこと。残念だったね。」
 「この状況の中、お前1人で何ができる?」
 「それよく言われるんだよね。霊魔がいない咎人なんて敵じゃないみたいな。」
 「実際そうだろう?精霊も使役できない上、霊魔も操れないお前たちに何ができるんだよ。」
 「1つのElementに縛られてる魔術師ウィザードより、自由が利く分 魔法の幅は広いんだぜ。やろうと思えば何だってできるさ。」
 「強がりを。」
 「さぁ、それはどうかな。それより・・・1人で何ができると言ったな。」

 それは突然だった。頭上から振り下ろされる攻撃を咄嗟に盾で防いだアシェリナの視界に灰色のローブが映る。さらに繰り出される攻撃があまりに無作為だったため、アシェリナは思わず後ずさった。

  「これは・・・!」

 誰もが目を疑った。アシェリナを襲ってきたのは連合ユニオンからの使者だったからだ。
 使者の目はかたく閉ざされ、顔も白っぽく血色は認められない。誰がどう見てもただの死人である。
 人間の動きとは思えないデタラメな攻撃から不気味な異音に気づいたアシェリナは唖然とする。それは骨が折れ続け、筋肉と皮膚がちぎれる音だったからだ。
 ファルナが握る漆黒の石が不気味に光ると使者の身体はダランとその場で直立した。

 「ど、どういう、こと・・・?」
 「死者の体を操って、る・・・」

 目の前の状況にエリスと菲耶フェイは息を呑んだ。

 「お前たちは運がいい。闇精霊ヤンマなんてなかなか見る機会がないからな。」
 「こ、これが、闇精霊ヤンマ・・・?」

 空気がひどく重い。まるで見えない何かが体に伸し掛かっているようだ。自然と乱れる呼吸に心音が大きく聞こえる。
 そんななか、アシェリナだけは変わらぬ姿勢でファルナと対峙している。強く握る拳がわずかに震えているのをミトラは見逃さなかった。

 「お前、何をしているのか分かっているのか。」
 「死体の使い道なんて、これぐらいしかないだろ?しかし、さすが魔術師ウィザードの英雄ってやつか。闇精霊ヤンマにも全然動じない。初見じゃあなさそうだ。」
 「場数を踏んだ数が違うだけだ。だが、こんな胸糞悪い闇精霊ヤンマなんて初めてだよ。」
 「やったね、初体験じゃん。」

 振りかぶる大剣に躊躇はない。ニヤリと笑うファルナは、手のひらの石を弾いて見せた。
 ファルナの前に飛び出した使者の姿に動揺はしなかった。恨みは無いが、相手はすでに死人しびと。ファルナともども薙ぎ払おうとするアシェリナにファルナが囁いた。

 「真っ二つの遺体を家族に返すのか?」

 その瞬間、アシェリナの背中から血が吹き出す。
 弾かれたように距離を取ったアシェリナの背後から、靄のかかったいくつもの黒い矢が飛び出してきたからだ。

 「あんた、本当に甘いね。その甘さでさっき死にかけたの忘れたの?」

 刺さった矢を勢いよく引き抜けば、鮮やかな色をした血が周囲に飛び散った。

 「ア、アシェリナ・・・」
 「アシェリナ、様・・・」

 防具の色がみるみると変わっていく。しかしアシェリナは微動だにしなかった。

 「タフだなー。闇精霊ヤンマの魔法を喰らっても倒れないなんて。」
 「闇精霊ヤンマじゃねーよ、こんなの。」

 その言葉にファルナがピクリと反応する。

 「今の攻撃が本当に闇精霊ヤンマなら、今オレはここに立ってねーよ。」
 「何が言いたい。」
 「その石が玩具だということだ。」
 「おもちゃ・・・?」
 「石って・・・聖霊ディスオーダを呼び出したあれのことよね。」

 誰もがファルナが握る石を凝視する。

 「どうやら学園の技術であるエレメントキューブを模した物のようだが、とんだ紛い物だな。本物の3分の1の力も出てねーよ。」
 「エレメントキューブ・・・?」

 マソインはミトラに視線を向けた。

 「自分のElementではない魔法を具現化できるアイテムです。うちのクラスが開発した技術で秘匿扱いだったんですが、製造工程や仕組みが外部に漏れてしまって。」
 「じゃあ、アイツの持っている石はそれを真似て作られたということか?」
 「おそらく。ただ、僕たち学園では聖霊ディスオーダのエレメントキューブは精製したことがありません。というか、精製することができないんです。」
 「どういうことだ?」
 「エレメントキューブとは、魔法力の器から直接抽出したElementを特殊なキューブに注入し凝固したものです。これには魔法力の器を所有している魔術師ウィザードの協力が不可欠となります。」
 「聖霊ディスオーダのElementを有している魔術師ウィザードなんて存在しない・・・。」
 「えぇ。さらに、特殊な機械を使って抽出・凝固を可能にするんですが、その機械はサージュベル学園にしかありません。だからうちが開発したクオリティのエレメントキューブをそのまま精製するのは不可能のはず・・・。」
 「じゃあ、咎人たちはどうやって・・・」

 漆黒の石は上品な光沢をはなってはいるが、その輝きはどこか不気味さを兼ね備えていた。

 「どんな方法を使って聖霊ディスオーダの魔法を使っているか知らねーが、どこか薄っぺらいんだよ、その石の力は。そんな紛い物でオレは倒せねー。
 そもそも、オレはエレメントキューブって代物が気に入らなくてな。」

 アシェリナがミトラを一瞥する。

 「さらに死者を操るなんて度が過ぎているぞ。」
 「お前たちにはできない使用方法だろ?」
 「ふざけるな!例え気に入らねーアイテムでも、盗んだ技術を悪用されたら黙っていられねーよ。」
 「悪用、ねー。」

 意味ありげに微笑むファルナにミトラは嫌な予感がした。

 「俺たちは隠され棄てられた物を拾っただけだぜ。」
 「!!」

 明らかにアシェリナの表情に動揺が見える。その変化をファルナは見逃さなかった。

 「なんだ、あんたも知っている人間か。ならこの石がどうやって作り出されたか知っているんだろ。」
 「まさか、お前たち・・・」
 「俺たちはあんたたちの技術にちょっと色を加えただけだ。そもそもこの石は、死にかけの人間を犠牲にした人体実験で造り出されたのがキッカケだったんだろ?」
 「・・・え?」
 「な、なんだって・・・?」
 「それを指示したのは当時の元老院、だったよね、おじいちゃん♪」

 ファルナの視線の先には、エリスの隣でブルブルと震える元老院の姿がある。

 「お、お祖父じい様・・・。どういうことですか?死にかけの人間・・・犠牲って・・・」
 「ち、違う・・・ワシたちは・・・その・・・」

 エリスの祖父は、両手で強く耳を抑えブンブンと頭を振っている。

 「ど、どういうことですか、アシェリナ殿!説明してください。」
 「お祖父さま!何があったんですか!?」

 混乱する場を制止する為にミトラが飛び出したとき、アシェリナの舌打ちが聞こえた。

 「いい、ミトラ。オレが話す。」
 「ア、アシェリナ・・・。」
 「当時、4つの魔法域レギオン連合ユニオンから評価に基づいたスコアが与えられるようになった。上位の魔法域レギオンには多額の援助資金が支給されることで対立関係は激化。他の魔法域レギオンを出し抜こうと、この学園が考えだした施策が自分とは違うElementを扱えるという画期的なアイテムの精製だった。
 ただ、研究開発費が乏しかった当時、核となるElementの材料を確保するのが難しく研究は頓挫。焦った元老院は、人間に備わる魔法力の器に蓄えられたElementに注目したんだ。金のかからない材料があるじゃないかと。
 しかし材料は見つかってもそれを取り出す方法が無かった。器にあるElementは精霊を使役し魔法を使うことで消費される。そもそも、視覚的な形態が難しかったんだ。
 まだ試作段階の研究に、材料確保のため身体を使った実験をさせてくれなんて言い出せなかった元老院たちは病院で療養している人々に目を付けたんだ。
 ケガで助かる見込みのない患者や、魔障痕によりうまく魔法が使えなくなった者、長期療養を続けている治療困難な患者たちにあらゆる理由を付け、口車に乗せて人体実験を繰り返したんだ。」
 「な、なんと・・・」
 「なんてことを・・・!」
 「実験はうまくいかなかった。不自然な死を迎えた人間を隠蔽するにも限界がある。それでも、後に引けなくなった元老院たちはこの非人道な実験を止めようとはしなかった。」

 エリスが祖父の様子を見れば、身体を縮こめたまま細かく震えている。

 「その時、偶然その実態を知った生徒がいたんだ。その生徒は立場に関係なく元老院を糾弾したよ。すべてを公にするってな。
 しかし相手は学園の最高機関である元老院。事実も生徒も揉み潰すことは簡単だった。それを危惧した生徒はある取引を持ちかけたんだ。このことは話さないから自分の体を使ってくれ。その代わり、学園運営を一任した組織に自分を任命してくれってな。」
 「それって・・・」
 「マサか・・・」

 エリスと菲耶フェイは視線を向ける。そこには観念したかのようにため息をこぼすミトラの姿があった。
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